シェルターへ ③
今回でシェルターに着くまでの話は終わりです。
私達は麦畑を駆け抜けて、必死に逃げた。皆生きてた。
途中からヤツラは追ってこなくなった。
それなのに
私達が階段を上りきった時、また空からヤツラが降ってきた。
もう少しで本堂にたどり着けたのに
ヤツラは私達の気持ちを考えてはくれない。
囲まれて
それで
死んだ。
高一のほとんどの人が死んだ。
「たすけて」って言いながら死んでいく。
生き残ったのは私と穂乃花、野村くん、平岡くん、そして足をくじいた彼だけ。
私達はなんとか本堂に入ることができた。
けどそのちょっと前に先輩も死んじゃった。
辛い。
そこからが問題だった。シェルターは目の前なのに、肝心の扉が開かない。
カードをスキャンすれば扉は開く。
そのカードは先輩が持ってる。
そんな話は出たけど、所詮は推測に過ぎない。
どうしようもなく立ち尽くす私達に、ヤツラは時間を与えてくれなかった。
「やべぇ! 入ってきた!」
野村くんが叫ぶ。振り向くと、ヤツラが扉を破壊して入ってきていた。
もう、もうダメかも。
そう思ったけど、私はまだ生きたい。死ぬのは怖い。
ヤツラはゆらゆらと、少し遅いスピードで歩き出した。ヤツラは飛びかかってこない限りは私達よりも遅いから一定の距離をとることができる。飛びかかってこない限りは。
でもこのままだと本堂の隅に追いやられて結局終わってしまう。
そうなる前に動かないと。
どう動く?
一旦外に出るべきだ。
どうやって?
目の前には7体のヤツラがいる。そこをくぐり抜けるなんて無理。私にはできない。
「僕が外に出て、先輩の持ってた銃を取ってくる」
平岡くんが静かに言った。
そんな無茶な、一瞬はそう思ったけど、私より背が低い平岡くんならと思い直した。
けど失敗したら平岡くんを犠牲にすることになる。
そんなの嫌だ。
「他に方法はねーのかよ」
野村くんが言う。私もできれば別の手段を取りたい。もうこれ以上は誰にも死んでほしくない。せめてこの5人で、生きるんだ。
「時間がない。行くよ」
え、嘘、ちょっと待って、私がそう思うより前に平岡くんは走り出していた。
ヤツラの1メートル程手前で平岡くんは屈むようにして腰を低くする。
走ってきた勢いでヤツラの股の下に滑り込んで、
抜けた!
すぐに立ちあがり走り出す。
ヤツラは平岡くんのほうを向いた。
ヤツラは平岡くんに向かって走り出す。が、その時にはもう平岡くんは先輩の持っていた銃みたいな物をヤツラに向けて構えていた。
バンッ
一発目は外れた。
バンッ
「よしっ!」
平岡くんが言う。二発目はヤツラの一人に当たった。しかも頭に。
その一人は膝をついて倒れる。
多分一体殺せた。
その瞬間ヤツラは足を止めて倒れた仲間の元に集まる。
「うぅううううぅぅぅううぅううう!!!」
鼓膜が破けそうなくらい大きな声でヤツラは叫び出した。
でも今がチャンスだ。
ヤツラが止まっている今が。
バンッ、バンッ、バンッ
平岡くんは三発続けて撃った。その内二発はまたヤツラの頭に当たり、二体が倒れる。
それでもヤツラは気に止めず、叫び続けている。
バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ
平岡くんは五発撃って、残りの四体を倒した。
「全員倒したよ」
平岡くんは私達のほうを振り向いて、本堂の中に入ろうとする。
平岡くんが本堂に足を入れた瞬間、最初に倒したはずの人が立ち上がった。
「おいっ、後ろ!」
野村くんが言った時にはもう遅かった。その人は背中を向けている平岡くんに飛びかかる。
「くっそ、離れろよ!」
平岡くんは全力で体を動かして逃れようとした。でもダメだ。ガッシリと掴まれて離れることができない。
平岡くんはとっさに銃みたいな物を本堂の中に投げた。
「それ使ってコイツを殺してくれぇ!」
穂乃花がそれをキャッチする。ただ穂乃花はすぐには撃たなかった。
どうしたの?早くしないと平岡くんが......
穂乃花の手を見ると、震えている。
なんとなく分かった。
穂乃花には荷が重すぎたんだ。
考えてみれば、そんなの当たり前のことだった。
相手はいくら化け物じみていても、人の形をしている。
今からするのは人を殺すことに変わりない。
「私がやるよ」
穂乃花から銃みたいな物を受け取ると、私はヤツの頭を狙った。
ちゃんと狙わないと平岡くんに当たってしまう。
今だ。
バンッ
ヤツの頭の右端が弾けとんだ。
弾けとんだのに、
嘘でしょ......
