カブトムシと過ごした夏
カブトムシが大好きな子供とお父さんのひと夏の物語。
カブトムシが集る木に探しに行ったり、飼育ケースで飼ったり、
一緒に遊んだり。
そんなある日、ちょっとした事件が起こる・・
「おとうさん、カブトムシつかまえにいこうっ。」
はるは、カブトムシ探しにいこうと私を誘った。わが家の玄関を出ると、何段か階段を下った途中にわずかなスペースの庭があってそこに何本か木が植えてある。その中の一本にカブトムシが集まる木があるのだ。木の幹の傷ついた部分から樹液が出ていて、カブトムシ以外にもコガネムシやクワガタムシなどが集まって来る。カブトムシは夜行性なので、夜中に集まってくると午前中くらいまでいることが多いが、午後には姿が見えなくなる。だからはるは、朝起きると私を誘って夜の間にどんな虫がどれくらい集ってきたのか、確認に行くことが日課となっていた。
「今日は何がきてるかなあー。」
私は私で楽しみであった。カブトムシやクワガタムシは男にとってロマンでもあるのだから。あの大きくて黒い姿、力強い角やアゴ、何よりも存在が堂々として美しくもあり格好いいではないか。昆虫が大の苦手だという妻を横目に、こうしてわが子と一緒にカブトムシを捕まえることができる喜びを心の底から感じていた。はると私は玄関へ向かうとサンダルに履き替えた。するとはるは一足先に外へ飛び出していった。
カブトムシが集る木を「カブトの木」と呼んでいた。本当はなんという種類の木なのか分からなかった。はるが生まれる三、四年前だろうか、カブトムシがたくさん集っていたことがありびっくりさせられた。数匹のカブトムシが樹液に群がり団子になっていたのだ。さらにカブトムシが樹液に向かって飛んで来ると木の周辺でホバリングしていて、その姿を目の前で見た時は言葉も出なかった。しかしその次の年はまったく来ていなかった。あの夏の出来事は幻だっただろうか、と思ったものだ。それから数年は確認すらしていなかったからはっきりしたことは分からないが、カブトムシが集る年とそうでない年があるのではないだろうか。そんな折、はるが幼稚園でカブトムシの話を聞いてきて、すっかり気に入ったので絶対に捕まえたいと言い出した。私は数年前のことを思い出して久しぶりに探してみようと思った。カブトムシが団子になっていた木があったという私の話を聞くとはるは目を丸くして少し興奮したようになり明日の朝は早起きをして絶対に見に行くと力をこめた。
翌朝、いつもより少し早起きしたはるとカブトムシを探しに木に向かった。はるは見つけたら絶対に捕まえるんだと、ちゃんと虫取り網と飼育ケースを準備していた。数本の木を順番に木の幹や枝を目で追うとその一本にカブトムシとクワガタムシが美味しそうに樹液に群がっているではないか。私たちに探してもらうのをずっと待っていたのではないかとすら思えた。不思議な感覚だった。もちろん、はるも私もその場で大興奮したことは言うまでもない。その日から、毎日のように探すようになったのだった。
はるは、急ぎ足で「カブトの木」に歩み寄ると、抱きつくように真剣な眼差しで覗き込んだ。
「あっ。いる。いるよー。」
はるは大きな声をあげた。カブトの木のそばから一歩も動かずにさっきと同じ体勢のまま首だけくるりと回すと、少し遅れて階段を下りる私に向かってもう一度同じ事を叫んだ。
私はカブトの木の前までくると、カブトの木とはるに抱きつくように覆いかぶさり指差す方向に目をやった。すると目の前には、カブトムシのメス一匹とコガネムシが数匹、私たちには目もくれず甘い樹液に美味しそう群がっていた。
「カブトムシのメスをつかまえたい」
「じゃあ、捕まえてみなよ」
はるは、捕まえるのは苦手だった。カブトムシは足の爪でしっかりと木にしがみついていて背中をつかんで引っ張ってもなかなか離れようとない。もし離れたとしても手足や角を動かしながら暴れるときにチクチクするのがどうも苦手らしい。それでも恐る恐る捕まえては見るものの、結局私と交代して捕まえて飼育ケースに入れるのは私の役目だった。
