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全てが終わり始まった日

これから毎週日曜日と水曜日に投稿していきたいと思います。

よろしくお願いします。

今日はこんなに空が青いのに、私は部屋の窓からそれを眺めることしかできない。皆が羨ましかった。


「ゆい? 体調はどう?」


お母さんが様子を見に来てくれた。小さい頃から病弱だった私を支え続けてくれた優しいお母さんだ。


「うん、大丈夫そう」


そう答えながら、ずっと大丈夫だったら良いのにと、欲張りなことを考えてしまった。


でも明日は学校に行ける日だから、今日はずっとわくわくしていた。久しぶりに皆に会える。先輩にも。

話したいことがたくさんある。


夕方、三里ちゃんが訪ねてきた。上田三里。彼女は幼稚園の時からの親友だ。

三里ちゃんは私に会うなり、ニッコリと笑い、


「明日学校来るんでしょ!すっごく楽しみ!」


と言った。久しぶりに行くから少し緊張してたけど、三里ちゃんの一言でその緊張はほぐれた。


「まぁ、体調次第だけどね......」


あんまり期待させ過ぎないように一応言っておく。前にも何度か体調が急変して行けなくなったことがあったし。

少し話した後、三里ちゃんは塾があるからと帰っていった。


夕食はなんと、私の大好きなカレーライス! お母さんは学校に行ける日の前日には必ず私の好物を作ってくれる。とっても嬉しかったから、私は頂きますと言った後に、

「ありがとう」

と言葉を添えた。お母さんも嬉しそうにしている。幸せな時間だ。


夕食の後は少し憂鬱。なぜなら、にがい薬を飲まなくちゃいけないから。しかも薬を飲むとすぐに眠たくなって寝てしまう。でも今日の私にとってその副作用は好都合だった。明日が待ち遠しいから、早く明日になって欲しいからだ。

私は薬を飲んですぐに眠った。



朝起きて窓の外を見ると、空は雲一つない快晴だった。私はこの空が大好きだ。晴れ渡った空を見ていると、心が綺麗になっていくように感じる。体調も良い感じだ。やっと学校に行ける。


朝ごはんを食べて(薬を飲んで)歯を磨いて制服に着替える。すごく楽しい。皆にとっては当たり前のことかもしれないが、私はそれが楽しくてならなかった。


ついに家から出る。扉を開けると、そこには、久しぶりに見る景色と水上先輩がいた。わかっていたけど、やっぱり嬉しい。

水上ゆうじ先輩は、私が学校に行ける日は必ず一緒に登校してくれる。私が途中で倒れたりしないか心配してくれているらしい。いつも優しい言葉をかけてくれる。私はそんな先輩が.....。


「よぉ、元気そうじゃん」


先輩の声。温かい。その言葉があれば、例え元気がなくても元気になれる。


「先輩こそ、元気そうですね」


私の返答に、先輩はへへっと笑ってみせた。


「二人ともお似合いなんだけどなぁ」


お母さんが余計なことを言った。お母さんは普段は優しいけど、水上先輩のことになるとちょっぴり意地悪。

まぁこれは、学校に行ける日の恒例行事みたいなものなんだけど。いつも通り、

「余計なこと言わないで!」

と言って、先輩と学校に向かった。


道中、先輩が

「お前、この島出たいと思ったことある?」

と聞いてきた。私はその問いかけに、はっとした。私はずっと家の中にいたから、ここが島であることを忘れかけていたのだ。

その表現は大げさかもしれないけど、島を出るなんて考えたことがなかった。私は病弱だから。島から出ることなんてできない。ここが私の全てだって、ずっと昔にそう決めつけていた。

