9話:ギルドマスター(原文)
「おい聞いたか? ワイルドイーターが出たって!」
「へっ! テメェの耳は飾りか? 正しくはワイルドイーターが4人組みに倒されたって話だよ。」
「お前の話も違うよ。4人組じゃない。4匹のワイルドイーターが倒されたんだよ。しかも冒険者がたった1人で相手したって話だぜ。」
「わはははは! 誰がそんな法螺話を信じるんだよ。ワイルドイーターだぞ? ワイルドイーター! 常識で考えて物を喋りやがれ。」
「おいおい! 俺が聞いた話だとギルド会員が同じ会員に襲われたって話で全然違うんだが?」
「なんだよその話。詳しく教えろよ。」
ギルドの周辺で噂話をする人々。
それもそのはず。森の奥に住んでいる手強いモンスターであるワイルドイーター。
ワイルドイーターとはギルドにBランクに認定された猛者がパーティを組んで挑むモンスターである。そんな強力なモンスターにも関わらず、4体もの数が綺麗に真っ二つにされた。そんな事態に噂が駆け巡らないはずもなかった。
このオースティンの街では中級に満たない冒険者が多くワイルドイーターの姿を見たことのない者も多い。
恐れられるモンスターとは一体どんなものなのか一目見ようと、そして、それを倒したであろう者がどんな人間か見ようと集まり賑わっているのだ。
もちろん集まるのは冒険者だけではない。鼻の利く商人なんかも、ワイルドイーターの素材の買いつけか、それとも『俺もやるぞ』と発奮した冒険者に物を売り付ける為か集まりだし、ギルド周辺の賑やかしに一役買っている。
だが賑わいを見せるギルドの外と対照的に、その中は多少のざわつきはあるものの静かと言っても良い状況だった……ただ一人の男を除いて。
「コイツだ! コイツが街にワイルドイーターを連れてきたんだ! コイツが諸悪の根源だぁ!」
声高に叫んでいるのは腕を縛られ倒れているウィルマである。
オースティンの街のギルドで上位の実力者であるウィルマが断罪するかのように叫び声を上げているのだ。
反して断罪されているであろう男は平静そのもので、小さくため息を漏らすだけ。
――太郎はスコップでワイルドイーターを割った後、呆然としているケイティに気づかれない内に収納でスコップをしまい、氷魔法で武器を作ったと誤魔化した。
ケイティにしてみれば、それは些細な事だった。なにしろワイルドイーターが割れているという現実そのものが夢見心地のようなものでしかなく理解が追いつかなかったのだ。
ただ心のどこかで『太郎さんだし』という気持ちがあったおかげか早々に現実に戻る事は出来た。
現実に戻る事が出来なかったのは、ウィルマともう一人の男の方。
押し付けた後も走り続けていたが当然どうなったかは気になる。確認する為に振り返ってみれば、あれ程に恐ろしい存在であるワイルドイーターがあっさり始末されているではないか。見間違いではないかと足を止めて凝視するしかない。
太郎はギルドにウィルマ達の行動を報告なりして終わらせようと思っていたが、ふと走り去ったであろうウィルマ達を見てみればポカンと口を開けて立ち止まっているではないか。
ケイティに確認してみれば『押し付け』を意図的にやっているのであれば奴隷落ちして当然の重罪であり、捕えた方が良いとの進言。
そこでスキル『威圧』と『恐怖』そして『咆哮』を二人に的を絞って使ってみると、気が抜けているところに威圧と恐怖のこもった咆哮が直撃し、二人はその場に倒れこみ失神したので、お縄を頂戴し太郎が二人を担いでギルドへと連行した。
街に入る時に門番に事のあらましを説明。証拠としてワイルドイーターから取り出しておいた魔石を見せながら報告すると近くにワイルドイーターが潜んでいる可能性が高いと知るや否やてんやわんやの大騒ぎになりウィルマ達の事を報告する隙すらなくなる程だった。
その様子からケイティがギルドでも罪人の対応が可能な旨、再度進言があり、騒ぎから逃れるようにギルドへ向かう。
そしてアメリアにワイルドイーターから取り出しておいた魔石を証拠として提出しながら薬草採取の依頼失敗とその理由を説明し、ワイルドイーターの残りの素材の運搬依頼をかけたところで、押し付けの犯人が目を覚まし、お縄にかかっている現状から逃れようと吠えだしたというワケだ。
既に捕えられている状態だから明らかに悪あがきである事は明白だけれど、その言い分にケイティは拳を震わせ、珍しく大きな声を上げた。
「ワイルドイーターを連れてきた本人が一体何を言うんですか! 私はハッキリと耳にし、目にしました! 貴方たちが悪意を持ってモンスターを私達に押し付けた事を! あまつさえ笑いながら私達に『死ね』と言った事を!」
「あぁ? 寝言いってんじゃねぇぞ! 役に立つスキルもねぇ能無しの言葉なんて信じるヤツがいると思うのか!?」
「なっ!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ……」
アメリアが慌てながらも仲裁をする。
同じ土俵に立つのは良い事ではない。ケイティの肩に手を置いて声をかける。
「ケイティさん、ちょっと落ち着いてください。どうせ、もうこの人達は逃げようもないんですから悪あがきにまともに付き合うのも馬鹿らしいですよ? こういうのはただの雑音だと思って右から左に流しておく方が精神的に良いと思います。」
「でも太郎さん!」
「ただ……そうですね無駄に喚かれても邪魔ですし、腹も立ちますからこうしておきましょう。」
「おい! ヤメロ! むが、ぐ、むむむ!」
元々手足を縛られていた上に倒れていたウィルマに対し布で猿轡を噛ませる。
「むー! ムガムー! ごお! ががが!」
それでも止まらない声に、仕方なくウィルマ目の前に座り『威圧』をかけると静かになった。
