5話:冒険者ギルド(原文)
原文です
「はあぁ……」
思わず感嘆の声が漏れる。
まるで中世ヨーロッパを舞台にした映画のセットの中にでも紛れ込んだような感覚。
中世ヨーロッパといえば窓から汚物という印象があったのだが、景観から見てもそういう気配はない。
「ハナ……変な匂いとかはしないよな?」
「美味しそうな匂いがするワン!」
今にも涎を垂らしそうにハァハァと口を開けて息をしている花子。
鼻のいい花子に聞いてみてもこの感想。きっとこの世界でハイヒールの文化が栄える事はなさそうだ。
「う~ん……それにしても黄、赤、緑、青に白と……なんともカラフルな……あれ?」
奇抜な髪の色が気になる中、ふと女性が気になり凝視してしまう。
なぜ凝視したかといえば、ぴょんと兎のように長い耳が頭の上から伸びていたからだ。
もちろんミニスカートのような服。さらに胸の谷間が露出し、ぐっと強調されているような服を着ている事も合わせて気になる点ではある。
「兎人が気になるんですか?」
後ろからかけられたケイティさんの声調に、おおよそジト目を向けられているだろうことが理解できた。
「はい。兎人という人種なのですか? 初めて耳の長い方を見たので、つい珍しくて。確かにじっと見ては失礼でしたね。すみません。」
敢えて見ていた事は認めて謝っておく。
「あ、そうだったんですね。兎人の方は身体能力も高くて冒険者としても優秀な方が多いんです。」
「はぁ~、そうなんですか。」
「むぅ……あのウサギから……メスの匂いがするワン。」
花子の言葉も当然だろう。
こっそり鑑定してみたところ、彼女の職業は夜の職業だった。
足腰も強く魅惑のボディの持ち主。さぞ人気のあることだろう。
「さ、太郎さん行きましょう! ギルドはこちらです!」
兎人さんをこっそり鑑定していると、ケイティさんに腕を引かれた。
もののついでに改めてケイティさんも鑑定してみる。
--*--*--
名前:ケイティ ローレル
年齢:16歳
職業:プリースト
レベル:14
生命力:120/120
魔力:83/168
持久力:24
筋力:25
体力:24
技量:36
精神力:48
運:32
スキル:聖魔法
--*--*--
会った時に鑑定した時と比べて魔力が随分と減っているから、きっと疲れているはずだ。
だけれど生命力がその時よりも回復している。
夜通しの番だっただろうから回復する暇もなかっただろうに、どういうことなのだろう。
ついでに自分も鑑定してみる。
--*--*--
名前:佐藤 太郎
年齢:永遠の17歳
職業:スコッパー
レベル:2
生命力:821/1450
魔力:1650/1650
持久力:330
筋力:330
体力:330
技量:330
精神力:330
運…神の加護
スキル:言語理解、鑑定、偽装 、ストレージ、ラーニング
悪食、威圧、突撃、氷魔法、恐怖、飛翔、咆哮。
--*--*--
街に来るまでの間に半分以下になっていた生命力が回復していた。
もしかして兎人さんの足や谷間で眼福を感じたからだろうか? そんなわけはない。
これはきっと花子の『癒しの妖精』の効果なのかもしれない。
確証はないが、この推測が一番しっくりくる気がした。
そんな事を考えながらケイティさんのスリットからチラリと垣間見える足を眺めながら後に続く。
「ここが冒険者ギルドです。」
いつの間にか目的地についていた。
盾を背景に剣と杖が交差した紋章。剣と魔法のあるファンタジー世界らしいロゴだ。
入るのかと思いきや、ケイティさんの足が止まっていたので様子を伺うと、なにか思い悩んでいるような雰囲気。
よくよく考えてみれば出会った時に、翼竜に仲間を襲われいたし、そして彼らは翼竜に連れ去られてしまった。それを報告しなければいけないのであれば、その心情は察して余りある。
「翼竜に襲われた方々の事……ですよね」
「はい……本当に素晴らしい方達でした。だから少し報告するのが怖いです。」
まだ若い女の子だ。
街までの道中、なんとなくテンションが高く見えたのは気丈に振る舞おうとしていたからだろう。
