表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/14

第四話 どう足掻いてもこれが日常

トランプタワー襲撃事件、通称『ネギ事件』から数十分。いよいよトランプタワーは完成を目前に控えていた。果たしてどんな結末を迎えるのか?そしてその時、鶴海は……?

「……慎重に、ね……」


 あれ(前回前々回参照)から三十分、トランプタワー建設プロジェクトは一歩ずつ、確実に終了に向かっていた。流石にこの言い回しが悪い意味でとか、フラグの伏線じゃないと願いたいけど……。


 「うん……。分かってるよ」


 琴奈が普段より小さめかつ若干低めのトーンの声で軽く返事をした。今琴奈が新たなトランプを若干ある震えを必死に抑えようとしながら置こうとしている最中ってところ。設置されていくトランプの数が増えるにつれて、部屋の中の緊張感も比例して増していくのを当事者の一人として身をもって相棒(琴奈)と共に実感している最中、っていうところかな……? 琴奈がゆっくり、ゆっくりと置こうとする様子を息を殺しつつ、私もただ視界の一つの事象の様子にのみ集中していた。


 ……そしてとうとうそれが瞬間が来た。琴奈がそおーっとトランプから手を放し、警戒しながら戦線離脱。


 「…………」


 「…………」


 二、三秒ほど私達二人は不安やら緊張やらから少しの間完全な沈黙が続いた。


 「……あぁ~、良かったぁ~~‼」


 だけどそれも一瞬。それらの感情がいつの間にやら安堵感と達成感に完全に化けてしまった。それゆえ、結構大きめの声で沈黙の均衡を破ってしまいました~、なんてね。


 「ありがとう琴奈! そこの下のやつ若干横に傾いていたから怖かったけど流石だよぉ!」

 

 「なんのこれしきだよ。全然気にしなくて良いよそんな事」


 さっきの返事とは対照的に琴奈には笑顔があった。置いた張本人なんだし私より緊張したんだろうなあきっと……。ありがたや。だけど、そんな勝利ムードが続くのかと思いきや……。


 


 「これで……いよいよ」


「後一段、だね……」


 ところがどっこい、まだ後一段、つまり二個分のトランプの設置があるんだよねぇ~これが。いよいよラストだけど、見守っていたさっきよりも更にガチガチに緊張する。


「交代ばんこだからね…、ラストは英子ちゃんだよ?」


自分の任務を果たし勝者の余裕を見せびらかすかの様に琴奈が若干の笑みを浮かべた。もしかしてSだったりするの?


「まぁ……分かってるけどさぁ…、その余裕何か腹立つ!」


「仮に順番が逆でも最後は英子ちゃんが決めるべきだよ……? あれは元々英子ちゃんのトランプタワーな訳だしね」


まーたさっきみたいな笑顔が視界に入ってきた。ただ、そう言われてみればやっぱり納得出来るのが少し悔しい。


「まぁ……確かにそれは悔しいけど、納得するしかないかぁ……」


そう言いながら私は()()()()()に手を伸ばす。


 「これで、全てが終わる……」


 その最後の二枚が他のトランプよりもずっと重く感じてしまう。たかが数時間、されど数時間。ここまで築き上げてきた中での過程こそがその重さ。それを噛み締めながら手でそっと掴み、立ち上がっていざ設置せんとする。これで、全てが終わる……!




 そして小さな机の上に堂々と君臨するトランプタワーの最上段(暫定)に視線を合わせる。こんなにガタガタ手が震えるのは初めてと自信を持って言えるほどに緊張が全身を包み込んでいた。ただそれではまともにトランプも置けないので必死に制止しようとするけど、そう簡単に止まる訳も無く、むしろ意識すると余計に悪化してしまいそうだったから、とりあえず手っ取り早い対処法をやってみる事にしてみた。


 「……すうぅぅ……」


 「……はあぁぁ……」


 ぱっと思い付いた深呼吸をしてみた。自覚はあるけどまあまま大きめ。でもそれくらいじゃないとやってられなかっし別に何とも思わない。


 「……よし」

 

 そう小さく呟いて私はついに取り掛かる。どんな失敗も許されないというプレッシャーや完成後の淡い妄想はあのため息によりいつの間にかどこかに流されてしまい、そこには極限の集中状態、あえて言うなら無心状態のみがあった。

 そしてトランプのシンボル的存在がついにタワー本体と接触した。あらゆる所から出てくる汗を無心のままに耐えていた。手をも密かにそれが湿らせていたのだが、それにも微動だにしなかった。そして、設置場所確定のための試行検証とトランプを引っ込めて上げるのを何度も何度も繰り返していた。そんな中、その時はとうとうやって来た……!


 「……ここだ……」


 静かに確信した。根拠は明示出来ないが経験と直感でこれだと判断出来た。もし仮に、これでダメだとしても後悔は恐らく、いやほぼ確実にしない。自分の中ながらもそんなに太鼓判を押せるのだし、これで決行してしまおう。

 そおっと再び最後の二枚を下ろして行く。触れる寸前で少しの間手を止めたものの、そのまままだ慎重に、慎重に下ろす。とうとう泣いても笑っても最後の審判の時が間も無くやって来る……。




 そしてとうとう、私の手からほぼ速度を持たずに天に放たれた。すぐさま恐る恐る、ゆっくりと現場から一歩分だけ離れ、()()()()()()()をただじっくりと待つだけ。私も、琴奈も……。


 「……あ……お?」


 設置が終わってからフラッシュバックしてきた不安が最初の内は脳内を支配していた。だがしかし、秒よりもずっと小さい単位でそれはじわじわと、そして次々と消え、減少していった。

 

 「お……お……」 


 「お、終わったあぁぁぁ‼‼‼」


 頂上も無事安定したまま何事もなく完成した。紆余曲折だらけだけど、なんとか完成したぁ!


