本堂にて
あー、疲れた。まだ着かないの? けっこう登ってきたのに。
「三里ちゃん、あとどれくらい?」
「あと5分くらい登れば着くよ」
あと5分も...... 体力が持たないよ~。でも頑張ろう。三里ちゃんの為にも。だって三里ちゃんの今日の目的は、本堂に行くことなんだから。
本堂まで行って何をするのかはおおよそ察しがつく。私は少しでも三里ちゃんに寄り添ってあげたいのだ。
そして5分後...
あと10段! 最後の力をふりしぼるんだ、私!
「ゆい、遅いよー」
私がラスト10段に苦戦していると、すでにゴールしている三里ちゃんから野次が飛んできた。
ここまで頑張って来たんだから、少しは応援してよ......
でも負けない! 自分に勝つんだ!
「うぉおおおお!!!」
私は最後の10段を全力で登りきった。今私の目の前にはお寺の本堂がずっしりと構えている。
やっと着いた。
とてつもない達成感が湧いてくる。ここまで来て達成感を感じない人はいないのではないだろうか。
私が後ろを振り向くと、そこにはご褒美が用意されていた。頑張った私へのご褒美が。
「きれい」
思わず口にしてしまう。私の目に、美しすぎる絶景が写り込んだ。この景色はここまで登ってきた人しか味わうことのできない特別なもの。
そう考えると、少し嬉しい気持ちになった。
「ゆいー、こっち来てー」
三里ちゃんに呼ばれ、私は本堂の近くへ行った。
「見て、これ」
そう言って、三里ちゃんは本堂の扉付近を指さす。そこには沢山の花が添えられていた。その花々から良い匂いが漂ってくる。
「私、ちょっとだけ安心した」
三里ちゃんは花々を見つめたまま話す。その言葉に私は何と返せば良いのかわからなかった。
「この花は皆がいた証、だから」
三里ちゃんはポケットから1枚のカードを取り出すと、花の近くにそれを置いた。
彼女は一息おいてから、
「先輩の物、返しにきました。先輩のお陰で今日も私は生きています。ありがとうございました」
と、丁寧に告げる。それが終わると、三里ちゃんはスッキリしたような顔になっていた。そんな気がする。
「ありがと、ゆい。私今日ここに来るまでずっとドキドキしてたから、ゆいがいてくれて助かった」
「ううん、私は別に何もしてないし」
「そんなことないよ、ありがとう」
「うん」
しばらく三里ちゃんと本堂の前に座って話していた。皆が死んだこの場所で、私達は前を向いて話していた。
今日も空は青い。あの日の空にそっくりだ。
あっ
スズメが飛んできた。チュンチュンと元気に鳴くそれは、すぐにまた羽を広げ、大空に向かって飛んでいく。とは言っても、スズメだからそこまで高く飛べる訳じゃないんだけど。
「それにしても三里ちゃん、あの花は誰が添えたの?」
「わからないけど、きっと優しい人だよ」
三里ちゃんのツインテールは揺れている。私は、やっぱりその髪型は似合っているなと思った。
30分くらい経ち、そろそろ帰ろうと三里ちゃんが切り出したので、私達は帰ることにしたのだが、ちょうど私が立ち上がった時に階段の下から足音と話し声が聞こえてきた。
どうやら2人いるみたい。
私達の前に姿を現したのは、水上先輩と中谷先輩だ。
「あれ? 先客がいるぞ」
久々に登場した中谷先輩が私達を見て言った。うわ、この人めっちゃ汗かいてる。まぁでも、この階段なら仕方ないか。
「ゆ、ゆい......」
少し戸惑った様子の水上先輩は、微かな声で私の名前を呼ぶ。顔が引きつっているように見えるのは気のせいだろうか。
「あっ、先輩達、何しに来たんですか?」
早速三里ちゃんが絡みに行った。誰にでも人懐っこい性格の三里ちゃんが羨ましく思える。私なんて、ちょっと気不味いと思ってしまったのに。
「ここに来た目的は、多分お前らと同じだ」
中谷先輩は持ってきたビニール袋の中から、自慢気に花を取り出した。もしかして、本堂に添えられてる花って先輩達が?
