一年後
あれから一年後の話です。
「ゆい、後ろから来てるよ!」
「わかってます」
私はジーション002を敵に向けた。数秒間、静かに狙いを定める。
今、
バンッ!
大きな音が響き渡り、練習用のロボットが倒れた。
「撃つまでに時間かかりすぎ」
また優奈先輩に言われちゃった...... そんなに私撃つの遅いかなぁ。これでも昔よりは速く撃てるようになったのに。
「なんか、不満そうな顔してるわね」
!? ヤバい、見抜かれてる。
「そ、そんなことありませんよ~」
私はハハハっと笑いながら言った。怒られませんように......
まぁ結果から言うと、私が怒られることはなかった。なぜなら、野村くんが小声で「おっかねぇ」と言ったのが聞かれていたからだ。
「野村、誰がおっかないって?」
「本当におっかないのは、先輩にそんなことを言ってしまった自分自身です」
「結局私がおっかないってことじゃない!」
野村くん、犠牲になってくれてありがとう。あなたのこと、忘れない......
野村くんが先輩に怒られるのを見て笑っていると、練習終了のチャイムが鳴った。
「ゆい~、一緒に帰ろ」
向こうから三里ちゃんが走ってくる。この練習の後によく走れるなぁ。普通にすごい。私なんかクタクタで歩く気力さえ無いのに。
「うん」
私の声は自分でもわかる程、疲れきっていた。
私は三里ちゃんと手を繋いで帰ることにしている。こうしてるとなんだか安心する。嫌なこと全部忘れられるような気がするんだ。
練習に使っている学校からの帰り道、きれいな夕日がさしていた。いつもは青い海が、オレンジ色に輝いているのが見える。なんか神秘的......
「こんな景色見てるとさ、あの日のことが嘘みたいに思える」
三里ちゃんはどこか遠くのほうを見て言った。よく見ると、目には涙が溜まっている。
「でも嘘じゃない、現実。絶対に忘れちゃいけない」
私が言うと、三里ちゃんはゆっくりと頷いた。目の奥にあった涙はもう見えない。
言わないほうが良かったかな、いや、言わないほうがダメだ。あの日失われた皆の命を忘れるなんて、ダメなんだ。
「明日でちょうど一年経つね」
三里ちゃんが言う。そう、明日で一年が経つ。この一年で私達は大きく変わった。大事な一年だった。もうあの日は繰り返さない、そう心に誓いながら、私はこの一年間を振り返っていた。
あの残酷で悲しいことが起きた次の日、身の安全が取れた島民は学校に集められた。
「生存者は42人だ」
先生は重たい雰囲気の中、ゆっくりと言った。信じられなかった。とても現実とは思えない。203人いた島民が、今はここにいる42人だけ。
あの時は本当に悲しかったなぁ。今も思い出して泣いてしまう時がある。
この学校で生き残ったのは14人。小学生が2人、中学生が3人、高校生は高一の私達4人と高三の水上先輩ら4人、教師は私達の担任である田中先生だけが生き残った。
先生は周りの大人達から田中指令と呼ばれている。後からわかったことだけど、先生はこの島の最高責任者、リーダーのような立場だったらしい。
「申し訳ないが、18歳以上の人達は皆今回のことが起こるのを知っていたんだ」
先生が淡々とした口調でそう言った時、野村くんが声を張り上げて
「なんで、なんで教えてくれなかったんですか!」
と言っていたけど、先生がそれに答えてくれることは無かった。その代わりに
「我々も昨日の朝にダーヴァが攻めてくるという細かい日時までは知らなかった」
と、どこか言い訳にも聞こえる言葉が返ってきた。
ダーヴァというのは空から降ってきた人達の呼び名だという。ちなみに大人達が使っていた銃のような物はジーションと呼ぶらしい。私が今練習で使っているのはジーション002という物。ジーションには色々な種類があるが、002が基本型だと高三の赤坂優奈先輩に教わった。
そして、なんとなくわかってはいたけど、ダーヴァによって殺されると約10分後に死体が灰になること、逆に私達がダーヴァを殺すとヤツラも同様に灰になること、ダーヴァの強さには個体差があること、ダーヴァに誰かが殺されると残された人達は殺された人の名前を思い出せなくなることが明かされた。
全部本当のことだ。ダーヴァが灰になるのは見たし、一体だけ死なずにしつこく追いかけてきた話も三里ちゃんから聞いた。それに、私は今でもあの老夫婦や高一の皆の名前を忘れたままだ。全く思い出すことができない。しかも彼らの名前が書いてあっただろう物はひとつ残らず消失していた。
なんで名前さえ残してくれないのだろう。私達から何もかも奪い去らないと気が済まないのかな。ひどいよ。私達は何もしてないのに......
