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九話:伯爵令嬢の嘆き

 前略。エイトとクルリは図書館で謎の少女と出会った。以上。


「大丈夫? 君、おかーさんとはぐれちゃったの?」

「バカモン! わしはこー見えてここで立派に銭稼いどるわ! お主みたいな青二才と一緒にするでない!」

「がーん! 十七歳なのに!」

「ああ、図書館員の方なんですか。随分お若い……」

「あーまあ、そんなところじゃ。それより本じゃ本。読み聞かせてやるから、ついて来るがよい」

 

 前後不覚に陥りそうな棚の狭間をかき分け、少女の後に続いて歩く。

 外の光が徐々に遠くなり、本の森が次第に深くなっていく。

 棚に押し潰されそうな圧迫感を覚えだした頃、唐突に視界がひらけた。

 

 そこはガラス窓に囲まれた小さな中庭だった。

 エイト達の他には誰もいない。

 手入れがあまり行き届いていないのか、観葉植物が好き勝手に生い茂っている。

 テラスには古めかしい丸テーブルがあった。テーブルの上には少女が用意したと思われるティーポットとカップが乗っており、落ち着く香りを漂わせている。


「ほれ、そこ座れぃ」


 少女は足の届かない安楽椅子に飛び乗ると、エイト達に対面の席を勧めた。


「あの……ここは一体?」

「見ての通り、ただの図書スペースじゃよ。場所が解りにくいんで人は滅多によりつかんがの。いいから座れぃ」


 エイト達が着席すると、少女は分厚い本を四苦八苦しながら開いてみせた。

 体格的に少女が本のオマケに見える。


「嘆きの伯爵城について知りたいんじゃったな?」

「お願いします」

「しちゃいます!」

「であれば、まー序盤は飛ばして良いの。王家から土地を賜った経緯とか、そーいうの別に興味ないじゃろうし……。うむ。最終編だけで良いか」


 少女がこほん、と咳払いして。


「リーベルト伯ビスタドーレ三世は凡庸な人物じゃった。暴君ではないが、取り立てた傑物でもない。平穏な世であれば、最も望まれる類の領主じゃが……時代が悪かったのう」

「時代って、なーに?」

「第二次地殻汚染災害。魔力汚染による魔物の大繁殖じゃ。常識じゃぞ。全く近頃の若いもんは……」

(地殻汚染災害……。そんな時代があったのか)


 エイトはこっそりとクルリに感謝した。

 地殻汚染災害がどのぐらい常識なのか解らないが、自分で聞いたら露骨に不審がられていたかも知れない。

 クルリが持つ独特の人懐っこさには、多少の常識外れを許させる力があるのだ。


「人間との戦争に比べ、魔物との戦いは金にならん。奪う財もなけりゃ、奴隷にだって出来やせん。魔力汚染された土地が返ってきても、長い時間をかけて浄化魔法をかけ続けねば使い物にならん。その上、浄化魔法の使い手は戦線維持に不可欠じゃ。

 ビスタドーレ三世は凡人なりに努力したが、焼け石に水じゃった。嵩む軍事費に不作が重なり、リーベルトは破綻寸前の窮地に陥った。そんな危機を救ったのが、伯爵の一人娘、フリーダ嬢じゃ」

「ふむふむ」


 クルリが前のめりになる。


「幼き頃から類まれな知性を持ったお方でのう。成人前に父に取り入り実権を握ると、次々と画期的な施策を打っていった。税制改革から農業改革まで、ありとあらゆる策をな。

 横行していた奴隷貿易を規制し、小作制度を整備し、麦の品種改良で不作に対策し、騎士団も効率的に再編し、軍と警察機構を分離し、司法を整備し……。戦乱の只中にありながら、法による統治を徹底したのじゃ」

「周囲に疎まれなかったのですか?」

「普通ならそうじゃろうが、そうはならんかった。お嬢様の人徳も、伯爵の人の良さもあったが……、文句言えないほどクッソ強かったんじゃの」

「強かった? 貴族のお嬢様がですか?」

「うむ。お嬢様は召喚術に長けておってのう。大魔術師と呼ぶに差し支えない才能を持っておった。有り余る魔力と指導力で召喚術師の一団を組織し、召喚獣を量産し、労働力として利用したのじゃ。なんだかんだ言うて、リーベルト発展の最大の理由はこれじゃのう」


