六話:火ネズミの素揚げ (※挿絵付き)
火ネズミ退治は夜中九時過ぎまで行われる。
興奮した火ネズミは夜の方が見つけやすいからだ。
しかしながら、エイトとクルリは六時頃にはリタイアした。
五時を過ぎたあたりからクルリが露骨に疲れたアピールを始め、門限がどうとか言い出し、カラスの鳴きマネをし、とうとうおんぶまで要求し出したからだ。
異世界二日目で無茶は禁物。
エイトも疲れを自覚していたので、クルリと一緒に一足先に休みに入った。
半日のレベル上げの成果を確認すると、以下のようになる。
======================
新垣エイト Lv6
HP:93/93
SP:55/55
MP:41/41
攻撃力:43 (+5)
防御力:36
魔力:28
敏捷性:40(+5)
【基礎スキル】
《攻撃力強化》Lv1
《敏捷性強化》Lv1
【魔術スキル】
《ヘビーウェポン》Lv1
【ユニークスキル】
《弱肉強食》Lv1
《腹時計》
《剛健歯》Lv1
スキルポイント:8
======================
======================
鹿島田クルリ Lv5
HP:88/88 (+10)
SP:54/54 (+5)
MP:47/47
攻撃力:28
防御力:30
魔力:29
敏捷性:24
スキル:
【基礎スキル】
《HP強化》Lv1
《SP強化》Lv1
【体術スキル】
《弓術》Lv3
【生活スキル】
《調理技術》Lv1
スキルポイント:4
======================
エイトはLv4、クルリは5上昇した。
手痛い失敗をしてからも、クルリは調子にのって《弓術》スキルを3まで上げ続けた。
初めは考えなしを諌めようかと思ったエイトだったが、その効果を見て考えを改めた。
命中率の向上は勿論のこと、再装填のもたつきもなくなり、狙いをつけるのも素早くなったのだ。
一端のハンターと見るにはまだまだ甘い所だらけだろうが、クロスボウの性能も相まって、火ネズミ退治なら十分戦力にカウント出来るレベルだ。
比較対象がLv6のエイトなので、微妙なところだが。
「よー、ニュービー。調子はどうだ?」
エイト達が穀物庫横で焚き火の維持に四苦八苦していると、先輩冒険者のガースが様子を伺いに戻ってきた。
彼は枯れ木に逆さ吊りにされた血抜き中の火ネズミを数え、目を見張る。
「ひいふうみい……12匹も仕留めたのかよ! お前ら、本当に今日が初クエストか?」
Lv2とLv0で高レベルのネズミを複数体仕留めている事もそうだが、農場から離れて12匹も見つけられるのが異例らしい。
《探知》スキル持ちなのかと探られたが、エイトは曖昧な返事をした。己の腹の虫に従っただけ、とは答えにくい。
さておき、ガースも担当分は狩ったので手が空いてヒマらしい。
せっかくなので、火ネズミの解体方法を伝授して貰うことになった。
「見てろよ。冒険者なら魔物の解体スキルは必須だからな」
ガースは吊るされたネズミ一匹を取り上げると、ナイフ一丁で手際よく捌いていった。
腹を裂いて内臓を抜き取り、内ももに刃を入れ、ズボンを脱がすように足の皮を脱がし、そこから一気に全身の皮を剥ぐ。鮮やかな手並みだ。
エイトも肉切り包丁で真似を始めて、気付く。
先輩冒険者の獲物は毛皮への傷が最小限になるように配慮が為されている。
それに比べて、自分達の仕留めた火ネズミは皮がボロボロだ。
(まだまだ甘いな)
> 《解体術》Lv1 を獲得しました
気付くと《解体術》を獲得していた。教本曰く、この世界にはスキルポイントの他に熟練度によるスキル獲得/LVアップがあるそうだ。
バラした火ネズミの遺骸を部位ごとに並べ、ガースが解説する。
「火ネズミの素材と言えば、まずは皮だ。薄くて弱いが火耐性が高い。何枚かなめして張り合わせれば、魔術師向けの軽装防具として重宝される」
「なるほど」
「ほどほどよ!」
「もう一つが、喉の下にある発火用の臓器、発火袋だ。火ネズミはここの油を吹き出してから、歯で火花を散らして着火してるんだ。中の油は上質で、そのままでも松明に使える。魔法使いのいないパーティーなら、持ってて損のない知識だぜ」
「参考になります」
「なっちゃうわ!」
「クエストの達成要件はあくまで討伐だから、素材は副産物として懐に入れていい。生産スキル持ちなら自分達で加工してもいいが、素材回収の常駐クエストがあるから、ギルドでも買い取って貰えるぞ」
