6話:異世界の宿(原文)
原文です。
「ケイティさんおかえり~!」
「ただいま~ミーナちゃん!」
「おっ? おっ?」
ミーナちゃんと呼ばれた宿屋の娘さんだろう10歳くらいの元気の良い女の子。
まさに看板娘といった雰囲気の子が、ケイティさんと私に対し分かり易く視線を交互に送った後、大きく頷く。そして肘でケイティさんをつついた。
「ふーっ! ケイティさんやるぅ♪」
「ち、違うの! 別に太郎さんは――」
「二人一部屋でいいのかしらぁん? あぁ! 任せて! ちゃんと隣の部屋は空けておくから!」
「ちょっとミーナちゃん!」
「あはは! 冗談だって。タローさんも宿泊でいいの?」
やり取りを聞いているだけで、随分と利発な子だと感心させられる。
自分が小学生の頃にこんな会話を大人と出来たかと言われると、自信を持ってノーと言える。
「えぇ。お世話をおかけしますが、部屋を借りれたらと思っています。」
「はーい。空いてますよ~。部屋は二人一部屋がお好みですかぁ?」
「えぇ。二人一部屋でお願いします。」
一瞬の間の後、顔を赤らめたケイティさんが慌てながら口を開く。
「たっ! タローさん!?」
「と、言っても、私の部屋に一緒に泊まるのは、この花子なんですが。大丈夫ですか?」
「ぐっ!」
「あはは! タローさん面白~い! 大丈夫だよ! ただトイレとかで部屋は汚さないでね?」
「だって。大丈夫だよね花子?」
「ワン!」
「素泊まり一泊は銀貨5枚。朝夕のご飯付きなら銀貨6枚だよ。
7泊分前払いならご飯付きで小金貨4枚! 銀貨2枚分お得だよ~? 何泊する?」
ちゃらっと貰った革袋の中身を鑑定しながら確認し、中にあった『中金貨』を1枚取り出す。
「それじゃあ7泊分これでお願いしたいんだけど。」
「えぇ~? お釣りが小金貨6枚、銀貨8枚とかちょっと面倒だよう。」
何となく貨幣価値が分かった。小金貨1枚は銀貨10枚分の価値、中金貨1枚は小金貨10枚分の価値といったところだろう。
「う~ん……そうだなぁ、それじゃあケイティさん?」
「ひゃい!?」
「もしよろしかったらなんですけれど、ケイティさんの宿代を持たせてもらえませんか?」
「えぇっ!?」
「おぉ? ケイティさんモテる~」
「もちろん宿代を出す代わりと言ってはなんですがお願いがあるんですが……」
「は、はひっ! あ! でも、私、その! プリーストだから! その!」
「明日からお時間がある時にでも、ちょっと一緒に行動して頂いて、街の事なんかを教えてもらえませんか? ガイド代の相場が分からないので、その裁量はケイティさんにお任せしますので。」
「…………は?」
ポカンと口を開くケイティ。
「うふふふ、ケイティさんったら何を想像したのぉ~?」
すぐにミーナが茶々を入れている。なんとも耳年増な女の子だ。
「な、なにも想像していません! お、お引き受けしますとも!」
「有難うございますケイティさん。右も左も分からないので助かります。
じゃあミーナちゃん。とりあえず7泊分を2人ご飯付で。中金貨1枚でお支払ね。」
「毎度ありー!」
お釣りの内、銀貨1枚を心づけとしてミーナちゃんに渡しておくと満点の笑顔をくれた。
なんとも逞しい看板娘だ。
「それじゃあ部屋を用意するね! もういい時間だから先に隣で夜ご飯食べてて~!」
「お隣の食堂もミーナちゃんのお家なんですよ。」
慣れた様子でケイティさんが宿屋を出て隣の食堂まで先導してくれた。
「いらっしゃーい!」
食堂の扉を開けるとそこにミーナちゃんが居た。
「えぇっ!?」
「おっ? その反応は宿屋から来たね~お客さん! ケイティさんおかえり~!」
「ふふっ、驚きますよね。太郎さん。彼女はナーミちゃん。ミーナちゃんは双子なんですよ。」
「残念! 私はミーナだ!」
「えっ!?」
ケイティさんがあ然としながら向き直る。
「実は今日はナーミが宿にいるのだー! わはははー! ……嘘でした~。私がナーミだよ~。さ! タローさんとケイティさん! 座って座って~2名様ごあんなーい!」
