第五話 いざ行かん鶴海使節団 堂々(?)たる出発
ついに完成した鶴海特製タイムマシン。だがそこですんなりとタイムワープに至る事は無く、いつものグダグダ感満載。果たして本当に何事も無く彼女達は過去へと飛び立てるのだろうか……?
「おお……、結構立派だし何かカッコいいじゃん!」
鶴海特製のタイムマシンが遂に新槙と米原にお披露目される時が来た。お家柄豪邸と呼ばれる鶴海家宅。その地下に設けられた娘の十江並びに関係者専用地下秘密基地、通称(自称)狼の巣。そこのある巨大な空間にある円柱状のガラスの自動扉に包まれたそれは、過去生み出されてきた数多の試作品と調和し、いかにもという様な近未来感をぷんぷんと醸し出していた。
「今回はいつもよりもデザイン面に於いても拘ってみたからな! 自信作って言うやつだ!」
「それで、今回はちゃんと動作してくれるの?」
当然のように米原からいつもの鋭いご指摘が飛んで来た。だが確かに、ここ暫く鶴海は失敗続きな訳だし、そこに疑問を持たれるのも当然の事であったとも言えるだろう。
「だいじょーぶ! 『理論上』ではタイムワープの誤差は、三カ月以内になるはずだし!」
「『理論上』という言葉を使って大きめに予防線を張るとは……。無駄な所で策士になるなぁ……」
「あのさ、その説明だと全然大丈夫じゃない気しかしないんだけど……」
「仕方ないだろ! これでもかなり試行錯誤して抑えた方なんだぞぉ!」
二人のもはやちょっとしたからかいとも受けて止めれる追及に対して少しムキになりながら反論した。
「まあ、現役JKがタイムマシン開発しちゃった時点で完全にチートなんだけどね~……」
「あれ? また私何かやってしまった?」
「とりあえずすぐ天狗になって異世界チート系主人公みたいな発言するのは止めて欲しいんだけどつるみん……」
と、こういう風に三人は言ってしまえばいつも通りで、当たり前の日常のような空気がそこに漂っていた。その旨が鶴海から伝えられてから数日経過しているとは言え、これから一九四五年のドイツという負けに負けを重ねズタボロ状態で、もうじき降伏する様な末期国家に飛び込もうとしているという緊張感や死への恐怖は、免疫が確立されているのか皆無だった。鶴海の周りに居たら死に対する恐怖という概念そのものが殲滅されてしまうのだろうか……?
「あっ、そうだった忘れてた。一応このマシンとか目的地の説明をしておかないとな……」
ふと鶴海が思い出して先程と類似の話題が続いている中、ひょっと思い出したのかこう切り出した。そしてそれに合わせて、二人の部下(鶴海曰く)が長官(自称)の方へと同時に振り向いた。二人の視線を確認した後、解説を開始したのであった。
「今回は一応目標をワルシャワに設定した! 一九四五年の、現地時間一月一日午前零時、つまり年越しの瞬間付近。そこに飛べたら理想なんだが……」
「あれ? どうしてワルシャワ? つるみんならてっきり帝都のベルリンを選ぶかと思ったけど……」
「やっぱり最初から帝都と言うのはあまり面白みに欠けるだろ? 折角過去に行けると言うのだから、色々各地を視察したいなと思ってな!」
「うーん、ツッコミ所だらけで繰り返す様になってしまうけど取り敢えず一つだけ。どうしてワルシャワなのさ?」
「それはぁ……その……、フィーリングだっ!」
「あぁ、適当に選んだなコイツ……」
聞こえない様にボソッと、少し溜息をつきながら呟いた。
だが、新槙は何故か鶴海のさっきの発言に少し引っかかる所が有ったようだ。
「(四五年元日のワルシャワ……? なーんか嫌な予感がするけど気のせいかな……)」
最初は気のせいだと自らの疑念を押し殺そうとしたが、
「(……あっ! これ絶対やばいやつじゃん!)」
新槙の疑いが確信へと変貌した瞬間、つい潜在的に助けを乞うためなのか米原の方をチラチラと若干困った表情で見た。
「(ん……英子ちゃんどうしたんだろう……? とりあえず探ってみよう)」
そうして新槙のSOSを察知して携帯を駆使して思い当たる節を片っ端から調べ始めた。
「あ、あのさ……、ちょっと言いたい事が有るんだけどさぁ……」
