八話:作戦会議
転移生活三日目。
エイト達は大金持ち(当社比)になった。
というのも、温暖な地方での雪ネズミは非常に希少性が高いらしく、毛皮が高値で売れたのだ。それはもう、クエスト報酬が小銭に思える程の額で。
現在、所持金32200ゼラ。ギルド提携の宿が一人一泊400ゼラなので、何もしなければ向こう一月食と住には困らない金額だ。
強制クエストがある以上、何もしない訳にはいかないのだが。
という訳で、エイト達はギルドで朝食を済ませると、リーベルト中央図書館へ向かった。
ちなみに、リーベルトとはこの街の名前だ。
ここは電子機器のない世界だ。図書館の大きさは知識の集積力の高さに直結する。
そういう意味で、リーベルトは十二分に知識の集約が出来ていると言えた。
中央図書館は地上地下合わせて七階建てという、大変立派な建物だ。
三世紀前の開館当時からの方針で、古今東西海外を含めたあらゆる書籍を特別予算で積極的に収集しているのだと言う。
蔵書数は110万を超えるそうだ。現代日本でも都会の図書館ならば110万は珍しくないが、馬車が現役の世界であることを踏まえれば、相当なものではないだろうか。
増加する本に対抗して改築を繰り返していったためか、図書館の内装は入り組んでいて解りにくい。
読書スペース以外が多少薄暗いが、全体的には清涼とか静謐といった言葉の似合う場所だ。
「さて、と」
周囲に人がいないことを確認し、エイトは読書スペースの一角に腰を落ち着けた。
「《嘆きの伯爵城》攻略に向けて、作戦会議を始めようか」
「はいであります!」
作戦という言葉から連想されるイメージなのだろうか、クルリは敬礼した。
「クルリさんも自覚はあるだろうけど、僕らは地力が足りない。レベルが足りないし、常識がないし、何より経験不足だ」
「うんうん、足りないわね」
「だから、僕たちは僕たちにしかない武器を最大限に有効活用しないといけない」
「武器…………ブキ……」
クルリが首をかしげる。
「……女の……武器……?」
「ごめん、僕にはないんだ」
「気にすることないわ! 教えてあげる」
「結構です。君にもあんまりないし」
「ガーン!」
「さておき、僕らには他の人にない強みが三つあると思うんだ」
指を三本立てて見せる。
「一つは、レベルアップの速度だ。どうやら僕らの成長率は、普通の冒険者より高く設定されているらしい」
「リザっち、レベル聞いてびっくりしてたわね!」
基本的に、通常の冒険者は三週間レベル上げに専念して1レベル上昇が限界らしい。
しかしそれも最初のうちだけで、高レベルになるにつれ徐々に減衰していき、やがてある天井に漸近するそうだ。
レベルアップの速度やレベル天井の高さ、スキル獲得に必要なポイント量、初期能力値などが、この世界で才能と呼ばれるものだ。
その点、エイトとクルリはレベルアップ速度について高い才能を持っていた。
「もう一つは……」
「エイトね!」
「僕は武器じゃないけど、《弱肉強食》はその通りだね。制約はあるけれど、スキル構成を自在に変えられるのは大きな強みだ。でも、最大の武器はそこじゃない」
「女の」
「情報だよ」
「ほー。じょうほー」
「そう。強制クエストは僕らの足枷だけれど、貴重な情報源でもある。……つまりね、強制クエストと受注クエストで、推奨Lvと推奨パーティーが違ったんだよ」
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◆受注クエスト《嘆きの伯爵城攻略》
達成条件:ダンジョンの解消
達成期限:なし
報酬:620000ゼラ
推奨Lv:40以上
推奨パーティー:6名以上
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◆強制クエスト《嘆きの伯爵城攻略》
達成条件:ダンジョンの解消
達成期限:残り8日13時間
報酬:スキルポイント15
推奨Lv:22以上
推奨パーティー:4名
