15話:懇親(原文)
「いえ御主人様と同じテーブルにつくなど……そんな事をするわけには!」
「別に気にしないよ?」
「ですが……」
分かり易いように一つ大きなため息をついてみせる。
「クォンは私がクォンを一人のけものにして食事を楽しめるような人間に見えるのかい?」
「いえ! そんなことは! ただ……私は獣人ですし、他の人達からご主人様が非常識と思われてしまいます……」
「思いたい人は勝手に思っていればいいんだよ。どうせそういうことを気にする人とは仲良くなれそうにないし、する気もないしさ。」
「ですが……」
クォンは躊躇った様子のままテーブルの横で立ち続け頑なに座ろうとしない。
「う~ん……クォンは『命令違反をすると死ぬ』っていう契約だったから『今後一生涯、命令に対して従いたくない場合は従わなくても良い。自分の意思で判断して行動しろ』って命令したから、お願いになるんだけど、どうか一緒の席についてくれないかなぁ? 別に主従の関係とかじゃなくて、友人として考えて貰えれば嬉しいんだ。」
「そんな……」
「そうですよクォンさん。タローさんもここまで仰られてますし、それに……クォンさんより役立たずな私が座って食事してるなんて落ち着きません……お願いですから席についてください……」
ケイティさんがハイライトの消えた目でそう小さく呟いた。
「そ、そんな役立たずだなんて! た、単に私が体を使う事に向いているだけの事です! それに私の呪いが解けたのもケイティさんのおかげだとご主人様が仰ってましたし! わ、わかりました。す、座らせて頂きます!」
なんとか着席したクォン。ようやく少し冷め始めた夕食を取る事ができそうだ。
ちなみに花子はとっくの前から足元で焼いた骨付き肉を「うまいうまい」と念話を漏らしながら骨ごと齧っている。日本で一緒にいた頃はドッグフードを食べていたのに、ボキボキ音を立てて骨まで食べるのだから、なんともワイルドになったものだ。
解呪の後クォンのステータスは完全に元に戻り、その事に本人が一番驚いていた。
解呪後のステータスは
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名前:クォン・トゥーリ・リン
年齢:21歳
職業:タローの奴隷
レベル:31
生命力:127/274
魔力:118/246
持久力:84
筋力:78
体力:83
技量:102
精神力:98
運:95
スキル:探索、気配制御、罠解除、ナイフ投げ、見切り、コーチング、コンセントレイト、火魔法
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と、見事なもの。
ケイティさんがまだレベルが14、ギルドで偉そうにして私達にワニを嗾けたウィルマという男のレベルも30に届いていなかった。ギルドマスターのレベルで40台初期だったのだから、クォンの年齢でこのレベルの高さは嘆美に値する。
職業のせいか花子の癒しの妖精の効果の影響も大きく受けているのか、生命力や魔力はじわじわと回復しているようで、体調に余裕もありそうだった事もあり、レベルと実力の乖離がないかの確認と、そしてクリスさんにどれだけお買い得だったかを納得してもらう為に、そのまま皆で街を出てクォンに試しにモンスターの狩りをしてもらう事にした。
ちなみに『今後一生涯、命令に対して従いたくない場合は従わなくても良い。自分の意思で判断して行動しろ』という命令は街の外に向かう時に、こっそりとしておいた。
普通ならそういうことはしないのだろうけれど、クォンは解呪に恩義を感じているような様子もあったし、生涯お傍に仕えますと真っ直ぐな瞳で言ってくれていたから一文無しの状態で逃げ出す事は、まず無いだろうと思ったからだ。
万が一逃げ出したとしても私と花子の力があれば捕まえに行くのも容易だから心配もない。
街の外に出るや否やクォンはすぐにモンスターのいる方向を指し示し、実際に向かうとそこにモンスターの姿がしっかりとあった。
これだけでもクリスさんが大きく顔を縦に揺らしていたけれど、途中で買った安ナイフを渡して狩らせてみると、モンスターに音もなく忍び寄り急所を一突きし一撃で仕留めて見せるのだから、クリスさんもお買い得を即時理解し満足そうだった。
クォンも自分の身体が自由に動く程に調子が戻った事がとても嬉しかったらしく、ナイフ投げや火魔法も見せてくれた。
