七話:ようこそメインディッシュ
火ネズミ八匹を平らげ、腹を八分目まで満たしたあたりで、エイトにも冷静さが戻ってきた。
《弱肉強食》について、食事中に解ったことが2つある。
1つ。既にスキルを捕食した状態で新しい魔物を食べると、どちらのスキルを残すか選択が求められる。
> 川水Lv12を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> スキルスロットが埋まっています
> 《発火》Lv2を捨て、《ヘビーウェポン》Lv1を獲得しますか?
気の利いた仕様である。(ちなみに、《発火》は火ネズミ捕食により獲得したスキルだ)
もう1つ。魔物食の効果はレベル依存だ。
同じ火ネズミの同じ素揚げにもかかわらず、レベルが低いと、スキル獲得に失敗する。
> 火ネズミLv3を捕食しました
> 《弱肉強食》起動に失敗しました
自分より低Lvの魔物ではスキルが得にくい上、ものの数分で消化してしまう。
(まさしく、旨味がないんだな)
上手く使えば身の丈以上の力を得られる《弱肉強食》だが、十全に活かすためには格上殺しを要求される。因果なスキルである。
街に戻ったら魔物図鑑を探そう、と心に決めつつ、エイトは低レベル肉串を齧り尽くした。
「じーーっ」
火ネズミ一匹で満腹になったクルリが、形容し難い笑顔でエイトを見つめている。
「……なんだい? 食べにくいんだが」
「んーん? 別に。エイトって、大食いなのに大事そーに食べるのね!」
「大事だからね。僕にとっては単なる一食でも、火ネズミにとってはエンディングなんだ。葬儀には敬意が必要だ」
「魔物に敬意ねぇ……」
ガースが肩を竦める。
魔物の脅威に晒され育った人間から見れば、平和ボケ極まりない思想だろう。しかし、それが新垣エイトだ。
呆れた視線も気にせず、エイトは次の串を一齧りした。
筋張って顎を鍛えるにピッタリの肉だ。脂肪は薄く、タンパク質感が実に健康的である。
ただ……。
「卵と粉を借りられれば良かったかな」
「唐揚げが良かったってこと?」
「ああ。元の肉が筋肉質で、その素揚げだからね。これはこれで良いんだけど、他に脂担当が欲しい」
「おー。育ち盛りぃー」
「君もだろう」
と、その時である。
「雪ネズミだぁぁぁぁあああああああああっ!」
畑から叫び声があがった。先輩冒険者の一人、ドルトの声だ。
「なっ……冗談抜かせ、なんでこんなトコに! 真冬でもねえのに!?」
ガースが血相を変える。
「雪ネズミ……なにそれ! 可愛いっぽい! 見たい見たい!」
「馬鹿が馬鹿言うな! 死にたいのか!」
ガースに怒鳴りつけられ、クルリが縮こまる。
だがしかし、奇しくも彼女の願いはすぐに叶うことになった。
「きゃぁぁあああああっ!」
麦畑を踏み荒らし、スカウトのミーシャを跳ね飛ばし、雪ネズミが姿を見せたのだ。
それは名前通り、もこもことした白い体毛を生やしていたが、名前通りでない体格をしていた。
火ネズミよりも数段大きい。ネズミと言うより、殆ど象だ。マンモスだ。
血走った目をしており、サーベルタイガーさながらの氷漬けの前歯が鋭く光っている。
「か、可愛くない……!」
クルリの表情が引き攣る。
「まずいな……! ノーラの奴、完全にノびてやがる!」
ガースが吐き捨てる。
不意を突かれたのか、先輩パーティーの魔術師も麦に包まれて倒れていた。
「火属性魔法も火属性付与魔法も無理か……! 槍返せ、ニュービー!」
「油袋ついてるわよ?」
「しまったァ!?」
現在、雪ネズミを一人で足止めしているのは、クロスボウをプレゼントしてくれた先輩アーチャーのドルトだが、劣勢は明らかだ。
雪ネズミは射掛けられる矢を氷の盾で防ぎ、氷柱の掃射と体格を活かした突進でドルトを追い詰める。
「ド、ドルトさんがっ! ピンチじゃない!」
冒険初心者教本曰く、この世界の属性耐性はプラスマイナスゼロが基本だ。
一つの耐性を上げれば、必ず相反する属性への耐性が下がる。
ガース一行は火ネズミ討伐向けに装備を整えて火耐性を上げたのだが、その分氷耐性が下がっているのだ。
ゲームならばアイテムを付け替えて終いなのだろうが、ここはアイテムボックスのない世界である。防具を何種類も持ち運んでいる人間はそういない。
「チッ……!」
ガースは迷わず防具を脱ぎ捨て、物理防御を捨てる。
左手に焚き木から抜き取った松明、右手に解体用のナイフ一本を構える。
「振り向かずに全力ダッシュだ! 野郎のヘイトは俺が稼ぐ!」
「う、うん! 逃げましょ、エイト!」
「……すみません、ガースさん」
