16話:初夜(原文)
「抱かれないのですか?」
「抱かれません。」
おかしな言葉を話している事から自分がいかに冷静で無いかが理解できる。
なにせクォンが『見てください』と言わんばかりに全裸待機しているのだ。
クォンの見た目は白銀の髪が幻想的な雰囲気を醸し出し、目鼻立ちもハッキリとしていて整っている。スタイルだって細身ではあるけれど出るところは出ていて女性らしい。簡単に言えば男から見て大変とてもベリー美しい。
そんなクォンが全裸になれば正常な男は色々な部分を視界に収めないはずもない。
もちろん女性の裸体をまじまじと眺めるのは失礼だし、それが友人となれば尚の事。
すぐに背を向けて見ていない事をアピールする。
その行動を見て残念そうな声でクォンが口を開く。
「何故ですか? 私はご主人様の物です。ご主人様は私を自由にする権利があります。」
「それに関しては外に向かう時にも命令に従わなくても良い事を伝えたでしょう? それに食事の時に主従ではなく友人とし考えて欲しいとも伝えたはずでは?」
「えぇ……命令のおかげで私は絶対服従の奴隷ではなく、まるで御主人様の友人のように取捨選択の自由が与えられる事になりました。有難うございます。
ですので友人のような自由を得た……奴隷から救い出して頂いたお礼をするのは当然の事ではありませんか?
でも恥ずかしながら今の私にお礼として差しだせる物は自分の身体くらいですので……」
「分かりました。奴隷解放のお礼でしたら結構です。今は気持ちだけ頂きますし、なにより明日からの働きで返してくれれば、そっちの方が有難いです。」
「かしこまりました。誠心誠意務めを果たさせて頂きます。お任せください。」
後ろで膝をついて礼をしただろうことが声の発せられる位置の変化や床の音から察せられた。
「じゃあ、この話はお終いですね。とりあえずそろそろ服を着てください。」
「……その前にご主人様。僭越ながら本当に友人のように接しても宜しいのでしょうか?」
「それは、はい。むしろそうしてもらえる方が私としても接しやすいですから。」
「有難うございます……ただ一つお願いなのですが、どうかこれからも『御主人様』と呼ばせてください。これが私の心の支えですので……」
「うぅ~ん……本当は太郎とか、せめて太郎さんとかで呼んでもらいたいんですけど……心の支えと言われてしまうと了承せざるをえないですね……分かりました。」
「有難うございます。では」
クォンが立ち上がったのが感覚でわかる。
どうやら納得したようだ。きっと服を着てくれるのだろう。
そんな淡い期待を頂いていたら背中に柔らかい物が押し当てられ、自分の脇からクォンの両手が伸びていた。
背中越しでも伝わるボリューミーな感触。柔らかさ。なんとも心地よい。
「クォン!?」
一瞬現実逃避をしそうになったけれど、なんとか意識を踏み留める。
「奴隷解放のお礼は明日からしっかりと務めさせて頂きます。
今日はこれからあの呪われた状態から救い出して頂いた……命を救って頂いたお礼をさせてください。精一杯務めます。」
クォンの手が服を弄り服の中に入る。そして上着を脱がせようと動く、少し冷たい手が素肌に触れると何とも言えない感覚になる。
官能的な動きに抵抗することを止めて流れに身を任せようかという考えも頭を過る。
「そ、その礼も、また別の事で返してくださいね! ほら風邪を引きますよ。」
するりとクォンの手から逃れ、ベッドのシーツを掴んでクォンに巻き付ける。
「そんなぁ……」
心底ガッカリしたようなクォンの表情。
だけれども裸でなければ理性を働かせる事に何の問題もない。
「ほらほらさっさと寝ますよ。明日から忙しいんですから。」
しゅんと落ち込みながらもチラチラと上目使いを向けてくるクォン。
目は口ほどに物を言うという諺があるけれど本当にその通りだと思う。
負けじと目で物を言ってみる。
「分かりました……」
ようやく観念したのか諦めて服を着始めるクォン。
でもシーツをベッドに戻すのは、せめて後ろを向いてからにして欲しかった。慌てて背中を向けクォンが脱いだ服を着るのを待つ。
「それではご主人様。お休みなさいませ。」
そう言って部屋の外に出ようとした。
「クォン? どこへ?」
「廊下で休もうかと。」
「ちょ、クォン? 女の子なんだからそれは駄目だよ!」
慌ててクォンの肩を掴んで部屋に戻す。
「でも私じゃあご主人様と一緒に寝る事も適わないようですし……」
「いや、隠語じゃない寝るなら構わないから、むしろクォンがベッドを使ってくれていいから!」
「ひゃっ」
お姫様だっこでクォンをベッドに寝かせてシーツを被せる。
わたわたと慌てたように動いてクォンが顔を出す
「そ、そんな! 奴隷がご主人様を差し置いてベッドでだなんて! 廊下が駄目なら厩舎ででも!」
「それはもっと駄目でしょう! いいから、そこで!」
「わ、分かりました、恐れながらも床で!」
「分かってないから! ベッドで良いから!」
「な、なら、御主人様もベッドで寝てくださるんですよね?」
