『第六話 激闘』
◇ ◇ ◇
◇イーストメトロポリス・スタジアム・ストロングジャングル
「ハァ…ハァ…ハァ…ングッ……」
乱れた呼吸を整えようとするレン。先にFLAGを手にできたことは良かったものの、ペースを飛ばしすぎた影響で想像以上に体力は消耗されていた。さらに既にE-GEARの変形強化形態である『ギア・アクセラレーション』を発動し終わっていたこともあり、カートリッジ式の燃料も底をつきそうな状態となっていた。
(どうする。このまま保管庫に突き進むか?………)
(いや、燃料の残量が少ない状態で万が一でもエリックと衝突するのは不味い……)
レンは自らに問いかけるように現状を冷静に分析していた。
(どちらにせよFLAGは2本設置しなければ勝利にはならない……よし、燃料を補充しながらもう1本のFLAG回収の援護にまわろう。)
そう決断を下したレンはストロングジャングルを抜け出し、比較的近場にあるハイマウンテンへサポートに向かうことを決める。南側にある来た道を引き返すのは遠回りになるため、ハイマウンテンのある東側への最短距離を鉄塊を破壊しながら移動するーー
レンに遅れること数分後、エリック・カミールはストロングジャングルのFLAG設置場所にたどり着く。既にもぬけの殻である状況を確認したエリックは、FLAGを所持するレンが移動したであろう東側の道に気づく。
「ブラボーだ、Boy」
そう一言言い放つと、レンの後を追いかけるように東側の道を進んでいくが、移動を始めたエリックは俯きながら不気味にボソボソと言葉を発していた。
「――――ロス――ス―――コ――……………」
◇ ◇ ◇
◇イーストメトロポリス・スタジアム・ハイマウンテン
高さを問われるハイマウンテンは断崖絶壁のブロックをジャンプしたりよじ登ることにより、頂上部に設置されたFLAGを先に入手することを目指すフィールドである。燃料補充も完了しハイマウンテンへ到着したレンは、FLAGが設置されている頂上に向かって崖をよじ登ることにした。
(何かがオカシイ、静かすぎる………)
物音がなく敵も仲間も見当たらない静かすぎる状況に違和感を覚えるも先を急ごうと壁をよじ登る。
レンは15段ほどあったブロックを上り切った後、頂上部にある最後のブロックを乗り越えた。
「!!!……大丈夫かッ!?」
登り切った頂上にあったのは赤色に輝くFLAGではなく、無残にも意識を失ったチームメンバーの姿だった。時を同じくしてスピードラビリンスの旗も同様になく、そこにはもう一人の意識を失ったメンバーの姿がある。また自陣のガードクリフで防衛をしているはずのメンバーも既に意識を失い倒れていた。
実は既にフランチェスの他の選手の手によって2本のFLAGは回収され、レン以外のメンバーは戦闘不能状態に追い込まれていたのだ。状況を理解しきれていないレンは目の前で倒れているメンバーを抱きかかえ語りかける。
「おい!しっかりしろッ!!何があったッ!?」
何度も呼び掛ける必死な問いかけにも、意識を失った仲間からの返事はない。
(クソッ!どうなっているんだ!まさかこの短時間でやられたのか!?)