この日も私が捕まえた。捕まえて飼育ケースの中にゆっくりと入れると、とりあえずさっと蓋を被せた。捕まえてすぐのときが一番元気があってとにかく暴れるし、飛び立つことだってあるからだった。
こうしてカブトムシは飼育ケースの中に入れられると、しばらくは右へ左へと激しく動き回りさらには上へあがろうと必死にもがいて暴れている。その時プラスチックを爪で引っかく嫌な音がキーキーと鳴った。そこでげんはあらかじめ用意しておいた、ホームセンターで買ってきたゼリー状の「カブトムシのエサ」をおくと、さっきまでの大暴れが嘘のようにエサに飛びつき、しばらくは逃げることも忘れたように食べ続けた。そのまま蓋をしてしばらく放っておくとカブトムシの姿は見えなくなる。どこへ行ったかな、と思いながらケースの中を探してみる。横たわった木の枝をそっと持ち上げてみるとそこにはお腹がいっぱいになったのか、何も無かったかのように眠りにつくカブトムシの姿があるのだった。
もう一箇所、はるがカブトムシを捕まえるのを楽しみにしている木があった。はるが一人で行くにはちょっと遠いのでときどき様子を一緒に見に行った。しいたけの原木がたくさん捨てられている空き地に接した森で、散歩がてら歩いて行ったり、車で出かけるときにちょっと立ち寄ったりした。たまたま散歩に来てふたりでボール遊びをしていたとき、カブトムシの死骸がたくさん落ちているのを見つけた。きっとこの近くで生息しているに違いないと、ドキドキワクワクしながら森の木を調べてみるとその一本にカブトムシが集っているのを偶然見つけたのだった。
しいたけの原木など朽ちた木がいっぱいあり、いかにもカブトムシの子育てに向いている環境になっている。ここなら毎年カブトムシに出会えるのではないかと思った。
「ここで赤ちゃんを産んでもらってまたカブトムシになって欲しいから、全部捕らないようにしようね」
と言って、ここのカブトムシは捕まえるのを制限することにした。
「カブトムシを守るために秘密にしておこうね」
二人で約束した。だからこの木は「はるのヒミツの木」と呼んでいた。
はるは幼稚園でお話を聞いたり図鑑を読んだりしてカブトムシの成長についてよく知っていた。夏が終わりたまごを生んだら、お父さんお母さんカブトムシは死んでしまうこと。寒い冬を越して暑い夏が来るまでの長い間、土地の中で幼虫、さなぎとして過ごさなければカブトムシは生まれてこないということ。だからカブトムシの生態系の環境を守ってあげることも大事なことだと。
「わかってる。ヒミツのきだもんね。カブトムシのあかちゃんもそだてないといけないもんね。」
樹液に吸い付くカブトムシやクワガタムシを見つめながら、この目の前のカブトムシが足元の土やしいたけの原木の朽木の中で卵を産んでから幼虫やさなぎとして過ごし、土の中からカブトムシが出てくる様子を想像しているのだろうか。もしかしたら「元気な赤ちゃんを産んでね」と応援しているのかもしれない。しかし目の前のカブトムシはどこかいなくなっちゃうかもしれない、誰かが捕まえていくかもしれない、そう考えるとこのままここに放って置けなかったのであろう。
「つかまえてかえりたい…」
ぼそっと本音を漏らすこともあった。カブトムシの赤ちゃんのためだよ、守ってあげようね、というと約束を思い出したように頷いた。
「パイナップルがすきみたいねー」
とはるは言った。図鑑をみていたはるはエサには果実などがよいと書いてあったのでいろいろな果実が欲しいと私に言ってきた。いかにも好きそうなメロンやスイカを手始めに与えてみたのだが予想に反して反応はいまひとつだった。そこでパイナップルが冷蔵庫にあったので与えてみると予想もしない食いつきだったのだ。パイナップルの甘さをカブトムシは気に入ったのだろうか。こんな甘い果実は食べたことがないよ、と言わんばかりの勢いで食いついて面白いというので、端っこがでると何度か与えていた。
