モンスタートレーニング
俺はもうすぐ5歳になる。
植物の育成促進も順調に行えるようになり、豊富な栄養を摂取することで、筋トレ魔トレ効率もグングン上昇している。
そこらへんにある石と木を有効活用し、自作のダンベルなども製造した。
製造と言ってもやってることはただの打製石器作りだが。まあ、見てくれはともかく重りになればそれでいいので特に問題はない。
自分の体重の倍くらいであればこなせるようになっているが、正確な重さは分からない。体重を測る機会も機械もないしな。
最近は姉のリーリヤと一緒に外で遊ぶことも多くなり、村の子供たちとの交流も増えてきた。
そんな中で、リーリヤの親友とも呼ぶべきが、アルエ。
鍛冶屋を営む両親を持つ女の子でリーリヤとは同い年、他に兄妹はいないらしく親の愛情を一身に受けて若干我儘な部分はあるが根は素直ないい子だ。
先祖にドワーフの血が流れているらしく、赤い髪が特徴で、本人は少し気にしているらしい。
なかなかエキセントリックで俺は好きなんだが。
俺がリーリヤと一緒に遊ぶようになってからは何かと俺の面倒を見たがる。
兄妹がいないから弟分ができてうれしいのだろう。
まあ、俺もちやほやされるのは悪い気はしない。子ども扱いされるのはあまり納得はいっていないが実際まだ五歳になっていないし、下の毛も生えていないおこちゃまなのだから仕方ない。
アルエは他の子どもに比べると少し成長が早く大人びた印象を受ける。
ドワーフをはじめ亜人の血を引く者は幼少期の成長が早く、二次性徴以降は緩やかな成長と老化になるらしい。
人間に比べると子供ができにくい体質であり、それを補うために出産可能な年齢を早めるためだと思われる。
ちなみに寿命は人間と比べると長いが、アルエ程度の血の濃さであればせいぜい20年くらい長生きできる程度らしい。
生粋のドワーフは300年程生きるらしいが。
色々と得意げに語ってくれるアルエの話は面白い。
そんな感じで日々楽しく過ごしている。
今日は三人でおままごと。
俺が夫、リーリヤが子供、アルエが奥さんという配役だ。
今回は配役としては比較的まともな方だろう。
前回は俺が夫。リーリヤが奥さん。アルエが奥さんという泥沼状態だった。
なぜ奥さんが二人なのか。
二人ともやりたがって譲らなかったからだ。
案の定泥沼になったのだが。
「ただいま。今帰ったよ」
「お帰りなさい。ご飯できてるわよ」
「ぱぱ、お帰り」
「今日もおいしそうだな。リリーヤも一緒に食べようね」
そんな感じで和やかな家庭を気付いていた俺たちだが、急に辺りが騒がしくなる。
どうやら村の中で何かあったらしいが。
「何かあったのかな?」
リーリヤが心配そうな声を上げる。
ふむ。念のため家に戻った方がよさそうだな。こういう時は大人しく安全の確保に努めよう。
アルエは見に行きたそうにしているが、一人で行かせるのも不安だな。少し手を打っておくか。
「お姉ちゃん。早く戻ろうよ、怖いよ。ぐすっ」
殿下の宝刀ウソ泣き。
まだまだ子供な俺にしか使えない最強の必殺技。面倒見の良いリーリヤとアルエはこれを喰らうと、とりあえず言うことを聞いてくれる。
「分ったわよ。ほら、私も一緒についてってあげるから泣かないの。男の子でしょ」
そう言ってアルエは俺の左手を掴み、
「お姉ちゃんが一緒だからね。大丈夫だよ」
リーリヤは俺の右手を引く。
可愛い幼女二人に手を引かれる状況は世のロリータなコンプレックスを拗らせている方々には垂涎ものではないだろうか。
あいにく俺にそっちの趣味は無いのだが。
本当だぞ。この前三人で一緒に風呂に入ったが、俺の息子はピクリとも反応しなかった。まあ、まな板では仕方ないか。いや、アエルは少し胸はあるんだが。
二次性徴が早く来るというのはホントらしい。
アエルの家よりも俺たちの家の方が近いこともあり、自宅に向かっていると、エルザがこちらに駆け寄ってくる。
いつもの簡単な仕事用のエプロンだが、その上から胸当てと小手を装備している。
まるで何かと戦うつもりのようだが。
「ああ!三人とも元気そうでよかったわ!」
エルザは俺たちをまとめて抱きしめると、嬉しそうに涙を流す。
「お母さんどうしたの?」
困惑する俺たちを代表し、リーリヤが質問すると
「まずはお家に帰りましょうね。説明はそれから」
家までそう距離もないのだが、エルザに連れられて家に帰ると玄関先で事情を説明してくれた。
「実は村の中にモンスターが入ってきちゃったらしいの。入ってきたのは山狼だからそこまで強力なモンスターじゃないけど、今戦える人が少ないのよ。お父さんも外だしね。だからお母さんがちょっと行って倒してくるからお家で大人しくしててくれるかな?」