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「ほんとだ! レベルも人数も全然違うじゃない!」
クルリは手を叩いた。
「これって、クエストの神様的にはLv22でクリア出来ちゃうって事なのかしら?」
「強制クエストの発行元を信頼するなら、そうなるね。けれど現実は違った」
エイトはリザから借りた《伯爵城》クエスト履歴の写しを開いた。
履歴を見る限り、《穴蔵の友》を中心にこれまで11のパーティーが城に挑んでは、返り討ちに遭ってきたようだ。
最近では、《緋色の御旗》の平均Lv38の高レベルパーティーが行方不明になっている。
生還者皆無とはリザの弁だが、少々誇張が入っていた。
正確には、『三階まで上がって生きて帰った者はいない』、だ。
帰ってきた者はみな低レベルのパーティーで、一、二階の魔物相手に敗走したようだ。
「これ見て、どう思う?」
「んー。お城の三階に何か仕掛けがあるとか? あ、忍者屋敷!」
「僕もそれを疑ってるけど、トラップの類じゃないんじゃないかな。《穴蔵の友》の高レベルスカウトも何人か挑んでるから」
仮に本職スカウトですら見破れない致命的なトラップがあるのなら、その時点でエイト達は詰んでいる。可能性はあっても考慮するだけ無駄だ。
「もしかすると、人数が影響するのかも知れない。受注クエストでは6名以上になってるけど、強制クエストじゃ4名に固定だ」
「うーん、ちっちゃなエレベーターでもあるのかしら? すぐブ~ってなるやつ」
「でも、4名のパーティーが攻略に失敗している例もあるし……。仕掛けの正体については、今の時点じゃ答えは出せない。嘆きの伯爵城の由来や歴史について情報収集してから、集中的かつ効果的に手札を集めよう。スキルの育成も魔物の採集もそれを前提に考えよう」
「だから、図書館なのね!」
「そういう事だよ」
「ご飯食べてから図書館に行くとか聞いたときは、てっきりお昼寝したいのかなって思っちゃったわ」
「……君は図書館にも謝ったほうがいいね」
「ごめんなさい」
許してあげて下さい。
かくしてエイト達二人は図書館の探索を開始した。
元の世界では調べ物の殆どをパソコンでこなしていたエイトだが、使ってみると図書館は便利だ。
文字さえ読めれば、人に不審がられず知識を蓄えられる。
本の並びから新たな発見が得られる事もある。
と言うより、歩いていると自然と気になる本が目に留まる。
(『リーベルト魔物図鑑』か。《弱肉強食》に必須だな。『属性/状態変異教本』……。これも欲しい)
伯爵城資料探索がてら、今後に必要そうな本を片っ端から手に取っていく。
何より有用だったのは、『初心者向けダンジョン攻略指南書』だ。
リザは伯爵城を二ヶ月前に『出現』したダンジョンだと語っていた。
『出現』という単語をエイトは疑問に思っていたが、どうやらそれはこの世界では珍しくない現象のようだ。
この世界において、ダンジョンとは一種の災害だ。
ある日突然、まるで世界を侵食するように、混ざり合うように、別の世界が口を開く。
それは大概迷宮のような構造を持っており、空間の概念が崩れている。内部には変異した魔物が巣食っており、その世界に象徴的な『何か』を守っている。
それをダンジョンと呼ぶらしい。
ダンジョンにはただ在るだけの自己完結したものもあれば、無尽蔵に魔物を排出するものもある。
半世紀前に出現した『蟻地獄』などは、空間を何処までも侵食していく性質を持っていたそうだ。
伯爵城が行儀の良いダンジョンと呼ばれる意味も解る。
ダンジョンの歴史は古く、千年以上前の文献からも確認されている。
そのため研究もされてきたはずなのだが……。
残念ながら、その正体については殆ど何も解っていないに等しいようだ。
例えば、その発生原因。
多くのダンジョンは天変地異による魔力溜まりの発生や魔術的実験、何らかの事件や呪いを契機にして生まれるものだ。嘆きの伯爵城のように、時を経てダンジョン化するものもそれに含まれる。
しかし、肝心のダンジョン化のメカニズムは未だ解っていない。由来が一切不明のダンジョンもあるようだ。