ある日のことだ。
「おとうさん、パイナップルのなかでねてるよー」
と言われて飼育ケースの中を覗き込んでその姿を見たときは笑ってしまった。あまりの美味しさに食いついてそのまま眠り込んでしまったのだろうか。昆虫としてあまりにも無防備だなあ、とはると笑いあった。
「もしはるだったら、どういうことかなあ?たとえば、でっかいケーキがあってさあ、食べながら前に進んでいってお腹がいっぱいになっちゃってさあ、食べ疲れてそのままケーキのスポンジのベッドで眠ってるってことだよね」
私がそう言うとケラケラと笑った。そして羨ましいなと言った。
「もしかしたら、ひとりじめしようとしてるのかもね。ほかのカブトムシにはあげないつもりなんだよ。ぼくだったらきっとそうするもん。めがさめたらまたつづきをたべたいもんね」
と言ってまた笑った。
気がつくとカブトムシがどんどん増えてきた。もともと大きめの飼育ケースで飼っていたのだが、他の昆虫用だった飼育ケースもカブトムシ用になると大小あわせて四つになった。
はるは毎日何度も飼育ケースの蓋を開けては、カブトムシの様子を眺めたり、一緒に遊んだり、エサの交換をしたりしていた。
来客があるとはるはそんな自慢のカブトムシを披露したがった。私や妻がお客さんと話し込んでいるとさりげなく、全部の飼育ケースをひとつずつ運んできては私たちの足元に並べた。さすがにお客さんもその様子が気になり始めて「どうしたの?」と聞くと待ってましたと言わんばかりに蓋を開けて丁寧に説明し始めるのだった。説明するときはなぜか大人っぽく丁寧語になった。
「こっちのケースにはカブトムシのオスとメスがにひきずつすんでいます。クワガタムシもいっしょにすんでいます。こっちは…」
「あっ。ホントだ。大きいのがいるね。へー、はるくんはカブトムシがすきなんだねー」
と言われると嬉しそうに何を食べるとか、どこで捕まえるとはの説明は続く。
「カブトムシはパイナップルがだいすきなんです。」
というとたいていみんなが笑った。
「スイカとか砂糖水じゃないんだねー。意外だねー。」
「はい、そうなんです。いがいなんです。」
大人の対応に、ちょっと得意気に大人っぽいの返事をした。
時には、カブトムシをひっぱりだして、フローリングの上で散歩させたりしていた。きっと昼間は土の中で眠っていたはずだ。カブトムシを見ていても不機嫌な感じはしないが、無理やり起こされて引っ張り出されたのだろうがお構いなしだ。
「そっちいったらダメ!。」
歩き出して遠くへ行こうとすると厳しく叱った。はるのほうへ向かって歩いてくると、
「あああ、いいこだねえ」
まるで、自分の子供のように。子育てでもしているようにも見えた。
「にかいにいってみる?」
と話しかけると、自分のTシャツに引っ掛けて、そのまま家の中を歩いていた。一緒に散歩しているように。
さらには角に紐をつけてミニカーを引っ張ってるときもあった。
「がんばれーがんばれー」
と声をかけた。ゆっくりとミニカーが動き出すとさらに声は大きくなった。
「おおお、すごいぞー」
ここまで来ると、カブトムシはおれの力を見てくれよと言っているようにも見えてきて逞しささえ感じた。
このときはすっかり友情が芽生え、友達になって一緒に遊んでいるようにも見えた。
そんなある日ちょっとした事件が起きた。
はると私ははいつものように散歩に出かけて「はるのヒミツの木」へ向かった時のことだ。午前中だったのでまだ見れそうだね、今日は何匹来ているかなあと話しながら向かった。空き地に到着すると何かいつもとは違う気配が漂っていた。今までに見たことがない車両が三台ほど止まっていたのだ。
