8話:駆除(原文)
原文です。
『カルネアデスの舟板』
船が難破し、一人の男が命からがら壊れた船の板を手にし、その板の浮力により助かる見込みがあった。
だけれどそこへもう一人、同じ板につかまろうとする者が現れる。その板に二人がつかまれば、板の浮力は二人を支えるほどの力が無く沈んでしまう。そこで最初に板を手にしていた男は、後から来た者を突き飛ばし板につかまらせることをさせなかった。
突き飛ばされた男は溺れ死に、運よく板につかまり続け生き残った男は、助かった後に罪に問われる事はなかった――
「という例にあるように『緊急避難』の場合、日本の法律でも罪に問われない事があるワンが、街に入る際に触った『馘首の瞳』も、どうように罪に問わないのだワン。」
花子の念話の説明を聞きながらも、ケイティさんとは距離が離れすぎないように注意しつつ鑑定を駆使して薬草の採取を続ける。
「でもさぁ、日本の場合はその『緊急避難』自体がわざとだってわかってたら、罪になるんだろう?」
「そうワンね。過剰避難だったり、そもそもが緊急避難に当たるか当たらないかが問われる事になるワン。でもこの世界では罪に当たらないから仕方ないワン。」
「はぁ……『馘首の瞳』という信頼の高い道具があるからこそ、その抜け道を使った犯罪があるって事なのか。」
花子は『広域地形把握』や『敵勢探知』といったスキルを有しているから、街を出た時から後をつけてくる人間に気づいていた。
そしてその人間達が私達が薬草の採取場所を決めて採取を始めてから、追い越すように行動し始めた事で警告してくれたのだ。
「さて、どうしたものかな。」
追い越して行った人間は、花子が言うには昨日ギルドで威圧をかけ逃げ出した人間達で間違いなく、逆恨みのようにも思ってしまうけれど、私の不始末から始まった事。
モンスターを引き連れて誰かに押し付ける事は罪にはならない事を花子が説明してくれたので、のんびり薬草採取していれば、間違いなくそうなるのだろう。
だが、まだ薬草採取を始めたばかり。
それなりの量を取らなければケイティさんも納得しないだろう。
モンスターが押し付けられるかもしれないという事を言えば、何故それが分かったのかを説明する必要も出てくる。
私のステータスやスキルは、この世界において異常だろうし、知った人が平穏に過ごせなくなる可能性も僅かにある為、あまり話さない方が良いかもしれない。
となれば、鑑定を乱用しつつ薬草を集め、早めに帰る説得をするのがいい。
押し付ける相手がいなければ自分達で何とかするしかないだろうけれど、それは自業自得というものだ。
「よし。ハナ。さっさと終わらせて帰る事にするよ。だから薬草集めを手伝ってもらえるかな?」
「わかったワン! ハナもストレージがあるから楽勝だワン!」
様子を見ていれば、花子は自生している薬草に触れると同時に収納していた。
ケイティさんは根っこを掘り返して土を落としたりと手間がかかるが、掘り返す時間もかからない。
便利そうなので私も花子の真似をしてみるが、これは早い。
なんとも便利だ。
10分もしない内に、ケイティさんの言っていた目標量の10株の薬草が手に入った。
もう5分余分に集め、ストレージから出した状態の物を16株、抱えてケイティさんの元に向かう。
「いやぁ、ビギナーズラックってあるんですね。群生地を見つけてしまいました。」
「わぁ! スゴイです太郎さん! 私はまだ4株しか……」
「おぉっ! 二人で20株! ちょうどいい量ですね。今日はケイティさんに街の案内もお願いできたらと思ってましたし、早めに街にもどりませんか? 実は楽しみにしてたんですよ。」
「えっ!? あ、はい! 私も楽しみでした!」
ケイティさんも少し申し訳なさそうではあるけれど街に戻る事に同意してくれた。
これでモンスターを押し付けられることはなさそうだ。
ホっと胸をなで下ろしつつ、街へと戻り始めるのだった。
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「は、はぁ! だ、旦那! やべぇ! やべぇよ!」
「ひ、ひぃ! わ、分かってる!」
「と、とにかく走るしかねぇ!」
「喋ってると息がもたねぇぞ!」
森を駆ける3人の男の姿。
入った時には4人だったが、もう1人の姿は見当たらない。
「ぎゃあああああ!」
「クソぉっ!」