だけれど改めて報告したりすれば、事実として仲間の死を認識してしまう。それは辛い事だ。
どう声をかけたものか悩んでいると、ケイティさんは顔を上げて大きく息を吸い込んだ。
「行きましょう。太郎さん。」
「あ、はい。」
ケイティさんに少し遅れながらギルドの開かれた扉を通ると中に居た17人程の人の目が一気にこちらを向く。
私を見る目はどこか物珍しそうな素性を訝しむ目、そしてケイティさんには、どこか蔑みの感情が混じっているような気がした。
あまり歓迎されていない雰囲気を感じながらも、堂々と進むケイティさんの後に続くと、すぐに受付の20代前半だろう女性の前で立ち止まった。
そして小さく息を吐きながらケイティさんが受け付けに話し始めた。
「護衛任務は完了しました……ただ、生き残ったのは……私だけです。」
ケイティさんの言葉に受付の女性の笑顔が消え、驚いたように目を見開き、綴られていた帳面のような物の確認を始め向き直る。
「ジルカンテさん、レシルさん、ロイズさん、ルシーダさんが亡くなったという事ですか!? 彼らはレベル25以上の猛者だったはずです! 一体何があったんですか!?」
「……翼竜の群れに襲われました。」
「……護衛対象は確か……」
帳面らしき物に目を落とし、そして静かになる受付嬢。
「あぁ……そういうことなんですね。」
「おいおいなんだ? ジルカンテの野郎、おっ死にやがったのか? はっ! これで俺がこのギルドで一番の実力者ってわけだ。な」
突然巨漢の男が横入りしてきた。すぐに鑑定する。
--*--*--
名前:ウィルマ ブラシー
年齢:34歳
職業:ウォーリアー
レベル:27
生命力:259/259
魔力:132/132
持久力:74
筋力:83
体力:82
技量:76
精神力:53
運:45
スキル:挑発、一文字切り、パリィ、投擲
--*--*--
このギルドで一番の実力者と言うわりには、森であったワイルドイーターより弱いじゃないか。
だけれどケイティさんの歯を食いしばって言葉を飲みこんでいる様子と、周りの様子を見る限りは大法螺を吹いているという事でもないらしい。
「はっ! 品行方正が売りのパーティだろうが死んじまったらお終いだなぁオイ! あまつさえお荷物の嬢ちゃんだけが生き残るとはなぁ、なんだ? アレか? お前さんは夜の男共の相手が忙しくて昼間は安全な馬車の中でぐっすり寝てたってのか?」
ウィルマの言葉にキっと顔を向けるケイティさん。
「ジルカンテさん達を侮辱する事は許しません! あの人達は夜しっかり休み万全を期す為に私の聖魔法を頼ってくれたんですから!」
「あぁ、夜出るゴースト程度にしか効かない聖魔法なぁ。聖水や清めの塩でも変わりがきく役立たずのスキルのなぁ! あっはっはっは!」
ウィルマの笑い声につられて外野からの笑い声がチラホラと聞こえる。
ケイティさんを見れば涙を堪えているようにも見える。
まったく34歳にもなって自分の半分にも満たない女の子を苛めるなど大人げないにも程がある。
「あまり故人を悪く言わない方がいいですよ。」
「あぁ? なんだオメェ。ガキはすっこんでろ!」
あぁ聞く耳も持ってないとなると救いようもない。
ただ攻撃をしてしまえば禍根を残すことになるだろうし、ステータスを参考にするならば軽い攻撃であっても命を奪ってしまう気がする。
「はぁ……」
溜息を洩らしつつ、ワイルドイーターやゴーストから得たスキル『威圧』『恐怖』がある事を思い出したので使ってみる事にした。
一度目を閉じ、鑑定同様に二つのスキルの発動を意識して両目を見開く。
「ひっ! ひぃっ!」
「うわぁああっ!」
「や、やめ!」
「ぎゃああぁっ!」
椅子から転げ落ちるながらも逃げ出そうとする人、小さく身を固める人に、ただ首を横に振る人。
ウィルマを始めとして、視界に収まっていた人達の全てが怯えたように反応し阿鼻叫喚に近い状態になっていた。
「御主人。やり過ぎワン。」
花子の溜め息交じりの声に内心で冷や汗をかきながらも、腰が引けたようにたじろぐウィルマの肩に手を乗せるとビクンと大きく反応した。