結果から言うと、それは逆効果だった。
ヤツはそれでも動いている、それどころか平岡くんの腕を掴んだまま階段の方へ走り出した。
「おいっ、クソっ」
平岡くんは暴れ続けていたけど、無駄だった。
そんな
このままじゃ
階段から落ちて......
「嫌だぁ!!!」
平岡くんは最期にそう言った。これまで弱いところを見せなかった平岡くんは、大粒の涙を流していた。
ヤツと平岡くんの姿が見えなくなる。二人は階段から転げ落ちていった。
あぁ、また一人いなくなった。
なんか、くらくらする。
頭が痛い。
私のせいだ。
私がちゃんと仕留めていれば......
平岡くんはあんなに頑張ってくれたのに、
私は、
私は、
「おい、しっかりしろ」
野村くんは優しくそう言ってくれたけど、もう限界だよ。
無理だよ。
今はもう涙さえ出ない。
辛すぎて、世界が真っ暗になっている。
何も考えたくない。
ゆいだって、もしかしたら......
数分の間に私の目の前でこんなにも沢山の人が死んだ。
正直生きてる可能性のほうが低い。
嫌いだな。
こんなことしか考えられない自分が、誰よりも嫌いだ。
「ごめん、押しつけて」
穂乃花が言った。
何で謝るの? 穂乃花は悪くないのに、
何で泣いてるの......
全部私のせいなのに。
「私がっ、うっ、早く撃ってればっ」
穂乃花はしゃくりあげながら言う。
「違うの。私が失敗したから」
私は目の前にいる穂乃花にさえ届かない程小さな声で答えた。
そんな弱々しい声しか出せなかった。
「せめて、少しでも役に立ちたい」
穂乃花はそう言って涙を拭うと本堂の外に出た。
役に立つって、どうやって。
私が呆然と穂乃花を見ていると、後ろから声が聞こえた。
「何すんだよ」
彼だ。野村くんの肩につかまりながら彼が言った。
なんだか穂乃花を睨んでるように見える。
「カードを捜すの」
穂乃花がそう答えると、彼はいきなり怒鳴った。
「お前っ、まだそんなこと言ってんのか!? そんなもんあるわけないだろ!」
穂乃花は無視して倒れている先輩の隣に座る。
血に染まった先輩の服を躊躇うことなく触りだした。
所々が喰いちぎられていて、肉や骨が飛び出している先輩の体を私は長く見ることすらできないのに......
穂乃花はそんなことは気にせず、必死にカードを捜している。
すごい。
昔からずっと一緒にいたけど、穂乃花がこんなにも強い子だなんて知らなかった。
私はそれをただ見ているだけ。それしかできない。
空はまだ青かった。雲一つない、きれいな青空。
風が吹いた。
心地よい風が。
今日がいつも通りの普通な日だったら、この風を幸せに感じられたのに......
目の前には八人の死体がある。ついさっきまで生きるために必死だった八人は、もう動かない。
喰われた部分が目立っていた。
流れ出た血からは嫌なにおいがする。
せめてきれいに死ぬことができたなら......
いや、
きれいでもそうじゃなくても、「死」は「死」だ。
皆生きたかったのに死んだ。
それが全て。
そんなことを考えながら皆を見ていたら、
突然
皆の体は形を崩し
灰になった。
もう驚きはしない。けど、悲しい。悲しすぎる。
これじゃ皆が生きていた証がなくなってしまう。
骨さえ残らない。
そんなの、おかしいよ。
何でヤツラは私達から全てを奪うの?
ひどいよ......
皆と一緒に、倒したヤツラの体も灰になって崩れた。
「道に積もってた灰って、もしかして」
野村くんが呟く。
そうだ。そうだった。お寺までの道に沢山灰が積もっていた。
あれは多分、そういうことなのだろう。
それ以外考えられない。
沢山積もっていたってことは......
もうこれ以上は考えたくない。
辛い。
「あった!」
穂乃花の声が聞こえた。穂乃花の手にはカードがある。
本当にあったんだ!
これでやっとシェルターに入ることができる、かもしれない。
穂乃花が立ち上がった時、足音が聞こえてきた。
ドッドッドッドッドッ
階段を上る音。まさか、
私達の前に姿を現したのはヤツだった。
平岡くんと階段から落ちたのに、上ってきたのはヤツだけ。
頭の右端がなくなっているのにまだ動いている。
ヤツは私達のほうに向かって走り出した。
「穂乃花! 早く来て!」
私は叫んだ。ヤツが最初に狙うとすれば、それは一番手前にいる穂乃花だ。
穂乃花は振り向かずすぐに走って本堂の中に入る。
私達は急いでシェルターに繋がるはずの扉の前へ行った。
穂乃花の持っている一枚のカードに希望を託す。
「いくよ」
穂乃花はそう言って、機械にカードをスキャンした。
ガシャン!