3人の内の1人が牙に捕えられレースから脱落する。
捕えられたであろう1人の声が遠ざかる。だけれども自分達を追う足音が消える事は無い。
「ちっくしょう! なんでこんな所にワイルドイーターが!」
「し、死にたくねぇよ!」
「ああぁ! クソ! 厄日だ! これも全部あの野郎のせいだ! あの野郎がきっと連れてきたんだ!」
「そ、そうだ! そうに違いねぇっ! あいつが悪いんだ!」
火事場の馬鹿力を振り絞りながら、ウィルマ達は街へと逃げ続ける。
そしてそんな動きを花子が気づかないはずもない。
森から出て平野を歩きながら花子は、一人溜め息をもらしながら呟く。
「う~ん……残念。」
「ん? 何がだ? ハナ。」
モンスターを押し付けようとした人間達が全滅するのを内心では望んでいた為、それが叶わなかった事に対する言葉だったのだけれど、自分の主人がそういった感情を好まないことを理解している為、すぐにその気持ちを隠して口を開く。
「折角頑張って薬草集めて切り上げたのに、結局押し付けられる事になりそうワン。」
「そうなのか……折角街の近くまで来てるんだし、ケイティさん抱えて逃げられないかな?」
「逃げるのはできるけど、結局冒険者として戦いに参加させられることになると思うワン。御主人の言うワニが4匹くらいだから、サクっとヤってしまった方が楽だと思うワン。」
「あ~、それなら確かに。
それじゃあハナはケイティさんを守ってもらってもいいかな? 流石にケイティさんだとアレの相手は難しそうだし……」
「仕方ないワンねぇ。お肉は期待しているワン!」
「うん。期待してて。」
「あ。そうだ御主人。とりあえずもうそろそろ森から見えてくるから、わざとちょっと街と違う方に逃げてアイツらに『押し付ける気か!』って言うと良いワン。」
「? わかった。」
念話でそう会話をすると同時に、森から2人の男の叫び声が聞こえ、振り向くとウィルマ達が必死の形相で走っている姿。
すぐにケイティさんの手を取る。
「こっちへ!」
「えっ!? あ、あれは、まさかワイルドイーター!?」
「あの二人を追っています! 普通は街に逃げるでしょう! ワイルドイーターも追うはずですから、私達は別方向に逃げて距離を稼ぐべきです!」
「は、はい!」
抱えていた薬草も手放し走り始めるケイティさん。レベル差を考えれば当然の判断だ。何を差し置いても逃げる必要がある。
もちろんばら撒かれた薬草は花子が、地面に落ちる前に全てストレージに回収してくれた。花子さん。物凄く……速いです。
そして当然の如く、私達を視界に捉えたウィルマ達は街に取っていた進路を私達へと転換させた。
ケイティさんとウィルマ達のスピードの差は歴然としており、誰が見ても明らかに追いつかれてしまう。
「そ、そんな!」
ケイティさんも気づいたようで、立ち止まり振り返り叫ぶ。
「お前達! 押し付ける気か!」
言葉を受けウィルマの顔が醜く歪む。
「はっ! 俺達の代わりに死ねぇっ!」
他人から明確に向けられた殺意。初めての経験だ。
自分の中でどす黒い感情が渦巻くのが分かる。
言葉一つで、ここまで感情を動かされるとは思っていなかった。
「た、太郎さん!」
観念したように抱き着いてくるケイティさん。その感触に少し冷静になれた。
抱き着いてきたケイティさんの肩に触れ、出来るだけ優しく声をかける。
「……安心してください。ケイティさん。
実は私は、あのワニを狩るのは得意なんです。」
「……え?」
ケイティさんを後ろへと離す。
「ハナ! ケイティさんを守ってくれよ!」
「ワン!」
すぐにケイティさんの前に陣取る花子。
花子に勝てるモンスターなど存在しないだろうから、きっと今のケイティさんは、この世界で最も安全な場所に居るはずだ。
「ハッハーっ!」
すぐ横を嗤いながら駆け抜けていくウィルマ達。
追いかけてきているワニが4匹いる事から、その足を止める事は無い。
「下衆が……」
つい本音が漏れた。
「太郎さんっ!」
悲痛なケイティさんの声。
意識をワイルドイーターに向ければ、接敵寸前。
スパン
一瞬の事だった。
追いかけていたワニ達がまるで川の水が岩に当たり二つに分かれるように綺麗に真っ二つに分かれていたのだ。
「……え?」
ケイティさんの現実を受け入れ難い気持ちから漏れたであろう言葉。そしてその視線の先には、銀色に輝くスコップを手にした太郎の姿があるのだった。