「いや……わ、私は床で……」
「とんでもない! ご主人様を床で眠らせるだなんてとんでもない!」
「わかったわかった!」
床に飛び降りそうになったクォンの肩を掴んで止める。
「じゃ、じゃあ、私もベッドで休むから。でも同衾はいいからね?」
「ご主人様、一緒の寝具で休む事が同衾と言えます。私はどうすれば。」
「あ~もう、身体の関係は無くていいって事だから!」
この後しばらく問答が続いたのだった。
――結果。
「どうしてこうなった。」
「こっちのセリフだワン。」
花子を抱きしめている私と、私の背中にぴったりとくっついているクォン。二人と一匹でベッドの上に居る。
この体制になってから大分時間も立っており、クォンからは静かな寝息も聞こえて来ていた。
だが私は眠れない。
正直ピッタリとくっついているクォンがいる事で目が冴えて仕方がない。
何度目か分からない大きな溜め息を鼻から漏らす。
すると花子も同様にスピーと鼻から大きな溜め息を漏らした。
花子の念話が頭に響く。
「――御主人……元気な事はいいことだけど、そろそろ落ち着くワン。」
「ハナ、そこには触れないでください。」
「だって当たるワン。正直、ハナに欲情してるのかな? とかだんだん思えてくるくらいだワン。」
「ハナの事は大好きですが、そっち方面とは違う大好きですから安心してください。」
「むぅ……乙女心が傷ついたワン。」
「いやいや乙女って……ハナは人間の年でいったら年上も年上でしょう?」
「おぅ……さらに傷ついたワン。触れる者皆傷つけるとは……御主人は抜き身の刀状態なのかワン? 鞘に収まっていない刀だけに。」
花子がまさかの親父ギャグ……というか下ネタを言って来たことで冷静になる。
「とりあえずごめんなさい。」
「まぁいいワン……ただこれだと明日に響きそうだワンねぇ。仕方がないからハナがなんとかするワン。」
「なんとか出来るの?」
「癒しの妖精のスキルを舐めちゃあいけないワン。」
フンと鼻息が聞こえたかと思えば抱いている花子から、ふっと心地良い眠気が襲ってきた。
気が付いたら眠りに落ちていた。
ただ
「ふっふっふ……乙女心を傷つけたご主人には、ちょっとお仕置きが必要ワンねぇ……」
眠りに落ちる寸前に不吉な声が聞こえた気がした。
--*--*--
「うぅ……まさか、昨日はあんなことをしてしまうなんて……」
寝起きと共に後悔している女がいた。
ケイティ。
彼女は酔っぱらっても記憶は完全に残るタイプだった。
赤面しながら頬を抑え、あたりを見回す。
「あ。」
クォンの姿が無い。
本当は食事後、部屋に別れる時に自分の部屋にクォンを誘うつもりだったのだ、太郎の性格上その誘いを断る事はないとも思っていた。
だが誘う前に酔いつぶれてしまっていた。
事実に気づいた事で突如焦慮に駆られ指を噛む。
『まずい』
理論や思考では無かった。
本能。女の本能がそう叫んでいた。
あのスタイル抜群、行動力と判断力のあるだろうクォンが動いていないはずがない。
普段であれば二日酔いで痛む頭も、なぜか痛んでいない。
これは早く行動しろという天啓に違いない。
その考えに至ったケイティは、ささっと身だしなみを整え急いで太郎の部屋へと向かう。
「んんっ!」
小さく咳払いをしてから、ノックをする。
「タロ~さ~ん?」
まだ朝も早い時間であり他の宿泊客に配慮した声で中に呼びかける。
だけれど返事がない。
再度ノックをして呼び掛ける。
だがやはり返事がない。
不安になりノブに手をかけると、鍵がかかっていなかった。
もしや出かけたのかと思い扉を少しずつ動かす。
ただ、自分の部屋のドアに鍵がかかっていた事と、部屋の中に鍵が見当たらなかった事から、おそらく鍵は太郎が鍵をかけて預かってくれている違いないと踏んでいたから、もし出かけるのであれば声をかけるなりして行ったはずという考えに至る。
太郎に限って無いとは思うが、万が一の場合には夜に強盗が押しかけたなんてこともありうる事。
何しろ奴隷を連れていたのだから小金持ちと思われてもおかしくない。
ゆっくりと注意して扉を開く。
すると、ベッドの上にふくらみが三つあった。
明らかに人型の大きさのふくらみが三つ、シーツに隠れている。
正直ショックだった。
ベッドの上という時点で色々と想像力が働いてしまう。
ただ違和感がその想像を押しとどめる。
何しろ数がおかしい。
太郎がつれている花子であれば床で寝ているだろうし、もしベッドに入っていたとしてもシヴァ犬の大きさは人よりも大分小さかったのだから、それが人型の大きさに膨らむはずがない。
不安から中を確かめようと音を殺して近づき、そしてシーツをめくった。
「……なっ」
シーツをめくれば、裸の太郎の片腕を裸のクォンが、そしてもう片方の腕を見たこともない桃色の髪色をしたショートカットの美少女が大事そうに抱えていたのだ。もちろん裸で。しかもショートカットの美少女は14~15歳くらいに見えるのに、誰よりも巨乳。
「なぁーーーーーっ!」
早朝にも関わらず色んな意味が籠った叫び声を盛大に上げるケイティだった。