「気にすんな。お前らなんか最初からアテにしちゃいねーよ。こいつは俺達の油断だ」
「油だけにですか」
「オイぶっ飛ばすぞニュービー。さっさと行け!」
「いえ、その、ガースさんのお気持ちに応えられなくて、本当に申し訳ないのですが……」
「いいから早く!」
「僕の晩御飯は、まだ終わってないんです」
「……はァ?」
>《胃拡張》lv1を獲得しました
> 残りスキルポイント 8→7
>《胃拡張》lv2を獲得しました
> 残りスキルポイント 7→5
>《敏捷性強化》lv2を獲得しました
> 残りスキルポイント 5→3
>《敏捷性強化》lv3を獲得しました
> 残りスキルポイント 3→0
一匹二口のペースで残った火ネズミ串を貪り、重麦パンを飲み込む。
>火ネズミLv7を捕食しました
>《弱肉強食》起動
>スキル《発火》Lv2を獲得しました
>火ネズミLv8を捕食しました
>《弱肉強食》起動
>スキル《発火》Lv3を獲得しました
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捕食スキル一覧:
《ヘビーウェポン》Lv1 :消化まで20時間
《発火》Lv2 :消化まで6時間
《発火》Lv3 :消化まで5時間
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「……うん、やっぱりだ」
口の中の感触と、腹を確認する。
「火ネズミは美味しかったが、あまりにあっさりだ。脂身が足りない。パンチが欲しい」
「お、おい、一体何言って……」
唖然とするガースを尻目に、エイトは焚き火の木を一本抜き取り……。
「メインディッシュは、きっと彼だ」
転んだドルトに襲いかからんとする雪ネズミに向けて、投げつけた。
燃え盛る木片は放物線を描いて雪ネズミの側頭部にぶつかり、ころりと落ちる。
一応火属性だが、ダメージはほぼない。雪ネズミが不快そうに振り向く。
明確な敵意と重圧ある殺気が肩にのしかかる。
「はじめまして。僕は油分を求める者です。君は冬の生き物だそうで」
『……………………』
「さぞ脂肪がお乗りとお見受けします。だから、その、こちらの都合で申し訳ないけれど」
エイトは肉切り包丁を構える。
「美味しい命をありがとう」
次の瞬間、雪ネズミが喉を鳴らした。小さな氷柱が展開し、散弾状になって走る。
鋭く光る杭が、エイトの腕に、胸に、腹に、突き刺さる……。
> 昇華:《発火》Lv2
> 昇華:《発火》Lv2
> 昇華:《発火》Lv2
直前に、《発火》が迎撃。氷柱を消滅させる。
「無詠唱だと!? ニュービー、お前、魔術師……!?」
棒立ちは無意味だ。遠隔攻撃手段はない。足を止めず、走る。
マシンガンさながらに放たれる氷を発火で迎撃する。
> 昇華:《発火》Lv2
> 昇華:《発火》Lv2
「魔法使いながら突貫なんて無理だ! SPが尽きるぞ!」
喉を鳴らす雪ネズミ。放たれる大氷柱。全長2メートルの丸太のような槍。
《発火》による迎撃は困難。受ければ胴を貫く。避ければ背後、クルリに被害が及ぶ。
(ならば)
敏捷性を最大限に活かし、バク宙、縦回転。
> 昇華:《ヘビーウェポン》Lv1
> 昇華:《発火》Lv2
《発火》混じりの超重踵落とし。大氷柱を蹴り折る。
反動で一気に飛び上がり、空中へ。
迎撃の小氷柱の散弾を歯で受け止めて噛み砕き、雪ネズミの頭に飛び乗る。
ネズミの脳天に肉切り包丁を叩き落とす。しかし、頭蓋には響かない。
皮が切れ、赤い血と分厚い脂肪が飛び散り、頬につく。
エイトはそれを舐め取り、笑った。
「とろける脂身……!」
肉切り包丁を逆手に持ち、振り上げる。
「いただきます」
> 昇華:《ヘビーウェポン》Lv1
重い刃と拳が雪ネズミの眼球を突き破った。
雪ネズミが野太い叫びをあげて、暴れまわる。
身を捩り、穀物倉庫の壁にエイトを叩きつける。
頭がシェイクされ、視界が明滅する。肺を圧迫され、血を吐く。
だが、意識は決して遠のかない。
これ程のごちそうを、エイトが手離すはずがない。
> 昇華:《発火》Lv3
脳を直接焼かれ、雪ネズミが叫ぶ。
> 昇華:《発火》Lv3
頭蓋の割れる音がする。
> 昇華:《発火》Lv3
返り血が右目に入る。
> 昇華:《発火》Lv3
白い毛皮が赤く染まる。
> 昇華:《発火》Lv3
抵抗が失せる。麦畑の上、雪ネズミがその巨体を転がした。
> 雪ネズミLv15を撃退しました
> レベルが上がりました。:Lv6→7
> レベルが上がりました。:Lv7→8
> HP,MPが全回復しました
> スキルポイント4を入手しました
