11話:呪われた奴隷
案内された地下で奴隷達を鑑定して行くと気になる人物に行き当たった。
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名前:クォン・トゥーリ・リン
年齢:21歳
職業:レンジャー
状態:沈黙、呪い
レベル:7(31)
生命力:34/68(274)
魔力:31/61(246)
持久力:21(84)
筋力:19(78)
体力:20(83)
技量:25(102)
精神力:30(98)
運:23(95)
スキル:探索(封印)、気配制御(封印)、罠解除(封印)、ナイフ投げ(封印)、見切り(封印)、コーチング(封印)、コンセントレイト(封印)、火魔法(封印)
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独居房の中で、虚ろな目をしながら今にも倒れそうに揺れていた。
長い髪はであることは分かる。だがその長い髪も、まるで汚物を被ったように汚れ元の色が分からない。前髪も汚く汚れていて表情も読めない。
わかる特徴は汚さと頭頂部に猫のような耳がある事だけ。
「……彼女は?」
「あの女は、この辺りでは珍しいキャットウーマンですが……見ての通りの状態ですから止めておいた方が宜しいかと……」
奴隷商が申し訳なさそうに声を発する。
クリスさんも眉間に皺を寄せた顔をこちらへと向けている事から避けたいと考えていることはよくわかる。
「なぜ彼女はあんなに汚れているんですか?」
「いえ、私もつい先日仕入れたんです。もちろん買った時は銀に輝く髪など、なかなか見栄えのする容姿をしていたのですが半日もすると、あのような姿に勝手に変わってゆくのです。」
「変わる? 勝手にああなるのですか?」
「えぇ。あの奴隷もああなる前には話ができるのですが、本人が言うにはレンジャーとして活躍していたそうで探索に関する知識もあるとの事です……といっても調べてみたレベルは低いので真実かどうかは分かりません。レベルも一桁台で役に立たないとは思いましたが、念の為、本日も皆様が起こしになるまえに身綺麗にさせておいたのに、今はもうあの姿です。とても皆様の前に出すことは出来ないと諦めた次第で。」
「呪われし者……ですか。不吉ですね。」
クリスさんが小さく呟く。
「仰る通りでございます。あれは呪いを受けております。いやはや見抜く事ができずやられてしまいました。
きちんと手を加えれば見栄えも良くはなりますが、手がかかりすぎますから買い手もつかないでしょう……騙して売ってしまってはウチの信用も落ちますし、もう処分するしかないかと思っております。」
奴隷商人がため息交じりに返す。
クリスさんの言葉は、要は『この奴隷は絶対に買うな』という意思表示なのだろう。
執事の立場上意見を強く出すことはできないからこそ意識の誘導のような感じがした。
そして奴隷商の放った『処分』の言葉の意味するところは一つ。
すぐに花子に念話を飛ばす。
「ハナ。この呪いって解呪できる?」
「結構特殊な呪いだけど聖魔法で解呪できるワン。」
「聖魔法? ……って事はケイティさんが解呪できるのか?」
「ん~ん。残念だけど力が足りないワン。」
花子の言葉に溜息が漏れる。
「何か解呪の方法は?」
「簡単だワン。御主人が聖魔法を覚えればいいんだワン!」
「え?」
「御主人のスキルには『ラーニング』があるワン。見て覚えることもできるけれど教えて貰えれば、もっと簡単に使えるようになるワン。だから教えてもらってご主人が解呪するのが一番手っ取り早いワン!」
「なるほど! ありがとうハナ。」
「どういたしましてだワン」
花子と念話を終え、この後どう話をしたら良いかを考える。
なにせ買いたくないクリスさんを説得しなくてはいけないし、奴隷商人からは出来るだけ安く買わなくてはいけない。そしてケイティさんに聖魔法を教えてもらわなくてはならない。
きちんと話す段取りや内容を考えてから言葉を発した方が良い。
しっかり考える為に、つい腕を組んで口元を抑える。
「どうかしましたか? タローさん。」
ケイティさんが首を傾げながら、こっそりと声をかけてきた。
考えは中断されるけれど、まずはケイティさんに聖魔法を教えてもらう了承を取っておくと良いかもしれない。
なぜならケイティさんに聖魔法を教えてもらう事が出来なければ、呪いを解く事すらできないのだ。一番初めの関門を超えていなければ、彼女を買う事をクリスさんに納得させる事も難しいだろう。