恐る恐る新槙が鶴海に切り出そうとする。
「ん? どうしたんだ?」
「いやぁ……あの、ちょっと言いにくい事なんだけどさぁ」
「ちなみに言うが異論は基本認められないぞ?」
「それでもさ……、ちょっと流石にこれは言わないといけないかなぁ〜って思って……」
「あぁもう何なんだ? 言うなら早くしてくれ!」
言おうとするが、どうしても躊躇ってしまう。それに鶴海が徐々にイライラし始めていた。
「あぁー……ごめんごめん。ちょっとつるみんにとってショックかも……しれないかなーっと思って……さ?」
この時の新槙は明らかに様子がおかしかった。いつもだったらもっとハキハキと喋るのに、今回はあからさまに何かを隠しているかの様な雰囲気を醸し出していた。これでは鈍感の鶴海にさえこの違和感を感づかれてしまうのも時間の問題だろう。
「そんな事いつも大して気にしてない感じでツッコミする癖に、何故このタイミングで気にするんだ?」
一番以外な人からの、一番以外な質問が飛び込んで来た。誰が予想しようか、いいや誰も予想だにしていなかっただろう……。
「げっ⁉ 一番言われたくない人から指摘されて何かショックなんだけど⁉」
「そうそのキレ! それが無かったのが何故か聞いているんだろうがっ!」
「え、えぇっとお~……それはぁ、そのぉ……」
またもやここで新槙がもじもじし始めた。そろそろ隠し通そうにも限界が流石に近づいていた。
「ワルシャワを到着予定地に設定するのはあまりにも無謀すぎるんじゃないかな?」
崩壊しかけていた戦線に突如第三勢力の乱入が。第三勢力の正体は言うまでも無く米原だった。相変わらずの切れ味バツグンの攻撃だった。
「何故そう言い切れる?」
「(……琴奈……また私助けられた……)」
どうやら新槙が気が付いてしまった事は、無意識下に於いて米原にもしっかりと共有されていた様だった。新槙もそれに安堵しこう心の中で呟いた。
「まずね、治安があまりにも不安定すぎると思うんだよね」
「そんなの何処の都市にももはや該当するんじゃないか?」
二人の戦いが少しずつながらヒートアップしていく。それも、加速度的に。
「いいや、ワルシャワの場合だからこんな反対するんだよねー……」
「ほぉ、ならばその理由を示してみろっ!」
ここで待ってましたと言わんばかりに先程からネットで調べていて見つけ出した『根拠』となる携帯の画面を鶴海の方へ差し出した。
「さっき鶴海ちゃんは三カ月予定から最大離れるって言ってたよね? それが大問題なんだよ……」
かなり落ち着いたトーンで鶴海に説明をし始めた。なんて有能な部下()なんだろうか。
「それが一体どう問題になるんだ?」
「そこでここを見て欲しいんだよね」
そこには『ワルシャワ蜂起』の事が掲載されていた。簡単に説明すると、その名の通りポーランド人が当時支配していたナチスに対し反乱を起こした事件だ。この蜂起は四四年の八月一日に開始され、同年十月二日に完全に鎮圧された。
「流石にこの戦闘が発生してる時期にもし飛んでしまったら洒落にならないからね……」
「ん……? そうなると一日だけ被ってしまうな……。だがそんな確率極めて低いじゃないか……!」
「鶴海ちゃん……もっと重要で、そして深刻な事がまだここには隠されているんだよ……!」
そうして携帯の画面を下へスクロールさせた。
「こ、これは……!」
そこにはワルシャワが翌年、つまり四五年の一月一七日に鶴海が文系科目よりも遥かに憎んでいるソ連赤軍により占領されてしまった事が淡々と掲載されていた。鶴海はその事実を知らされてただ絶句していた。
「そうなんだよ……。だからね、ワルシャワは危ないんじゃないかなって思ったんだ。……これで大丈夫だよね? 英子ちゃん」
「うん! グッジョブ! 感謝しかないです神様仏様琴奈様あああ‼‼」
新槙は米原に向かって手をパンっと擦り合わせて必死に感謝の念を示した。
「ぐぬぬ……。そうか……なら仕方ない、同時期のベルリンに変更するか……」
あの頑固者の鶴海があっという間に白旗を揚げる決断をした。流石に赤軍などの社会、共産主義絡みになると萎縮してしまうようなのだろうか……?