ありえない状況を受け入れきれないレンは動揺を隠せずにいた。
すると崖の方からガシッと物音が聞こえる。音に気づいたレンが振り向くと、頂上部の崖の淵に黄金に光輝くE-GEARが手をかけていた。
「随分逃げ回ってくれたじゃないかBoy」
崖をよじ登りながらそう話かけてきたのはエリック・カミールであった。
そう一言だけ良い放つと、今度は俯きながら小さな声でブツブツと喋り、レンの方へ向かってくる。
「―まぁ―この俺様―――コケに――たなぁ………」
ジリジリと歩み寄るエリック。
「――この―様が最底辺―――メトロポリス――後れを――だと?………」
エリックの雰囲気が禍々しく変化していくのを感じとったレンは、抱きかかえた仲間を寝かせた後、立ち上がり身構える。
「いい試合に―――よかった――ねぇかぁ………」
近づきながらますます禍々しいオーラをまとっていくエリックに、これは最初から全力でいかなければヤバいと戦闘態勢に入る。
バッと急に顔を上げるエリック。
「調子にのるんじゃねぇゴミ風情がぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」
剥き出しにされる充血した目、フーッフーッと興奮した荒い鼻息、紅潮する頬、怒りで逆立つ髪、その表情は最初にあった人間とは同一人物だとは思えないほどに豹変していた。練習試合とはいえ最底辺地区の代表候補者に追い込まれたことにより、エリックのプライドはズタズタにされ、苛立ちが限界に達しブチ切れていた。
「ギアァァァ――アクセラレェェェションンンン!!」
そうエリックが叫ぶとエリックの腕につけらた黄金に輝くE-GEARに変化が起きる。
ガシャンガシャンとタンクに入っていた燃料が丸々1本なくなり、空となったカートリッジが吹き飛ぶ。
ゴォーといった音を立てながらE-GEARの構造が変形しはじめた。
変形したE-GEARは手首のあたりから放射線状に広がり、その隙間から禍々しい緑と紫の炎が立ち昇る。
「ギア・アクセラレーションッ!!」
エリックに呼応するようにレンもE-GEARを変形させる。
ガシャンガシャンとタンクに入っていた燃料が1本なくなり、空となったカートリッジが吹き飛ぶ。
ゴォーといった音を立てながらE-GEARの構造が変形しはじめた。
変形したE-GEARには通気口のようなものが3ヶ所でき、そこから勢いよく風が噴射されている。
一足先に変形し終えたエリックは、地面を強く蹴りだし、物凄い勢いで飛び掛かかる。
遅れて変形を終えたレンの目前には、既にエリックが迫っていた。
「消えろ」
耳元でそう囁くとエリックは右腕を振りぬく。
空気を切り裂くような音を立てながらその拳がレンに襲い掛かる。
ブオンッッバチィィィッ
飛び散る火花。
レンは間一髪左腕のE-GEARでガードをするも、勢いに押され吹き飛ばされる。
「ウッッッッッッ!!!」
飛ばされた勢いで3回転程地面を転がるも、前傾姿勢で地面を掴むように抉りながら何とか崖の際で踏みとどまる。
バッと後ろを振り返ると、30m程下にある地面が見える。
額に冷や汗をかき、唾をゴクリと飲み込むレン。
ピキピキッ
左腕のE-GEARからは不安な音がした。
「持ち堪えてんじゃねえぞ、ド底辺がッ!!」
見下すように首を傾け顎を上げるエリックはそう言い放つ。
先の攻撃を受け、後手に回るとヤバイと確信したレンは、今度は自ら攻撃を仕掛ける。
相手との距離を詰めるように駆け抜ける。
「はァーーーーーッ!!!」
声を吐きながら左腕を振りぬくレン。
バチッ、シュッ、ゴッ、ブォンッ、ドンッ、ドカッ―――
拳を振り抜きガードされるも、その勢いのまま右回し蹴り、さらにアッパーパンチと、目にもとまらぬ速さの連続コンボでドンドン畳み掛ける。
それを受けるエリックもガードや回避をしながらレンの勢いを凌いではいるが、
「チィッッッッ!!」
想像以上に連続で繰り出される素早いレンの攻撃を凌ぐのに苦戦する。
隙は与えぬとそこへ更に畳み掛けよとしたレンであったが、
「んぐぐぐぐぐッッッだァッッツ!!!」
エリックのE-GEARから立ち昇る緑と紫の炎にブーストとがかかり、レンの攻撃を薙ぎ払うように弾き返す。
「クッッッ!!!」
エリックのパワーに押し戻され、ザザーッと後退するレンは一旦距離をとらされた。
「貴様ァァァアアアアアッ!!!」
一時とは言え後手に回されたことに対し、エリック怒りはさらに増す。
頂上部のフィールド中央を丁度二分するような形で正対する両者、
息が詰まるほどの緊迫感が漂っていた。
エリックとまともに渡り合うのはヤバイと考えたレンは、長期戦は避け次の一撃で決めるしかないと、残りの燃料を一気に使い切ることを決断する。