道路や歩道の路肩の草刈に来た作業員の車両らしく、この広場を拠点にしているようだった。停めてあるトラックの荷台には刈った草が山積みにされていたし、作業員のヘルメットや草刈機、刈った草を集めるエアブロアなど点々と置いてあった。ちょうど休憩時間だったらしく、数人の作業員が暑さをしのぐため、日陰ですわりこみ缶ジュースを飲んだり体を横にして談笑して休んでいた。
不安を感じずにはいられなかった。
それでも私たちはいつものように「はるのヒミツの木」にまっすぐ向かった。あと十メートルくらいになったときはるは急に走り出して木に近づくと、樹液の出ているところを覗き込んだ。
「あれっ。いないよ。」
はるはぼそっと言った。
「いっぴきもいないよ。」
と続けていったときに、嫌な予感は的中したのではないかと思った。きっと作業員の人たちがこのカブトムシの木に気がついて全部捕まえてしまったのではないだろうか、と。
カブトムシは、私たちの住むこのあたりではそれほど珍しいものではない。ただ、ちょっとした観光地ということもありカブトムシは観光資源になったり商品となったりしていた。小さい子供向けのイベントが開かれると「先着○○名様カブトムシをプレゼント」と客寄せの目玉になり配られるチラシを手にしたこともあったし、あちこちの店頭ではオスとメスとペアで売られているのを見たこともあった。そういうこと考えると、もしカブトムシを見つけたなら大人でも捕まえていっても不思議ではない。
それでもはるは、「あれっ、あれっ」と何度も口にしながら木の上の方や足元、木の裏などあちこち目で追いながらどこかへ移動しているのではないかと探し続けていた。何度もこの場所に来ているが、かならず数匹のカブトムシがいたし、何よりも捕まえないようにして大事に守ってきたのだから、目の前の状況が信じられなかったのだろう。
「もしかしたら…だけどさあ」
と私はここまで言いかけた時、想像していることを言ってしまって良いのか、今日はもう土の中に隠れてしまったのかもね、と話を濁してしまった方が良いのか、迷ってしまいそれ以上言葉が出なくなった。正直まだ作業員の人たちが捕ったと決まったわけではないのだから。
はるは相変わらず「あれっ」と何度も繰り返し口にしながらあたりを探し続けていたし、私はどうしようかと迷っていた。
「今日はさあ、いないから帰ろうか。早めに眠っちゃったかもしれないからね。また今度来るときには戻って来てるよ」
結局私は曖昧に答えた。はるは半信半疑な顔をしながらも、わかった、とぼそっと言いながら木から離れた。
そのときだった。
「ああ、もしかして…カブトムシを捕まえにきたん…だよね。」
背中から声がした。私はゆっくりと声のする方へ体の向きを変えると声の主らしき人と向かい合った。さっきまでこの広場のどこかで、休んでいた作業員の人のようだ。同じような作業服を着ている。手にはビニール袋を提げていた。
「はい。そうですけど」
私はそう答えた。はるは作業員を見つめたまま黙っていた。
「あのね。」
と作業員は言いながらはるに近づくと、腰をかがめ目線を合わせて言った。
「これね。さっきおじさんが捕まえたカブトムシだよ。ごめんね。」
と言って手に持っていたビニール袋をはるの目の前に差し出した。不安そうに黙ってボーっとするはるを見ると作業員は中のカブトムシが見えるように両手で袋を広げた。その時カブトムシがビニール袋を引っ掻くカシャカシャという音が聞こえた。「これだよ。」とぼそっと言いながらさらにはるの胸の辺りまで近づけると、ビニール袋を見つめていたはるは誘導されるように黙ったまま袋の中を覗き込んだ。
じっと袋の中を覗き込んでいたはるは顔を上げると何も言わずに私の顔を見た。「どういうこと?どうしたらいいの?」と言いたそうだった。作業員は袋を閉じるとはるに手渡したが、はるはビニール袋を受け取ろうとしなかった。状況を理解できないはるはきっと受け取らないだろう、と思ったので私がその袋に手を出した。
「ありがとうございます。でも、いいんですか?いただいちゃって」
