第A-5話 強襲上陸! 目指せコミックマーケット!⑤
鶴海はまたしても独断で横須賀への上陸を決定する。
それに当たって、鶴海は作戦を策定しこれを船の操縦経験など無い新槙に任せる事にした。
それでとなお彼女は持ち前のセンスでこれをいとも簡単に操縦する。
しかし、この時新槙の化けの皮が剥がれようとしていた……。
「……以上が本上陸作戦の内容だ! 質問は?」
いつもそうだが、鶴海の高圧的な『質問は?』はほとんど質問らしい質問を寄せ付けないのだ。理由と言うのは実に単純で、言おうと言うまいと鶴海がその質問を少しでも参考にしたり、採用されたりする確率は極限までゼロに近いのである。したがって鶴海と関係が薄い人物の場合だと、ただうなずくしか出来いのである。しかし、この二人が何かしらの駄々をこねる。自らの助言が無意味だと知っていてもなお、何かしらの文句をぶつけるのである。
「よりにもよって横須賀……。そうなるとは思ってたけど……」
「資本主義という汚染されし養豚場で醜く肥えたブタ共を駆逐せねばならんのでな!」
「ちゃんと通じる日本語喋ってよ……」
米原は鶴海の奇天烈な表現に呆れながらそう言った。ちなみに意訳すると米軍空母『ロナルド・レーガン』の事を今回は指している。この空母は米軍の空母で唯一国外が母港となっている。その港こそ今鶴海達が上陸する予定の横須賀なのである。ちなみに海上自衛隊の軍港も横須賀にあるので抑えておこう。きっと三日後に近所のおばあさんから『護衛艦いずもはどこにいますか?』と尋ねられるだろうからその時は親切に教えてあげよう。なお、出港していたり、海外に派遣されている場合は対応しかねるので注意が必要だ。
「空母轟沈させるっていうあほみたいな話は置いといて、本当にこんな大雑把な証拠隠滅で大丈夫なの? いいや絶対大丈夫じゃない気がしてならないんだけど」
「あほみたいとは何を言うか! 敵艦を攻撃しないなど、何たる発想をしている!」
「一体何十年前の話してんの? いい加減目を覚まさんかい!」
「まあまあ。二人共落ち着いて。とりあえずいざとなれば入水すれば良いんだし……」
「落ち着けるか! 何自殺も視野に入れてんの⁉」
「ええい、とにかく横須賀に入港するんだ!」
真っ暗な太平洋上、改造されたエンジンが豪快に唸る音が辺りに伝わるだけの状況が先程まで続いていたが、ここに来ていつも通りの賑やかさが再び戻って来た様だった。こんな荒れ模様でろくな議論など可能な絵訳も無く、結局鶴海案はそのまま採用されることとなった。時刻は間も無く午前三時になる所だ。
「よし、とにかくまとまって動く事だぞ。いいな?」
「あんたが一番心配なんでしょうが……!」
「分かっとる! 流石に空母には何もせん!」
三人が大きな大きな黒い布の中に地震の防災訓練みたく身を潜めている。どうやら船上から上陸後の暫くまでは特定防止のためにこの余りにも不気味な行動を取るらしい。
「それじゃあ行くよ?」
布の中からエンジンに手を伸ばしている新槙がこう問いかけた。二人は同時に米原の方を見て頷いた。すると、一気に飛龍丸はこれまでと比べ物にならない程勢いで加速し始めた。横須賀港まではこの頃になると直線距離の場合だと十キロを切っている所だ。東京湾に差し掛かってから直角に方向転換し、一気に突っ込もうという魂胆だった。しかし、飛龍丸は常に加速しっぱなしで減速の気配がこれっぽっちもないのである。
「あそこだ! あのボートの停泊所掛けてだぞ!」
「了解っ!」
東京湾から船の操縦を担っているのは新槙。操縦経験は微塵も無い様だが、鶴海に抜擢された。だが珍しく本人も乗り気で承諾した。これはスポーツにおいて活発でバツグンのセンスを持ちうる新槙はきっとこういう類のものにも興味を示し、初見操縦でも上手く捌けるだろうと判断した策士鶴海の勝利でもあった。