 「良かった……、おめでとう英子ちゃん!」


 「それもこれも全部琴奈のお陰だよ! あの時の琴奈のファインプレーが無かったらどうなってたことやらだよホント!」


 そうそう、あのネギ事件(前回前々回参照)があったお陰でもあるんだよね~()()()()()()()()()があるのも。 


 そうして私達二人は完成の余韻に浸りながら、軟禁タイムにしては珍しく、数分間テンション高めでいつもよりそこそこ騒がしくしていた。


 


 「ちょっと二人共? さっきから少し煩いぞ! 晩ご飯作ってくれるのは有難いが、ある程度は静かにしてくれないと集中出来ないじゃないか!」


 大きめの足音が微かに聞こえてきた直後、つるみんが部屋に入ってきて、こう私達を注意しに来た。『あぁそれはごめんね……』と謝って反省して声量を抑えようよ思った矢先の事だった。


 「……えっ……?」


 「ん? どうしたの……さ……?」


 最初は全然気付かなかったが時計の秒針がカチッという音を鳴らしたと同時に全てを悟ってしまった。


 「あっ……」


 「ああああああああああああああああああ‼‼‼‼‼‼‼」


 勢いよく開いたドアの風がっ、トランプタワーを襲撃してそのまま崩落しようとしてるじゃんかあああああ‼‼‼‼ 


 「あぁ……あ……あ……」


嘘だ……どうしてこんな事に……? と絶望している中、


「こ、琴奈っ?」


かろうじて間に合ったのだろうか、体勢が悪い中でも必死にトランプタワーの崩壊を阻止しようとする琴奈の姿がそこにはあった。なんという根性なの……。 


「ぐぬぬぬぅ……、う、うわっ!」


だがそんな微かな希望はトランプタワーと共にあっさりと崩壊してしまった……。体勢が悪くバランスを崩してしまった様だった。そして机やら床やらにはただ漠然と栄光への欠片(トランプ)が散乱していた。せめて、せめて写真さえ撮ってあればもっと未練は少なく済んだのに……と、後悔の念が渦巻いていた。


「あぁ……どうして……どうしてこんなにも……簡単に……」


扉の前に現れて今も尚君臨し続けるつるみんがとうとう事の重大さに気付いてしまった。


「ん……?」


「そ、そんなぁ……」


「…………」


落胆の余り、涙が目を覆う。所謂半泣きというやつだった。琴奈も沈黙を貫き通していた。


「あ、あっ……」


静かに、そして恐る恐るつるみんがトランプタワー跡地を眺めた後私の方へと振り向いて来た。


「…………」


それに対して私は何も答えれなかった。悲しみが全ての感情を支配し、つるみんに対する怒りは湧いてくる気配など全く無かった。


「ご、ごめん……」


少しだけ頬を赤くして私に謝って来た。つるみんからの謝罪なんて今世紀最大のレアイベントだった。その唐突の大イベントに心の底でちょっぴり驚きながら、


「い、いいよ……うん……」


自分でも軽くビビるくらいにあっさりと許してしまった。怒りの感情は何故か皆無だったし……当然と言えばそうなのかもしれなかった。




――――――それからの時間経過は実に速かったのであった。あの悲劇の直後の米原料理長(仮)による緊急トランプタワー励まし鍋パーティーから始まり、それからは何気ない日常がさーっと流れて行った。新槙の傷も時間の経過が徐々に癒していった。もちろん、彼女達の日常が他の人から見たそれとは大きくズレがある事はもはや言うまでもないだろう……。


そしてとうとう、この時がやって来た。


「遂に完成したぞ! これで漸く(ようやく)ドイツに行けるっ!」


例の如くドタバタと足音が鳴らしながらあの時のようにドアをまた勢い良く開けた。そして二人が鶴海の方へと振り向く。


「おっ、今回は案外短かかったじゃん」


「これじゃああんなに食材買う必要無かったなぁ……」


覚悟を決めたかの様に二人が部屋の床もとい鶴海のベッドから今まさにやっていたであろうゲーム機のコントローラーを置いてゆっくりと立ち上がった。


「さぁ、早速出発の準備よ!五分で支度しな!」


鶴海がいつも通りの調子でこう持ち掛けた。


「はいはい、今回はどんな目に遭うのやら……」


溜息をつきながらもちゃっかりちゃんと準備を始めるあたり、新槙の人柄が少しは伺えるかもしれない。


「待ってなさいドイツ人達!私が歴史如きがらっと変えてやるわよっ!」


「とりあえず歴史改変はシャレにならないからやめよっか」


米原も新槙と対をなす鋭いツッコミをいつも通り決める。これが彼女達にとっての日常。そしてその何だかおかしい『日常』が、一体過去の世界に何をもたらすのだろうか……?





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