 少女は遠い目をして語る。


「ゴーレムが森を拓き、ウンディーネが水を治め、デュラハンが魔物を討ち、エントが土地を浄化し、アルラウネが芳しく咲き誇る。人の生んだ楽園と謳われたものじゃ」

「……アルラウネだけ然程役に立ってないですね」

「はァ!? ざけんなじゃし。お役立ち放題じゃし」


 エイトの指摘が気に障ったのか、少女は目を吊り上げた。


「お主全盛期のアルラウネの咲き誇りっぷり知らんのじゃな? もーひと目みればめっちゃ心潤うから。心ぷるっぷるじゃから。もー自然を愛で殺したくなる勢いじゃから」

「そーよ、エイト! うるおいってばコラーゲンよ!」

「うむ。嬢ちゃんは解っておるのう。飴ちゃんをくれてやろう」

「わーい!」

「さておき、街の外に広がる農場も元々はゴーレムが拓き、耕したものなのじゃ」


 信玄堤のようだな、とエイトは思った。

 同時に、胸中の疑問が一つ解けた。

 《岩肌》スキルを持ったあの小石は300年前の古いゴーレムの欠片だったのだろう。

 自然界産出のモノでないなら、同レベルの石が見つからないのも納得がいく。

 

「伯爵のお嬢さん、いい人だったのね」

「そうじゃな。少々礼儀に小うるさいが、真に聡明なお方……じゃった」


 もはや少女は本に目もくれない。内容が全て頭に入っているのだろう。


「しかし、ある時フリーダ様は豹変したのじゃ」

「豹変、ですか」

「無謀な増税。極度の規制。法による礼節の強要。次々と新たな法を打ち立て、従わぬ者を寛容なく取り締まった。

 良き相談役のエントは監視の目となった。森守るゴーレムは人を捕らえる檻となった。戦士たるデュラハンは処刑人となった。領民は逃げだす事も叶わず、日々増えていく法に縛られた」

「そんな……っ!」

「中でも特に悪名高いのが、連日開かれた晩餐会じゃな。使い魔に領民を招待させては、礼節の誤りを口実に処刑していった」


 クルリが声を失う。


「領民の悲鳴と断末魔が木霊し、栄光あるビスタドーレ伯爵城は、やがて嘆きの伯爵城と呼ばれるようになった。獣に堕ちたお嬢様は、時の冒険者によって封じられたという。……とまぁ、そんな所じゃな」

「……どうして!? だって、フリーダさんは皆のために頑張ってきたんでしょ!? そんなひどいこと、するはずないじゃない!」

 

 クルリが声を張り上げる。

 優しい人だな、とエイトは思った。少女の語る歴史はエイトにも痛ましくは聞こえる。聞こえるが、何処か他人事に感じてしまう。良くあるゲームの設定だな、といった感覚だ。


「解らん。記録にない。豹変した、とだけ残っておる。はかりごとの贄となったか、召喚獣が暴走したか、禁術に手を出したか、呪いを受けたか……。いずれにせよ、お嬢様の精神は“食い破られた”んじゃろうな」

「………そう………なの」

「のう、若い冒険者よ。お主ら、まだ伯爵城に行く気かの」


 少女が品定めするようにエイトを見つめる。


「確かにお嬢様の罪は重い。しかし、功も大きかった事は確かなのじゃ。一度は討たれ、歴史に汚名を晒し、十二分に報いは受けたはず。今の伯爵城はただの無害な墓標じゃ。そっとしておこうとは思わんのかの」


 クルリは答えない。俯いて、手を震わせている。フリーダ嬢に感情移入してしまっているようだ。

 エイトにも、その優しさを尊重したいと気持ちはある。あるが、答えは一つだ。


「すみませんが、僕らも後に引けない事情があるので」

「そうかい。どいつもこいつもそう言うのう」


 少女は本を閉じた。


「ま、若いうちは好きに転べば結構じゃ。……それより、そろそろ茶に口をつけたらどうじゃ? せっかくの淹れたてが冷めてしまったからのう」

「うん……、いただきます」

「いただきます」


 エイト達が紅茶に口をつける。フルーティーで芳醇な香りだ。

 キャラメル系の苦味ある菓子が合いそうだ。

 ゆっくり味わいたいと思いつつも、ついつい飲み干してしまう。


> 《アルラウネの眠り雫入り茶》Lv29を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> スキル《スリープ》Lv3を獲得しました


(……アル、ラウネ……?)


