13話:解呪(原文)
ケイティさんに聖魔法を教えてもらったら、30分もしない内に聖魔法を覚えることができた。
ただケイティさんの機嫌が物凄く悪いように見えたので、しっかりと何度もお礼を言ってから部屋に戻って休んでもらう。
おおよそ機嫌が悪いのは、やはり自分の仕事を奪われる危機感が芽生えたのかもしれない。最初は大丈夫と考えていても実際にその立場になると思う事は色々とあるものだ。フォローが必要だろう。
そして花子と話していると単純に聖魔法と一括りにして言っているけれど、どうやら聖魔法というのは多種多様な事が出来るようだった。
ケイティさんが使える能力は『悪霊払い』といった技だけのようだけれど、これはゲームでいう初期のスキル。花子が曰く聖魔法は邪なる者に対して大変有効であり、動物系のモンスターには効果は薄くても、より高位の悪魔系モンスターに対しては絶大な威力を有しているとのこと。
そして攻撃だけではなく呪いの解除などの補助や、武器や魔法に対する聖属性の付与などといった攻撃支援も可能になると言う。
この周辺では基本的に動物系のモンスターが多く高位の悪魔系モンスター等が出てくることもない為、必要とされていないけれど、そもそもスキル自体が稀であり、所変われば優遇されて当然のスキル保持者なのだとか。
どうやらケイティさんと出会えた事は僥倖だったようだ。
私がそんなケイティさんに対してお礼としてできる事は、聖魔法の使い方を示し、スキルを磨く余地が充分にある事を教える事かもしれない。
であれば、まずは私自身が聖魔法に慣れる必要がある。
幸い街から少しでればゴーストがいるから練習もし易い。
その考えに至り、私は自分自身が聖魔法に慣れる為に特訓すべく仮眠を取る事にした。百聞は一見にしかず、10の教訓よりも1の実践。なんでもやってみるに限る!
--*--*--
「で、この状況はどうするワン。」
「いや…………その……ねぇ。」
「『ねぇ』って言われてもねぇ、だワン。」
やってしまった。
深夜に門番の目を盗んでこっそりと街の外に出て、花子の言うように聖魔法に慣れる為に練習をしてみた。
聖魔法は氷魔法と違って光そのものを出すこともできて、それがとても楽しく。気が付けばどこか花火のように思えて遊んでしまったのだ。
深夜ということもありテンションが上がり過ぎて童心に返り、ほぼ花火を楽しむ子供のように調子に乗って、光で「きーみーのーなーはー!」と子供の頃にアニメで見た両手から出す光線砲の真似をした。
そうしたら本当に出たのだ。光線砲が。
光線砲はまるで花が開くように光の速さのまま無数に拡散し、拡散した光線はまるでホーミングミサイルのように自動的にゴーストを狙い撃ちして掻き消していく。
そしてその狙い撃ちは地平線まで続いたかと思うと次の瞬間には一帯から一切のゴーストの気配が消えていた。
「え~、ちなみに御主人がやった技は、この地から遠くにある聖公国の聖女に伝わる広域殲滅聖魔法『ホーリーレイ』だワン。
選ばれし聖女が数十人の従者の力を借りて呪われた土地の浄化とかに使う秘伝の奥義だから見たことがある人の方が稀だけど……当然使えるなんてことが知られたら騒ぎになる可能性はあるワン。」
「んんっ!?」
「御主人に分かり易く言うとしたら……そうワンね……気色はちがうけど、ある意味で核弾頭を持ってる的な意味が近いかもワンねぇ。」
「oh…………ということは?」
「とりあえず解呪程度はぶっつけ本番でどうとでもなるレベルで問題なく使える事は分かったし、御主人がホーリーレイを使ったのを誰が見てるかも分かんないから、さっさとここから逃げた方がいいワン。」
「なむさーんっ!」
全力で宿に逃げ帰った。
