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シェルターへ ②

まずい、前からも来るなんて。どうすれば。


「横にそれるぞ!」


ヤツラを撃ちながら先輩が言った。

皆はすぐに方向転換し、道を外れる。私達は麦畑を踏みながら走り続けた。

うわっ、歩きにく! 麦を掻き分けながら進んでいくから当然スピードは落ちる。このままだとダメだ。追いつかれる。


ヤツラも麦畑に入った途端スピードが落ちた。でも止まった訳じゃない。少しずつ近づいてくる。やっぱりダメかも。挟まれるのも時間の問題だ。


「あっっ」


近くで声がした。クラスの男子が一人転んでいた。

全然立ち上がらない。どうしたの? 早くしないと。早くしないとヤツラが。

「足、くじいちゃった」

そんな。私は迷わず彼の元に駆け寄った。

「肩貸すから、頑張って歩いて」

彼は申し訳なさそうにうつむいて言う。

「先に行ってくれ」


私は怒鳴った、涙を溜めながら。


「絶対にダメ! 皆でシェルター行くのよ」


彼は小さく頷いて立ち上がった。私は肩を貸してまた走り始める。穂乃花が待っていてくれた。本当に穂乃花は優しいな。


「お前ら何やってんだぁ! 速く走れ!」


先輩の大きな声が聞こえた。速く走りたいけど、そもそも走りにくい上に今は肩を貸している。スピードは目に見えて落ちた。

それでも私達は走る。

死にたくない。

死にたくないから、必死に走る。

無我夢中で麦を掻き分けながら走る。


早くゆいに会いたいな。

ゆいは今心細いはずだから、早く皆でシェルターに行って慰めてあげないと。可哀相だ。

ほんと、なんで、なんでこんなことに。

あっ、また泣いてる。

また泣いちゃったよ、私。

弱いなぁ。本当に。


「ごめん、俺のせいで」

彼は言った。違う。違うんだよ。

「私が弱いだけ」

もっと強くならなきゃ。そう思う。いつも私が泣いちゃって、ゆいが慰めてくれるんだ。今度は違う。変えなくちゃ。今度は、今度こそは、私がゆいを慰めるんだ。



「抜けたぞぉ! そのまま走れぇ!!!」


やった! 歩きやすい。先輩の大声と供に私達は麦畑を抜けた。周りを見ると、 大丈夫、皆いる。皆無事だ。生きてる。

「いけるよ!」

穂乃花が言う。こんな元気な声出せるんだ。私は少し驚いた。

「うん」

私の声は穂乃花より少しだけ弱々しい。いつもみたいに元気にしないとなぁ。


麦畑を抜けてからも、私達は走り続けた。でも、中々シェルターにはたどり着かない。そろそろ疲れた。さすがに厳戒だ。

皆も疲れてきたようで、歩き始めた。


「おいっ、歩くなよ! すぐ追いつかれるぞ」


先輩はかなり大きい声で言った。たしかにそうだ。後ろからは物凄い数のヤツラが迫ってきている。でもヤツラが少し遅いのと道が狭いおかげで大分距離をとることができたのだ。

「今は体力回復の為に歩くべきです」

平岡くんが意見する。さすが学級委員、正しい判断だ。

「まぁ、そうだな。少し歩くか」

ふぅ、ちょっと安心。それでも走ることになったら気絶するところだった。


「なんかさ」

いきなり野村くんが話しかけてきた。

「何?」


「色んなとこに灰積もってね?」

はい?灰?周りを見渡すと、たしかに所々に灰が積もっていた。さっきは必死に走っていたから気づかなかった。

「そうね。え、それだけ?」

思わず聞いてしまった。それだけ?って思ったから。

「いや、ちがくて、ソイツ、俺が肩貸すよ」

あー。なるほどね。

「もしかして私のこと心配してくれてる?」

私はいつかのようにニヤァっとしながら言った。


「そうだよ。疲れてんだろ」


え...... 予想外の返答に固まってしまった。いつもなら「ちげーよ、誰がお前のことなんか心配すんだよ」と返してくるはずだ。どうしちゃったの? ちょっと良いヤツに見えるじゃん。


「あ、ありがと」


私は野村くんにお礼を言った。目を合わさずに。

なんか変な空気になっちゃった。野村くんのせいで! 足をくじいた彼はすごく申し訳なさそうにしてるし。



ここまで来て思ったけど、学校を出てから島の人が殺されているのを見ていない。死体も道にはなかった。あるのは積もった灰だけ。多分、皆避難したんだ。もしかしたら家に隠れてるのかな。とにかく、絶対に皆無事だ。今はそう考えることにする。


