命の上に
2話目からは少し短めですがよろしくお願いします。
こわいよ。
だれか助けて。
死にたくない。
こわいよ。
私は、目を開ければそこに皆がいることを願った。
久しぶりに学校に来た私を優しく出迎えてくれた皆がいることを。
わずかな希望を胸に、私は目を開ける。
ダメだ。
皆はいない。周りにいるのは血相を変えて慌てふためく大人達だけ。
先輩がシェルターを出ていってからもう10分は経つ。いつもは短く感じる10分間、でも今はとても長く感じる。
何度も考えてしまう。考えたくないのに、考えたって仕方ないのに。
あの女の先輩のように、喰い殺される皆の姿が浮かんでしまうのだ。
どうしてこうなってしまったんだろう。これもいくら考えたところで意味がない。だって私は何も分からないのだから。後悔もない。
ただ頭の中がグチャグチャで整理できない。
後悔とは違うけど、もう少し学校を早く出ていればあの老夫婦を助けることができたのではないかと思ってしまった。
「これ、ゆいちゃんにプレゼントね」
あの二人は家に来る度にそう言って私に何かをくれる。普段外に出れない私が少しでも楽しめるようにと。
小さい頃から大好きだ。
あんな姿、見たくなかった。
あの時は必死で何も考えられなかったけど、今こうして安全?な場所で考える時間を僅かでも与えられると、悲しみが音をたてて襲い掛かってくるように感じる。
空から降ってきた人達に襲われるより、今のほうがよっぽど辛い。
あの夫婦の名前が思い出せない。
多分私はおかしくなってしまったのだろう。だって、あり得ない。忘れる訳ない。さっきから何度も思い出そうとしているのに、何も出てこない。
私は最低だ。大好きなのに、それなのに。
どうしても思い出せないのだ。
それが何より辛い。
周りにいる大人達は誰も話しかけてこない。まるで私を避けているみたいに。知ってる人ばっかりだったけど、こんな状況だしまぁ仕方ないよね。
「もうヤダな」
つい口に出してしまった。何人かの大人がチラッと私に目を向けたけど、それで終わり。特に気にしている様子もない。
私は昔から独り言が多い。ずっと家にいて人との関わりが少ないのが原因だと思う。
話す機会は少ないけど、話したいことは沢山あるから独り言として漏れてしまうのだ。
こうして考えているうちに5分が経過していた。
先輩は戻ってこない。他の皆も来ない。
不安だ。
不安だ。
不安だ。
もしかしたら他にもシェルターがあるのかもしれない。そこに皆は避難しているとか。でもそれは私の希望にすぎない。シェルターがここだけだったら。さっき何人かの大人に他にシェルターはあるのかと聞いたが、皆知らないと言って黙り込んでしまった。
不安だ。
絶対に先輩や大人達は何かを知っている。
でなきゃあんな対応は絶対にできない。今まで隠し続けていた何かがあるんだ。
それにあの「銃のような物」、あれは何だ。あれを使って迷いなく撃ち殺す。生きるために。
やっぱりいくら考えても答えは出ない。
頭の中が余計にグチャグチャになるだけだ。私のこの気持ちを解消する為にも、先輩には絶対に帰ってきてもらわないと。聞きたいことがいっぱいある。
あれ?
足音が聞こえる。
その音は次第に大きくなっていく。
誰かが避難しに来たんだ。
扉の前で足音が止まった。
だれ?
私は先輩が来たような気がした。
でも違った。
世界はそんなに都合よく廻っていない。
扉の窓から顔を覗かせたのは、
全身血まみれで頭の右端が陥没している
人
だった。
あんなの普通は死んで......
私の理解が追いついた頃には、そいつは扉を壊す作業を始めていた。
ドンっ!ドンっ!ドンっ!ドンっ!
