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これで俺の奇妙で不可思議で奇天烈な体験談はおしまいだよ。
えっ? トンネルに入ってその後はどうなったのかって? それは悪いけれど、話したくないんだ。いや、第一、思い出したくもないんだ。
本当に悪いと思ってるんだけれどね、こればっかりはどうにもならないんだ。どうか気を悪くしないでくれよ。なぁ、お前さん。
それでもここまで話しを聞いて貰ったんだからさ。ちゃんと結末だけは話すつもりでいるんだぜ。俺だってさ。それぐらいはわきまえているつもりなんだよ。本当だよ? 嘘なんか言いやしないさ。本当なんだよ?
結論だけ言うと、俺は帰れなかったのさ。俺はね、帰れなかったんだよ。俺は帰れなかった。
それでどうなったのかって? 俺は死になったのさ。死んだのかって? そこについて話す気はないんだな。さっきも言ったけれどね、それはどうにも話したくないんだ。悪いけれどね、それはどうしたって気が進まないんだ。本当に悪いんだけれどね。本当さ。悪いとは思っているんだよ。さっきも言った通りね。嘘じゃないよ? 本当さ。本当にそう思ってるんだよ? 信じてくれるかい?
それでね、俺は死になったのさ。
どういうことかって思ってるかもしれないね。俺は死になったんだよ。死そのものになったんだ。つまりね、そういうことなんだよ。
納得がいかないかい? そうかもしれないね。俺だって納得なんかいかないさ。でもね、そうなんだから、もうそれはそうだってことになるだろう? そうは思わないかい? お前さんもさ。
否なに、理解しようと努めることを否定する気は微塵もないんだよ。それは違うよ? そこは勘違いしないでおくれよ? なぁ、お前さん。そうじゃないんだよ、お前さん。ただ、そうじゃなくてだよ。お前さんが理解するために全てがあるわけじゃないだろう? 全ての中のお前さんが全てを理解しようとしているんだろう? それでもお前さんは、そこに全てを理解できるだなんて道理がそもそもあると思うのかい? って、俺はそういうことを言ってるんだよ。なぁ、お前さん。
否なに、この話の事を言ってんじゃないよ、お前さん。俺の話のことを言ってるんじゃぁないんだよ、お前さん。そこのところを勘違いして貰っちゃ困るんだ。それだけはわかっておくれよ。なぁ、お前さん。
だいぶ話しが逸れちまったね。否なに、俺はなにも説教たれる気なんかないんだからね。だからね、話を戻そう。
俺は、死になったのさ。
俺だってね、死になるだなんて微塵も思っちゃいなかったんだよ。帰れないとも思っちゃいなかったさ。いや、不安ではあったんだよ。帰れないんじゃないかと不安には思ったんだよ? でも、まさか本当に帰れないだなんて、やっぱり思っちゃいなかったんだな。そういうことを言ってるんだよ、俺はね。
でも俺は帰れなかった。帰れなかったんだよ、俺はね。そして死になっちまったのさ。俺は死になっちまったんだな。
いつも通りに電車に乗って、俺は家に帰ろうとしたんだ。本当にさ、いつも通りにね。そうしてまた明日も、やっぱりおんなじように電車に乗って帰るもんだと思ってたんだ。家にさ。一生そんな生活を送るかはわからなかったけれどもさ。つまり、東京駅で乗り換えるだとかさ、山手線で家に帰るだとか、そういうことが変わることはあるかもしれないとはわかってはいたんだけれどさ。それでも同じように、いつも通りが続いて行くと思ってたのさ。いや、思ってすらいなかったのさ。それが、いつも通りだったんだよ。
でも俺は、突然、死になったのさ。死になったんだよ。
俺は死になったんだ。
なぁ、お前さん。俺の話はもう終わりだ。
つまらない長話につきあわせちまって悪かったな、お前さん。ありがとうよ。達者でな。
いつかまた、俺はお前さんに会いに行くぜ。今度は俺の方からさ。俺がお前さんに会いに行くんだ。今度はね。
本当だよ? 別に最後のおべっかだとかそういうんじゃないんだよ? 嘘じゃないよ? 本当さ。俺はお前さんに会いに行く。会いに行くからな、お前さんに。
その前に、ひょっとしたらお前さんはまた俺に会いに来てくれるかもしれないな。いや、もしかしたらこれがそうなのかもしれないね。そんなことは俺にはわからないけれどもさ、それはまた違うんだよ。それは焼き増しでしかないんだ。繰り返しでしかないんだよ。その時の俺は、今とおんなじなのさ。例えお前さんが変わっていたとしてもだよ。そういう語らいなんだからね、俺とお前さんのこれはさ。
そうじゃなくてだ。そういうんじゃなくて、俺はお前さんに会いに行くんだよ。