結局のところ、この世界の住人はダンジョンの予防を諦め、対処療法的に冒険者を派遣して『解消』してきた。
クエスト達成条件にもあったダンジョンの『解消』とは、ダンジョンの封印処置か、ダンジョンを形成する何らかの根本要因の排除を指すそうだ。
ダンジョン封印の技法は既に喪われているので、殆どの場合は後者によって解決する。
要はボスを倒したり、ダンジョンの根幹を為す何らかのアイテムを破壊したりすればいいと言う事だ。
難易度はさておき、実に分かりやすい。
「ねえねえエイト! これ見て見て」
エイトがダンジョン本を読み込んでいる間に、クルリは新聞コーナーでとある記事を見つけていた。
「ギルド横断パーティー募集だって!」
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《嘆きの伯爵城攻略》ギルド横断レイドパーティー募集
ご機嫌よう。ご存知、鉄甲兵団の聖騎士ダニエラである。
私はこの度、堕ちた古の貴族にジャスティス天誅を下すと決断した。
しかし、鉄甲兵団は誇り高き戦士の集まりであるが故、姑息なスカウト、軟弱な魔術師が不足している。
遺憾ながら諸君ら外部ギルドの手を借りたい。
神に身を捧ぐ覚悟と溢れんばかりのジャスティス天誅(以下ジャッ誅)精神さえあれば、来る者は拒まん。
我が槍と共に歴史に名を刻む栄誉を授けよう。
敬具。
◆参加資格
・神に身を捧ぐ覚悟
・溢れんばかりのジャッ誅精神
・Lv36以上
・冒険者ランクC以上
・ダンジョン攻略の経験
・冒険者として当然のコミュニケーション能力
・パーティー内でいちゃついたりしない
・咀嚼音を響かせない
・冒険者として行き過ぎていないコミュニケーション能力
・ウェイとか言わない
・ワンランク上の美人ではない
・不自然なキャラ立ちがない
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「この文言で人が集まるのだろうか……」
来る者拒まずと言いつつ、結構条件細かく拒んでいるし、終盤あたりはかなり私怨が入っている。敬具のとって付けた感も凄い。
「でも、ダニエラさんってばとっても強い人なんだって」
「そうなのかい?」
「うん、雷霆爆弾のダニエラって言えば、この街の新人冒険者ではナンバーワンの実力派なんだって。冒険者始めてたった一年でBランクになっちゃったらしいし、しかもとっても美人なんだって」
と、記事を指でなぞって読むクルリ。
「仲間に入れてもらえないかしら」
「そうして貰えれば楽だろうけど、難しくないかな。レベルも冒険者ランクも経験も、どうあっても間に合わないじゃないか」
「んー、そっかー」
それに、いくら強力な聖騎士が率いていると言え、『仕掛け』の謎が解けない限り、これまでのパーティーの二の舞いにならないとは限らない。
レイドパーティー応募も選択肢の一つとして心に留めてはおくが、実現性、有効性、両面においてあまり有用なカードではないだろう。
それからしばらく、エイト達はあれこれと本を見繕いつつ探索を続けた。
しかし、どうにも肝心の伯爵城関連の本が見つからない。
蔵書目録は確認したし、図書番号前後の資料も発見出来た。
貸出禁止資料なので、持ち出されてもいないはずだ。
図書館自体が賑わっているので、誰かが読んでいる可能性もあるが……。
そもそも、伯爵に纏わる歴史書を含む棚そのものが見つからないのだ。
「図書館員の人に聞けばいいんじゃないの?」
「あまり、伯爵城関連を嗅ぎ回ってる事を知られたくなかったんだけど……。仕方ないか」
「そうじゃそうじゃ。こんなトコうろうろしてる時点で、用向きは大体お見通しじゃ」
「「じゃ?」」
二人が声に振り返ると、少女が立っていた。
深い緑色の髪をして、大きな花飾りをつけた、どこか幻想的な容貌の少女だ。
見た目は十代前半だが、纏う空気は見た目にそぐわず落ち着いている。
「して、お探しのモノはこれかのう」
彼女が小脇に抱えた本の表紙には、『リーベルト伯爵領史』と書かれていた。