「ふむふむ」
「むふむふね!」
(相槌はともかく)食い入るように聞くクルリに気を良くしたのか、ガースは火ネズミ討伐の報酬を出し渋ったせいで文字通り火の車になった農家の話や、駆け出しの頃火ネズミに囲まれた時の苦労話など、流れるように語ってくれる。
「でだな、残った遺骸は一箇所にまとめて……」
「鍋ですか?」
「えっ?」
「えっ?」
ガースとエイトは同時に首をひねった。
「ちょっと待ってくれ。何が鍋? 解かんねえ」
「肉に臭みが……ありそうかなと……。素人考えですみません」
「そ、そうそう。臭いがあんだよ。だから……」
「もしかして、特別な寄生虫や雑菌の対策が必要で?」
「いや、魔物って魔力の塊だぞ? 菌やら虫が付くわけねーだろ。じゃなくてお前な?」
「あ、そうなんですか。参考になります。じゃ、唐揚げはどうでしょうか? すみません、料理は余りしたことがなくて」
「料……理……?」
「あ、もしかして生食ってスタンダードなんですか? 良かった。てっきり僕は……」
「ま、魔物を食うのかよ!?」
ガース氏が目を丸くする。どうやらスタート地点からズレていたようだ。
「けど、肉は肉ですし」
「肉だからなんだよ!? 豚や牛じゃねーんだぞ、魔物は、魔物だ!」
この世界の価値観では、魔物と家畜やその他動物の間には明確な一線が引かれているようだ。
「そうじゃなくて、遺骸が腐って魔力を吹き始めると同種を呼び寄せるから、必ず焼けって!」
「あ、丸焼きですね? 参考になりま」
「調理法じゃねーよ!」
「すみません」
「いや、怖っ。なんかお前怖っ。……な、なあ。クルリだっけ? お前は大丈夫だよな? 俺達真人間側だよな?」
「んー………………」
クルリはガースとエイトと火ネズミを交互に見つめた後、ぽん、と手を叩いた。
「素揚げにしない? 油あるし!」
「流石は調理スキル持ち。有能だ」
「えっへへーん! もっと褒めていいのよ?」
「マジか……。お前らマジなんか……。地元の風習なのか……? 田舎怖っ」
決まるやいなや、二人は早速調理にかかった。
鍋はないが、火耐性の高い発火袋そのものが鍋代わりになる。
ガースの槍を借り、先端にロープをくくりつけて発火袋を吊り下げる。
これを釣り竿のように使い、焚き火に照らして油を熱する。
エイトが油を温めている間に、クルリは肉を即席の串に突き刺していた。
遠火である程度熱を通してから、熱々になった油袋に投下する。
油の弾ける音と共に、食欲をそそる香りが鼻孔をつく。
「はいっ! めっしあがっれ!」
「いただきます」
からっとアガった肉串が木皿に転がる。塩をひとつまみふりかける。
ちなみに、塩はギルドから拝借してきたものだ。クルリが塩好き感を出したのでくれた。
見た目は……正直、良くはない。
素揚げは素材本来の外観を活かす料理だが、素材本来の外観が悪いからだ。
筋張っていて、硬く、不味そうだ。
しかし、それでもエイトの腹は反応した。
ごくり、とツバを飲み込む。
まだ熱々の湯気を立てているが、エイトは火傷も気にせず口に放り込んだ。
「――――ッ!」
雑な料理だ、とエイトは思った。
油の温度も雑。味付けも雑。臭いも取らず、揚げ加減も熱の入れ方も雑。
雑に雑を重ねた単純極まりない味だが……、それでも料理だ。
生ではなく、文化を通した味だ。
舌に塩味が残っているうちに、炙った重麦パンを齧り、咀嚼する。
一気に牛乳で飲み干す。
(何故だ……。硬くて、臭くて、脂が乗って無くて……でも、手が止まらない……!)
クルリも十分ふうふうと息を吹きかけると、目をつむって串に齧りついた。
「んー、えいっ! あちゅっ! はふっ! はふーっ!」
小さな口で筋張った肉をゆっくり噛んで飲み込む。
「ふむふむ……うぬ……」
「ど、どうなんだ、その、味の方は?」
恐る恐る、ガースが尋ねる。
「美味しいですよ」
「うん! 味のフランス革命って感じ!」
「ふ、ふらんす……?」
「舌の上でね、お姫様が『パンがないならお菓子を食べればいいじゃない』ってしてるのよ」
「パンはあるのに……どうして魔物を……」
「で、ギロチンなの」
「なんか怖っ。状態異常じゃねーのそれ」
「でも、美味しいわよ? ガーさんもどう?」
「いーや、絶対いらん! つーか臭いで既にキツイ」
ガースは終始しかめっ面で重麦パンを齧っていた。
転生二度目の魔物食は、文明開化の味がした。