その先にある広い世界のことは、諦めている。


「私はこの島にいます。それしかできないから」


先輩は私の頭を撫でてくれた。先輩に哀れまれたのかな。先輩は優しいから。


「俺はさ、夢があるんだ。東京に行って俳優になりたいんだ。それでさ、有名になって、この島の皆が知ってるような大スターになる」


先輩にそんな夢があるなんて知らなかった。もしそうなったら良いなって、未来の素敵な想像をしてみる。


「だから先輩、演劇部に入ってるんですか?」


先輩は即答した。


「もちろん!今頑張って自分の演技磨いてんだけど、これが中々難しくてさ」


私はクスッと笑い、


「頑張って!未来の大スター先輩!」


と、応援の言葉を捧げた。

先輩と通学路から見える海岸は、キラキラと光っている。



学校に着いた。島に一つしかない学校。この学校は小中高一貫になっている。

先輩と別れ、私は高一の教室に向かった。教室は学年ごとに分かれているだけで、クラスはない。これは島民が203人しかいない証拠だ。

しかも一つの学年の人数は平均10人。私のいる高一は平均よりもちょっと多い13人。それでも普通の学校よりは遥かに少ないだろう。

私はこれくらいの少人数の方が好きだけど。

そんなことを考えている間に教室に着いた。扉を開けるのを少しためらう。

ずっと来てなかったから、そこに自分の居場所はあるのかなって、ちょっとだけ思ってしまった。


「久しぶりだな。入ろうぜ」


いきなり後ろから話しかけられたのでびっくりした。私の後ろに立っていたのは野球部のエース、野村明くん。通称エースあきら。私がそう呼んでるだけかもしれない。


「うん、久しぶり」


私はエースあきらと久々の教室に入る。


扉を開けると、三里ちゃんが飛びついてきた。三里ちゃん、温かい。


「良かったぁ!来てくれて!嬉しい」


三里ちゃんは涙ぐみながら言った。そしてすぐに表情を変えて


「野村くん、ゆいに変なことしてないでしょうね?」


とエースあきらを問い詰める。エースあきらもすかさず反撃する。


「してねぇよ。お前こそなんかやらかしそうで怖いよ」


それを聞いた三里ちゃんはぷくーっと頬を膨らませて何か言おうとしたところで仲裁が入った。


「ほんと君達仲良しだね。でもそろそろ先生来るし、静かにしておいた方が良いんじゃない?」


彼は学級(年)委員の平岡孝介くん。学校に来る度に二人の仲裁に入っているのを見かける。おそらく私が学校に来ていない時も二人の仲を取り持っているのだろう。

そう考えると結構大変そうだ。


私はとりあえず自席に着いた。机を見ると前に学校に来た時にこっそり描いた落書きがまだ残っている。

私はまたちょっぴり嬉しくなった。今日は良い日だ。


「おはよう」


小さな声で挨拶してきたのは隣の席の鈴木穂乃花さん。


「うん、おはよう」


私が挨拶すると、穂乃花さんは小さく会釈して本を読み始めた。穂乃花さんは無口な子であまり人と関わりたがらない。隣の席だというのにちゃんとお話したことがない。

毎回会う度に今度こそは話そうと思うのだけど、タイミングが掴めず先伸ばしになっている。


そうこうしているうちに、先生が教室に入ってきた。


「おー、神田、やっと来たか」


いつも皆に「ゆい」と呼ばれているので、「神田」という名字は懐かしい感じがする。


「おはようございます、先生」


気を使ったのだろうか、先生は笑顔を作ってくれた。


一時間目は数学だ。鞄の中を見た私は、教科書を家に置いてきたことに気づいた。最悪だ。昨日予習してそのまま鞄に入れるのを忘れてしまったのだ。

申し訳ないけど、穂乃花さんに見せてもらおう。


授業は担任の先生が一貫して行う。何人かの男子は退屈そうにしていたが、やはり私は楽しい。授業を楽しむというのも変な感じはするが、家で一人で勉強する何倍も良かった。

隅田くんはずっと窓の外を眺めていたが、そんな勿体ないこと、私にはできない。そんなことしたら家にいる時と何も変わらないし。だから私は




、、、、、、、、、、!?




急に何かを感じた。それが何かはわからないけど、すごく不安になった。どうしたんだろう。具合悪くなったのかな。でも体調は大丈夫そうだ。とにかく不安でどうしようもない。