「えぇと。ガース氏。雪ネズミの解体はどうやれば?」
「……マジかよ」
予想通り、雪ネズミの素揚げは脂が乗っていた。口の中で弾けるような脂が乗っていた。
ただちょっと乗りすぎていたので、エイトは胸焼けを起こした。
育ち盛りにも限界はあるのだ。
> 雪ネズミLv15を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> 《氷柱弾》Lv4を獲得しました
その日、エイト達は農場提供の使用人寮に泊まった。
温かみある木造の建屋で、比較的新しいのか、床が軋む事も隙間風が吹くこともない。
窓からは月に照らされた小麦畑が見え、どことなく情緒がある。
日本ならば小洒落たロッジ扱いされるかも知れない、とエイトは思った。
もっとも、彼に小洒落たロッジに泊まった経験はないのだが。
ともかく、使用人向けの部屋でこれならば、冒険者向けの安宿も期待は出来るだろう。
さて、空き部屋は三部屋あったので、二人ずつ分かれて眠ることになった。
先輩パーティーはガースとドルト、ミーシャとノーラと言う、男女別々の健全な組み合わせで床についた。
パーティー内に不穏な関係を持ち込まないのも、冒険者の知恵なのかも知れない。
しかしながら、余ったエイト達はそうもいかない。角部屋に男女二人きりだ。
これが修学旅行なら、PTAが怒鳴り込んできてもおかしくない部屋割りである。
ベッドに寝そべるクルリを尻目に、エイトは掛け布団を体に巻きつけて寝袋代わりにする。
「エイトってばチョココロネみたいね」
「ありがとう」
「どういたしまして! ……でも、ほんとに床で寝るの? 寒くない? 床好きなの?」
「好きってわけじゃないけれど」
「じゃ、ベッドにしましょ? カモンカモン」
「カモンって、狭いだろう」
「でも、ぬくぬくで、フカフカよ?」
クルリは掛け布団を開いて手招きする。
が、エイトは彼女の顔から下を極力見ないようにした。
壁にはクルリの上着もブラウスもスカートもかかっている。
つまり、今の彼女はTシャツと下着姿だ。目に毒だ。
「……君には警戒心ってものがないのかい?」
「??」
「今回は空き部屋の都合で仕方なかったけど、本当なら男と二人一部屋って所から拒絶すべきだよ」
「なんで?」
「襲われたらどうするんだ」
「襲われたらって、エイトはひどい事しないでしょ?」
人を信じ切った屈託のない笑顔を見て、エイトは確信した。
「君、放置したら三日で死にそうだね」
「ひっどーい!」
「とにかく、僕は床で寝るから。おやすみ」
「うん、おやす……あ! チョココロ寝って面白くない? ネがね、漢字の寝るのネなの」
「おやすみ」
有無を言わさず就寝する。
「ね。エイト、エイト。まだ起きてる?」
「横になって3秒だからね」
「今日のエイトってば、ちょー格好良かったわ。ネズミさん、どーんって。脂よこせどーんって」
「どうも。君のクロスボウも、目に見えて上達してたよ」
「うん、ありがと!」
「……一つ、聞いてもいいかな」
「いっぱい聞いてもいいわよ?」
「僕が火ネズミを食べるって言った時……。その、本当は、君は……」
嫌だったんじゃないのか。と、聞こうとして。エイトは言葉に詰まった。
「美味しかったわね!」
「……うん、そうだね」
客観的に言って、状況は最悪だ。
突然の異世界転移。一歩間違えば即死の世界。Lv0からのスタート。襲い来る強制クエスト。
元の世界に戻れる保障はなく、先生やクラスメートの居所も掴めない。
近々の目標である《嘆きの伯爵城》ですら、クリアの見通しは全く立っていない。
半ば詰んでいると言っていい。
こんな状況でもエイトが落ち着いていられるのは、唯一無二のマイペース少女(好意的表現)が側にいてくれるお陰だ。
彼女と居ると、無駄に思い悩むのが馬鹿馬鹿しくなってくる。
(放置されて三日で死ぬのは、きっと僕もだ)
それきり、沈黙の帳が降りる。
「ねえねえ! エイト、エイト!」
降り損ねる。
「エイトってば、クラスに好きな子いる!?」
「寝て欲しい」
「じゃ、可愛いって思う子でいいから!」
「早く寝て欲しい」
二日目の夜が更けていく。
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◆強制クエスト《嘆きの伯爵城攻略》
達成条件:ダンジョンの解消
達成期限:残り8日23時間
報酬:スキルポイント15
推奨Lv:22以上
推奨パーティー:4名
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