取り急ぎ口約束でも了承を取っておくに限る。
「ケイティさん。」
「はい。」
耳打ちをすると、こっそりと言葉を返してきてくれた。
「ちょっと言いにくいんですが、今日、お時間を頂く事はできますか?」
「……あ、え、あ、はい。大丈夫……ですけど。どうかしたんですか?」
「実はケイティさんに教えてもらいたい事があって……これが終わったら宿屋に戻って私の部屋かケイティさんの部屋に行きませんか?」
「えっ!? へ、部屋にっ!? わ、私の部屋にっ!? あ、あ、え、あ、あわ、わ、私は、その、シスターですから、その、あの、」
「えぇ。シスターだからこそケイティさんにお願いしたくて。」
「はわわっ!? あ、あ、あの、え!? わ、私が、な、なな、何を教えるのででですか?」
いきなり聖魔法を教えてと言っても納得はしてもらえないだろう。
納得させる為には自分のラーニングのスキルの事を話す必要があるだろうけれど、特殊なスキルであることを考えると、今この場で発言するには人の耳が多すぎる。まだ暈しておいた方が良いように思える。
「そうですね……ちょっとここでは言いにくいので、その話は部屋でしたいのですが……」
「あ、あ、あ、あの、そういうことだと、ちょっと難しいというか、私にはちょっと荷が重いと言いますか――」
「いえ、こんなことはケイティさんにしかお願いできないんです。ケイティさんの協力なくして成功しないんです!」
「そそ、それは当然私が協力しないと性交できないでしょうけど……えええええ!?」
何故か慌てはじめ、埒があかない雰囲気になってきたので思い切ってケイティさんの両手を取って真っ直ぐ見つめる。
「お願いします! ケイティさん! 協力してください!」
「は、はわわわわ! は、はひっ!」
言質は取った。
言質さえ取ってしまえば、あとは多少強引であっても真剣に頼みつづければ何とでもなる。
すぐに両手を離して、クリスさんに向き直る。
すると、クリスさんの顔がどこか白けた物になっていた。
不思議に思いロレッタにも目を向けてみれば口元を手で隠して視線を逸らし、奴隷商は恵比須顔なのに鼻が膨らんでいた。
三者三葉の様子を少し怪訝に思いつつも、とりあえず話を進めるべくクリスさんを手招きし小声で話しかける。
「クリスさん。今回、奴隷に求めるのは知識だけあれば十分だとは思いませんか? 私個人の戦闘力はご存知かと思います。」
「それはその通りでございます。しかし――」
「単刀直入に言いますと、あの呪いのかかった奴隷ですが、呪いの解除に心当たりがあります。ですので手付金を払っていただけませんか?」
「……ほう?」
「2日。2日頂いて呪いが解けなければもちろん連れて行きません。買わずに処分するのもクリスさんの判断にお任せします。
もちろん私が我儘で買いたくない物の手付金を買わせる事になるのですから、かかった費用は私が個人的に補填もします。今は持ち合わせがありませんがギルドで報酬の査定中ですから収入の予定はあります。」
「……」
「クリスさんなら奴隷商が『処分する』と言った品ですから、安く手に入れることもできるのでしょう?
ここだけの話ですが呪いさえ解ければ彼女は間違いなく買い得です。もちろん呪いの解除は私の責任で行います。とりあえずの実験で駄目であれば、次はクリスさんに奴隷の選定をお任せします。私はクリスさんの意見を全面的に肯定することをお約束します。
どうでしょう? クリスさんにリスクはありません。ただ、ちょっと解呪の実験の為に力をお借りしたいんです。」
「……そこまで言われてしまいますと私に断る事などできませんね。」
クリスさんがニヤリと笑った。
この後、クリスさんは手早く手付金をまとめ銀貨5枚を奴隷商に渡した。
これで彼女は2日間の間は処分されることもなく他の人に売られることもない。
そして私は、明日改めて奴隷の下を訪れることを奴隷商と約束し、この日は解散となった。
「コホ、コホン……今日は何やら、この後お二人がお忙しいようですし、私はこれでお暇させて頂きますね。」
奴隷商館を出ると同時にロレッタは小さく咳払いをし、目を逸らしながらそう言ってクリスさんと共に去っていった。
余計な説明の手間もかからず助かる。
「じゃあケイティさん! 時間が惜しいです! 一刻も早く宿に戻りましょうっ!」
「は、はは、はひっ!」
なぜか右手と右足が同時に前に出るように固くなったケイティさんと宿に戻るのだった。




