表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/4

筋トレマニアによる回復魔法の有効活用法

 一歳の誕生日を迎えてから数か月が経過したある日。


 俺がベットの中で筋トレをしていると、外で遊んでいた姉のリーリヤが泣きながら帰ってきた。


「ママー!」


 しかし、父は外に仮に出かけており、母親も裏で洗濯を行っているので家の中には誰も居ない。


 母親を呼んでも返事がなかったことから、その泣き声には悲しみの色が混じる。


 この位置からはなぜ泣いているのかの判別がつかないが、何とかできるのであればしてあげたい。


 だが、いまの俺はベットから出ることができないので、姉を呼ぶにはこれしかない。


「おぎゃああああ」


 俺の泣き声がみみに届くと、幼いとはいえ、姉としての自覚を持つリーリヤは自分が泣くのも我慢して俺の元に駆けてくる。なんと健気なんだろうか。この幼い姉の笑顔は必ず守る。


 泣き腫らした目をこすりながらこちらに来たリーリヤを見れば、なぜ泣いていたのかはすぐに答えが出た。


 汚れた足元と擦りむいた膝から少し血がにじんでいる。


 転んで怪我をしてしまったのだろう。痛そうだ。


「マット、おねえちゃんがいるからだいじょうぶだよ」


 泣いている俺をベットから抱き上げあやしながら、ソファーに腰かける。


 しかし、擦りむいた傷か。俺の回復魔法で直すことができるだろうか。自分に回復魔法は使っているが他人に使ったことは未だにないので、少し実験になってしまうが、泣いている可愛い姉を癒してあげたいという気持ちが強い。


 ソファーに移動したことで膝にも距離が近くなったので魔法を使うべく手を伸ばすと、


「あ、血がついちゃうから触っちゃだめだよ」


 俺の小さな手が、これまた小さな姉の手にとどめられる。


 年齢差があるとはいえ、生まれてこの方トレーニングを欠かさない俺の力を持ってすれば、無理やり突破することも可能だが万が一怪我でもさせてしまっては本末転倒だ。


 どうしようかと、思案していると、リーリヤの手のひらにも小さなかすり傷があることに気づく。


 転んだ時に手を付いたのか。少し痛そうだ。


 これなら直させてくれるだろうか。


 小さな姉の手を握ると、ん?とこちらを見て微笑んでくる。俺も笑顔で答える。


 そして、目の前にある傷。傷のない綺麗な手のひらをイメージして、魔力を集中させる。


 自分の体内で魔法を使うのとは異なり、一旦体外に魔法を放出する必要がある。


 そこで、以前に父親が魔法を使っていた光景を意識し、自分のての平に魔力を集中させていくと、小さな光がぽうっと灯る。良し。ここまでは成功だ。


「あれ、マットなにしてるの?」


 俺の手から溢れる光を不思議そうな、そして興味深そうな視線を向けて観察しているリーリヤ。俺が回復以外の魔法を使うとなると結構なことになるような気もするのだが、そういったことは一切考えていない。


 そもそも、俺の手からあふれる暖かな光からは危険性は全く感じないということもあるのだろうが。

 

 そして、リーリヤの手のひらの傷をいやすイメージを強くし、魔力の流れを強化すると、暖かな光は緑色の光へと変じ、傷をいやしていく。


 よかった成功したようだ。


 目の前で一歳の弟が魔法を使ったこと。自分の傷が治ったこと。様々なことがあるのだろが嬉しさが勝ったようだ。


「マットがなおしてくれたの?ありがとう!」


「あい!」


 とりあえず頷いておく。まあ、リーリヤもコミュニケーションが成立するとは思っていないだろう。


 無事に傷が治せることも判明したので、膝の傷も治してあげたいところだが。


 もう一度膝の方に手を伸ばすと、今度は止められなかった。


「ひざも治してくれるの?」


 とりあえずこくんとうなずいておく。


 先ほどと同じように膝に魔法を施す。


 まだまだ幼い柔肌に傷を残すのも忍びない。あとが残らないように治療できればいいのだが。


 さっきよりも意識を集中させ、傷の範囲も考慮し、魔力を多く注いでいく。


 再び緑の光が患部を包み込み、傷を癒していく。


 他人の傷を癒すには思ったよりも魔力を消費するようだ。


 リーリヤの傷をすべて治しきるころには既に俺の魔力は空っぽになり、体が倦怠感に包まれている。


「マットすごいね。もういたくないよ」


 嬉しそうにはしゃぐリーリヤ。


 そうだ。この無邪気な笑顔を見られれば俺は満足なんだ。


 しばらくリーリヤと戯れていると、エルザが洗濯物を終え、家に戻ってくる。


「あら、リーリヤお帰りなさい」


「ただいま。おかあさん。あのね、さっき転んじゃったの」


「ほんとね、泥んこじゃない。怪我はなかった?」


「マットが治してくれたの」


「何言ってるの?まだ一歳なのに魔法なんて使えるわけないでしょ。ほら、シャワーで泥を流しましょう」


「えー。ほんとなのに」


 やはり信じてはもらえないか。浴室に向かう二人の背を見送りながら、俺は眠りにつく。少し疲れてしまった。


 

