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強くなりたくて

キーンコーンカーンコーン


6限終了のチャイムが鳴った。


「はい、じゃあ号令してー」


田中先生の大きな声が教室に響き渡る。


「先生、声大きすぎ」


三里ちゃんが笑いながら言うと、


「ボソボソ喋って後ろのほうにいる奴が聞こえなかったら困るだろ」


と、こちらも笑いながら反論してきた。

しかし、後ろのほうの席に座っている野村くんが


「全然聞こえてますよ」


と言ったことによって一気に三里ちゃんが有利になった。


「ほらー、やっぱりそんな大きい声出さなくても良いんですよ」


口を尖らせながら三里ちゃんは言う。


「わかったわかった、お前が正しい」


先生は面倒臭くなってしまったのか、適当にあしらった。

うん、そろそろ頃合いかな。よし、


「きりーつ、気をつけ、礼」


日直である私は早口に号令をかける。


「ありがとうございましたー」


こんな平和な毎日がいつまでも続きますように、私はそっと心の中で呟いた。


私達が今いる教室の様子は昔と変わっていない。皆のことを忘れたくないから、三人で先生に頼んで机や椅子は減らさずそのままにしてもらっている。

三人しかいないけど、席替えも定期的にしてる。先週の席替えで野村くんが後ろのほうになり、私と三里ちゃんは一番前の席になった。

バカなことだって笑われるかもしれないけど、私達は昔と変わらないようにすることで救われてるんだ。



終礼も終わり、私と三里ちゃんが下駄箱の前で話していると小学生の女の子が駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


私が聞くと、その子は真面目な顔で答えた。


「今日の練習、私も参加させて下さい!」


え?今日の練習に?いや、でもジーションの練習は高校生以上が参加できるものだし、それに......


「田中指令に許可はもらった?」


三里ちゃんは優しく聞いた。優しく丁寧に。


「もらいました!」


女の子は目をキラキラさせている。なんか可愛いな。


「なら良いと思うよ」


三里ちゃんはニッコリ笑って言った。三里ちゃんも可愛い。


「私達は一旦家に帰るけど」


私が言うと彼女は頭をひょこっと下げて言った。


「お気になさらず、私は学校で待ってますから」


うん、良くできた子だ。メチャクチャ礼儀正しいし、可愛いし、言うことなし! 文句のある奴は出てきてもらってかまわない。今の私なら論破できる気がする。


「じゃあ、後でね」


三里ちゃんが言うと、彼女はまた頭をひょこっと下げた。




帰り道、私と三里ちゃんが歩いていると、目の前に3匹の赤とんぼが飛んでいるのが見えた。

もうそんな季節かぁ、とあの頃を思い出しながら感傷に浸っていると、1匹の赤とんぼがこちらに向かってくるのがわかった。

やがてその赤とんぼは私の肩にピタッととまった。


「うわ、ゆい、トンボついてる......」


虫だけは苦手な三里ちゃんは少し怯えているみたいだ。

私は虫大丈夫なんだけど、むしろ好きなくらい。


「虫だって一つの命だと思うと、嫌に感じないよ」


私は何気なく言ったつもりだったけど、三里ちゃんは考え込んでしまった。そして、


「そうだよね、大切な命だもんね」


と、静かにゆっくりと言う。こういう時の三里ちゃんの雰囲気はいつもと違って、やけに美しく見える。

その後しばらくの間、二人言葉を交えずに歩いた。

駄菓子屋を過ぎ、

魚屋を過ぎ、

交番を過ぎ、

島一番の大きな木がある公園の前で三里ちゃんは口を開いた。


「さっきの子さ....」


少し言葉に詰まっているようだ。「さっきの子」とは多分下駄箱の前で話しかけてきた子のことだろう。


「あぁ、あの井藤さんの家の子供でしょ」


そう言いながら私は井藤さんのことを考えていた。あの日の私達に何かを隠し続けていた井藤さんのことを。

まぁ考えたところで何かわかる訳でもないし、意味はないのだけれど......

そして「さっきの子」はそんな井藤さんの娘である。井藤香菜ちゃん。しばらく話していなかったから、あんなに礼儀正しい子に育っていて本当に驚いた。

今はたしか小学4年生のはずだ。


「あの子がどうかしたの?」


私が聞くと、三里ちゃんは悲しそうに答えた。


「あの子、一年前のあの日に目の前で友達をみんな失って、それがショックで誰とも話せなくなった時期があったでしょ。でも今は違う。辛い過去を乗り越えようとしてる」


それは私も知ってる。香菜ちゃんは半年くらい前からまた前を向いて頑張ろうとしてる。積極的に人と関わっている。すごいなって、彼女を見る度に思う。でもそれがどうして三里ちゃんは悲しそうにしてるのかな。わからない。私が黙っていると、三里ちゃんは続けて言った。


「それは良いんだけど、あの子、強くなりたいって言って何度も田中先生に練習に参加させて貰えるよう頼み込んでるの」


それは別に悪いことじゃない。まだ私は三里ちゃんが悲しそうにしている理由がわからない。


「でも毎回ダメだって追い返されてるらしくて」


この言葉で初めて私の中に疑問が浮かんだ。私はその疑問を消したくて、それを口に出した。


「だってさっき、許可はもらったって......」


あの時、下駄箱の前で香菜ちゃんは田中先生に許可して貰ったって、そう言ってた。なのになんで。三里ちゃんが言ってることと矛盾してる。


「だからさっきあの子が言ってたこと、多分嘘だよ」


そんな、嘘って。香菜ちゃんに限ってそんな訳ない。それに私達に嘘をついたところで意味はないし。


「決めつけるのは良くないよ。香菜ちゃんを信じよう」


私がそう言うと、三里ちゃんは首を横に振った。三里ちゃんはまだ悲しそうにしている。


「あの子、この間井藤さんの持ってるジーション勝手に持ち出してたの」


嘘。それこそ嘘だよ。だってそんなことする子じゃ......


「私歩いてるところをたまたま見かけたから止めた。そしたら、」


三里ちゃんはまた言葉に詰まっている。詰まっていたけど、息を吸ってから、無理矢理言葉を吐き出すように言った。


「さっきみたいに頭を下げて、走って逃げちゃったの」


三里ちゃんの口から流れ出る言葉たちは、私を必要以上に驚かせる。だって。だって。

何度も言うけど、香菜ちゃんはそんな子じゃないから......

この目でそれを見た訳でもないし、全部を鵜呑みにするのは間違ってるかもしれない。でもそれが本当なら、香菜ちゃんは、


「あの子も、変わっちゃったんだよ」


「変わる」。その言葉はあまり好きじゃない。今は昔とは違う、それはわかるけど、変わりすぎた。何もかもが変わった。あの頃と同じものは何一つないと思ってしまうくらい。


「穂乃花も、あんなことになっちゃったし」


三里ちゃんは地面に生えている雑草のほうを見つめながら言った。私のほうには顔を向けようとしない。

辛いよね。私も辛い。時間が経った今のほうが、色んな感情がグチャグチャに混ざって余計に辛い気がする。


ちょっと考えてみたけど、もし私が香菜ちゃんの立場だったら同じことをしてるかもしれない。いや、絶対してる。

目の前で友達を失って、ただそれを見ていることしかできなくて。自分が無力なことを知って。だから強くなりたいと思う。当たり前のことだ。それに、


「強くなるために必死なのは、みんな同じだよ」


私は三里ちゃんに聞かせる訳でもなく、ひとり言のように呟いた。








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