何でこんな気持ちになるんだろう。どうして。今日は嬉しいはずなのに、楽しいはずなのに。どうして。


「おーい、隅田!聞いてんのか?隅田敬太!なんでずっと外見てんだ??」


先生は隅田くんに注意した。


不安は収まらない。むしろ大きくなった。


いきなり隅田くんが


「あっ!!!」


と叫んだ。


「どうしたんだ、隅田?」



「先生、空から何か降ってきます」



皆一斉に窓の外を見た。空から何かが降ってくる。大量に。そして、誰かが言った。




「あれ、人だよ」




本当だ。人がたくさん落ちてきている。私の感じた不安はこのことだったのだろうか。


信じられない。こんな、非現実的なこと。皆も困惑している。




ウーウーウーウーウーウー




サイレンの音が聞こえる。頭に響く音。嫌いな音だ。



『ただいま、特別避難命令が、発令しました。住民の方は、直ちに避難して下さい』



特別避難命令?避難ってどこに??何も分からない私達に、先生は言った。


「落ち着いて、高校三年生の教室に行きなさい。その後は三年生の指示に従って動いて下さい。何があっても、諦めないように」


その言葉を聞いた瞬間、皆一斉に三年生の教室に向かって走り出した。さっきまで笑っていた男子達もことの重大さを理解したのか、黙って飛び出していく。

私も皆についていこうとしたが、病気のせいでうまく走れず教室を出るのが一番最後になってしまった。


だから、先生の最期の言葉が聞こえてしまったのだ。



「皆の担任になれて、本当に良かった」



その言葉からは、悲しさと温かさが感じられる。


教室を出たところで三里ちゃんが待ってくれていた。こんな時でも見捨てずにいてくれるなんて、三里ちゃんは最高の親友だ。


「走らなくて良いから、無理せず行こう」


その優しさに、今は甘えることしかできない。


「うん」


二人で不安をかき消すように、手を繋いだ。

廊下の窓から外を見たが、まだ人は降り続けている。そして、地面に落ちた人は立ちあがりユラユラと歩き始めていた。

怖い。怖くてたまらない。

繋いだ手からは互いの汗を感じる。



三年生の教室に着くと、そこは人で溢れかえっていた。どうやら生徒全員が集まっているらしい。勿論103名の生徒全員が教室に入ることはできず、廊下に半数が押し出されている状態だった。