『コンセントレイト』というスキルは『集中』の意味らしく、このスキルを発動する事で、ナイフ投げの的中率、急所を突く確立、火魔法の局所集中攻撃など、様々なメリットがあるらしい。
そして『コーチング』は能力開花補助のパッシブスキルのようで、クォンから指導を受けたりすると能力が目覚めやすくなるらしい……この能力の影響か、クォンと話していただけで『コンセントレイト』のスキルが使えるようになっていたから、なんともすごい。
持っているスキルだけでもクォンは十分に凄いのだけれど、どうやら獣人は身体能力も高いようで、単純にナイフ捌きだけでもギルドの5本の指に入る実力があるとケイティさんが話していたから、クリスさんもクォンと話をし、野営の知識や女性ならではの悩みに対する対処方などを確認し、クォンの知識に満足したようで完全に破顔しながら「旦那様に良い報告が出来そうです。明日からお嬢様を宜しくお願いします。」と言って屋敷へと戻っていった。
私達も一緒に待ちに戻っていたので、早めの夕食としたのだった――
ぐぅうううぅ~~
音が聞こえた方に目を向けると、下を向き、顔を赤らめているクォン。
手でお腹を押さえている事から、腹の虫を鳴らしたのはクォンで間違いない。
視線に気が付いたのか、申し訳なさそうに上目使いをしながら口を開く。
「……も、申し訳ございません……こんな美味しそうな食事は久しぶりで……」
「ナーミさんの料理は美味しいから期待しても大丈夫だよ。でも急にしっかり食べても大丈夫かい? あまり食べてない状態で普通の食事をとると体に負担がかかると言うけれど。」
「私達獣人は体の丈夫さには自信がありますから大丈夫です。食えなければ死ぬ。食わなければ死ぬと言われて育ちましたし、それにあそこでも最低限の食事は当たってましたから。」
「そう? なら明日からはクォンの力を借りることも多くなるだろうから、しっかり食べてね。クォンの言う通り、食べてなければ身体も動かないからね。」
「は、はい! 分かりました!」
クォンが食事に手を伸ばしやすいように自分から先に食事に手を付ける。
今日の食事は肉の煮込み料理と麦を炊いた物。麦を炊いた物は宿のミーナさんに相談しておいたら作ってくれた。こういった対応をしてくれるのは併設しているからこそできる事だろう。
煮込み料理は煮込みではあるけれど、肉がごろごろと入っているから煮込んだステーキのような雰囲気がある。
フォークを刺してみると肉の繊維にそってホロっと崩れ、よく煮込まれて柔らかくなっていることが指を通して伝わってくる。肉の外側は黒に近い色になっているけれど崩れた内側の色は淡い。
口に運ぶと、口内に入れた瞬間にニンニクの香ばしさと濃厚かつ豊潤な香りが一気に膨れ上がった。
噛むと柔らかいけれどしっかりとした弾力を持つ肉の繊維が歯を押し返し、その抵抗に歯を通すのがなんとも心地よい。
噛むごとに肉の赤身の旨みが、じんわりと舌にとけだし、やがて多幸感に変わる。
濃くなった口の中に、炊いた麦をスプーンで掬って放り込む。
米とは違ってプチプチと弾けるような食感。味わいはまったく違うけれど、この食感は楽しいし、きちんと口内のバランスを取り戻してくれる。
「うん。美味しい。」
もう一口肉を口に放り込み味わう。
またも口内に肉の味が広がってゆき、今度はそれをエールで喉へと押し流す。
一気に洗われるように舌が肉の味から解放され、その上にはホップのしっかりとした苦みが残る。
だけれども鼻腔には喉からエールの爽やかなの香りが流れこみ、苦みすらごちそうに感じられる。
「くーっ! この一杯の為に生きてるなぁ!」
口を拭いながら祝詞を唱える。
チラっとクォンの様子を探ってみれば、まるで涎を垂らさんばかりにこちらを眺めていた。
「クォンもほら、まだ温かいうちに食べなよ。」
「は、はいっ!」
同じ肉料理をすぐにフォークで刺し、口に運ぶクォン。
耳がピンと立ち、ふるふると震えたかと思うと、へにゃあと弛緩した。
フォークを口元にあてたままのクォンの表情も耳の動きと同様に緩まり、その閉じた目尻には小さな涙が浮かんでいるようにも見える。
相当美味しいと思ったようだ。
美味しそうに料理を食べる子がいると、こっちの料理まで美味しくなる気がする。
気が付けば手が勝手に肉を口に運んでいた。