どうやらエルザはモンスターの討伐に向かうらしい。
以前は冒険者として活躍していたらしいのでそこまで心配はしないのだが、万一があっても困る。
「お母さん危なくない?」
「あら、マット心配してくれるの。ありがとうね。でも大丈夫よ。お母さんこう見えても結構強いんだから」
「ちゃんと帰ってきてね」
「任せなさいな。母は強しって言うの。三人ともいい子にしてなさいね」
そう言って、壁に立てかけてあったロングソードを手に取り駆け出していく。
あのロングソード一度持ち上げようとしたんだが、20キロくらいあった。てっきり飾りか何かかと思っていたんだが、まさかエルザ用の武器だったとは。
しかしお世辞にも逞しいとは言えない腕であの剣を振り回すというのか。
どうなっているんだ。
この世界には筋肉意外の強さが存在するというのだろうか。魔法が存在するくらいだから不思議ではないんだが。そのあたりのことも詳しく調べてみないといけない。
「お姉ちゃん、山狼って強いの?」
「私もモンスターと戦ったことはないからわからないけど。そんなに強くないんじゃないかな。よく聞く名前だし、お父さんもこの前、山狼の群れが出たから討伐してくるって一人で出ていったくらいだもん」
なるほど。そこまで強力ではないのか。
しかし、安全だとは限らない。俺が行って戦力になるとは思えないが少なくとも怪我くらいは治せる。
あまり使いたくなかった手だが仕方ない。
「お姉ちゃん。かくれんぼしようよ」
「かくれんぼ?いいよ。それじゃあ、あたしが鬼やってあげるから二人とも隠れて!」
リーリヤはかくれんぼが好きだ。本人曰く探すのが好きらしい。
確かに結構変なところに隠れても意外とすんなり見つけてくる。おかげで隠れるスキルは日に日に向上している。
それはともかく、リーリヤが100を数え終わる前にササっと外に出なければならない。
足音を忍ばせ玄関から外に出る。
リーリヤには気づかれていないようだ。これで問題ない。
騒ぎの音のする方に向かて駆けていくと、徐々に戦闘の様子が見えるようになってきた。
10匹ほどの狼の群れを相手にエルザが大立ち回りを演じている。
攻撃を躱し、時に往なし、的確に反撃を加えその数を減らしていく。
危なげなく戦闘を進めていく様は優雅と言う言葉が似あう。
その周りには村の大人たちが数人武器を構えて戦闘を見守っているが、戦闘に参加していく様子はない。
よく見ると中には負傷者が数人混じっている、手から血を流す者や足を挽きずる者。
重症とまでは言わないが結構痛そうだ。
俺が負傷者のところに駆け寄ろうとすると、襟首をつかまれ、動きが止まる。
「マット。勝手に家出たらダメでしょ」
「アル姉ちゃん、なんで」
襟首をつかんでいたのは紛れもなくアルエだ。巻き損なったか。不覚。
「にゅっふっふっふ。マットの考えなんてお見通しだよ。って言いたいんだけど、私も様子が見たかっただけんだよね」
どうやら目的は同じで、時間差で出てきただけみたいだ。
こうなると一人で行動するという目的は達成できそうにない。
「アル姉も危ないから帰った方がいいんじゃないの」
「マットだって危ないでしょ。アル姉が守ってあげるから安心しなさい」
ない胸を張って自慢げな表情のアルエだが、戦闘力なんてない。正直いない方がありがたいんだが。
「実は、みんなには内緒にしてたんだけどマットには秘密教えちゃう」
そういって、アルエは魔力を高め、両手の平に炎の塊を出現させる。
おー。魔法使えたのか。
でもそこまで大層な威力はなさそうだ。家で両親が使っていた魔法の方がよほど威力がありそうだった。
料理に使う程度の火で威力も必要最低限だったが、それよりも下となれば実戦で活用できるかは疑問が残る。
「でも、それじゃ効かないんじゃないの?弱いと思うよ」
「やっぱりマットもそう思う?初めてモンスター見たけど、多分効かないと思う」
意見は一致した。
怪我人の治療を行いたいがどうにかしてアルエを遠ざけないと危ないな。どうしようか。
と考え込んでいたら、急にアルエが俺に飛びついてくる。
咄嗟のことでされるがまま転がると、俺たちが立っていたところを灰色の影が通りすぎる。
「マット大丈夫!?」
「急に何!?」
「あれ!」
そう言ってアルエが指さしたところには一匹の山狼が居た。群れからはぐれていたのか、別行動していたのかは分からないがとにかく目の前にはモンスターがいる。
これはまずいな。
守るべきはアルエと自分の身。
倒すって言っても俺にできるのか?