「私達、どうなるの?」


震えた声で三里ちゃんが聞いてきた。そんなの分かるわけない。私は何も答えることができない。

ただ、三年生の教室には水上先輩がいるから少し安心している。


廊下の窓から外の様子を伺うと、そこにはあり得ない光景が広がっていた。

教師達が銃のような物で空から降ってきた人を撃ち殺していたのだ。何の躊躇もなく頭を狙い殺していた。私はこれが夢であれば良いと願った、だけど現実は変わらない。

撃たれた人の頭は弾けとんで、完全に死んでいる。


「おぇっぇえええ......」


その様子を私と同じように廊下から見ていた誰かが嘔吐した。無理もない。私も吐きたくてたまらない。


ふと隣を見ると、三里ちゃんが泣いている。手で目をこすっているが、涙は止まらないらしい。ポタッポタッと涙がこぼれる度に、私も泣きたくなった。



「おーい、ゆい!」



水上先輩の声だ!人混みを掻き分けて、水上先輩と二人の女の人(先輩)が私のところへ駆け寄ってきた。


「今から俺達がゆいだけを護衛してシェルターまで連れて行く。シェルターに着けば安全だから、それまでは頑張ってくれ。分かったな?」


いきなりそんなことを言われても、、でも今は納得するしかないのか、、、いやでも、私だけって、、、、、


「だったら三里ちゃんも一緒に、」


私がそう言いかけて先輩に遮られた。


「駄目だ。二人も守っている余裕はない」


先輩は本気だ。今まで見たこともないような真剣な顔をしている。もう従うしかない。

三里ちゃんと別れたくはないけど、お互いの為にもそうするのが最善なのかもしれない。


「三里ちゃん、後で会おうね」


私の言葉に、三里ちゃんは泣きながら頷いた。





私達は学校の裏口から外に出た。

その頃にはもう人は降り止んでいたが、さっき降ってきた人達がウジャウジャいる。その人達は一斉に私達に気づき、こっちへ走ってきた。ただ普通より少し遅い。

先輩達は黙って鞄から「銃のような物」を取り出した。

まさか先輩も人を、

深く考える暇もなく、先輩達は人を撃ち殺した。


「さぁ、逃げるぞ!」


あまりのショックに私は泣き出してしまった。先輩が人を殺したなんて信じたくない。でも目の前でそれは起きてしまったのだからどうしようもない。


「なんで人を殺したんですか!?命は、命は大切なもので!」


うまく言葉がまとまらない私に、先輩は


「命が大切だから殺したんだ」


と言った。

先輩は私を無理矢理おぶる。

そのまま先輩達は走り出した。全力で。

背中に私が乗っているのに、先輩は速い。

何度も人が襲い掛かってくる度に撃ち殺す。

服に血がかかる。冷たい。

もう何も考えたくなかった。

嫌だ。

もう嫌だ。

朝、先輩と歩いた道。

遠くに見える神社。

昔よく買いに来た駄菓子屋。


全てがまるで違う世界に見える。


私の家の近所に高齢の夫婦が住んでいる。小さい頃から優しくしてもらっている。この間も、私の病状を心配して訪ねてきてくれた。本当に優しい二人。


その二人が


道端で死んでいた。


あれは完全に死んでいる。一目見て分かった。首や手足の肉がえぐれていた。信じられない量の血が出ている。

どうして。どうして二人が。


「喰い殺されたんだ」


水上先輩はそう言った。


「さっき空から降ってきたやつらは人を喰い殺すんだ。殺られる前に殺るしかない」


信じたくない。そんな訳ないと、思いたい。あの優しかった二人が喰い殺されたなんて、思いたくない。


今日は久々に学校に来れて、皆優しくて、嬉しくて、楽しい日になるはずなのに。嫌だ。こんなの。絶対信じない。


後ろからはずっとたくさんの人が追いかけてきている。飛びかかってきたやつらは撃ち殺す。それを繰り返しているうちに、海岸に着いた。


「洞窟に向かうぞ」


先輩の指示で私達は洞窟に向かう。この海岸には大きな洞窟がある。大人達から神様の場所だから入ってはいけないと昔からきつく言われていたので私は入ったことがないのだけど。

逃げるに連れ追ってくる人は増える。洞窟の前まで来た時には既に囲まれていた。



「私が囮になる」



女の先輩の一人が言った。駄目、死んでしまう。私はそう思い、叫んだ。


「駄目です!皆で生きましょう!」


女の人は何も言わない。水上先輩も私の体を強くおさえて洞窟の中に入ろうとしている。

私は体を大きく振って暴れた。でも先輩達は黙って洞窟の中に足を入れる。


「ちょっと、あの人見捨てるんですか!?一緒に行けば良いじゃないですか!!!」


先輩に初めて怒られた。


「皆の思いを、無駄にするな!」


その言葉の意味は分からなかったけど、私はそれ以上何も言えなかった。

人を一人見捨てた。

その罪悪感は大きい。苦しい。切ない。


私は途中で振り向いてしまった。

あの人数に勝てる訳もなく、女の人は全身の肉を喰いちぎられて叫んでいた。それでも生きようと必死に足掻く。

女の人は動かなくなった。私はそれ以上は見れなかった。


先輩の言ってることが本当だったって、実感した。


自分達が殺されるから、殺すんだ。


信じたくないなんて、思っている場合じゃなかった。


生かしてもらった命、大切にしなきゃ。



洞窟の中は狭くて暗い。少し進んだところで先輩に降ろされた。その後もひたすら洞窟の中を進んだ。岩を登ったり下りたり、私には大変な動きだ。

でも休んでいる暇なんてない。ここで死んだら、あの人の犠牲は無駄になってしまうから。


「着いたぞ」


先輩の声は少し穏やかになっていた。目の前には丈夫そうな扉がある。扉の横に何か付いている。先輩はポケットから取り出したカードをそこに当てた。


ガシャン


扉が開いた。扉の向こうには舗装された通路が延びている。壁や天井もあった。


「ここまで来れば大丈夫だ。さぁ、入って」


先輩に言われ、私は中に入った。肩の力が抜けていくのを感じる。「大丈夫」という言葉でこれほど安心できたのは初めてだ。

その後、ちょっと進んだところに大きな部屋があり、私はそこに入れられた。この部屋がシェルターだと言う。

私は島にこんな場所があるなんて知らなかった。中には既に二十人程の大人がいる。高一の皆やお母さんはいない。また不安な気持ち。でも今は信じて待つしかない。

私は当然先輩達も避難しに来たのだと思っていた。でも違った。


「俺達はもう一度外に出て逃げ遅れた人達を助ける」


そう言われた瞬間、囮になった女の人の顔が浮かんだ。あの苦しそうな目。叫び声。こんなこと思うのは駄目かもしれない。でも、先輩にはああなって欲しくない。


「一緒に、残りませんか?」


最低なことを言ってるのは分かる。でも、水上先輩には生きていて欲しい。


「大丈夫、絶対戻ってくるから!」


そう言って、先輩達はいなくなってしまった。私はこれ以上引き留めることはできなかった。




いきなり空から人が降ってきて、その人達が襲ってきて、目の前で女の先輩が殺されて、


今何が起きているのか、これから何が起こるのか、私には分からない。ただ事実を並べることしかできない。


でも、何かが始まったことは分かった。




取り返しのつかない何かが。






どうもありがとうございました。

次回からもよろしくお願いします。

感想などあれば書いて頂けると嬉しいです。

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