「ごちそーさま。ちょー美味しいわ!」

「ああ。おやすみなさい、じゃ」


 少女が口の端を吊り上げる。

 

「え……? なんで、おやす……くかーっ」

 

 眠り雫の効果は絶大だった。

 飲み終わってわずか二秒で、クルリは即鼻提灯を作ってしまったのだ。

 エイトは(鼻提灯って古くない?)と思いながら、テーブルにつっ伏した。


「くけーっけけけけ! 阿呆が! 間抜けが! 幼女ヴォイスでちょろぉっと甘やかしたったらコロっと騙されおって! チョロいのう! シャバいのう!」


 少女が甲高く笑う。


「さぁて。勉強代の徴収といくかのう。武器は頂くとして、銭は銭はっと……」


 少女はエイトの懐をまさぐろうとして……。

 その手を掴まれた。

 

「少し、聞きたいんだが」

「ほぎゃっ!」

 

 《弱肉強食》で捕食したからか、睡眠薬を受け付けなかったのだ。


「な、なんじゃ!? お、起きとったんか、お主!」

「近頃、冒険者狙いの盗賊が出没すると聞いたが。もしかして君のことかな?」

「さ、ささ、さあ。何のことかのう? 存じないのう」

「そうか。君が『賊』はおかしいか」

「そうそう、おかしいのじゃ。こんなきゃよわいロリっ子が……」

「だって、魔物だからね」

「……ィィッ!?」


 瞬間、少女の表情筋が硬直し、“ほどけた”。

 そうとしか表現出来ない。

 少女の服が、肌が、髪が一瞬にして緑に変色し、蔦と葉と花の絡まりへと変貌したのだ。

 それはエイトの手をするりと抜けて、丸まって転がるように逃げ出した。

 

 まるで走るもずくだ。見た目に反して速い。

 エイトは全速力で後を追う。


「何でじゃ、どうしてじゃ! どうやって見破りおったのじゃ! このわしの完璧いたいけロリっぷりをォ!」

「お茶に名前が書いてあったから」

「なんと!? そのレベルで高ランク《鑑定》持ちか、お主!」

「それに」

「それになんじゃ!」

「ひと目見た時から、なんか美味しそうだなと思っていたんだ」

「うっわ、これ捕まったらヤベェ奴じゃわ!」

「情報提供を受けた身で心苦しいが、これもクエストだ。捕まえさせてもらう。あと、軽く味見させてもらう」

「ひぃぃぃぃぃいいっ!」

 

 丸まりもずくだったアルラウネが、柱に巻き付いて登り始める。

 天井伝いに逃げる算段のようだが……。


(逃がさない)


> 昇華《氷柱》Lv4


 左手から氷柱を発射する。

 雪ネズミ直伝の氷柱の散弾は、切れ味鋭く飛翔し、アルラウネの葉に突き刺さった。

 

「ぬぎゃっ! か弱いロリになんて真似をぉっ!?」

 

 しかし、アルラウネは全体的に不定形な蔦と葉と根と花の集合体だ。

 体の一部を千切りはしたが、柱に縫いとめるには至らない。

 アルラウネは本棚の上に落下すると、再び丸まって走り始めた。

 エイトも後を追い、本棚を足場に駆け回る。

 

 速度はほぼ互角だが、SPはエイトが上だ。

 次第にアルラウネが息切れし始め、(どこで息をしているのかは不明)二人の距離が近づいていく。

 あと数秒で追いつける。エイトが手を伸ばした、その時……。


「あれ……外っ!?」


 急に視界が拓ける。

 そこは図書館の第二受付口だった。

 アルラウネは一直線に通りに飛び出すと同時に、人の形に戻って……。


「いっやぁーん! 食べられるぅー! 誰か助けてなのじゃーーーーーっ!」


 思い切り叫んだ。

 さしものエイトも肝を冷やす。

 涙ながらに逃げる少女。追う男。男の手には肉切り包丁。

 

(うーん、犯罪臭)

 

 幸い人通りは少ない。

 騒ぎになる前に捕まえてしまえば、魔物と証明するのは簡単なはず……。

 

> 昇華《氷柱》Lv4


 エイトは氷柱を作り出し、アルラウネの腹部を狙って……。


「ジャァァァァァァァァァァ………………!」


(ん……?)


「ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ………………!」


(なんだ? 空から、何か……)


「ァァァァァァァアアアアアアァァァァァァァァァァァァ………………!」


(聞こえる、ような)


「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアスティスッ!!!」


 エイトの眼前に、巨大な槍が“落雷”した。

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