19話:禁書(原文)
「おおおおっ! 娘よ。ロレッタよ! よくぞこの短期間でここまでの成長を! 父さんは嬉しいぞ!」
熱烈なハグで娘を迎える父親。
「お父様、痛っ!…………くない?」
ロレッタはこれまでの経験から強烈なハグが来るだろうと身構えていたのだが、レベルが上がった影響だろうかダメージを受けなかったことに戸惑いを見せている。
レベルが上がった実感、初めてダメージを受けた実感が父親からのハグというのは少しどうなのだろうと思わないでもないけれど、年頃の娘から見た父親とは、そういう存在なのかもしれない。
遠巻きに様子を眺めながら自分も将来、娘が出来たと時に疎んじられるのかと思うと少しだけ憂鬱になる。
「いやぁタロー殿っ! 有難うっ! この短期間で難解な依頼をよく遂行してくれた! レベルが23もあればもう大丈夫だ! 有難う! 余りに高くなりすぎてもそれはそれで淑女は大変だからな丁度良いレベルだよ!
しかし、せいぜい4~5レベル上がる程度かと思っていたが……やはり私の目には狂いは無かったな!」
むさ苦しい程の熱量がこちらに向かってくるが、あまんじてその熱量を正面から受け止める。
「いえ、こちらこそ今回依頼を頂いたおかげで優秀なクォンを頂く事になりましたし感謝しています。」
「あぁクリスから聞いているが、それはタロ―殿の腕と運があってのこと。私の依頼などなくても、タロー殿ならいずれ巡り会ったことだろうて。」
にこやかに肩を叩かれ、その賞賛に笑顔を返す。
「さて」
「ん?」
肩に置かれていた腕に力が籠るのが分かる。
そして笑顔のまま、ぐぐっと顔を近づけられてきた。
「……うちの娘に手をだしてはおらんだろうなぁ? タロー殿?」
笑顔なのに少しの恐怖を感じてしまうほどの迫力。まるで顔が3~4倍にも大きくなったように感じてしまう。
流石『俺の娘がナンバーワン』のスキルを持っているだけある。
娘を愛する父親のパワーには、レベルやステータスの差など関係ないのかもしれない。
「も、もちろん大丈夫ですよ! 是非娘さんにも娘さんがどう活躍されたのか今回の冒険の話を聞いてみてください。」
しばしの沈黙。
無罪だけれども冷や汗が滲みそうな気がしてくる。
沈黙しながら訝しむように見るのは止めて欲しい。切実に。
「……いやぁスマンスマン!
どうにも娘の事となると、ついな。許してくれ! さて今回の報酬はギルドに渡してあるから帰りにでも寄って受け取ってくれ! ありがとうなぁ!」
コロっと笑顔に変わる。
「……有難うございます。」
ほっと胸をなで下ろしながら答え、汗をぬぐう。
『俺の娘がナンバーワン』
なかなかに恐ろしいスキルだ。
「ご主人様。」
クォンの声に現実に戻る。
あらかじめ忘れそうだったら声をかけて欲しいと伝えておいたのだ。
「あぁ、そうだった。有難うクォン。」
祭壇から手に入れた本を鞄から出すふりをしながらストレージから取り出す。
「ん? タロー殿? その本は?」
「えぇ、今回向ったダンジョンで隠し通路を発見し、その奥にあった物なんです。
値打ちものかもしれませんし依頼主である貴方にお渡ししておくのが筋かと思いまして。」
「ほう? 普通なら手に入れた冒険者の物だと思うんだが?」
「ケイティさんやクォンにも言われました。
ただ私は特に本も読みませんし、それにどうにも金に換える……街に流してもよさそうな類の物とは思えませんでしたので。適切に処理頂けそうな方に渡すのが最も正しい選択だと思いましたから。」
本を鑑定して見たところ『禁書』と鑑定できた。
あった場所や名前から、どうにも持っているだけで危なそうな匂いしかしないので権力者に渡しておけば適切に処理してくれるだろうと考えたのだ。
「ふむ……分かった。これはダンジョンの隠し場所にあったのだね?」
「えぇ。ですので取扱いには注意が必要かもしれません。」
「あいわかった。王都の魔導学園には伝手がある。あそこでなら研究機関もあるし、何かわかる事もあるだろう。クリス。タロー殿から預かっておいてくれ。」
「かしこまりました。」
前に出てきたクリスさんに禁書を渡す。
「今、魔導学園と仰いましたか? お父様。」
「ん? おお、なんでもないよ。ロレッタ。さぁ父さんに今回の冒険の話を聞かせておくれぇ。」
ロレッタは、じっとクリスさんの手に渡った本を見つめたが、こちらが首を傾げたことに気づくと、すぐに父親への対処を始めた。
その後、手を出していない事をロレッタの話から直接確認したことで、ようやく解放されるのだった。
「あ、戻ってきたワン。」
「ちょっと花子さん!」
「おっ? 二人とも似合ってるね。」
「ふふん。当然だワン。」
「あ、有難うございます。」
花子はくるっとその場で一回転し、ケイティさんはもじもじとしている。
花子とケイティさんの恰好は普通の冒険者のような服装。
いかんせんセーラー服も、シスターっぽい服も目立ってしまうから、貴族の報告に向かっている間に買い物をしてもらっていたのだ。花子には保存食なんかの買い付けも頼んである。
……しかし、目立たないような服をに頼んだのに……いや、服自体は目立たなくなっているけれど、なぜ花子はベストとコルセットが合体したような革紐で結ぶ上着だけしか上半身に身につけていないのだろうか? 妙に露出が多い気がする。
「ふっふっふ……長所や強みは見せつけるものワン。」
「くっ!」
花子が勝ち誇り、ケイティさんが悔しそうな顔をした。
これは触れないに越した事はなさそうだ。
「よし、それじゃあギルドに報酬を受けとりに行こう。そして今日は宴会。パーッといこう!」
早々に話を転換し、頑張ってくれたみんなの慰労に務める事にした。
--*--*--
「ねぇクリス。先ほどタローさんから受け取った本は?」
「これはお嬢様。お疲れではないですか?