「さてアメリアさん。
私とケイティさんは、この人達にワイルドイーターの『押し付け』をされたんですが、そういった案件に対応可能なギルド関係者はいらっしゃいますか?」
「あ、は、はい。少々お待ちください!」
アメリアが慌てながら奥へと消え、しばらくすると筋骨隆々な身体を見せつけんばかりに、なぜか上半身裸のスキンヘッドの男がアメリアさんを引き連れるようにやってきた。
歩き方や風貌を見るにガラは良くなさそうで、日本で同じような人間が真正面からやってきたら道を譲らずにはいられない。そんな雰囲気が漂っていた。
男は口髭を触りながらジロリと見回す。
「押し付けをやられたって? しかもワイルドイーターだ?」
片方だけあがり歪めた顔から発せられる言葉は、まるでヤクザに因縁をつけられているような気になってくる。
つい職業が気になり鑑定した。
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名前:ローランド
年齢:41歳
職業:ギルドマスター
レベル:42
生命力:365/384
魔力:156/196
持久力:89
筋力:95
体力:102
技量:95
精神力:81
運:93
スキル:威圧、剣術、挑発、鉄壁、十文字切り、突撃、俺の娘がナンバーワン
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職業が『ギルドマスター』とある。どうやら、このギルドの統括責任者のようだ。
やくざ者ではない事に少しほっとしながら口を開く。
「えぇ。この人達に押し付けられたワイルドイーターを押し付けられました。運よく始末できたので。倒した証拠の魔石もありますし運搬依頼もかけてありますから後で確認して頂ければ事実かどうかわかるかと。」
「ほう? おまえさんなかなかやるな。俺の威圧でも平然としているとはな。」
「まぁまぁそんな事よりも、こっちの方が重大でしょう?
私の感じた感覚として、この人はこれまでも何度も『押し付け』をしているような、そんな慣れた感がありました。」
「い、言いがかりだ!」
威圧の効果が薄れたのかまた口を開くウィルマ。
また威圧をかけ直さなきゃいけないかと思い目を向ければ、既に威圧にかかったように口を食いしばり、だがその視線はギルドマスターに向けられていた。
「ふん。ようやく尻尾を出しやがったなウィルマ。こいつは元々怪しいと思っていたんだ。だが、なかなか小狡く立ち回りやがってな……」
そう言ったローランドの目には、これまで押し付けられ散っていったであろう冒険者達を思っているのか、静かな怒りが燃えているように見えた。
「私達が薬草採取で街を出た時からついてきていました。採取の場所を決めると、わざわざ追い越して森に入って行きましたからね、確実に私達にモンスターをあてがおうという意図がありました。その気配を察してなんとなく良くない予感がしたので切り上げてみれば、まさか平野に出てまで押し付けてくるとは思いませんでしたよ。」
「ほう? 平野でわざわざ押し付けたとあっちゃあ色んなヤツが見てそうだな。証言に困る事もなさそうだ。よし。後は任せときな。きっちり聞き取りしてこいつらには償わせてやる。」
「有難うございます。では、お任せ致します。」
おう。ところでアメリア。こいつの名前は?」
「太郎さんです。」
「よし太郎。俺はローランド。ギルドマスターだ。ギルドを代表して礼を言おう。」
「あ、いえ。成り行きでしかありませんが、お役に立てたようで何よりです。」
右手が差しだされていたので右手を握りながら答える。
「……」
「……」
右手が握られたまま離してもらえない。
「あの?」
「太郎。お前……薬草採取って言ったか?」
「あ、はい。ギルドカード貰って間が無いのでそれくらいしか。」
「ほう! ようし! お前はなかなかの手練れと見た! 俺と一戦手合せどうだ! 今回の件を加味して昇格試験も兼ねてやるぞ!」
「え?」
ガッシリと握られたまま、にこやかに告げられた。
いや、言葉の理解はできているのだが、なぜ今、そんな事を言われるのか意味が分からない。しかもローランドの顔を見る限り、まるで新入社員を飲み会に誘う上司のような『断るわけないよな』と言わんばかりの表情。
「い、今は遠慮しておきます!」
脊髄反射的に手を振りほどいてしまい、その事に対して心の底から『なん……だと……』と言わんばかりの唖然とした表情になるローランド。
その表情に罪悪感が少し芽生えてしまう。
正直対人戦の場合、どの程度加減したらいいのか分からない今、受けるべきではないように思える。
「き、今日は、この後予定がありますので! 押し付けの件はもうお任せしても良いんですよね?
まだしばらくはミーナさんの宿に滞在してますから、何かあったらそちらへ! し、失礼します! 行きましょうケイティさん!」
「あ、た、太郎さん!」
なんとなくその場に残っていると強制的に戦わされる気がしたので、そそくさと退散しようとすると、それを察したアメリアさんが口を開いた。。
「あ、太郎さん! 報酬は明日には用意できると思うから、また明日来てね!」
「はい! 宜しくお願いします!」
普段よりも多い人に紛れてしまった姿を見送り、残されたローランドは振り解かれた手をゆっくりと何度か握り直していると、アメリアが怒ったように口を開いた。
「も~。お父さん! 太郎さんは期待の新星なんだから、あんまり変な事しないでよね!」
「期待の新星……な。確かにな。」
そう言って拳を握り、ニヤリと微笑むのだった。
次話以降、適当になる予感がしています。
もう……勢いだけで「グオー、ウワー、ギャー」な感じで書いても……いいよね。
むしろそっちが正解な気がしてきた。