「あまり故人を悪く言わない方がいいですよ。」
「わ、わ、わかった……」
了承を得た事でゆっくりと目を閉じて『威圧』と『恐怖』のスキルを解く。
すると阿鼻叫喚の有様だった者達もゆっくりと狐につままれたような表情へと戻っていった。
ただこのまま残っていられて、また絡まれても良くない。
「さっさと目の前から消えろ。」
再度威圧を発動しながらそう告げると、視界に収まっていた者が我先にと扉へと走って行く。
中には自分が逃げる為に他の者を殴りつけている人間までいる。
「御主人。やり過ぎワン。」
自分でもそう思い、笑顔を作ってケイティさんと受付嬢に向き直り頭を下げる。
「すみません。ちょっとやり過ぎました。」
「……有難う……ございました……太郎さん……」
ケイティさんの声に顔を上げると、受付嬢は呆然としたような表情、ケイティさんは泣きたいのか笑いたいのか分からないような表情だった。
*********
「なるほどね~。太郎さんのレベルとスキルを考えればさっきの騒動も納得だわ。」
大きく頷きながら水晶玉に乗っていた手を外す。
この水晶玉はギルドの会員証でもあるギルドカードを作る際に必ず触れなくてはならない物で、職業やレベル、スキルなどを判定する物らしく、もちろん花子の忠告に従って『偽装』スキルを発動し、レベル25の魔法使い、スキルに氷魔法と威圧、恐怖だけを表示させている。
「正直な話、ウィルマさんが幅を利かせる事になるかと思うと憂鬱だったから太郎さんの存在は有難いわ。」
軽くウィンクをしてくる受付嬢。
どうやら永遠の17歳として映っているだろうことから、年下に対してお姉さんぶっている感がある気がする。
きっと本当に17歳だったら受付嬢に気に入られたくて好かれるように頑張った事だろう。
だけれどもごめんなさい。本当は三十路なんです。
「はい。これが太郎さんのギルドカード。身分証の他、税金の支払の為のプールだったりも兼ねて魔法金属で作られているから無くさないように気をつけてね。」
変な事を考えている内にいつの間にカードが差しだされていたので受け取って眺める。
「名前の前に大きく『F』とありますが、これは一体?」
「それはギルドにおけるランクよ。
初めてカードを作った人は皆『F』から始まるの。そして慣れてくると『E』に昇格。
『D』になればようやく一人前というところで『C』に認められるには昇格試験があるわ。」
「昇格試験?」
「えぇ。大抵はギルドマスターやそのギルドで腕っぷしの強い人間が勤めて強さを認めるという事が多いわ。
稀に騎士団や貴族からの推薦なんていう事もあるけれど、推薦枠は名誉枠な扱いの事も多いから、本当に実力が認めらえるのは『B』からね。
『A』ともなれば英雄に近い勇者という感じ、話の中では伝説の『S』ランクっていうのもあるらしいけれど見たことないわ。 太郎さんはさっきの様子を見ていれば『C』くらいはありそうだけれど、規則だから……ゴメンね。」
「いえ、ご丁寧に有難うございました。……ええと。」
「アメリアよ。」
「宜しくお願いします。アメリアさん。」
握手をする。
「モンスターの素材から依頼の内容。はたまた恋の相談まで、なんでも気軽に聞いて頂戴。」
そう言ってウィンクしたアメリアさん。
きっと私が本当に17歳だったらアメリアさんに気に入られたくて好かれるように頑張った事だろう。それくらいの破壊力はあった。
だけれどもごめんなさい。本当は三十路なんです。
社交辞令だとか『あ、思春期の少年をたぶらかしてギルドの利を得るんですね。わかります』とか汚い事をすぐに思ってしまうんです。御免なさい。
「ここ、こ、恋!? たた、太郎さん! ほら、宿! 宿を取らなきゃですよ! 私が案内しますから行きましょう!」
ケイティさんに握手を解かれ手を引かれる。
ここでもやはり『ケイティさんはスキルが知られていて使いどころがギルドで味方が少ないだろうことが分かったし、パーティ組みやすそうな自分と親交深めておきたいんですよね。わかります』と、一人納得しつつ笑顔で手を振るアメリアさんに、手を振り返すのだった――