「この道ってもしかして」

穂乃花が呟いた。おそらく、私と同じことを思っている。


「着いたぞ!」

先輩のでかい声でそれは確信に変わった。


「やっぱりお寺!」


私と穂乃花は声を合わせて言った。思った通りだ。


「なんだ? お前らここに来ること知ってたのか?」


先輩がキョトンとしてるので、私から説明した。


「年に10回もあるお寺の祭りの時、私と穂乃花はこの道を使ってきてるんです」

先輩は理解したようで、静かに頷いた。

私と穂乃花は家が隣同士ということもあり、昔からよく遊んでいた。お寺で行われる祭りに行く時は、かわいい浴衣を着て二人で今来た道を歩いていたのだ。

さて、お寺の入口に着いたのは良いのだけれど


「よしっ! 階段上るぞ!」


やはり目的地は本堂か。入口から本堂に行くには長い階段を上りに上らなくてはならない。けっこう疲れる。正直嫌だけど、休んでいる暇もないからさっさと上らないと。


先輩を先頭に、早速皆で上り始めた。野村くんは肩を貸してる状態だから大変そうだ。階段には一段一段人の名前が書いてある。多分このお寺を作った人達の名前だ。はっきりと刻まれている。

「懐かしいね」

穂乃花が微笑みながら言った。たしかにこの場所はもう「懐かしい」という言葉がふさわしい。私達は5年くらい前から祭りに行かなくなった。特に理由もないけど、何となく行っていない。祭り以外の行事でこのお寺に来ることは滅多にないし、実際5年前からは前を通ることはあっても階段を上ることは一切ない。

「昔穂乃花が階段で転んで大泣きしたのを思い出したよ」

私の言葉を聞くと、穂乃花はまた恥ずかしそうに顔を赤くした。かわいいな。


そう言えば、後ろからはもう誰も追いかけて来なくなった。多分ヤツラは遅すぎて私達のことを見失ったのだろう。まだ安心はできないけど、さっきよりはマシな状況になってる。皆の表情も少し明るくなったように感じる。


「本堂にシェルターへの入口がある。そこまで頑張れよ」


先輩が言った。もうすぐだ。もうすぐシェルターに着く。私は嬉しくて元気が出た。さっきまで感じていた疲れが嘘のように消えていく。

「なんか、以外とあっさり着きそうだな」

また野村くんだ。さすがに今の発言は不謹慎すぎる。

「あっさりなんかしてないよ。学校で先生達がやられてたし、僕達もアイツらに追いかけられたじゃないか」

平岡くんが訂正した。ナイス学級委員!

「わ、悪い」

野村くんは謝罪する。こういうところは素直で良いと思う。

「そういう発言、気を付けたほうが良いよ」

野村くんに肩を貸してもらっている彼が口を開いた。でも、もう謝ってるしこれ以上は言わなくても......

「わ、悪い」

再び野村くんは謝罪する。うん、やっぱりこういうところは良いと思う。



その後は皆疲れもあってか無言で階段を上り続けた。本当に長い階段だ。足が折れそう。もう刻まれている人の名前を見るのも飽きたよ。疲れたよ。でも気づいた時には残り3段だった。


いち、


に、


さん


よしっ! 上りきった。すっごい疲れた。足が目茶苦茶痛い。けど達成感あるなぁ。振り向くと、高い場所だからこそ見える最高の景色が広がっていた。きれいだな。上って良かった。


「なんか、良いね」


穂乃花は嬉しそうだ。こんな状況で嬉しいって感じるのはダメかもしれない。それこそ不謹慎だ。でも、なんだか昔のことが思い出されて、幸せだと思ってしまう。


目の前には本堂がある。あと数十歩だ。皆無事でここまで来れた。良かった。

私はふと空を見上げると、そこには雲一つない青空が広がっていた。その青空から、20体ほどの人がピンポイントで私達の元へ降ってきた。


!?


は?


なんで、なんでよ?


ここまで来て、どうして。


人は学校を出た時点で降り止んでいたのに。


なんでまた降ってくるの?


しかも私達のいる場所にだけ。


嫌だよ。



「お前ら、本堂の中に行けぇ!」


先輩が叫んだ。と同時に先輩は鍵を私に向かって投げた。


「それを使って本堂に入れ!」


私は鍵をキャッチした。


「もう嫌ぁ! 死にたくないぃ!」


そう言いながら穂乃花は泣いている。私は無言で穂乃花の手を掴んで走り出そうとした。


でもダメだった。


あと少しというところで、私達は囲まれてしまった。

ヤバイ。本当にヤバイ。詰んだかも。


「諦めるな! 命を大切にしろぉ!」


そう言って先輩は必死に道を空けようとヤツラを撃ち続ける。

でも、

道が空く前に、ヤツラは私達に飛びかかってきた。



地獄のような光景が広がる。「きれい」なんて言葉は一生つかないような、最悪な光景。空はすごく青いけど、私の周りは真っ赤に染まった。


「たすけて」


そう言いながら皆は体の肉を喰いちぎられていく。ついさっきまでは元気に動いていたのに、今はもうぴくりともしない。

皆死んだ。

生きていたのに。


私も死ぬんだ


そう思っていたのに、私の体は動いている。生きてる。なんで、なんで、皆死んじゃったのに。どうして私は......