湯の用意もできたかと思いますが……」
ロレッタが腰に手を当てて無い胸を張る。
「この数日のおかげで、私は随分と強くなりましたのよ? ダンジョンの中での野宿も経験しましたし問題ないですわ」
「左様ですか。ですが少し汚れもありますので、お早めに湯浴みください。」
そう言って礼をし立ち去ろうとする。
「クリス? 私は本の事を聞いたのだけれど?」
ロレッタの言葉に、背を向けたまま小さく息を漏らすクリス。
一拍おいて振り返る。
「……お嬢様。こちらの本は預かり物でございます。
タローさんからも注意して取り扱った方が良いと忠告のあった物。
然るべき場所にて調査致します。」
「然るべき場所……やっぱり魔導学園なのね! いつ向かうの!?」
「お嬢様……」
眉間のシワを隠す事のないクリス。
その表情を見てロレッタはすぐに言葉を続ける。
「私もタローさん達のおかげでナイフ投げや気配の操作、火の魔法のスキルも使えるようになりました。
もう魔導学園の入園を断られた以前の私ではありません。ちょっとやそっとのことじゃ動じない程に心も強くなりました。
その本の調査以来にクリスが向かうのでしょう?」
「……」
「クリス?」
目を閉じ諦めたように息を吐くクリス。
「はぁ……まったく敵いませんな。お嬢様には。3日後に向かうよう指示を頂いております。」
「そう! 分かったわ! 3日後ね!」
ロレッタが踵を返し走り出す。
「お嬢様、はしたないですよ。」
「クリスの言う通り汚れを落としにいくのよ!」
言葉を返したロレッタの表情は何かを企んでいるような笑顔だった。
クリスも踵を返し、進んでいた道をまた歩みはじめメイドとすれ違うが、すれ違いざまに言葉をかけた。
「ご主人様に伝言を。お嬢様が興味を持たれたので予定を繰り上げて今日の夜に出ます。と。」
「かしこまりましたクリス様。護衛の手配も変更致します。」
「頼みますよ。」
クリスはそのまま足を進め、移動に使う馬車に積む荷物の準備を始めるのだった。
--*--*--
夜。
クリスが馬車を走らせる。
馬車は幌付きの荷馬車で中にはいくつかの衣装箱があるだけ、人はクリスしか見当たらない。
馬車が街の門に差し掛かるとクリスに声をかけてくる3人の冒険者。2、3言葉を交わし荷馬車に従って動き始めた。
そのまま外に出て荷馬車は王都に向かって進み始めるのだった。
だが、その荷馬車の中。衣装箱の一つが馬車の揺れとは違う動きを見せていた。
「ふっふっふ……クリスの考える事なんてお見通しなんだから。」
ロレッタだった。
「予想通りカモフラージュの衣装箱を積んでいると思ったから、今の私なら忍び込むなんてワケないんだから。さて……」
こっそりと蓋を内側から開けて、キョロキョロと確認する。誰もこちらを見ていない。
「クリスなら……木を隠すなら森……」
目を荷物に走らせ、雑務で使っているであろう書類入れを見つけこっそりと手を伸ばして取る。
だけれど馬車が石を弾いたのか揺れ、その拍子に衣装箱が指にかかり、少し指を切ってしまう。
「いたっ――」
声が小さく出て慌てて口を押える。
運よく誰にも聞かれなかった。
こっそりと書類入れを探ると、やはり本があった。
本だけを取り出し、書類入れを元の場所に戻して蓋を閉じる。
「ふふっ、あんな大仰な所にあったんですもの、どんな本なのか気になりますわ。さて――」
ロレッタは、指から血が小さく滲んでいるのも構わず、本を開く。
本に触れた血が、すっと本に吸い込まれていくのに気が付く事もなかった。
「ん……読めません……小さな灯火ならバレませんわよね?」
自問自答し、興味に負け覚えたての魔法で明かりを灯す事にした。
片手で本を開いたまま、本の近くで指を立てる。
「照らす火よ、指に灯れ。」
開いたページの文字が読めるようになった。
だが不思議と頁の中の一部の文字だけが光っているようにも見える。
その文字を目で追う。
「えっと? なになに? 『穢れなき純潔の乙女の血』『魔の力』? ……『我に古の力よ降りそそがん』?」
そう読み上げた瞬間にバラバラバラと勝手に禁書のページを捲れ始める。
「えっ? えっ!?」
一冊の本であるはずなのに、まるで無限のページがあるかのようにページが捲れ続け、余りの異常事態に大きな声が出た。
