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第八話 ヨナス・ワグナー

鶴海達が処刑されようとしたまさにその時、一人の男が彼女たちを救った。その男の名はヨナス・ワグナー。


若くして出世街道を登り詰めたという彼だったが、彼の不思議な言動などに戸惑いが生じ始める。

 突然鳴り響く銃声。空虚な初日の出が昇りつつあるワルシャワの一角で出来事だった。暗い藍色の隅っこには暖色がじわじわと現れ始めていた。だが、それらが覆っているのは、人類が創造し、また人類により破壊しつくされた街並みだった。


 「チッ、もう掴まれていたか……」


 「当然。隊員自身がSSの執念を甘く見るとは愚かな思考だ。」


 入口から一歩、また一歩とこちらの方に迫って来る。そんな無防備な状態なのに主犯の男は仲間であるはずの連中にも構わないし、銃で迎撃しようともしない。男もまた、ただ殺気を全身にまといながらゆっくりと歩み続けるのみだ。


 「流石にラインハルトの傍にいただけある様ですなぁ。よくぞここまで亡命計画を台無しにしてくれた」


 冷や汗を出しながらもなお、平然を装おうとし、誤魔化しの不穏な笑みを浮かていた。


 「ラ、ラインハルト……⁉」


 鶴海から声が漏れた。


 「え、知ってんの?」


 「あぁ。この時代から数年前に殺されてしまったが、それ以前はあまりにも残虐な手段を使用する冷酷さから『金髪の野獣』と呼ばれた人物だ」


 「そんな人の直属の部下だったんだ……。てことはあの人の事も鶴海ちゃん知ってるの?」


 「いいや、分からない……」


 三人はこそこそ声で話したつもりではあったが、それが主犯の男に聞こえていたかは微妙だった。


 「君の人生もこれから台無しになる、違うか?」


 その男はなりふり構わずどんどん歩み寄って来る。鶴海達にはかなり若く見えたが、その軍服には勲章がびっしりと取り付けられており、貫禄があった。


 「フン、元からどのみちあほみたいな死に方するのは何となく察してましたよ。んたく、弱者は死に場所の自由すら与えられない」


 「……そうか」 


ボソッと呟き、かなり距離を詰め寄った所で男は止まって再び拳銃を構えた。主犯の隊員は抵抗する気配が全く無い。


「……好きな様にしてください。どうやらここで命運は尽きたようです」


目を地面の方に逸らしながらこう告げた。奪った剣も瓦礫まじりの床にぽつんと落ちているだけで、未練を感じながらも潔く死を選択する覚悟がそこにはあった。


「……優秀な我が部下に、名誉ある死を」


構えた銃を心臓の方へと向けた。それに頷いた隊員は一歩下がりコートの埃を払った。そうして、間もなくこう叫んだ。


「……ハイルヒトラー!」


夜明けを告げるかの如く、再び銃声が鳴り響く。無力に倒れ込んだその先から、血が流れ出した。これが、死。これが、戦争。人間の命など、ここでは、この世界では昆虫のそれなんかよりもよほど価値が無い物であると三人は自らが置かれている現実に対し、衝撃を受けた。






「……ところで、君達は何者だ」


死体を前に溜息をついた男が、ただ地面を残酷に彩る紅を見つめながら問いかけてきた。


「…………そういうあなたは?」


最初は緊張、恐怖と衝撃で言葉が出て来なかった三人だが、鶴海がじっと男を見つめながら問い返した。


「ヨナス・ワグナー。とある事情でこの地にやって来たんだよ」


「……私達をどうするつもりです?」


警戒心を露わにしながらも、鶴海は立て続けに質問する。


「未来人だか宇宙人かは知らないが、君達はここで死にたいのか?」


「なっ……! そ、それは……」


度肝を抜かれた。ぶっきらぼうに男から出てきた未来人という言葉に動揺を隠せずにいた。


「まぁいい。……私と一緒に来る気はあるか?」


「…………」


「ただし、条件付きでだ」


「……何」


「君達も彼同様、死に場所は選べんぞ。故郷に帰れるかどうかは天命次第だ、どうする?」


ワグナーという男がこちらに振り返り、じっと鶴海の瞳を見つめている。それに対抗せんと、鶴海も同様の事をする。


「……分かりました」


その鶴海の言葉に少し笑顔になった。


「地獄へようこそ。終わりのないパレードに君達を歓迎しよう」


 床に落ちている紫電を拾い上げ、そしてそのままロープを器用に斬って鶴海達を解放した。


 「あ、ありがとうございますっ!」


 新槙が直角に体を曲げ、深々とお辞儀した。三人は、こうして無事解放されるに至ったが、複雑だった。このワグナーという人物が放った言葉が、命の危険からの解放というこの上ない朗報を絶妙に打ち消したのである。それに軍人という立場である以上、その言葉の重みは必然的に何倍にも跳ね上がるのである。


 「それとそうだ。今日はこう見えても新年。せっかくなんだし日の出でも眺めようではないか。いいところに案内してやる」


 突拍子にワグナーが提案する。言われてみればそう、ここは一九四五年の正月を迎えたばかりであった。深夜帯にやって来た鶴海達は、不思議に群衆に遭遇することも無く、また例の如く廃墟と化している市街地も相まって、全くそのような実感を湧かさせなかった。


 「少し待ってて欲しい。車を手配してくる。あともちろん上着もだ。さぞかし寒かろう」


 ワグナーはそう言うと立ち去って行った。三人はただそう語るのを黙って不思議そうに見つめているだけだった。


 


 


 







 


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