「ええっと、何処をどうすれば良いんだっけな……?」
それから間もなく鶴海は目的地の変更作業に取り掛かり始めていた。
「あっ! ここだな。よしここをこうしてっと……」
真剣な表情でタイムマシン内のパソコンのキーボードの様な物をカタカタといじくっていた。その光景を間近で見んと鶴海に寄り添っていた。
「よし、後はここを押したら変更完了っと!」
「にしてもつるみんは凄いなぁ……。多分人類初の快挙なんじゃない? 過去に行くなんてさ」
「そうでもないだろ。上には上がいる。きっと私でも勝てないバケモノが世界のどこかにいると思うんだ」
「なんと美しいお言葉! これぞ人間の鑑だね!」
「それはちょっと違う気がするけどね英子ちゃん……」
そんな会話の中鶴海が目的地変更を確定させるためにボタンに手を伸ばしだす。
「よいしょっと」
ボタンまでもう後少し。もう後一秒も掛からなくとも押せる所まで来ていた。
「……へ……へ……へっくしいっ!」
「「ん?」」
鶴海の大きなくしゃみがタイムマシンを内部から眺めていた二人を再び彼女の方へと視線を集めさせた。
「……タイムワープ開始まで、後一五秒……」
突然人工音声がこう話し始めた。
「えっ」
爆弾のようなくしゃみをし終えた鶴海がその音声が流れている現状を最初は掴みきれていなかった。そしてボタンを押した筈の人差し指の先へと視線を移す。
「えっ、えっ……」
「「「ええええええええええええええええ⁉⁉⁉⁉⁉⁉」」」
何と言う事でしょう、くしゃみのせいでか変更確定ボタンでは無く隣のタイムワープ開始ボタンを押してしまっていたのだ……。これには一同にとてつもない衝撃が走った。
「ちょ、どうすんのさ⁉ これじゃ結局ワルシャワへの死の片道切符になる可能性大じゃん!」
「あばばばばばばばばばばbbbbbbbbb」
自らのまさかの失態で鶴海が完全に壊れてしまい、使い物にならなくなってしまった。
「残り、十秒」
容赦しないと言わんばかりにカウントダウンが継続されていく。
「何か停止させるのは……?」
ぶっ壊れた鶴海を除く二人で、このタイムワープを止める手段を必死に捜索していた。
「残り、五秒」
「ああああああああ‼ もう一体全体どうすんのよぉ!」
「このままじゃ……私達……」
そんな瀬戸際、米原がついに停止装置を見つけ出した。
「あっ! 英子ちゃんあそこ!」
「四……」
「そこかっ! 毎度毎度ナイス琴奈!」
そして新槙が振り向きボタンへ向けて大ジャンプ。似たような光景を見た事が有るかもしれないがそれは気にしないで頂きたい。
「届けええええええええええええ‼‼‼‼‼」
「三……」
「二……」
「英子ちゃん……!」
三人の運命はこの新槙のダイビングにかかっていると言っても過言ではない……。果たして女神は新槙英子に再び微笑むのだろうか……?
「……ゼロ。出発いたします」
……この音声と同時にモーター音やらがマシンの床を微かに振動させ始める。
「目的地は一九四五年一月一日午前零時のワルシャワです。それでは良い旅行を」
「…………」
三人はただ目の前にある現実を重く噛み締め、黙り込んでいた。
「……やっぱ何度も都合よくは行かない、か……」
溜息混じりに独り言を発する。そしてそのまま力尽きたかの如く床にバタっと倒れこんでしまった。