こちらの看板娘もパワフルだ。
注文もしていないのに、あっという間にジャガイモやニンジンの茹で野菜と肉塊が並べられた。
もちろん花子にも銀貨2枚で味付けしていない肉を用意してもらい、早速頂く。
しかし、野菜の丸茹でが出てくるとはなかなかに豪快だ。
肉のソースと合う。ただ、肉が大きすぎる塊だから、お肉を美味しく食べようと思うと野菜が余ってしまいそうだ。
「なんだか今日は全体的に量が多い様な気がします。美味しいんですけれど、全部食べきれないかも……」
ケイティさんがそういうのも当然な量。
自分も食べきれるか分からない。
なんといっても茹で野菜の味が薄いので、口に飽きやすい。
ふと閃く。
「ケイティさん。卵とかって、こういった街では流通してますかね?」
「えぇ。食事処なら常備していると思いますよ?」
「酢とかもありますか?」
「食事処なら……どうしたんですか?」
ナーミちゃんを呼び銀貨1枚を見せる。
「ちょっとお願いがあるんだけれど、これで油と酢と卵の黄身。後、それらを入れる皿とかき混ぜる道具があったらかしてもらえないかな?」
「わかった~!」
銀貨を受けとり調理場へと消えていくナーミちゃん。
「太郎さん? 野菜に酢をつけて召し上がるんですか?」
「いえ、少し私の故郷でよく使われている調味料を作ろうかと。」
あっという間に持ってきてくれたナーミちゃんから受け取って、卵黄をかき混ぜながら少量ずつ油を足していく。
白みの強い卵黄だったけれど、油の色が強いのかどんどん色味が若干黄ばんだ色に変化していき、質感ももったりとした質感になってきた。良い頃合いなので酢で味を調整する。少し味が足りない気がしたので塩も貰って混ぜた。
「よしできた! マヨネーズ!」
「まよねーず? ……初めて聞きました。」
スプーンで掬い、ジャガイモにマヨネーズを塗り食べる。
油の濃厚さにマイルドな味わい。爽やかな風味が鼻をぬけてゆく。
「うん。おいしい。良かったらケイティさんもいかがですか?」
「あ。頂きます。」
ケイティさんも真似するようにマヨネーズを茹でジャガイモに乗せ一口食べる。
「ん~~っ!!」
反応は上々だ。やはり作った物を美味しいと言ってもらえるのは嬉しい。
「はひょへーふ! ほひひいへふ!」
きっと『マヨネーズ! 美味しいです!』と言ってくれたのだろう。表情と雰囲気からわかる。つい満足してしまい頷いていると、ぬっと横から顔が差し込まれてきた。
「むふーん! なにやらうら若き乙女に怪しげな白濁した液体を食べさせている人がいると聞いて。」
「ナーミちゃん! 言い方っ! 材料はさっきあなたが持ってきてくれたんでしょう!」
「材料は確かに持ってきました。ええ。確かに持ってきましたとも。ですが、こんな怪しげな白濁した液体を作るなんて聞いてません! これはお客様が食べていい物かどうかを判断する義務が私にはあると思うのです! さぁ、私にもその怪しげな白濁した液体を渡すのです!」
ナーミちゃんが『怪しげな白濁した液体』と連呼したせいで変に注目が集まってしまった。
もしかすると作っていた時から集まっていたのかもしれない。
「味見したいなら味見したいと言えばいいのに。」
「味見させてください!」
ニンジンにマヨネーズをかけてスプーンで掬い差しだす。
「はいどうぞ。」
「あ~むっ!」
スプーンを受け取るのかと思いきや、そのまま『あーん』の体勢で食べたナーミちゃん。
「んん~~!! これは濃厚でいて爽やか! なおかつコクもある! あの茹でたことによりもっそもそしていた野菜が、この怪しげな白濁した液体に包まれたことにより、喉ごしも滑らかな別の物に生まれ変わっている! うぅーん! これは美味しいっ! タローさんの『怪しげな白濁した液体』美味しいのぉっ! 私これ好きぃ!」
「だからいい方ぁっ!」
ナーミちゃんの拡散力により、マヨネーズこと『タローさんの怪しげな白濁した液体』が広まるのだった。