「諦めるなって言ったろ!」


先輩は私の周りにいるヤツラを集中的に撃っていた。そのおかげで近くにいた穂乃花と野村くんと肩を貸してもらっている彼、そして平岡くんも生きている。だけど、


「どうして私の周りにいるヤツラばっかり撃つんですか!?」


私は先輩に負けないくらい大きい声を出して聞いた。どうしても納得いかないから。


「お前が鍵を持ってるからだ」


先輩は静かな声で答える。


「でもっ、だからって、他の皆を見捨てるなんて!」


正直無茶なことを言ってるのは分かっていた。でも、言わずにはいられなかったのだ。


「少しでも、 生き残って、欲しいんだ」


先輩は泣いてる。私はこれ以上先輩を責めることはできなかった。

先輩が撃ち続けてくれたおかげでヤツラの数は7体まで減った。ついに道が空いた。私達は本堂に向かって走り出す。

「そんなっ」

穂乃花が小さく声を出す数秒前に、突然、ヤツラは全員で先輩に襲いかかった。教頭の時と同じだ。

先輩は諦めることなく撃ち続けた。

でも、7体のヤツラが一気に襲ってきたのだ。

勝てる訳がない。



「生きろ」



先輩は最期にそう言った。小さな声で。

動かなくなった先輩をヤツラは喰い続けている。

また、死んじゃった。もう無理だよ。

呆然と立ち尽くす中、野村くんが言った。


「今のうちに行くしかない」


そうだ。そうだよ。行かなくちゃ。先輩の犠牲が無駄になる前に。

私は鍵を使って本堂の扉を開けて中に入った。無駄かもしれないけど、ヤツラが入ってこないようにすぐに扉を閉めて鍵をかけた。中には神々しく光り輝くものが沢山ある。


「で、どうするの?」


平岡くんが言った。


「どうするの?」


穂乃花も不安そうな顔で言う。


え? どうすれば良いの? ここにシェルターへの入口があるらしいけど、そんなもの見当たらない。もしかして、先輩がいないとどうしようもないんじゃ。


「あの先輩、説明不足すぎる」


イライラした様子で肩を貸してもらっている彼が言った。肩を貸してもらっているのに、なんだかさっきから態度が大きい。


「マジでどうする?」


野村くんの言葉で一瞬皆は黙りこんだけど、すぐに平岡くんが言った。


「探すしか、ないよ」


それを聞いて、私達は急いで入口を探し始める。ほんとに急がないと、いつヤツラが扉を破壊して襲ってくるかなんて分からないし。


どこ?どこにあるの?


ない、ないよ......



探し始めて5分が経ったけど、まだ入口は見つからない。そして、ヤツラが扉を破壊する気配もなかった。まだ先輩を喰ってるのかな。悲しい。嫌だよ。


「おいっ、ここの後ろ、何かあるぞ」


突然野村くんが言った。

皆で野村くんが言ったところにある大きな物をどけると、そこには扉があった。


「多分当たり、だよな?」


野村くんは誇らしげな顔をしてる。そんな場合じゃないのに。でも良かった。やっとシェルターに、


ん?


あれ?


その扉は開かなかった。嘘でしょ。ここまで来て。


「開かない」


私が言うと、皆はまた暗い表情になった。もうどうしようもない。この扉が開かなければシェルターに入ることはできない。本堂の扉を破壊されたらおしまいだ。死んでしまう。こんなに死について考えたのは今日が初めてかもしれない。


「待って」


穂乃花が口を開いた。


「この扉、多分カードをスキャンしたら開くんだよ」


そう言って穂乃花が指を指したほうを見ると、たしかにそれらしき機械が取り付けられている。この機械にカードをスキャンすれば...... 少し希望が見えた気がする。


「でも肝心なカードはどこにもないぞ」


野村くんの言う通り、今ここにカードはない。


「多分それは、先輩が持ってる。そうでなきゃ、先輩がここにいたとしても扉を開けることはできないし」


平岡くんが言う。たしかにその考えは正しいかもしれない。だとしても、先輩は今外にいて、外にはヤツラがいる。どう考えてもカードを取ってくるのは不可能だ。


「僕が行くよ」


平岡くんは続けて言った。その瞬間、野村くんの肩を掴みながら彼が叫んだ。


「ふざけんなよ! いい加減にしろ。さっきから全部推測じゃないか。カードをスキャンすれば開く? そのカードを先輩が持ってるって? 確証もないのに、勝手に行こうとすんなよ!」


彼の正論で、皆は我に返った。その通りだ。全て推測に過ぎない。それを信じて取りに行って、何もなかったら......

考えただけでも恐ろしい。

最悪な事態になることは目に見える。

私達は少しパニックになってたんだ。

冷静にならなくちゃ。

意味のない希望にすがっている暇はない。

でも、どうすれば。どうすれば良いの?この扉が開かない限り、多分私達に未来はない。

まだ死にたくないよ。




バァアン!!!!!




いきなり大きな音がして振り向くと、ヤツラが扉を破壊して入ってきていた。


どうやら、私達に考える暇も与えてくれないらしい。








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