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 さて、いよいよ話も大詰めなんだな。

 狐につままれたようなあれの後はね、もう別段何事もなく、俺は最初の駅まで戻って来たんだ。

 駅前に着いた俺は驚いたね。なぜってそりゃぁ、来た時にはなかった団子屋があったからなんだな。

 それは移動式の団子屋だったね。脇っちょに赤い布をかけた縦長の椅子なんか置いちゃってさ。こんな時間にだぜ? 移動式の団子屋が来てたんだよ、駅前にさ。

 俺は街灯に引き寄せられていく蛾か何かみたいに団子屋に引き寄せられていったね。丁度、その団子屋にはわずかに桃色がかった灯かりの提灯なんかがいい塩梅で飾ってあったからさ。それこそ俺は、傍から見ても虫か何かみたいだったと思うね。

 団子屋には一人の親仁がいてね、俺をチラリと見はしたんだけれど、特に何を言うでもなく前を見つめて立っていたね。これを聞いたら不気味に思うかもしれないけれどね、別にその親父は不気味じゃなかったんだよ。ただ、普通につっ立っていただけなんだよ。本当だよ?

 だけれどもね、その親父はちっとも不気味じゃなかったんだけれども、こんな時間に団子屋が来ているだなんてのはやっぱり怪しいだろう? これまでにも怪しいことばかりだったからね。俺は少しばかり用心しようという気はしていたのさ。

 けれどもね、団子屋に近づいたら急にうまそうないい香りがしてくるもんだからね、俺はもう我慢できずに団子屋に声をかけたね。

「すいません」

 俺がそう言うと、団子屋は丁寧に挨拶をしてくれてね。俺は気分よく、三色団子を注文して、促されるまま椅子に腰を掛けたのさ。

 間もなくね、団子屋は丁寧に団子とお茶を持ってきてくれてね。さっきのことがあったからね、さっきのことっていうのはほら、みるからに汚水みたいなお冷を出してきた、残飯みたいな臭いのする飯屋のことさ。あれがあったから、本当は少し警戒してたんだよ、俺は。

 でもね、そんな心配はいらなかったね。それはそれはうまそうな団子とお茶だったんだからね。そうすると急になんだか肌寒く感じてきてね、俺は温かいお茶をずずずっとすすったね。

 いや、この世のものとは思えないくらいうまかったね。団子もそうだったよ。ほうじ茶も三色団子も、ごく普通のありふれたものだとは思うんだけれどね、この世のものとは思えないほど、あれは本当にうまかったのさ。俺は心底満足したんだな。

 食い終わるとね、俺は団子屋に礼を言って、それから今は何時かだとか、ここはどの辺なのかとか、そんな諸々のことを訊こうと思って店を覗いたんだ。

 肝が冷えたね。なんでって、そこに親仁がいなかったからさ。

 それでも、俺が気付かなかっただけでトイレに席を外したのかとか思い直してね。俺はもう一度席について、親仁の帰りを待つことにしたんだな。丁度、食い終わった団子の皿やら湯飲みやらがあったからね。それを返さなくちゃいけないし、親仁だってすぐに戻るだろうと思ったのさ。

 でも、待てど暮らせど親仁は帰って来なかった。一度は落ち着いた俺の不安も、時間が経つにつれてクレッシェンドの記号みたいに大きくなっていったね。とうとう俺は、耐え切れなくなって団子屋を後にしたよ。ぼんやりとした提灯の灯かりが、なんとも不気味だったね。

 俺はなんで先に色々の疑問を訊いておかなかったのかと思いながら、もう目の前にある駅へと向かって歩いていったよ。なんでだかね、俺はそんな疑問をすっかりと忘れてたんだ。本当に、なんでだろうね。

 俺はホームにやってくると、と言ってもホームと言うほどそれは大層なものではなかったけれどね。ともかく俺は、ホームに到着すると右と左を確認したのさ。周りには誰もいなかったし、電車が来る気配なんてこれっぽっちもありゃしなかったね。

 俺は躊躇なく線路に下りると、途中で電車に撥ねられちゃいけないとその脇を歩き出したんだな。そうして俺が初めに来た方へ、つまり東京駅があると思われる方へ向かったんだ。

 山手線ならどっちに行こうとも最終的には戻れるはずではあるけれどね、どう考えても俺にはあそこが山手線の駅には見えなかったからね。もしかすると、俺が知らないだけで他の路線に直通していたのかもしれないとかね、そんなことも考えたのさ。それならば、確実なのは来た方に引き返すことになるだろう? 俺は電車に詳しくないからね。それがあの時の救いでもあったんだけれどね。

 俺が歩き出した線路は、どっちに行ってもトンネルがあったんだな。線路沿いに歩いていた時はトンネルなんかなかったし、目が覚めた後にもトンネルなんかを通った記憶は全くなかったけれどもね、その駅の線路は両側がトンネルに続いていたんだから、トンネルに続いていたんだよ。

 俺は真っ暗なトンネルに入ると、ひたすらに真っ直ぐ歩いたね。そして、すぐに後悔したよ。なんでって、トンネルは真っ暗だったからさ。先どころか足下だって見えやしなくてね。俺は壁に手をついて、壁づたいにひたすら前へ進んださ。何度も転びそうになりながらね。何度も心折れそうになりながらさ。

 怖かったけれど、それでもじっとなんかしちゃいられなかったのさ、俺は。もう俺は、じっとなんかしちゃいられなかったんだからね。俺はさ。

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