1話:プロローグ(原文)
未翻訳の日本語原文です。
「はぁ……」
顔に当たる風が痛い。吐きだした溜め息も白いまますぐに流されてゆく。
気温も上がっているのだが、ずっと外にいたせいで露出していた顔が冷え切っている。
この週末。大寒波により大雪が降った。
会社から歩いて5分という場所に住んでいた私は、自主的に会社の駐車場の雪かきをしていたのだ。
小さな会社だけれど車で通勤してくる者は多い。雪が30cmも積もってしまえば駐車場に入る事すらできない。
あまり雪が降らない地域だけに明日になればパニックになってしまうだろう事が簡単に予想できた。
だから、結婚している訳でもなく、出かける用事もなかった私は、日曜日にも関わらず雪かき出社する事にしたのだ。
もちろん会社は閉まっているからタイムカードは押さない。自宅からスコップを持参しての完全ボランティア。
得はしないし、身体も疲れるけれど、会社の仲間達から感謝や労いの言葉をかけてもらえる。
30歳を超え、そういうのが大事なのだと分かってきた。
……ただ、駐車場10台分は広すぎた。
朝からずっと昼ご飯も食べずに身体を動かしていたというのに、終わったのは夕方。
久しぶりの雪かきのせいもあって腰が痛い。何より汗で寒い。
「早く帰って風呂に入ろう……」
身体を動かし続けていたせいで、熱いのか寒いのか分からない感覚の中、使い込まれた感のあるスコップを持って足を動かす。
「あ。」
ふと目に入ったのは、民家の屋根から垂れている氷柱を面白がっている子供達の姿。慌てて近づく。
「こらこらこら! 危ないから近寄るんじゃない!」
「きゃー!」
突然声をかけられた事で、不審者が現れたかのように逃げ出す子供達。
雪国に住んでいた者でも時々忘れがちになってしまうが、屋根の氷柱は低くても危ない。氷柱だけじゃなく屋根からの落雪も一緒に起こる可能性があるからだ。
大人でも怪我で済まないかもしれないのだから、子供なら尚のこと。
不審者と思われても注意しなければならない。
「あ。」
だが、自分の恰好を忘れていた。
ニットキャップにダウンジャケット、長靴。汗を拭くようの手ぬぐいを首に巻いて金属性スコップを肩に担いでいる完全装備。
雪に慣れていないこの地方では完全に怪しい人だ。
その証拠に子供が走って逃げている。中には除雪車が通って走り易くなっている道路に出て走る子供もいるほどだ。
道路?
現状に気づき、ふと後ろを見れば、大きなトラックの姿。
トラックは除雪されている道路を普通と同じようなスピードで走っていた。だが、あろうことかスマートフォンを操作していた。
「危ない!」
気が付けば身体が勝手に動き、道路に出ていた子供の下へと走り、そして付き飛ばしていた。
そして振り返った私の目には急ハンドルを切って横転するトラックが迫ってくるのが映り、世界は暗くなった。
――
「ん?」
目が覚める。
身体を起こして右に首を振ると、手水舎が目に入った。
「んん?」
左に振ると榊の木。真正面には実家に飾ってある神棚のような建築物。
何故自分がこんな場所に居るのかが想像できず戸惑っていると、神棚のような建築物の扉がゆっくりと開いていく。
まるで誘われるように扉に向けて歩いてゆくと、開いた扉の向こうに人がいる事が分かった。
だがその人物は土下座をしているではないか。
「すまなんだ!」
「えぇっ!?」
土下座されて謝罪されるなど、人生で初めての経験だ。
逆にこちらが申し訳なくなってしまう。
「すまなんだー!」
「あの、顔を上げてください。すみません。」
ついこちらが謝ってしまう。
土下座していた人が顔を上げると、まるでおとぎ話で出てくる邪馬台国のような装いの男の人だった。
「手違いで殺してしまった! 申し訳ない!」
「えっ?」
再度深々と頭を下げた邪馬台国の人に、詳細を確認すると、どうやら本来死ぬべきでは無かった私が手違いで死んでしまったらしい。
「では現世に戻る事は……」
「死んだ者は蘇らない。申し訳ない。」
「それはそうですよね。」
「とはいえ、こちらの手違い。それ相応の用意はさせてもらうつもりだ。」
「それ相応……とは?」
「うむ。別の世界に『転移』を考えている。」
「転移……ですか?」
「私が管理している世界に限るが、ある程度の融通も利くようにできると思うがどうだろうか?」
「融通ですか?」
「うむ。地球ほどに発展はしていない世界で、剣を使った争いも多い。だが地球にはない『魔法』が存在する世界だから新しい発見もあると思う。」
「随分と危なそうな世界ですね……」
「うむ。もちろん転移するに当たって死ぬことが無いよう能力も付与するつもりだ。迷惑をかけた詫びも含め幸せに過ごせるように十分に与えるつもりだ
から安心して欲しい。」
「それは有難い限りですが……あの、質問しても良いでしょうか?」
「なんでも聞いてくれ。」
「そんな事が出来る貴方は、きっと神様なんですよね?」
「そうだな。概念としては『神』と言っても良いだろう。」
「なぜ神様が、何十億といる人間の中で、私に対してそこまでしてくれるのでしょうか。」
「ふむ。理由は簡単だ。
私は『鏡』のようなもの。」
「鏡ですか?」
「善良なる者の前には善良として存在し、悪なる者の前には悪として存在する。」
「……」
「要はお主が、私の立場だったら同じ事をした。という事だ。」
神様の言葉になんとなく理解できたような気がした。
確かに自分がもし手違いで人を殺してしまったら土下座して謝罪もしただろうし、出来る限りの詫びをしようとするだろう。
「という事だから、転移先では幸せになれるよう計らうから安心して欲しい。」
「なんというか、その有難うございます。」
「そこは気にしないでほしい。本当にすまなかった。」
「とんでもないです。」
「では確認だ。『転移』で良いのだな?」
「はい。有難い限りです。」
「よし。では最後に問う。お主の名は?」
「佐藤 太郎です。」
名乗った瞬間、足元から光が溢れだした。
「佐藤 太郎。
私が断ち切った運命の糸を、新たな世界へと、今、繋ごう。」
温かな光。
身体も、自意識も、心も何もかもが溶けていきそうだ。
逆らわず、流れに身を任せると、世界は白く包まれた――