「それと、来週から高一の君達にはジーションを使った練習に参加してもらう」
そう言って先生は練習の内容を説明し始めた。内容と言っても、学校の校庭を使って威力の弱めたジーションを使い練習用のロボットと戦うという単純な話だ。
最後に先生は
「次にいつヤツラが現れるかわからない。気を抜くなよ」
そう言ってすぐにどこかへ行ってしまった。まだわからないことが沢山あるのに。あの頃の私達はモヤモヤした気持ちでいっぱいだったな。ていうか今も現在進行形でそうなんだけど。
あの日以来私達は何も新しい情報を得られずにいる。先生や大人、先輩達に何度も聞いたが誰も教えてはくれない。結局1年が経った今でも私達は仲間外れの状態だ。おそらく18歳未満の人が知っているのは、あの日田中先生が皆の前で話したことだけ。
こんなので、次いつ来るかもわからないダーヴァの為に練習するなんて無理だよ。でもそんな泣きごと言ってられない。次は皆を守らないと、誰も死なないようにするんだ。
それに私は病弱なこともあって、皆より簡単な練習をさせてもらってる。だからもっと頑張らないとダメだ。皆から引けを取らないように努力するしかない。
とにかく練習三昧だった一年を振り返っていると、三里ちゃんが話しかけてきた。
「どうしたの、ゆい?」
「この一年、練習頑張ってきたなと思ってさ」
「週に4回も練習あるもんね、練習の思い出しかないくらいだよ」
そう言って三里ちゃんは笑っている。この笑顔が絶望に染まるところはもう見たくない。
「平岡くんと隅田くん、生きてるのかな」
三里ちゃんの突然の言葉に、私は驚いて何も言えなかった。ボーッと彼女を見つめていると、
「ごっ、ごめん、急にこんなこと言って」
と、慌てたように謝ってきた。海はまだオレンジ色に輝いている。
「生きてるよ、きっと」
私は三里ちゃんの目を見て言った。今は前向きに考えたい。
あの日の後、私達はヤツと一緒に階段から落ちていった平岡くんと、授業中にずっと窓の外を見ていた隅田くんの名前を覚えていることに気付いた。でも、島民全員で島中を捜し回ったけど、彼らは見つからなかった。
名前はハッキリと覚えているのに。
平岡孝介
隅田敬太
今でもちゃんと覚えてる。先生の言ってることが正しければ、あの二人は生きているはずだ。そう思いたい。
「今日さ、穂乃花の家、寄ってかない?」
三里ちゃんは少し俯きながら言う。また悲しそうな目をしてる。私も悲しいよ。
「うん」
私は明るく答えた。
ピンポーン
三里ちゃんが穂乃花さんの家のベルを鳴らした。今日も出てくるのは、
ガチャ
「あらー、二人ともまた来てくれたんだ。どうぞ上がって」
やっぱり穂乃花さんのお母さんだ。それにしても若々しい人だな。とても50代には見えない。
私達はリビングに案内された。とても広いリビング。装飾品として至るところにオシャレな物が置いてある。掃除もしっかりとしているようで、塵一つ見当たらない。
「ちょっとソファーにかけて待っててね」
そう言われて私達はフカフカのソファーに腰を下ろした。本当にフカフカしていて気持ちいい。
「穂乃花、また部屋にいるみたいだね」
さっきよりも悲しそうな目をしながら三里ちゃんが言う。
「そうだね」
私が答えると、三里ちゃんは体を寄せてきて、真剣な表情をして言った。
「今日こそは、穂乃花を部屋から出してあげよう」
私も同じことを思っていた。穂乃花さんを助けたい。
「頑張ろう」
私がそう言ったところで、穂乃花さんのお母さんが来た。
「これ、お菓子と麦茶ね」
穂乃花さんのお母さんはソファーの前のテーブルにそれを置く。
三里ちゃんは麦茶をひと口飲むと言った。
「穂乃花の部屋の前に行かせてください」
「ええ、どうぞ」
穂乃花さんのお母さんは微笑みながら答えた。
私達は2階に上がり、穂乃花さんの部屋の前に来た。
三里ちゃんが扉をノックする。
「穂乃花、いる?」
........ 。
返答はない。いつも通りだ。
「穂乃花、いい加減部屋から出たらどう?」
何も言葉は返ってこないけど、三里ちゃんは続けた。
「みんな、待ってるんだよ」
「私、穂乃花に会いたい」
「穂乃花と話したい」
「穂乃花の顔見れないと、寂しいよ」
三里ちゃんは泣いている。大粒の涙をこぼしていた。
私も穂乃花さんに向かって声をかけた。
「部屋の中にいるより、外に出たほうが気持ちいいよ。私、病弱だからずっと部屋に閉じこもってた。けどここ一年は体調が良くて毎日学校に行ってる。ジーションの練習にも参加できてる。それで気付いたの、今が楽しいって」
続けて三里ちゃんも言う。
「そうだよ穂乃花、だから部屋から出て...」
そこまで言ったところで、部屋の中から大きい声が聞こえてきた。
「うるさぁああい!!!」
久しぶりに穂乃花さんの声を聞けた。でも昔とは違うかすれた声をしている。
私達はそれ以上は何も言えなかった。
帰り際に穂乃花さんのお母さんが
「ごめんなさいね、せっかく来てくれたのに。でも良かったらまた来てちょうだい」
と言ってきた。穂乃花さんの家に来る度に似たようなセリフを聞く。それを聞く度に私は切ない気持ちになるのだった。
穂乃花さんは1年前のあの日からずっと部屋に閉じこもったままだ。何度も家を訪ねてるけど、扉を開けてくれたことは1度もない。よっぽど辛い思いをしたのだろう。三里ちゃんから聞いた話通りなら、私は耐えられない。穂乃花さんの気持ちはよくわかる。いや、きっと私の想像以上の苦しみだ。簡単にわかるなんて言ったらダメだ。
「私、嬉しかった」
歩きながら三里ちゃんは言う。
「穂乃花の声、聞けたもん」
三里ちゃんの目には涙が溜まっていたけど、私と別れるまでそれを流すことはなかった。やっぱり三里ちゃんは強い。
私の家の前まで来ると、三里ちゃんは笑顔で言った。
「明日も練習、頑張ろう!」
いつもの元気な三里ちゃんだ。本当は違うけど、わかってるけど、私も元気よく答えた。
「うん! また明日ね!」
海はまだオレンジ色に輝いていた。