クォンも感動から戻ってきたのか、いそいそと肉と麦を口に休むことなく運んでいる。
「もし飲めるようなら、クォンもエールを頼むかい?」
ぎょくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
再度涎を垂らしそうな顔に戻っているクォン。
黙っている様子から、相当飲みたいにも関わらず、飲みたいと言っていいのかどうかを悩んでいるように見える。
あまり遠慮はして欲しくないからこそ、クォンに『飲みたい』と言わせて壁を壊して行かなければならないと思い、敢えて何も言わずに見守る。
クォンはキョロキョロと目を左右に泳がせた後に、ギュっと閉じ、両こぶしを握りながら口を開く。
「の、の、飲みたい……です……エール。」
「よしきた。ナーミさん! エール一つ……いや、もう二つ追加でー!」
「は~い。」
クォンの表情がパァっと明るくなる。
素直な子は見ていても楽しい。
すぐにナーミさんがドンとジョッキを二つ置いていった。
『本当にいいの?』と訴えんばかりの表情で何度もエールとこちらに顔を往復させるクォンに無言で飲んでいいよとジェスチャーで促すと、またも顔を輝かせ、ジョッキを両手で抱えるように持ち上げ、鼻先を近づけてスンスンと香りを嗅ぎ、そしてまたも顔を綻ばせる。
ふやけたような表情になったかと思えば、チビリと舐めるようにエールを飲み、今度は口を開けて「んはぁ」と声を漏らしながら破顔し、すぐさま、こっこっこと喉を鳴らし始めた。
「にゃはぁ~~~~~!」
ジョッキをおいて感動に押しつぶされたようにつっぷしながら声を漏らすクォン。
その姿から相当にお酒が好きだったことがよくわかる。
自分も禁酒を強いられていたとしたら、それから解放された場合同じような反応をしたに違いない。
「明日に残ってもなんだから、今日は二杯までにしておこうね。
心行くまで飲むのは、今回の依頼が終わってからにしよう。」
「も、もう一杯飲んでもいいのですか!?」
「あぁ、いいよ。その様子なら相当強いんだろうし。」
「あ、有難うございますぅっ!」
制限をかけたのに泣いて感謝され、少しだけ罪悪感を感じた。
そして、逆隣りで、ごっごっごっご、と喉を鳴らすケイティさんに気が付くのが遅れるのだった。
--*--*--
「わらしらってねぇ! 一生懸命やってるんれすよぉ!」
「えぇ。そうですね。はい。そうだと思います。」
「ご主人様、やっぱり私が肩を貸しますよ。」
「いや、大丈夫だよクォン。ありがとう!」
「くぁーー! クォンさんはいいれるよねぇ! たおーさんのどりぇとかぁ!」
「ほら、ケイティさん、あまり大きな声を出すと他の人の迷惑になりますから、ね?」
「ららしらってねぇ! どりぇえになっらっていいんれすよぉ! ……ただし愛のどりぇですけれどねぇうふふふふふひ。」
「えぇ、えぇそうですね。ケイティさん。人はみな愛の奴隷ですね~。」
酔っぱらいの相手は適当に相槌を打つに限る。
「あ~~、たりょーさん、わかってないれょ~? どれぃと愛の奴隷はちがうんれすよぅ?」
「えぇ、えぇ違いますね~。愛の奴隷は愛の奴隷ですもんね~。」
「そうれすよ! 愛の奴隷なんれす! わらしは愛のどえい~ふへえへへ。らりょーさん温かい~へへひひ……ぐぅ。」
「あ、寝た。」
「ご主人様。眠っているのであれば、このまま寝かせるのが良いかと。」
「そうだね。そこがケイティさんの部屋だから開けてもらえる?」
「はい。」
ケイティさんを寝かせてから気づいた。クォンの部屋を取り忘れていた。
起こさないようにこっそりと部屋を出て、誰も入れないように念の為に鍵をかけてからクォンと一緒にとりあえず自分の部屋に向かう。
「ふぅ……まさかエール一杯であそこまで酔うなんて……」
「心理状態はお酒に影響しますからね。」
「うん。とりあえずクォンの部屋を取らないといけないよね?」
「え?」
「ん?」
「いえ……その、私はご主人様の奴隷ですし部屋など与えてもらう必要はありません。ご主人様のお許しが頂けるのであれば、床でも与えて頂けたら……難しければ外で寝ますので。」
「いやいや、そういうワケにはいかないでしょう? 女の子なんだし。」
「……はい。もちろんお努めの後で構いません。」
「お努め?」
「抱かれますよね?」
不思議そうに首を傾げながらも服を脱ぎ始めたクォンの姿に、鼻から色々勢いよく噴出した。