「……お嬢様?」
その声に気がつかないクリスでは無かった。
荷馬車へと目を向ける。
すると、一つの衣装箱が馬車の揺れとは関係なくガタガタと大きく揺れていた。
すぐに馬を止めるクリス。
「おい、どうしたんだ!?」
「何かあったのか?」
「緊急事態です。」
そう一言放ち、荷馬車の中に移るクリス。すぐに衣装箱を開く。
「ぬぅっ!?」
開いた瞬間に深い紫の光に目が眩む。
中から光だけでなく風も噴出しているような力があった。
「く、クリス!? ご、ごめんなさい! わ、私、気になって! つい!」
「お嬢様っ!? これは一体!?」
「わ、分からないの! あの本を読んでみようと思ったら、こんなことに! あっ、」
光の元は本だった。
禁書は浮かび上がり、そして荷馬車の外へとゆっくりと動く。
「ま、待って!」
「お、お嬢様!」
クリスは手を掴んだ。
だが、その手はすり抜けていた。
荷馬車の外に浮かんだ禁書を追いかけて出たロレッタ。
ロレッタを待っていたように止まる禁書。
捲れ続けていたページが止まる。
そして一層激しく黒く深い紫の色に輝きだし、その光がロレッタを包んだ。
「きゃああああああああああああっ!」
「お嬢様―っ!」
まるで積乱雲のように黒く紫の光がロレッタを包む。光は蛇のように渦を巻いていた。その動きはどんどん激しくなり、発光も呼応するように激しくなった。
光の層は厚いのか、叫び声も掻き消えている。
「お、お嬢様っ! お前達! お嬢様を!」
クリスの指示に冒険者の一人が渦に手を伸ばす。
「ぐぁあーーっ!」
「なっ!?」
まるで電撃に殴られたように吹っ飛ぶ。おおよそ立ち上がることも出来ないだろう飛び方だった。
「……お嬢様……」
呟く事しかできなかったクリス。
その声はもうロレッタには届かないように思えた。
「――なぁに?」
「っ!?」
返答があった。
だが、どうにも声の質がおかしい。ロレッタの声ではあるけれど、明らかに体型が違う女の声だったのだ。
「……うふふ。」
光が霧散し始め、シルエットが月明かりに照らされ浮かび上がる。
「お嬢様……」
「えぇ、私よ。クリス。」
「……いや……違う……お嬢様ではない。」
「あら、酷い事を言うのねぇ。クリスは。」
完全に消え去った光と雲の後、その場に立っていたのは、20代を超えたであろう女の姿。
体型も大人になり、髪の色も黒と紫の混じったようなウェーブのかかった長髪。何もかもが変わりきっていた。
だがその顔立ちにはどことなくロレッタであった面影がある。
「あぁ……生まれ変わった気分。」
天を仰いでいたロレッタが顎を引き、ゆっくりと目を開く。
その目は、まるで肉食獣のように縦に瞳孔が走り、そして金色に光り輝いていた。
その姿を見た冒険者が呟くように声を放った。
「……ヴァンパイアだ…………逃げろ、爺さん!」
「し、しかし!」
「まだ生まれたばかりなら何ができるか分かってない! 俺達が引きつける! 早く応援を! いや、報せを!」
そう言って剣を抜いた。
「あら? クリス? 私を置いていくの?」
寂しげな顔をして首を傾げるロレッタ。
「何をしている!? 全員……いや、早く手を打たないと街が全滅するんだ!」
「っ!?」
冒険者の必死の呼びかけ、だがクリスは混乱していた。
戸惑っていると、一閃なにかが目の前を横切る。
「お嬢様っ!?」
「あら?」
ロレッタの首にはナイフさ刺さっていた。
目を走らせれば、吹っ飛んだ冒険者が投げたであろうことがすぐに理解できた。
クリスが愕然としながら、その光景を眺めていると、事もなさげにロレッタは刺さったナイフを自分で抜いた。
「あらあら。」
刺さったであろう箇所を一撫ですると、そこにはもう傷は一つも無い。
その光景で理解せざるを得なかった。
「酷いことするのね。」
ロレッタは化け物になってしまった事を。
そして同時に、呪われた奴隷を解放した人物を思い出す。
すぐにクリスは動き出した。
もう一人の冒険者も動きを察知しに馬を馬車から外し、クリスに渡す。
クリスは馬に飛び乗り駆け出した。
背中に冒険者の叫び声を受けながら、タローなら何とかしてくれるかもしれないと、その望みだけを希望に駆けるのだった。