――翌日、街はやらかしてしまった影響が出ているかもしれないと思ったけれど想像していたよりもずっと静かだった。
どうやら雷か何かが落ちたのだろうという話で落ち着いているようで、ホっと胸をなで下ろし、どこか訝しむ様子のケイティさんには苦笑いを返すことしかできなかった。
予定を繰り上げケイティさんと一緒にクリスさんの下を尋ねると、クリスさんが奴隷商館に付き合ってくれることになり予定よりも1日早く奴隷の購入に向かう事になった。
ロレッタお嬢様はなにやら家庭教師付きの授業中らしく、そちらを優先してもらう。
「ようこそお越しくださいました。」
到着すると恵比須顔の奴隷商人が出迎えてくれた。
やはり貴族の顧客というのは大きな影響力を持つのだろう。
「昨日の奴隷の件で参りました。」
クリスさんがそう告げると、大袈裟に顔を傾げながら奴隷商人が口を開く。
「まだ預りの期限はありますが、もうお引き取りという事で宜しいのでしょうか?」
「えぇ。こちらのタローさんを主人とする形で奴隷契約を結んでもらえますか?」
「かしこまりました。ただ……生憎お約束は明日と思っておりましたので、当の奴隷は呪われた状態のままで大変お見苦しい姿ですが……宜しいですか?」
クリスさんが視線を私に移したので言葉を返す。
「えぇ構いません。」
「という事です。」
「かしこまりました……では大変申し訳ないのですが、地下の方へ御案内させて頂きます……あの姿は表には出せませんので。」
地下の独居房に向かうと、近づく毎にどこか酸えた匂いが鼻をつくようになる。そしてその匂いの元は彼女だった。
「これは……ヒドイもんですね……」
クリスさんがハンカチで口元を覆いながらそう言った。
白色だった髪は見る影もなく全身がまるで泥の中に落とされたかのような姿。発する臭いも汚泥のよう。
小さくなっている本人からも覇気が微塵も感じられない。
「えぇ。正直買い取って頂けるだけでもウチとしては大助かりです。さぁ早く主従契約を結んでしまいましょう。」
奴隷商人も臭いが目に染みたのか、目をしぱしぱとさせながら言葉を続けた。
バタバタと奴隷商人の従者が動き、何かが書かれた羊皮紙を持ってくる。
それを奴隷商が受け取り目の前にかざして見せた。
「これは契約する奴隷の血を用い、貴方に従う旨の内容を古えより伝わるルーン文字で記してあります。今回は特に命令を守らなければ死ぬことを約束するもっとも強い物となっております。ですので特に『命令』を出す際、その内容にはお気を付け下さい。
さて宜しければ、ここにタロー様のお名前を書いて頂き、そこにタロー様の血を一滴垂らして頂ければ契約は完了です。」
ふと羊皮紙に興味が沸く。
「少し拝見しても?」
「えぇどうぞ。」
『我の全てを捧げ命令に従う。約束を違えし時、命を持って償わん。ここの血の盟約を。』
読めた。
「黙っとくワン。」
「おふっ」
花子の念話が響いた。復唱しそうになっていた為言葉につまってしまう。
「どうかしましたか?」
「い、いえなんでも」
「古代ルーン文字って言ってたワン? つまりこの世界でのロストテクノロジーって事だワン。
奴隷商は秘伝として文字の並びが伝わっているから其々の文字の意味なんて分かってないワン。そんなのが読めるってわかったら昨日の二の舞だワン。」
花子の言葉に少し焦りながら違和感のないよう言葉を続ける。
「ええと、私の名前を書いて血を一滴名前に垂らせばいいんですよね? いやぁ血を流すのって、なんだか抵抗がありますね! お恥ずかしい。あはは。」
「いえいえ皆様そうですとも。少ししか刺さらない針のご用意もございますので、ほんの少し我慢を。刺すのは耳当たりがお勧めですよ。」
契約内容は奴隷側にとって相当重い内容にも思えるけれど、抜け道もあるように思えたので余りボロが出ない内に話をまとめる事にしてさっさと署名して血を垂らす。