何度も扉に体当たりしてくる。その度に扉の形は歪んでいった。
こわいよ。
だれか助けて。
死にたくない。
こわいよ。
「大丈夫だよ、ゆいちゃん」
周りの大人達は優しく私の名前を呼んだ。さっきまではあまり関わってこなかったのに。私の勘違いだったのかな。
「ありがとうございます」
声が震えている。今の私は普段よりも貧弱に見えるのではないだろうか。無力な自分が情けなく思えた。
そんな私を見ても、大人達は微笑んでくれた。この島の人達は本当に優しい。涙が出てきそうだ。でも、泣いている暇もなく扉は破壊された。
「ジーションを出せぇ!!!」
誰かが叫んだ。その声と供に大人達は鞄やポケットから小型の「銃のような物」を一斉に取り出して構えた。
「撃てぇ!!!」
バババババババン!バン!
凄まじい音だ。私は怖くなってまた目を閉じる。嫌な癖。目を閉じたところで状況が変わる訳でもないのに。
銃声が鳴り止み、私は目を開けた。目の前には全身穴だらけの死体が転がっている。
どうやらピンチは乗り越えたようだ。ホッとして、ゆっくりと息をはいた。
「ゆいちゃん、怪我はない?」
そう聞いてきたのは、隣の家に住む井藤さん。
「はい、大丈夫です。井藤さんも来てたんですね」
私は本当に周りが見えていなかった。知っている人が沢山いるなぁ、くらいの感覚はあったのだが、隣人が来ていることにさえ気づけなかった。それぐらいパニックになっていた。
「今、何が起きてるんですか?」
さっきは周りの大人達は話してくれる雰囲気じゃなかったし、自分自身何となく怖くて聞けなかったことを、急に聞いてしまった。相手が井藤さんということもあるのだろう。
「ごめんね、ゆいちゃん」
井藤さんはそう言って黙ってしまった。
やっぱり言えない何かがあるんだ。恐らくこの場にいる人で、今の状況を理解してないのは私だけ。私だけが何も知らない。
しかし今一番問題なのは、先輩が安全と言っていたこの場所までアレが来たことだ。もうここは安全とは限らない。ここが安全じゃないとしたら、私達はどうすれば良いんだろうか。
不安だ。
不安は終わらない。
また足音が聞こえる。それも複数の。
さっきのこともあり、大人達は「銃のような物」を構える。
シェルター内に緊張が走る。
既に破壊された扉の前に現れたのは、
「えっ、みんな!!!」
私は嬉しくて声を上げた。そこにいたのは親友の三里ちゃん、エースあきら、穂乃花さんの三人。
大人達も安心して「銃のような物」を降ろした。
皆の服は血に染まっている。目からは光が失われているようだ。何も言わずに三人はシェルターの中に入ってきた。
その表情からは悲しさだけが伝わってくる。
「何が、あったの? 他の高一の皆は?」
私の問いかけに、三人は涙を流す。
何となく察しはついた。
でも、そんなこと、考えたくない。
「皆ね、死んじゃった」
三里ちゃんが小さな声で答えた。それが全てだ。
皆死んだ。
受け止めきれない絶望が私の胸を締めつけた。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
信じたくない、でもこれは現実だ。
三人の様子がそれを物語っている。
「すまねぇ!」
いきなりエースあきら、いや、野村くんが声を出した。
「さっきアノ人が入ってきたのは、俺達のせいなんだ」
続けて穂乃花さんが口を開く。
「アイツはしつこく私達を追いかけてきた。他のやつらと違って全然死ななくて。それで、それで」
穂乃花さんがこんなに喋ったところは初めて見た。今にも壊れてしまいそうな、そんな感じがする。
「もう、いいよ。三里ちゃん、野村くん、穂乃花さん、三人とも生きてる。私はそれが嬉しいの」
あっ、言いながら自分が泣いていることに気づく。
今度は四人で、静かに涙を流した。
私達は、死んでいった皆の命の上に立っている。
次回は上田三里、野村明、鈴木穂乃花の三人がシェルターにたどり着くまでの話です。
引き続きよろしくお願いします。