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彼女の笑顔

午前10時30分。

私が水上先輩と仲直りしてから約11時間が経過した。

でも未だにダーヴァは現れない。


もうこのままヤツラは現れないのではないか。


何度かそんなことを考えてしまったが、それは私の希望に過ぎない。

油断しているところを襲われる可能性だって大いにある。

だから警戒を怠ってはいけないのだ。

まぁでも気を張りつめ過ぎてもいけないんだけど......



さっきまでジーションの朝練を行っていたのだが、今は皆で休憩している。


「ゆいー! 私聞きたいことがあるんだけど!」


目を輝かせながら三里ちゃんが話しかけてきた。

何故か嫌な予感がする。


「何? 変なこと聞かないでよ?」


私が恐る恐る答えると、三里ちゃんは俄然キラキラした目でこちらを見つめていた。

何なの?

一体何なの!?

私が怯えていることにも気付かず彼女は口を開いた。


「ゆい、さっき水上先輩と楽しそうに話してたけど、何かあったの?」


はーい、嫌な予感的中!

などと言っている場合ではない。

まさかそこをついてくるとは......


「別に普通だよ」


私は誤魔化そうとしたのだが、


「めちゃくちゃ楽しそうだったじゃん!」


ダメだ。

この人しつこい。


仕方がないので、少し恥ずかしいけど昨日のことを三里ちゃんに話した。

てっきり私は三里ちゃんなら喜んでくれると思っていた。

私と先輩のこと、ずっと気にかけてくれていたし。

でも彼女の反応は予想外のものだった。


「ゆいはそれで良いの?」


「........何で?」


三里ちゃんの言ってることがよく分からなくて、質問を質問で返してしまった。


「水上先輩は1年間ずっとゆいに冷たくしてたのに、昨日いきなり謝られて、ゆいはそれで良いの?」


なんだ。

そういうことか。

なら答えは1つしかない。


「良いに決まってるよ。私は先輩と昔みたいに話せる日をずっと待ち望んでいたんだから」


それを聞くと、三里ちゃんは安心したように微笑んでから言った。


「ゆいが良いなら、私も良いよ!」









午後1時30分。

更に3時間が経ったけれど、何も起こらない。


ダーヴァを警戒してお空とにらめっこしている優奈先輩のお腹が鳴ったのは、突然の出来事だった。


「あっ、いやっ、これは、その......」


優奈先輩は顔を真っ赤にして慌てている。

相当恥ずかしいのだろう。


私も一応女の子だし、その気持ちは何となく分かるけど。

でもそこまで慌てる程のことかな?

1回鳴っただけじゃん。


「あっ、お前腹空いてんだろ。食いしん坊だもんな!」


空気の読めない男ナンバーワンの中谷先輩が無神経に声をかけた。

いや。

いやいやいや。


無神経過ぎるでしょ!?

何考えてんの、この人? ヤバくないかな、この人?


だってたった今恥ずかしがってた女性にそんなこと......

いや待てよ。

わざと言ったのか?


う~ん......


だとしたら性格悪くない?

まぁでもそれはないか。

多分何も考えずに言っちゃったんだろうなぁ。

中谷先輩はそういう人だからなぁ。


「どうやら優奈パンチを食らいたいらしいわね」


パンチの名前ダサっ!

というか中谷先輩が危ない。

思った通り、さっきの無神経な発言は優奈先輩の怒りに触れていたらしい。


「やべっ......」


何かを察したのか、中谷先輩の顔が青ざめる。


「ゆーうーーなーーー」


そう言いながら、優奈先輩は拳を握った。

マズいよこれは。

「ゆーうーーなーーー」って「優奈パンチ」の「優奈」の部分でしょ。

次に「パンチ」って言った瞬間「優奈パンチ」が炸裂するんだよ、きっと。


あぁ....

もうダメだ。

誰も彼女を止められない。

さよなら、中谷先輩........


「パン」

「待って下さい!!!」




「パン」で止まった。「チ」まで言っていない。

優奈先輩の拳は、中谷先輩の顔面スレスレのところで静止している。


「喧嘩は良くないですよー」


「優奈パンチ」を阻止した救世主は、そう言ってニコニコ笑っていた。



「え? 香菜ちゃん?」


私はその子の名を口にした。

救世主の正体は香菜ちゃんだ。


何故あの子がここに?

今はシェルターに避難してるはずなのに。

隣に井藤さんまで立ってるし。

親子揃って何しに来たんだろう?


「おにぎり作ってきました!」


おにぎり?

