第A-3話 強襲上陸! 目指せコミックマーケット!③
米原に勧められ初めて見た深夜アニメに感銘を受け、コミケ参加の意思を確固たる物にした鶴海。
だがしかし、そこには様々な時間的、地理的障壁が待ち構えていた。
果たして鶴海は如何にしてそれらを突破していくのだろうか?天才厨二病の真価が問われる時がやってくる……!
「……と言う訳で、改めてここでコミケに参戦したいという意思を表明する事にする!」
鶴海の決意表明に二人が拍手した。しかし、新槙はそこまで興味が無い様子でただ『お、おおー』と粗雑な反応をするに留まった。
「それにしてもまさかあんなに食いつくなんて、意外だったよ……」
「やっぱり強烈だったのは単なるハーレムものかと思いきや終盤にかけて純愛ものに化けてるかの如くメインヒロインが頭角を現して主人公と結ばれてかつ更に他のヒロインも主人公の裏に隠れていた他の昔からの思い入れがあったキャラと結ばれていき決して負けとはならなかった事かな! そして何より普段のほのぼのストーリーに絶妙に調和した物語の流れを変える様な泣ける急展開! 更に更にだなぁ……!」
「まぁまぁ、落ち着いて落ち着いて。その気持ちはよーく分かるよ」
鶴海が間を置かずに感想を凄まじい勢いで語っている所で米原は制止を促した。その光景を見て米原はさぞかし満足そうだった。だが、まさかこんなにもあの鶴海が食いつくとは思わずに逆に少し驚いてもいた。
「それでコミケはどうするのさ? どのみち今からはバスの予約すらも厳しいんじゃない?」
そんな中新槙が腕を組みながらこの現状に対してこう釘を刺した。
「うーん、そこだよねぇ……」
それに対し米原も素直に困った表情をした。頭を抱えて何とか解決策を見出そうと試みるが、どうしても中々それは出て来なかった。
「参加証は当日長い列を並べば良いとしても……、移動、宿泊、身支度……。あらゆる所で準備何て出来てないしなぁ……。とりわけ移動手段ともなると……」
「そのコミケってのはあくまでも明日からなんでしょ? なら別に出発は今日じゃ無くて良いんじゃない?」
「確かに明日からだけど……、アニメの同人のサークルって言うのは基本的には初日に集中してるんだよね……」
「そ、そうなのか?」
「うん、そうなんだよ」
米原はただ目を瞑り、黙って頷いた。そしてこう続ける。
「私も初参戦の時は最終日に行ったけど、事前に目を付けてたアニメ系のサークルさんは軒並み初日だったし……!」
米原の心は屈辱の炎で燃えていた。本来ならば萌えていたい所だったが、どうやら今も尚目的の品が買えなかった事を生涯の屈辱として刻んであるらしい。(委託販売に頼れば良かったのに……と思う方もいるかもしれないが、若さ故の過ち、どうか大目に見てやって欲しい)
「「お、おお……」」
鶴海と新槙は拳を握りしめ、煮えたぎるこのやるせない思いを必死に堪えている米原に対して小さく声を漏らし、やや引いてしまった。
しかし、こうして考えてみると唐突の鶴海の提案は余りにも無理がありすぎたのである。
鶴海達が住んでいる伊勢志摩地域の東京までの主な交通手段としては、まずJRや近鉄(近畿日本鉄道の略)で名古屋までの移動が挙げられる。ここでは彼女達は迷うこと無く近鉄を選択する。三重県が奈良県と共に近鉄王国と呼ばれている事を知っている人なら分かるかもしれない話だが、そうではない人の為に一応説明をすると、このように『近鉄王国』と揶揄されているみたく、JRと近鉄の並走区間(鳥羽〜名古屋間。ちなみに近鉄の終点は賢島というかつての伊勢志摩サミットの開催地)では基本的に近鉄の圧勝続きとなっている。(なお、これ以上近鉄王国の説明は尺の都合上カットさせて頂きます)
名古屋まで行けたとしても、そこからの移動手段が問題だ。新幹線は高校生にとっては高嶺の花だ。(一人だけ例外は居るが……)そもそも今から急いで支度したとしてもこの時点で午後七時を回っている。そこから様々な準備もある訳で、新幹線の終電にも間に合うはずが無い。夜行列車も満席の為アウト。そうなってくるとほぼ詰みなのである。だがそれでも、鶴海はあくまでも初日だと言う姿勢は崩さなかった。
「米原!」
「ん……?」
相変わらず珍しく燃えていた米原に鶴海が声を掛けた。
「ならばこれは絶好の機会では無いか! そう、来たのだよ! リベンジの時が!」
突然、鶴海が米原を説得し始めた。しかもやけに自信ありげな表情をしていた。
「で、でも今からだと流石にもう詰みだよ……」
米原はここでいつものどおりの米原に戻った。心無しか若干しょんぼりしている様にも見えた。
「なーに、丁度良いアイデアが脳裏を過ったんだよ……!」
「(やばい、嫌な予感が……!)」
鶴海のドヤ顔に、やけに強気な口調。これは危ないと一瞬で新槙レーダーは察知した。
「しっかし、こっからどう形勢逆転するつもりなのかな……?」
新槙は一足早く指定された集合場所に来ていた。鶴海の妙案とやらにかなり不安を感じていたが、何だかんだで一番乗りだ。数泊分の着替えやその他諸々を鞄に詰め込んでいた。午後八時をとっくに過ぎている鳥羽駅のロータリーには、山々からすぐ側にある伊勢湾の方向へと冷たい風が吹き込んでいた。
「お、おまたせ〜」
「おっ、琴奈! って……、何じゃその鞄の数はぁ!」
新槙はただ米原の張り切り様に驚愕した。
「いやぁやっぱりリベンジマッチだと考えると、燃えてきちゃってさ……? それに金銭面の事については鶴海ちゃんがどうにかするって言ってたし……」
「ゲスい……! 目がとにかく輝いているし何よりゲスい!」
そこから十数分、二人はたわいも無い会話をひたすらベンチに座りながらしていた。周りに人はもうほとんどいなかった。そんな中だった。
「おう二人共、待たせたな!」
いつもの元凶、鶴海のお出ましである。しかし、何故か鶴海は手ぶらだった。
「待ってました!」
「それで……どうするのさ? 準備を死ぬ気で急いだ所で行けなかったら意味無いし……」
「そこは安心しろぉ新槙……! あれを見ろ!」
そう言って鶴海は自身の真後ろの海の方を勢い良く指さした。
「なっ……、そんな……本気で言ってんの!?」
新槙は鶴海が指を指した物の正体が分かった瞬間、度肝を抜かれた。そこには、単なるオープンタイプのフィッシングボートがあった。
「近所の高専から借りてく事にしたんだ、九九年間な!」
「え、えぇ……」
新槙は膝からガタガタっと崩れ落ちてしまった。