先程まで加速していた船だったが、軍港が近くまで来るとここに来て一気にまた方向転換し始めた。
「ちょっと我慢してて! このヤマ越えたら最後の直線だから!」
船はこれまでの速度を維持しながらまたしても直角カーブしようとしていた。鶴海や米原と共に黒い布に覆われ、視界もさほど広くないどころかむしろ狭いとも言えるのに見事なまでの操縦だった。やはり鶴海の考えは正しかったようだった。だがしかし、それがここになって裏目に出る事となった。というか、出過ぎた。
「え、英子ちゃん! 荒い! 荒い!」
「おい! いつも私にツッコむ割りにはお前だってあらくったいじゃないか!」
「はいはい! もうちょいだから!」
新槙の目の色は何かいつもと違っていた。それに声もやけに活き活きしている。車などを運転する際に気性が(と運転が)荒くなるのはよくある話ではあるが、それが彼女の場合露骨に現れた。それも初めて扱う船でだ。荒ぶるエンジンと船体が波をも荒々しくさせ、度々鶴海達は塩っぱい海水を浴びせられた。こんな時に肝心のいつもツッコミ役が不在どころか実行犯であったせいでか飛龍丸は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。新槙にとって、いつもの鬱憤ばらしの意味も込められていているのだろうか、やけに彼女は何もかもを忘れたかの如く吹っ切れていた。
そうこうしていると、あっという間に新槙の言うヤマを越え、最後の直線区間に差し掛かっていた。だが、
「おい! 何が『ヤマを越えたー』だ! 人生の山場来てるじゃないか!」
「何のこれしき! もう何も知ったこっちゃない! このまま行かせて貰うよ!」
「ふざけるな! 全く話した作戦とやってる事違うし……、このままだと玉砕してしまうじゃないか!」
「とりあえず念仏でも唱えておく?」
「ふざけるな! なんで死ぬ前提なんだ! 止めるんだ! あいつを!」
「残念、今更減速した所で手遅れ! この船はもって二十秒だよ!」
ここまで来ると、彼女の言う通り減速しようにも手遅れだと言わざるを得なかった。実際に当初の目的地の停泊所は目と鼻の先の所まで来ていた。
「ああクソ! こうなったらタイミングを計らって飛び込むしかない!」
焦りを露わにしながら鶴海がそう言うと、新槙を引っ張り出し、布の中で不気味にゴソゴソしながらもなんとか船の先端部まで移動する事が出来た。
「新槙! 責任取って何とかしろよ!」
「はいよ! 任せときなぁ!」
『何とかしろ』というのは何とも投げやりな言い方だったが、流石に今回ばかりは鶴海に同情せざるを得ないと言えるだろう。かろうじて陸の方の景色が見える位で、辺りはほぼ真っ暗。冷たい風が吹き付ける中、彼女達に大一番がやって来る。
「さぁ、行くよ!」
こう笑みを浮かべながら言うと、新槙は鶴海と米原の体を布の中から自分の体の方へと抱え込む様に、二人の肩を自らの手で強く握った。
「五! 四! …………」
間も無く船内ではカウントダウンが始まった。一人だけ元気に声を張っていたが、残りの二人はただ困惑ないし恐怖するのみだった。そんな二人を他所に、船は相も変わらずひたすら停泊所に向かって速度を保ちながら一直線だった。
「三! 二!」
「ひえぇ……」
思わず米原から小さな声が漏れた。鶴海もいつもしないような珍しい、恐怖心丸出しの表情をしていた。だがそんな事お構い無しと言わんばかりにカウントダウンは進行して行く。
「いーちっ!」
「そぉおれっ!」
カウントダウンが終わると同時に、三人は船から勢い良く飛び出した。かすかな街灯と、遠い空から届く光が、摩訶不思議な黒い物体をほんのり照らしていた。