それに呼応するようにエリックも同様に残りの燃料を使い切る。
ガシャンッガシャンッ
空となったお互いのカートリッジが宙を舞う、
その吹き飛んだカートリッジが地面に落ちたその刹那、
張り詰めた空気を切り裂くように両者同時に中央に向かって走り出す。
「うぉぉぉぉぉぉぉッッッ!!!!」
「ガァァァァァァァッッッ!!!!」
バチィィッ、ドゴォッ、ブォンッ、グォッ、シャシャッ、ズゴゴゴゴゴゴゴゴ―――
ハイマウンテン頂上、丁度中央のあたりで、レンとエリックの激しい撃ち合いが続く。
攻め手は守り、守っては攻めの一進一退の攻防が加速する。
両者譲らぬ戦局に、闘いはまったくの五分五分と思われた………その瞬間ッ、
全身全霊を持って攻撃にでているレンに徐々に流れが傾き始める。
「オノレェェェエッッ!!!!」
そう言いながらレンの攻撃に押され始めたエリックには怒りと同時に焦りが見え始めていた。
このまま押せばいける、観客の誰しもが、迫りくるジャイアントキリングの可能性に、固唾を飲んで見守っていた。
「グヌヌヌッヌッヌッッ……!!」
圧倒的なレンの手数に更に追い込まれるエリック。
「うぉぉぉぉぉぉぉおおおおッッッ!!!!」
このチャンスを逃さぬとさらに追い詰めるレンの攻撃に、
ザッ
エリックはついに片膝をつく。
「ここだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁああああああッッッ!!!!」
既に限界を超えているレンの攻撃が、最後のトドメをさしに行った。
誰しもがレンの勝利を確信したその瞬間――――――
ドッゴオオオオオンガシャガシャガシャンバリィイイイイインンンン
何かが破裂する音がした。
勝利を確信していたはずのレンが、違和感を感じた視線の先には、
粉々に砕け散った自身の左腕のE-GEARがあった。
頑丈なエリックのE-GEARの攻撃を防ぎつづけたことによる損傷と、
燃料を最大限使用し、界を超えて稼働をし続けた影響で、
装甲が分解されるようにバラバラとなっていたのだ。
「……コロス……」
不穏な言葉を聞いたレンが視線を送ると、
腕を振りかぶったエリックが眼前に迫っていた。
エリックその拳はそのままレンの腹部に直撃する。
「ガハッッッッッッッッッ!!!!!」
ドガァァンッッッゴロゴロゴロゴロゴロッ
一気にフィールドの端まで吹き飛ばされ転がり込むレン。
痛みで呼吸ができず、しばらく地面に這いつくばる。
しかし、勝利をあきらめようとしないレンは何とか立ち上がろうとするが、吹き飛ばされたときに打ち付けた頭部に脳震盪が起き視界がグルグルと回っていた。
肉体的にも精神的にもに限界に達していたレンはそれでも立ち上がろうとするも、
最早ほとんど動ける状態にないこともあり、何とか片膝をつくのが精一杯だった。
グフッ
血を吐き出すレン。
(限界だ……ここまでか………)
激闘の末、全力を出し切った満身創痍のレンには、悔しさや後悔の表情は無く、むしろ燃え尽ききった清々しい表情をしていた。
「激闘を制したのはやはりこの男、エリック・カミール選手だぁぁああああ!しかし上位地区代表のエース相手に敢闘した風間レン選手の姿は深く記憶に刻まれるでしょう!!」
アナウンサーの締めくくりのような言葉に試合は決着ムードとなる。
疎らではあるが、よくやった!頑張った!と言う観客から暖かい声掛けと拍手が送られる。
後はフランチェスのチームが確保した旗を保管庫に設置するだけで試合終了となる……
はずだった………………………………………
もう一歩も動けないレンの目の前に歩いて近づいていくエリック。
そのエリックの存在に気づき、レンは顔を上げる。
回りが拍手を続ける中、観客席で眺めるタイガは、エリックから醸し出される不穏な空気に一早く気づいた。
「やめろ……」
レンの目の前に到着したエリックが腕を振り上げる。
「やめろッッ…………」
ニヤリと笑いながらレンを見下す。
「やめろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!……………」
観客席にいるタイガの悲痛な叫びなどは届くはずもなく、エリックは容赦なく右腕を振り下ろした。
振り下ろした右腕は動けないレンの顔面に追い打ちをかけるように直撃、
既に崖際にいたレンは、その勢いのままハイマウンテンの頂上から弾き出された。
あざけ笑うように見下すエリックを見ながら、宙に浮かぶレンの脳裏には、ふとタイガのことがよぎる。
(タイガ…………お前となら勝てたかな?…………)
そのままレンの体は崖の下へ落下していった。
―――――――――――――――――――グチャッッ
嫌な音が鳴り響く。
受け身をとれず地面に直撃したレンは、頭から血を流しピクリとも動かなくなった。