 その後は味を占めたリーリヤが怪我をする度に俺のところに来るようになった。


 頼りにされるのは悪い気はしないし、魔法の訓練にもなるので一石二鳥だ。


 魔力の総量が増加することで、回復魔法の効果も増えていく。魔法とはやはり筋肉と同じような性質を持つものであり、使えば使うほどより効率よく使用することができる。


 使いたてのころと比べるとかなり効率よく傷をいやすことができるようになった。


 おかげでトレーニングの効率もどんどん上がっていく。


 かなり強引な負荷をかけても即座に回復魔法を使うことで、無理無く高強度のトレーニングを行える。


 そろそろウェイトトレーニングを行っていきたいところだ。


 最近は寝る前にリーリヤと共に絵本を読んでもらうことが多くなった。


 おかげで文字も少し読めるようになってきた。


 ふむ。この世界の識字率がどれくらいのものかは分からないが、文字など読めるに越したことはない。魔法の手引き書などがあれば目を通しておきたいところだ。


 最近よく読んでくれる絵本は、囚われのお姫様を勇者が救いに来るというなんとも王道な物語だ。


 モンスターに囚われたお姫様、セシル。


 それを助けに行く勇者ドレイク。


 迫りくる強敵を打ち倒し、最後には姫を攫ったモンスター、魔獣皇ザルトニアを討伐し無事に姫を救出。


 恋に落ちた二人は結ばれるかと思ったが、身分の差により結婚は認められなかった。


 結ばれることはなくともお互いに支え合おうと誓い、別の人生を歩む。


 という悲恋の物語だが、それでも強く生きようという二人の決意がありありと伝わってくる。


 リーリヤのお気に入りは、王様に結婚を反対された姫が城を飛びだすシーンだそうだ。


 結婚を反対されても健気に身を案じ追いかけてくるドレイクがカッコイイとのこと。


 なぜだろう若干Sっ気を感じるのは気のせいだろうか。


 そんな穏やかな毎日過ごしながら、この世界のことについて学んでいく機会が多くなった。


 父はどうやら冒険者という職業であるらしい。


 俺の知っている世界はいまだに家の中だけであるので外のことは分からないが、新鮮な肉を持って帰ることも多い。


 母もかつては父と同じく冒険者であったらしい。今は子育てに専念しているが。

 

 二人は冒険中にパーティーを組む中でお互いに惹かれていったらしい。


 夜に晩酌をしながらそんなことを懐かしそうに話していた。


 そして、どうやらモンスターというものがこの世界には存在するらしい。


 どのような存在なのかは判然としないが俺もいずれ立ち向かうことになるのだろうか。


 ついでにようやく、自分の姓が分かった。


 スルトリア。それがこの家のファミリーネームだ。


 であるから、俺の名前はマットーニ スルトリア。略してマッスル。大切なことなのでもう一度。マッスル。


 素晴らしい名前だ。

 

 この名を授けてくれた両親には感謝の念しかない。


 名は体を表すという。


 この名に恥じぬ立派な筋肉に鍛え上げよう。


 身体もそこそこ出来上がってきたのでようやく腕立て伏せやスクワットが行える段階になっている。


 良い調子だ。



 二年六か月。


 今日は記念すべき日だ。


 俺はこの日初めて自分の脚で外に出ることができた。


 俺が言葉を理解していることも両親は既に承知している。最初は成長の速さに不信感を持っていたようだが、俺たちの子供なんだからすごくて当然だろうというマエストロの発言にエルザも乗っかいり有耶無耶になった。


