プロローグ
「今日もギリギリ日付越えとかホント最悪なんだけどー」
「毎日毎日やめてほしいよなー。俺たちが仕事遅いわけじゃねぇのにさー」
「わかるわかる!!早く帰りてー」
現在の時刻は日付が変わって二十四時三分。
この店の通常拘束時間が二十三時まで。
そう考えると、確かに毎日毎日こんな時間になるのはしんどいし、ふざけんなって思う。
事実、私がしている作業なんか、いまだ終わらない。
でも、誰かがやらなければいけないし、今、私がやらなければこのあと数十人の仕事が遅れるということも分かっているからこそ、やらないという選択肢は存在しない。
「みんな準備終わったー?じゃあもう帰ろうー?」
「「あ、相澤さんお疲れ様でーす。お先失礼しまーす」」
携帯をいじったり、鞄の整理していたりと、各々していた準備が終わったらしく、次々と帰っていく同僚や後輩たち。
「うん、お疲れー」
あと少しで終わるであろう作業に追い打ちをかけつつも、声だけで返事をする。
顔を上げない自分に対して咎めるものはいない。
「相澤さんってさー、仕事できるし、すごい偉そうに指示してくるけどさー、いっつも最後まで何かしらやってない??」
「わかるわかる!なんか、仕事の鬼!!って感じ。でも、おなじアルバイトなのに、俺たちに指示ばっかして実際に何やってるかわかんなくねー?」
「そうそう!しかも、あれも退勤してからやってるみたい!休憩中も仕事してるし、仕事大好き?ああいうの社畜っていうのかなー?って思っちゃう」
社員ならまだしも、アルバイトでああはなりたくないよねー。あはははは~
聞こえないだろうと、話していただろう内容は、それはもうご丁寧に大きな笑い声と共にすべて聞こえていて。
(別に、好きでやってるわけではないんだけど...この工程をやっておかないとみんな困るのが目に見えてしまうから先走ってやってるだけで...この仕事が長すぎてそれがわかってしまうだけで、さ)
そう思いつつも、上からやれと言われたわけではない仕事をやり(しかも無償で)、なんでもない顔してやってるから、好きでやってるようにもみえるんだろうなぁ...
最後の一行を入力し終え、PCの電源を落とすと時刻は終電ぎりぎりの時間となっていた。
「やっば!?今日こそ早く帰るつもりだったのに!!」
慌てて鞄をつかみ、店の施錠をして外へ出る。
走って駅まで向かう中、本当に、いつもいつも何やってんだろうなぁ...とむなしい気持ちになりつつ、家路を急ぐ。
(でも、家に帰れば、美味しいご飯が待ってるぜーい!!)
「ただいまー!おねえさまのお帰りだよ~!!」
職場から電車で五駅。最寄駅から徒歩二十分。六畳二間のキッチン付きという小さいが私の王国、基、わが家の扉を開くと、美味しそうなカレーの匂いが漂ってきた。
「---お、おかえり、ごはん、たべる?」
キッチンからひょこっと顔を出してきたのは、十歳下の可愛い可愛い私の妹、相澤紗希、十八歳。四年前、一人暮らしをしていた私のところに泣きながらやってきてから、一緒に住んでいる。
「たべるたべる!!!でも、先にお風呂入ってくるから待ってて!ごめん!」
お腹をぐうぐう鳴らしながらばたばたと風呂の準備をするのは、相澤紗幸、二十八歳。
いずれでっかい人間になってやると思い続けて早十年。
時の流れとは残酷なもので、何も成し遂げる事なく、只のどこにでもいるフリーターとなり果てている。
そのうえ、無駄に人一倍先読みする癖があり責任感の塊なめんどくさがりの超効率厨の性格のせいで、必要以上に仕事をするわ進んでいない仕事があればもぎ取るかの如く奪い通常の三倍以上のスピードで終わらせるということを繰り返した結果...見事に社畜根性が染みついてしまったのである。
残業するなんざバカと仕事の出来ないやつがやるもんだ。
サービス残業などするものではない。相応の対価をもらうべきだと、後輩や同僚に言い続け、出来上がったのは、残業もサービス残業もないホワイト会社。
店長ですらほぼ定時で帰れる会社な中、自分のことは顧みず、残業やサービス残業は当たり前、仕事を家に持ち帰るのはいつものこと。
自身の給料が上がることなく、生活はよくもならず、もたらした結果はすべて会社の、しいては店長の功績となり店長は昇格、アルバイトの給料は軒並み昇給、残業手当ももちろん出る、質のいいトレーニングを受けるため、卒業していく大学生はみないいところの企業に就職し去って行くという、自分以外の周りがハッピー!となる、最上級の器用貧乏となり果てた十年。
---あれ?私の盛大なかっこいい人生設計とは??
二人は、十二年前に両親を亡くして以来、遠い父方の親戚に嫌々ながらも引き取られた。
姉は、早々に家を出て妹と二人で暮らすため朝夜寝る間も惜しんで仕事をしていたが、訳あって親戚の家を飛び出した妹と暮らすようになり、かっこいい人生設計のうちの一つというか、ほぼ大半を占めていた「妹と大きな家でおばあちゃんになるまでのんびり暮らす」がほぼ叶ってしまっていたため、辛いこともあれど、かわいい可愛い妹がいて、大好きな妹の作った美味しいご飯さえあれば、それだけで幸せでもある毎日だった。
それが突然異世界に召喚されるとは思ってもいなかったし、されたいとも思っていなかった。
光と希望の都「ルーシェ」
ここは、すべての希望が叶う都と呼ばれている。それ故に、ここに住みたいと希望する者は多く、すべての種族にとって憧れの都でもあった。
神に愛されし都として、天界からの恩恵を授かることも多く、此処に生まれし命は薔薇色の人生を歩むことが出来ると言われている。
それとは対照的に、闇と絶望の象徴である都「ブイオ」
すべての絶望が行き着く先と言われている都。それ故に、ここに住みたいと思うものはなく、住む場所の無くなった者たちや、悪事を働き逃れたもの、人間のそれとは異なる種族も多く住み着いていた。それ故に、此処に生まれし命は決して幸せと呼べる人生は歩めないと言われている。
もちろん、人間ではない種族も人間の町に住むことはあるが、大抵のものが低い地位の中で働かされるためあえて人間とともに住む種族は少なく、多くの種族は群れから離れて暮らすことはなく、同種族の中で暮らしている。
この世界は、主にこの二つの国が勢力を持っているとされているため、この二つの国が戦争をするもんなら世界は破滅すると言われている。
だが、平和協定というものが大昔に交わされて以来、ずっと守られているため、ここ数百年は世界の均衡は保たれていた。
そのため、これからもずっと守られるであろう協定がまさか破られようとはだれも思っていなかった。