「ふむ。お疲れ様でした。それでは『契約実行』!」
奴隷商人がそう言葉を発すると、羊皮紙に書かれていた文字が熱を帯びたように輝きながら羊皮紙から剥がれ始め、文字の姿が槍のような形に変化する。
そして奴隷のクォンの下へと飛び、その身体を刺し貫いた。
「ひっ!」
ケイティさんの声が上がり、ドサっとクォンが倒れこむ。その様子に私も心配になってしまう。
だけれど奴隷商人は一仕事終えたようないい顔をしていた。
「さて、これで契約は終了です。
この奴隷はこれでタロー様の物となりました。」
その言葉を聞いてふと疑問が浮かぶ。
「クリスさん……そう言えば代金はどうしたんですか?」
支払っている様子が無かったのに奴隷の契約が終わった。普通であれば支払った後に契約のはずだ。
「昨日支払ったじゃないですか。」
「え? ……昨日って……手付しか払ってないですよね? 銀貨5枚。」
「えぇ。それがこの奴隷の金額です。」
ニヤリとクリスさんがほほ笑む。
処分をすれば処分をしたなりに手間もかかる。ただで引き取ってもらっても良かったのだろう。奴隷商人からすれば廃品回収のような扱いだったのかもしれない。
クリスさんの交渉の上手さに思わず口角が上がる。
「それじゃあ、せめて金貨1枚程を奴隷商人に渡して身ぎれいにしてもらえませんか?
彼女の呪いが解けて有能な事が知られた時に、損をしたと思われて逆恨みされてもなんでしょうから。」
「お優しいですね……ではここは仰せの通りに。」
こうして、身綺麗にしてもらったクォンを連れてホクホクの恵比須顔の奴隷商人の商館を後にした。
「……ご主人様……こんな私を買って頂き…有難う…ございました。」
「あぁ。なんだかこんなことになってしまったけれど、これから宜しくね。」
身綺麗な状態であればクォンの自意識もはっきりとするらしく言葉を交わす事が出来た。
だけれどその声はどこか苦しそうな雰囲気で呪いは相当深そうに思える。
また呪いのせいで汚れ始めてもなんだから早めに解呪した方が良さそうだ。
ふと人気のない場所を探して目を走らせると、花子が声をかけてきた。
「御主人。あそこの家の隙間なら隠れられるワン。」
「ありがとう。」
花子に念話を飛ばしクリスさんに向き直る。
「えっとクリスさん。少しあそこに隠れて作業をしたいので見張ってもらっていいですか?」
「……あぁ、なるほど。もうされるという事ですね。えぇ。分かりました。」
クリスさんが2,3度頷き、もう解呪してしまう事を理解してくれた。
ただクリスさんにも何をしているか細かい事を見せるつもりがないという事も察してくれているように見える。
「じゃあケイティさんは手伝ってください。こっちです。クォンもおいで。」
3人で家の隙間に入ると密談するには丁度良い広さがあった。
クリスさんはこちらに背中を向けてくれているので、こそこそと話をする。
「それじゃあ聖魔法で解呪を試しましょう。」
「ほ、ほんとに出来るんでしょうか?」
「……解呪? ……無理……」
「まぁ見ててください。ケイティさんも、きっとできるようになりますから。」
コクコクと頷くケイティさんに笑顔を送り話を区切って花子に念話を飛ばす。
「それじゃあ花子、どうしたらいいか教えてくれ。」
「単純だワン。呪われた物や人に触れて、その内側から聖魔法の光で呪いをブッ飛ばすようなイメージをしてやればいいワン。」
「なるほど。やってみるよ。」
「気をつけるのは、じわじわと光を強くすることだワン。最初は蝋燭の灯火、だんだんたき火、最後は舞台照明くらいってところワン。強すぎると身体の負担になるワン。」
「分かり易くて助かる。」
クォンの両肩に手を置くと花子の念話が聞こえた。