でもやるしかない。
覚悟だけを決め、しっかりと山狼を見据える。他の個体よりかは小さいらしくサイズは大型犬くらいだ。
それでも子供の身長よりかは十分でかい。
アルエを背に庇うように立つと同時に山狼が飛び掛かってくる。
鋭い爪が振るわれ、思わず腕で受ける。
スパっという軽い感覚と共に、俺の腕が深く切り割かれる。
一瞬の後に大量の血が噴き出してくる。
骨は無事みたいだが、深いな。
痛みで一瞬気が飛びそうになるが、背後で悲鳴を上げるアルエの声で意識を掴みなおす。
俺が倒れちゃアルエも死んでしまう。
ここで倒れる訳にはいかない。魔力を全開にして、腕の傷を一気に回復させる。痛みこそなくなるが、これでは嬲り殺されるのが落ちだ。
しかし、ここでふと違和感に気づく。
先ほど治療した腕に妙に力が溢れている気がするのだ。
仮説だが。
筋肉痛を直すことで筋力が増加するのと同じように、戦闘で受けたダメージを修復することで身体がそのダメージに耐えられるようになったってことなのだろうか。
俺が自分の変化に驚いていると、またもや狼が爪を振るって来る。
同じように腕で受け止めると、先ほどとは違い、爪が何かに引っかかるように途中でその動きを止める。
そう、俺の筋肉だ。
やはりさっきの回復で俺の筋力は爆発的に上昇したらしい。
成程。
異世界とやらではこんなにも効率的な筋トレがあったのか。
モンスターの攻撃を受け、それを治療する。
必要なのは死なない程度に重症を受けるセンスだな。
俄然燃えてきた。
爪と牙による猛攻をただひたすら全身で受け止めながら、治療を続けていく。
一度攻撃を受ける度に次の攻撃の効果が少しづつ薄れていくのをその身で感じる。
ああ、この筋肉が育っていく感覚。
たまらないな。
何度傷をつけても立ち上がってくる俺の姿に本能的な恐怖を感じたのか、狼が一歩後ずさる。
「どうした。まだまだいけるぞ。もっとこいよ、さあワンモアセッ!」
その声に応じるように俺の肩口にかみついてきた山狼。
牙が深々と俺の方に突き刺さる。
今までで一番強力な攻撃だ。
肩口の筋線維が悲鳴を上げ、噛み砕かれていくのを感じる。良いぞ。この感覚だ!
筋肉をひたすらに回復させていくことで徐々に牙の通りが悪くなっていく。
それでも噛み砕こうと牙を突き立てる山狼だが、こいつとのトレーニングもこれが納め時だろう。
足で狼の下半身を絡めとり、その首筋に腕を掛ける。
もう片方の腕で自分の手首をしっかりつかみ徐々に力を加えていく。
しかし、この姿勢、無意識に行っていたが。
まさしく。
あのポージングではないか。
ギリギリと山狼を締め上げていき、その意識を刈り取る直前。
全身の筋肉を膨張させ圧力を一気に高める。これこそ、
「サイドチェスト!」
俺の筋肉の膨張を受け、山狼の意識は完全に刈り取られる。
「ふん!」
泡を吹いて気絶した山狼をその場に横たえさせ、振り返ると、泣きじゃくたアルエの姿があった。
さすがにこの光景はショッキング過ぎたか。
「大丈夫か。怪我はないか」
おっと、テンションが上がりすぎて口調が変だな。
言い直そうとした瞬間、アルエの顔が真っ赤に染まっていく。どうした照れてるのか。
「こほん。アル姉大丈夫?」
「え、う、うん。マットも大丈夫なの?」
上ずった声のアルエ。よほど怖い思いをしたのだろう。俺はずいぶん楽しかったんだが。さすがに血が飛び散る光景はショッキングだったか。
「それじゃあ、お母さんに見つかって怒られる前に帰ろう」
「誰に怒られるんですって?」
「え、だからお母さん」
普通に返したが、今の声は誰の声だっただろうか。
普段からよく聞く声なのだが、どこかひどく冷たい。今までに聞いたことのない声。
目の前のアルエの顔がどんどん青ざめていき、奥歯をがたがた震わせている。
大体察しはつくのだが。
ゆっくりと振り返ると、そこにはいつもの優しい笑顔なのだが、額には青筋を浮かべ、完全に目が笑っていないエルザの姿がある。
ああ、見つかってしまった。
「お母さん、お家でいい子にしてなさいって言わなかったっけ?」
「「ごめんなさい」」
二人で声をそろえて反省の色を示すが。あまり効果は無かったようだ。
この後、尻が四つに割れるのではないかというほど激しく叩かれ、めちゃくちゃ怒られた。
どれだけ鍛えても尻叩きって痛いんだな。