「どうぞどうぞ。こっちこそ悪いことしちゃったね」
と言って作業員は軽く頭を下げると、戻っていった。はるは、まだ状況が飲み込めないらしく戻っていく作業員の背中を見ながらボーっと立っていた。
「さあ、戻ろうか」
私は気持ちを入れ替えるためにわざと大きな声で言った。私の声に、はるはようやく現実に戻ったかのように私を見ると軽く頷き歩き始めた。
家へ戻りながら今起こっていた一部始終をもう一度分かりやすく説明してあげた。作業員のおじさんは、何も知らずに捕まえてしまったこと。はるが捕まえにきたのをみたので、カブトムシを全部譲ってくれたこと。うんうんと頷きながら聞くと、わかったよ、と言った。
「あのはるのヒミツのきのカブトムシはとっちゃダメなんだよね。それをさあ、おじさんはぜんぶとっちゃうなんて、こまったもんだよね」
それでも納得いかなかったのか、しばらくの間何かことあるごとに口癖のように言った。その愚痴っぽいちょっと生意気なセリフを聞かされるたびに私も妻も笑ったが、どこかホッとした気持ちにさせられた。
それにしても暑い夏だった。ニュースは連日「観測史上はじめて」とか「最大級の高温注意報」とか不安を煽るような言葉を連呼していた。いつまでこの暑さが続くのだろうか、と思ってみるものの、お盆を過ぎるとちゃんと朝晩はいくらか涼しくなり始めて一安心した。この頃から、はるの飼育ケースのカブトムシは一匹二匹と死にはじめた。はるは飼育ケースの蓋を開けて動かなくなったカブトムシを見つけると突きながら「おい、どうしたの」とか「あれっあれっ」と何度もつぶやいていた。そしてそっと持ち上げると、「げんきだしてね」と声をかけながら大好きだったエサの上にのせてあげていた。
動かなくなったカブトムシが増えると残酷なもので、世話をする回数も減っていった。そっと飼育ケースを覗いてみると、どのケースの中にもひっくり返ったカブトムシの死骸が見えた。あんなに楽しく一緒に遊んだりお世話をしていたのに、と声をかけるとチラッと様子を見るものの、すぐに違う遊びに夢中になっていた。
「このままではカブトムシがかわいそうだよ!最後までお世話しないと!」
としつこくはるに言うが、分かっているよ、と何度も同じ返事を繰り返した。しばらくするとはるは、お墓をつくると言ってきた。幼稚園で飼っていたメダカが死んだときも園庭の隅っこにみんなでお墓を作ったことがあったらしい。埋めた場所には小さな石を置いてみんなで手を合わせたんだと言った。そのことを思い出したはるの提案で、「はるのヒミツの木」の近くに作ることになった。
ある晴れた日、私とはるは死んだカブトムシを並べていれた小さな箱とショベルをもって広場へ向かって歩いた。歩きながら、はるはカブトムシと遊んだ話をたくさん聞かせてくれた。あの事件の話ももちろん。相変わらず「おじさんはこまったもんだよね」を繰り返した。
雑草が生えていない土がむき出しになった掘りやすいところを探した。そして私がショベルを使って穴を掘ると、はるがその中にカブトムシを一匹づつ丁寧に手にとって並べていった。はるは幼稚園でもしたのだろう。「ありがとう。たのしかったよ。またらいねんあそぼうね」といいながら土をかぶせていった。それから割と大き目の石を見つけると両手で「よいしょ。よいしょ」と声を出しながら運んできて、埋めた場所にそっと置いた。
そして二人で手を合わせた。
ふと空を見上げると、とんぼが悠々と飛んでいた。青い空に何かを描いているように見えた。何を描いているのかなあ、と目で追いながらしばらくあれこれ想像してみたが何も思い浮かばなかった。ふとはるの姿を探すと、草むらの中によつんばになってバッタか何かを追いかけていた。てのひらをお椀のようにまるくして草むらをめがけて振りかざしていた。その時気持ちいい風がさっと通り過ぎた。小さいはるの、おっきい夏が終わったなあと思った。