 我ながら適当な家族だと思うが、自由に外出できるのは有難い。


 回復魔法のことについても説明すると、半信半疑であるが、実演すると納得。


 とはいえ言葉はまだ上手く言葉を話せないのが年相応だな。


 普通であれば魔法を使えるのは早くても5歳くらい。このくらいの年齢で使えるようになるのはまさしく天才だと。


 俺の場合は記憶と意識があるから上手くいっているだけなのであまり期待はしないでほしいが、喜んでくれるのならそれなりに頑張るのも悪くはない。


 姉のリーリヤも魔法が使えるようになった。


 水の魔法だ。


 初めて使えるようになった日は朝起きたときに暴発させてしまい、おねしょと勘違いされて不貞腐れていた。可愛い姉である。


 どうやらこの世界では魔法の才能は素質と呼ばれるらしく、一般的に一人当たり二つの素質を生まれながらに持っているらしい。


 とはいえ、両方の魔法がまんべんなく使える場合もあれば、片方の魔法が得意ということもあり個人によって変わってくるらしい。


 現に父のマエストロは炎の魔法しか使っているところをみたことがない。


 母が魔法を使っているところはいまだに見たことがない。もう少し大きくなったら聞いてみるとしよう。


 さて庭を散策していると丁度いい大きさの岩を発見した。


 持ち上げてみると結構な重量がある。


 3キロくらいだろうか。


 今の体には十分な重さだ。試しに肩に担ぎスクワットを行う。


 体幹にずっしりと重さが伝わり、筋肉に負荷が掛かる。そうだ、この感覚。久しぶりに感じた自重以外の重さに喜びがあふれ出る。


 やはりこの感覚は良い。


 一回一回に感謝の気持ちを込め夢中でトレーニングを行っていく。


 気づけば俺の大殿筋やハムストリングスが悲鳴を上げている。


「ふん!」


 最後の一回を気合を込めて行い、岩を地面に置くと下半身を中心に鈍い痛みが走る。


 この感覚。


 最高だ。


 適度に回復魔法を使いながら行たトレーニングのお陰で筋肉に多大な負荷を与えることに成功している。


 久しぶりの広範囲の筋肉痛の喜びを噛みしめながら回復魔法を施していると、途中で回復が止まる。魔力はまだあるはずなのだが。


 そうか、プロテインが足りないのか。

 

 俺は回復魔法を筋肉の修復のスピードを高めることに用いている。


 これはあくまで代謝を加速させるものであるので、その分栄養を摂取する必要があるのだ。


 トレーニング後は三十分以内にプロテインを摂取する。これは筋トレの黄金セットだ。


 一刻も早く良質なたんぱく質を摂取したいのだが。


 残念ながらこの異世界には冷蔵庫というものは存在しない。


 ふむ。なにか良いものは無いだろうか。


 庭を眺めると目に付くのは、普段食卓に出てくる野菜などだ。自家栽培しているらしい。自給自足であれば十分な量だ。


 良質なタンパク質か。


 肉の入手は難しいか。


 思慮に耽っていると目の前を小さな虫が通りすぎる。


 バッタのような形だったがあまりよく見えなかった。


 待てよ。バッタ。イナゴの佃煮。昆虫食。


 昆虫はタンパク質含有量が豊富であると聞く。試してみるか。


 その辺を飛び回る昆虫よりかは、幼虫を探す方が良いだろう。


 カブトムシなら腐葉土、クワガタなら朽木、幼虫が存在するのなら適度に柔らかいところが良い。小さい頃は田舎のじいさんのところで虫取りもしたものだ。


 しかし動物の肉を食う時もそうなのだが、肉の味というものはそいつがらべたものによって大きく変わる。


 それはそうだろう。なんならその身体の原料になるのだから。


 であれば、腐葉土や土を主食にしているものはあまり味は良くないだろう。丁度良い倒木があるのでほじくり返してみると、お目当ての幼虫が見つかる。


 大きさ的は丁度自分の握りこぶしほど。量としては申し分ないだろう。


 しかし、前世で昆虫を食べたことはないが、この体でいる限りにおいて特に食べるということに関して不快感は感じない。不思議なものだ。


 怖いのは寄生虫といったところだが、回復魔法があるのでおそらく大丈夫だろう。


 火を入れることは出来ないので生で食べてみる。


 うーむ。歯ごたえがあり、乳歯では噛み切るには少し手古摺る。


 味は、なんというかクリーミーではある。


 悪くはない。


 栄養補給も行えたので、回復を行う。


 しばらくはこういう方法で栄養補給をしていくことになるだろうか。


 栄養補給という課題があったとは。筋肉を苛める喜びに浮かれていた。俺もまだまだだな。


 昆虫の採集というのは一つの方法だが、卵辺りを手に入れたいところだ。


 鳥の飼育などは可能なのだろうか。そういえば我が家では家畜の飼育は行っていない。マエストロが定期的に肉を持ってくるから必要ないか。


 食当たりなどを気にしないのであれば生肉でも問題なく食せるのだが、狩猟技術がないことが問題だ。


 狩りができないのであればやはり採集を行うべきか。


 となれば畑の肉、大豆が欲しいところだな。大豆でなくてもいい、ナッツやアーモンド、マメ。この辺りが最も望ましい。


 そんなことを考えているとふとある考えがよぎる。


 代謝を加速させることが可能な回復魔法を植物の成長に使うことは可能なのではないだろうか。植物の生育に詳しいわけではないが大きくなるということは突き詰めれば細胞分裂を行うということのはずだ。


 それを早めてやればいいだけなのだ。幸い植物の栄養は土壌から摂取するもの。


 理論的には可能だ。


 こうして俺の新たな実験がスタートした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