「ん~? そこじゃない方がいいワンねぇ。もっと胸に近い方がいいワン。」
「んんっ!?」
花子の言葉につられて目が胸に向く。
ぽよんとした物体があった。
「どうしたんですか?」
心なしか冷たい声が聞こえ、そっちに目を向けると半目のケイティさんの顔。
「んっ! んんっ! えっと……解呪の時は胸に近いところに触れてないといけないようで……」
「……『ようで』?」
「いえ、『ようで』じゃないですね。すみません。触れてないといけないので……」
「じゃあ触れたらいいじゃないですか? 解呪なんですよね?」
「……は、はい……」
「別にタローさんが胸を触りたいとか、そういう事じゃなくて解呪なんですもんね?」
「えぇ……はい……」
「じゃあ仕方ないじゃないですか。解呪なんですもんね!」
段々と怒ってきているような口調のケイティさん。
「ゴホっ…ケホッ……ご主人様。私は貴方の物ですので、いかようになさってください。」
苦しそうな声にハっと正面を向くとクォンが呪いのせいだろうか顔を顰めながらも笑顔を作っていた。
苦しんでいる人を前に、何を小さなことで思い悩んでいたのだろう。
「ゴメン……」
すっとクォンの両胸に両手を合わせる。
「それじゃあ始めるよ。」
クォンの内側、みぞおち当たりに光が宿ったようなイメージをする。
「んっ……」
クォンの声が漏れ聞こえた。
ゆっくりとその光を動かすとクォンの身体の中で影のような物が光を避けている蠢いているようなイメージが伝わってきた。
光を動かし、クォンの中に沸く影をどんどんと追い回す。
「んんっ……んっ……」
自分の手も光の動きに合わせて小さく動いてしまう。
だが胸に触っている事よりも、影の動きの方が気になる。まるで無数の集合体のように逃げ回るのだ。
少しずつ明かりの強さを増しながらクォンの身体から逃げ出すように追い回す。
「んん……んん…んん…!」
光の強さが増すと影もまた活発に動き始め、中には光を消そうと覆いかぶさる影まで出てきた。
だんだんとシューティングゲームをしているような気持ちになり、胸に当てている両手がコントローラーを操作しているような感覚になってくる。
「んん! あぁぁぁ…っはぁあぁっぁ…!」
どんどん光を強め、影を減らしていく。
クォンの身体にもなんとなく体温が戻ってきているような気がする。
もう少し、もう少しだ!
「っほ…ぉっあぁ…………っは…あぁっぁ…ああ……ああ! ん……ん!」
クォンの中の影はもう残り少ない。
だが、ここにきて一際強い影が現れた。
まるでシューティングゲームのボスが現れた様な気分。胸に触れる手にも力が入る。
「この! このっ! こうか! こうかっ!」
「ああ! は…あぁぁ…! んんんっ! もぉぉ…おおっうぅぅ…ぅらあ…っめえぇぇ! イっ ィイク…ウぅ…っ…!」
勝った。
影に打ち勝った。
完全にクォンの中の影を消し去る事が出来た。
完全勝利の満足感に目を開くと、目尻に涙を溜めながらヒクヒクと痙攣しているクォンの姿があった。
そして自分の手を見ればクォンの両胸を鷲掴みにしている。
「うぉうっ!」
驚きのあまり手を離すとクォンはその場にへなへなと崩れ落ちる。ビクン、ビクンと身体を震わせた。
自分の姿とクォンの様子を客観視し非常に気まずい気分になり、顔をゆっくりとケイティさんの方へ向ける。
するとケイティさんは直立不動。
ただこちらを見ていた。
ただしその表情は半目で冷たく感じる物だった。
「……終わりました。」
ただ、その一言だけが宙に浮かび、そして風に消えた。
「背中触ればよかったのにワン。」
「……先に言え。」
とうとう書いてやったぜ……なろうではテンプレの『僥倖』の文字をな……初めて書いたわ。