香菜ちゃんが持ってきた箱を開けると、そこには大量のおにぎりが入っていた。


「皆で食べましょ!」


香菜ちゃんのその言葉をきっかけに、昼食の時間が訪れたのであった。






「うっま、うま、うまっ!」


野村くんは目にも止まらぬ速さでおにぎりを口へ運んでいる。

真の食いしん坊は野村くんのようだ。


「野球部のエースだった頃の面影は何処にもないねー」


「うるせぇ! うまっ、うめぇ、うま!」


三里ちゃんの嫌みな言葉にさえ気を止める様子はない。

てか食べ過ぎでしょ。

もう5個は食べてるよ、この人。


「喜んでもらえて良かったです」


香菜ちゃんは純粋な笑顔で嬉しそうにしてるけど、本当に良いのかな?

もし今ダーヴァが来たら。

でも井藤さんも一緒にいるってことは、前みたいに勝手に行動してる訳じゃなさそうだけど。



「ごめんなさいね」


突然井藤さんが謝ってきたので、私は何も言えなかった。


「この子が何も出来ないのは嫌だから、少しでも役に立ちたいって言うので......」


そうか。

香菜ちゃんにはずっとその思いがあったんだ。

私達がシェルターに避難することは出来ないのと同じで、香菜ちゃんもただ守られ続けることは出来なかったんだ。


「香菜ちゃん、ありがと!」


私は香菜ちゃんに声をかけた。

おにぎりを作ってきてくれたことは本当に助かったし、「ありがとう」と言うだけでも彼女の心が救われる様な気がしたから。


「はい!」


そう答える彼女の笑顔は、雲1つないあの日の空のようであった。






「ごちそーさまっ!」


結局30個あったおにぎりの内の15個を野村くんがたいらげた。

半分の量食べてるし。

さすがに皆ドン引きしている。


「え? 何?」


何? じゃないよ!

食い過ぎなんだよ野村くん!

と突っ込みたくもなったが、何とか堪えた。

どうせ突っ込んでも意味ないし。



「では、私達はこれで」


「あっ、私シェルターまで送りますよ」


二人が帰ろうとしていたので、私は護衛役に買って出た。

さすがに二人だけで帰らせるのは危険だし。



階段を登るのは疲れるから、私達は洞窟からシェルターに入ることにした。

小さい神社や駄菓子屋、公園の前を通り住宅地を抜けていく。

坂を下ったところでパッと海が開ける。

その海は、太陽が反射してキラキラと光っていた。


私は知っている。

この海の先には日本列島があって、そこには東京があるのだ。

水上先輩が目指していた場所。

「東京に行って俳優になる」、あの日先輩は確かにそう言っていた。


でも今は、もう......

そんなことをグルグルと考えていると、香菜ちゃんが話しかけてきた。


「ゆい先輩、私、先輩のこと尊敬してます」


「え? 私?」


私は香菜ちゃんに尊敬される様なことは何一つしていない。

今までにそんなエピソードは無かったはず。


え? 本当に私?

他にゆいって名前の人いたっけ?

いたかな?

どうだろ。


死んでいった人達の中にいたのかもしれない。

でもそれなら香菜ちゃんだってその人の名前を忘れている訳で。

ならやっぱり私のことか。


何で?

全然わかんないよ。


「ゆい先輩は病気で家に閉じこもってたのに、この1年間頑張ってたから。本当に尊敬してるんです」


そんな大層なことじゃないのに。

一応訂正しておこう。


「私、あの日からずっと体調良いんだよ。それにジーションの個人練習の時は皆より簡単な練習させてもらってるし。だから尊敬される様なことは何も」


「でもすごいですよ、家に閉じこもってたのに」


「いや、だからね」


「家に閉じこもってたのに、すごいです!」


何でそこ強調して言うの?

ちょっとディスってない?


「こらっ、香菜! 家に閉じこもってたゆいちゃんに失礼でしょ」


井藤さん。

あなたも失礼です。


そんなことを話しているうちに、私達は海岸に着いていた。

あとはこのまま海岸沿いに歩いていき、洞窟に入るだけだ。

砂浜を歩いていくので、けっこう歩きにくい。






オォオオオォオオオォオオオオオ........






「何ですか? この音」


香菜ちゃんに言われて気付いた。

音が聞こえる。

空気が震える様な音が。



「二人とも、走ろう」


私はそう言うと、二人の手を掴んで走り出した。

来るかもしれない。

これは勘とかそういうものじゃない。



あの音は空から聞こえてきていたのだ。






オォオオオォオオオオォオオオ......






音が大きくなっていく。

近づいてくる。


洞窟まであと30メートルはある。


ダメだ。



間に合わない。






ダァアアンンン!!!!!






大きな音が鳴り響き、砂ぼこりが舞った。

何かが空から降ってきたのだ。

徐々に砂ぼこりが消えていき、その姿が露わになる。





「ダーヴァ......」


目の前には1体のダーヴァがいた。

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