大きい音を立て、ついに扉が開いた。
やった! やった!
開いた!
私達は扉の中に入る。目の前には下に下る階段があった。
あぁ、良かった。本当に良かった。
これでやっと安心できる。
ガガガー
扉はすぐに自動で閉まった。
と思っていた。
「なんで、そんな」
穂乃花の小さく震えた声で私は気づいた。
ヤツの手が挟まっている。
次の瞬間、ヤツは扉を無理矢理こじ開けた。
「早く行くぞ!」
野村くんは焦った口ぶりで言う。私達は喜びの言葉も交えないまま、恐怖を感じながら階段を下った。
こんなことがまだ続くの?
いつまで続くの?
もしかして、終わりなんてないんじゃ......
「うあっあ」
野村くんの隣から声が聞こえた。
私は少し首を曲げて振り向くと、足をくじいていることもあり野村くんと一番後ろを走っていた彼がヤツに飛びつかれていた。
「このっ、離せっ、くっ」
彼は腕でヤツを振り払おうとしたけど、意味はなかった。
ヤツは平岡くんの時みたいにガッシリと掴んで離さない。
「あっ」
彼は小さく声を漏らし、肩を貸していた野村くんと一緒に転んだ。野村くんが咄嗟に階段の角を掴んだおかげで、転がり落ちていくことはなかった。
「俺達のことは気にせずに行けぇ!」
彼が叫んだ。でも気にせずに行くなんて無理。もう誰にも死んでほしくない。
私は彼に向かって銃みたいな物を投げた。
「それ使ってぇ!」
私は大きな声で言った。届くように。
彼がそれを掴んで頷くのを見ると、私は前を向き直した。
もう信じるしかない。
二人が生きることを信じるしかないんだ。
私は穂乃花と階段を下り続けた。
長い階段。
本当に長い。底がないんじゃないかって程。
それでも足は止めなかった。
10分くらいして、下りきった。
その時、穂乃花が私に聞いてきた。
「あの二人、大丈夫だよね? 生きてるよね?」
って。私は答えることができなかった。
ちょっと、あの時のゆいの気持ちが分かった気がする。
私達がこれからどうなるかなんて分かる訳ない。だからゆいは答えることができなかったんだ。
やっぱり、私はゆいにすがっていた。
前を見ると一本の通路が延びている。
この通路も長い。ずっと先まで続いている。
壁には沢山の扉がついていた。どうやら部屋がいくつもあるらしい。
私達は手を繋いで通路を進むことにした。
二人で静かに歩いていると、後ろから野村くんの声が聞こえた。
「何やってんだお前ら、とりあえず扉の中に入れ!」
言われるがままに私達は近くの扉を開けて中に入る。
扉の中は何もない殺風景な部屋だった。
「今は何も喋るな」
野村くんは小さい声でそう言うと、音を立てないようにそおっと扉を閉める。
ダッダッダッ
しばらくすると足音が聞こえてきた。扉についている窓から通路を見ると、ヤツが通り過ぎていくのが見えた。
そんな......
まだ動いている。
私達はとんでもないヤツをシェルターの中に入れてしまった。
足音が聞こえなくなってから私は聞いた。
「彼はどうなったの?」
野村くんは暫くうつむいた後に言った。
「死んだよ」
それを聞いて私は絶望した。穂乃花はまた泣き出してしまった。
なんで死んだとか、そんなこと聞く気も起きなかった。
もう誰も
口を開きはしない。
短い時間でこんなにも仲間を失ったショックは私には大きすぎた。
辛すぎる。
バババババババン!バン!
いきなり銃声が聞こえた。すごい音だ。
私達は何があったのか確かめる為、慎重に部屋を出た。
本当はここにいたほうが良いのかもしれない。
でもヤツをシェルターに入れてしまったんだ。その責任は取らないと......
暫く通路を進むと、少し先に破壊された扉が見えた。
「多分あそこだ」
野村くんは言う。
三人で周囲を警戒しながらそこまで歩いた。
!?
破壊された扉の前には、穴だらけのヤツの死体が転がっている。あんなにしぶとかったヤツは、無惨に倒れていた。
「えっ、みんな!!!」
優しい声が聞こえて前を向くと、
そこにはゆいがいた。
次回からはまた神田ゆい視点で書きます。