それは五年後かもしれない。十年後かもしれない。もっとずっと先になるかもしれない。ひょっとすると明日かもしれない。いや、もうすぐにでも会いに行くかもしれない。
それはわからないけれどね、俺はお前さんに会いに行くよ。
会いに行くからね。お前さん。
俺は死さ。なんせ、死になっちまったんだからな。俺はさ。
俺は死だ。俺は会いに行くよ。お前さんにな。
だからな。お前さんも色々あるだろうがな。楽しいこともあるかもしれないさ。悲しいこともあるかもしれないさ。辛いことばかりかもしれないし、幸せばかりかもしれないし、そんなばかりばかりの人生じゃないかもしれない。なんにせよだよ、お前さん。お前さんにはお前さんの人生があるだろうよ。それがどんな人生か、俺にはわかりゃしないさ。でもな、お前さん。俺はお前さんに会いに行くぜ。必ずな。俺はお前さんに会いに行くんだ。だからな。だからだよ。俺は最後にこの言葉をお前さんに送るよ。
俺を思い出せ。
「memento mori」
古代ローマの言葉
二〇一八年 二月二〇日 執筆
二〇一八年 三月一四日 最終加筆修正
二〇一八年 四月一七日 最後の部分にあとがきの引用を追加。
【あとがき】
読んで下さった方、ありがとうございました。
不快感を与えてしまっていたら、申し訳ございません。
記録がてらにこの小説を書き出した経緯なんかを書いておこうと思います。
とんでもないネタバレがありますので、もしもこんな経緯を読んで下さるような方がいらっしゃるなら、是非とも先に本文から読んで頂きたいと心より思います。どうか、よろしくお願い申し上げます。
きっかけは知人に貰った一冊の本でした。
野崎孝さんが訳されたJ.D.Salingerさんの『The catcher in the rye(ライ麦畑でつかまえて)』。
題名は知っていたものの、どんな話かさえ知らなかったその本を、クリスマスプレゼントとして貰い読んだのがそもそもの始まりでした。
まず、その独特な言い回しが中中に気に入った私は、同じような口調で一本書いてみたいと思いました。
頭の中で語り出しの構想が浮かぶと共に、奇妙な話の体験談にしよう、電車で寝過ごして見知らぬ駅に着く……という風に、題材はすぐに決まりました。
その後、小説を読み終えてこういうオチもありなんだなと改めて思いました。つまり、これといったオチも無いどころか途中で語りを止めてしまっても、名作といわれる小説になりえるのだなと思ったのです。
もちろんそこだけを安易に猿真似したところで名作が書けるわけではないどころか、むしろ酷い駄作になってしまうであろうことはわかっていました。
その上で、ふんわりと序盤しかなかった構想の終着点が決まったのです。特にこれといったオチも無い話にしようと。
執筆は、序盤の構想とふんわりとしかない結末が決まった段階で始めました。
折り返し後のエピソードは数すらも決めず、割とノリで書いて適当なところで終わらせました。
題名も全く思いつかず、先に執筆を始めました。
原題をストレートに訳した『ライ麦畑でつかまえて』という邦題。キャッチーさや、内容との関連度合いの絶妙さなどが非常に秀逸なこの題名をどうせならオマージュしてみたいだとか、色色悩みましたが一向に浮かばない中。不意に結末がしっかりと固まり、そこから「モリを思い出せ」を経てすんなり今の題名に決まりました。
結果的にオマージュではなくなってしまいましたが、自惚れたことを言わせて貰うのであれば我ながら中中に気に入っています……。
そんな流れで書き上がった小説ですが、いかがだったでしょうか。
せめて、読んで下さった方に時間を無駄にしたと思わないで頂ける内容であることを切に願うばかりです。
改めまして――。
味のある原作と魅力的な訳を書いて下さった御二方に。
『ライ麦畑をつかまえて』をプレゼントしてくれた親愛なる知人に。
今まで私と関わって下さった全てに。
そして何より、読んで下さった貴方様に。
ありがとうございます。
追伸
見知らぬ駅、存在しないはずの駅、というキーワードで真っ先に思いつく物語は『きさらぎ駅』ではなく『おかしなまち』です。ちょっと経緯や趣向が違いますが……。
【執筆中の感慨深い出来事】
https://twitter.com/naoki88888888/status/959275947034738688
【資料】
「mors」ラテン語「死」
「daeth」英語「死」
「memento mori」
訳「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」、「死を記憶せよ」、「死を想え」、「死を思い出せ」ほか
古代ローマの言葉




