第A-6話 井戸端会議は必然に
鶴海一行は飛龍丸を犠牲に横須賀への上陸に成功する。
ここからどのようにして東京ビックサイトへ移動するのか、議論が白熱してるさなか、鶴海はここに来て一番恐れていた事態を目の当たりにすることになる……!
「あぁ……。死ぬかと思った……」
三人は飛龍丸から打ち上げられてからしばらくし随分と大人しくなった魚の様に、停泊所の上で数分間ぐったり倒れこんでいた。いつの間にやらあの布はどこかへと羽ばたいてしまった様だった。そして飛龍丸も生憎と言うのか、それとも案の定と言うのかは不明だが見事に激突の衝撃で崩壊してしまった。木片がいくつか海面から姿を現していた。だが生命の危機に近い何かに、つい先程まで直面していた二人には、そんな事を考えている余裕も精神も存在しなかった。
「本当だよ……。やっぱりツッコミキャラは必要不可欠だね……」
今回や本編では、たまにツッコミを入れるとはいえ、割合では圧倒的に新槙がメインのツッコミキャラであり、ツッコミキャラの不在は致命傷になりかねないという現実をここで二人はしみじみと痛感させられた。最も、こんな事を言えるのは、二人が目を醒ました中、新槙だけが何故か目を醒まさないでいたからである。
「ていうか、英子ちゃん中々目醒まさないね……」
「あっ確かに」
「ここで真の意味でツッコミキャラを失ってしまったら……」
「間違いない、私達の命運は下手したら東京、いや着く前に尽きる事に……」
ここで冬の刺々しい冷風と共に数秒の沈黙が二人の間を流れた。
「起きろおおおおおおおおお‼‼‼‼‼」
「お願い、死なないで英子ちゃん! あんたが今ここで倒れたら私や鶴海ちゃんとの約束はどうなっちゃうの? 脈はまだ……」
「やめろっ! そんな事言ってたら本当に『次回 新槙死す』になってしまうじゃないか!」
「…………。」
そうして騒ぎ出して数秒、二人が心配そうに見つめた矢先に新槙は目を醒ました。
「「起きたっ!」」
「あれ、ここは……?」
「横須賀だよ! お前のお陰でどんだけえらい目に合ったと思ってるんだよおおおおおおお……」
鶴海の口調は怒っていた。しかし彼女は不思議に号泣していた。
「え……、なんでつるみんそんなさっきみたいに大泣きしてるの?」
「「…………え?」」
これには二人も度肝を抜かれた。この様子、新槙にはあの時の記憶がどこか彼方へとぶっ飛んでしまっているのをすぐさま察知し、驚き呆れたのであった。
「何か迷惑かけた? ならめんごめんご〜」
「「えぇ……」」
新槙は少しだけ申し訳なさそうにこう軽く謝罪した。ややデレながら右手を首元に回しペコペコするその様に困惑せずにはいられなかった。
「そんなことより……、リストバンドだよ!」
そんな事件から少し経ち、三人共ようやく落ち着きを取り戻しつつある中、米原が唐突にこう切り出した。
「あっ! 完全に忘れていた……!」
「それを最初に言ってよ〜琴奈〜……」
「私も今……思い出したんだけどね」
ここで『何だよそれ!』といういつものツッコミがやって来た。鶴海と米原は表面上では反応をしなかったが、心の奥深くではその発言を聞くだけで少し安心感すら覚えていた。
「とにかく! なんとしてでもリストバンドを手に入れなければならないのは事実! そうじゃないとここまで死ぬ気で来た意味が無くなってしまう!」
「死ぬ気で? 今回そんな特に命の危機なんて無かった様な……」
「まぁまぁ、それは一旦置いといて。リストバンドなら確か現地で買える筈だよ? かなり並ばされるけど」
「それはどれくらい掛かる?」
「これは私の経験じゃないから何とも言えないけど……。三時間超くらいかなぁ?」
「それでは早く来る意味が無くなってしまうじゃないか……!」
「まぁでもつるみん初めてなんだし、別に昼から参戦っていうのでも良いんじゃないの?」
「……英子ちゃん、その発言聞き捨てならないよ……!」
「えっ?」
新槙の口元から素の声がポロッと出たと同時に、一瞬のうちに悟った。またしても同じ地雷を踏んでしまったと。そしてまたしてもお説教が始まろうとしていた。込み上げる感情を堪えるべく両手で自分の頬を叩いた所で、こう切り出した。
「……確かに英子ちゃんにとってコミケは馴染み深く無いイベントなのは当然だし、それ故分からない事だとか色々あるとは思うんだよね。それに、委託販売というのもあるしね……」
「は、はぁ……」
一旦話に区切りをつけると、ほんの僅かに下を向き間を置いた。しかしここで終わる訳も無いというのは分かりきった話だった。何を言ってるのかサッパリの新槙を他所に対し更なる攻勢を仕掛ける。
「でも! やっぱり特典は決して逃せないよ……! 始発組ですら売り切れで目的のが買えなくなるかもしれないのに昼からだなんて……! それに……、それに……!」
「えっとぉ……、とりあえず琴奈は幾つなの……? い、いやぁ少なかったら割と目的の品全部ゲットできるんじゃないかなぁ……! みたいな……」
米原が新槙に向けた、意味不明な情熱に若干引きながらせめてばかりと言わんばかりに反論をしてみた。そう言われた米原は黙ったままポケットからある物を引っ張り出して来た。
「こ、これは……?」
間も無くそのブツを見た新槙は驚愕した。今自分が目の当たりにしているのは、果たして本当にこの世に実在している地図だという認識で正しいのであろうか、と。
「な、何この精神異常でも起こしたかの様な書き込み⁉ ていうかこの丸印の数……、まさか全部周るつもり?」
「もちろんだよ」
「一体いくつなの……?」
「…………企業を含めたら、少なくとも七十……」
腹を括ったかの様な凛とした態度。それに目つきが完全に出征前の兵士のそれだ。米原の覚悟を五感でもって確信した新槙はしばらくうつむいたままの状態になった。そしてゆっくり米原の方へ顔を上げた。
「先程の失礼極まりない発言、申し訳ございませんでしたぁ!」
米原は何故か大真面目に敬礼のポーズを取る新槙に少々意表を突かれたが、すぐにこう応じた。
「分かってくれたならよろしい」
「ありがたきお言葉っ……! 私、今戦線につきまして誠心誠意サポートさせて頂きます!」
「それはかたじけない……!」
こんな討論とも、説教とも、または茶番とも呼べない様な変な事をしている最中にも、時間は着々と進んでいく。それは本人達が最も理解しているはずである。始発が会場最寄り駅に着くまで残り二時間になりつつある午前三時。新槙と米原が何だか揉めている間に、鶴海は辺りをぼっーと見つめていた。
「し、しまった……!」
そんな矢先、鶴海に寒気がした。一行が危惧していた事が、ここに来て起こり得ようとしていた。