私がそう思っていると、本堂に近づいて行った中谷先輩が驚きの声をあげる。
「うおっ、もうこんなに花が添えられてる」
「あれ? この花って先輩達が添えたものじゃないんですか?」
私が聞くと、中谷先輩はチッチッチッと言いながら人差し指を左右に振った。「違う」という意味だろうか。なんか腹立つ動きだな、それ。
「俺達おく病だからさ、あの日アイツがここで死んだって聞いてからこの場所には1回も来てないんだ。でももう1年が経ったから、そろそろけじめをつけようと思って」
いつも元気な中谷先輩は悲しんでいるように見える。私はそこまでこの先輩と話す機会も無かったから、「元気な人」というイメージしかない。でも今の先輩は別人みたいだ。やっぱり、あの日ダーヴァが私達に与えた傷はそう簡単に癒えるものではない。
先輩は持ってきた花を添えると、静かに手を合わせた。今は虫の鳴き声だけが響いている。
20秒ぐらいして、先輩は「よしっ!」と言ってニコニコしていた。なんだか先輩もスッキリしたように見える。
「あの、先輩、アイツって誰のことですか?」
私が気になっていたことを三里ちゃんが聞いてくれた。正直「アイツ」が誰なのか、何となくわかっているけど、先輩の口から聞きたいんだ。先輩達がここまで来た理由をはっきりさせておきたいし。
「名前はもう思い出せないけど、お前らをシェルターまで連れて行った勇敢な男のことだよ」
やっぱりそうだ。三里ちゃんの話で聞いたあの先輩。最後の最後まで三里ちゃん達を守ろうとしてくれた先輩のことだ。
三里ちゃんはあの日以来、その先輩の話ばかりするようになった。いつも「カッコよかった」と連呼している。その様子はまるで、恋をしている少女のように思えた。
先輩の話をすると、いつも最後に「感謝してもしきれない」と言う三里ちゃん。その言葉を発する度、目の奥の涙が光って見えた。
三里ちゃんが今日ここに来た理由、それは、クラスの皆に会うこと。本当は1年前に皆死んでしまったけど、それでも三里ちゃんは皆に会いたかったのだ。
そしてもう1つ、とても大事な理由がある。あの先輩のカードを返すこと。
三里ちゃんはこの1年間ずっとその事を気にしていた。何度も相談してくるから、その度に私は本堂に行ってそのカードを置いてくることを提案した。でも三里ちゃんは中々決心できず、先送りにしてしまっていたのだ。
でも今日やっと返すことができた。
あの時見せたスッキリとした顔には、色々な想いが詰まっていたのだろう。
「そろそろお昼だな」
自分の腕時計を眺めながら、水上先輩は言った。やっと口を開いたかと思えばそんなことか。昔みたいに気さくに話してくれる優しい先輩に戻ってほしいな。
しかしそのお昼発言によって、中谷先輩が目覚める。
「水上、俺はその言葉を待っていた!」
「は?」
ムフフフフッと変な笑い方をすると、中谷先輩は叫んだ。
「俺は今日お弁当を作ってきたのだぁー!!!!!」
あ、そーなんすか。了解です。
中谷先輩の叫び声に驚いたスズメ達が、慌てたように飛んでいく。
しょーもないことで叫ばないでほしい。スズメが可哀相だ。
「皆で食べよ!」
中谷先輩は可愛く言った。
うぅ、正直食べたくない。男の手料理....う~ん......
中谷先輩は背負っていたリュックからレジャーシートと大きな弁当箱、そして割りばしを取り出した。
用意周到だなぁ。
手際よくレジャーシートを広げると、早速先輩は腰を下ろした。
「さっ、お前らも座って座って」
言われるがままに私達もレジャーシートの上に座る。
ていうかさっきからこの先輩、怖いくらい生き生きしてるんだけど。
「よし、じゃあ早速食べようぜ!」
そう言って先輩は弁当箱のふたを開けた。
「えっ」
その場にいた全員が驚いた。
弁当箱の中には、大量の卵焼きが詰められていたのだ。
卵焼きだけ。
卵焼きonly。
そもそもこれは弁当って言えるのかな? 難しいところだ。
「いっただっきまーす!」
中谷先輩は勢いよく食事開始の合図を出した。
ここまで来たらもう食べるしかない。
「いただきます」
私はそう言うと、割りばしで卵焼きをつかんだ。
それを慎重に口の中に運ぶ。
私の舌と卵焼きが接触すると、
「あ、美味しい」
その卵焼きは、意外と美味しかった。
中谷先輩とは、10話目に1度だけ登場した中谷春木のことです。




