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三十三話:アヤメの告白

 アヤメは、事も無げに告白した。


「オレ、スーメルアと混ざってるかも」

「混ざるって……!」

「龍流し終わったころからかな。なんでか知らねーけど、スーメルアの心みたいなのがこう、ゆっくりとオレに混ざってきてる気がすんだよな」


 エイトは咳き込みそうになった。コーヒー牛乳をコーヒーと牛乳に分けられないように、人格が混ざるということは、すなわち元の人格が変質すると言う事だ。エイトには到底受け入れられそうにない。

 

「怖くはないのかい!?」

「いや? むしろちっと嬉しいぐらいだぜ。オレ、コイツの事尊敬してっから」


 アヤメの穏やかな笑みが、なぜか癇に障る。


「尊敬って、そんな理由で納得出来るのかい? アメリカ人ならリンカーンと混ざってもいいって?」

「オレはそうだぜ」


 アヤメは軽く受け流して欲しそうだが、エイトとしてはそうもいかない。


「お前は、オレのこと街を救ったヒーローだって言ってくれたけどさ」

「ああ。君は水底の龍に立ち向かって、雷鳴の龍召喚の時間を稼いだんだ。その上、水底の龍の説得まで成功させた。十分ヒーローじゃないか」

「でも、オレは勇気を振り絞って、水底の龍に立ち向かったんじゃねーんだ。あれは単なるやけっぱちだったんだよ。自分の意志で長月を倒して街を救ったお前とは違うんだ」

「それでも、結果として」

「結果じゃねーんだ。心情なんだよ。オレは胸張ってお前と同じ食卓につきてーんだ」


 エイトは二の句がつげなくなった。食卓を盾にとられては、何も言えない。


「折角の生まれ変わるチャンスなんだぜ。有効活用しちゃ、いけないのか?」

「……いや、いいと思うよ」


 自分を変えるために他人の心を受け入れる。それもまた、一つの勇気だ。変わろうとする意志を邪魔する権利など、誰にもないのだ。


「新垣こそ、まだ冒険者続ける気なのか?」

「いつ、次の強制クエストが来るか解らないからね。なるべく自由な身分でいたい」

「……いつ死ぬかわかんねーぞ」

「食事に犠牲はつきものじゃないか」


 エイトはさらりと言ってのけた。彼にとって、食に繋がる危険はあって当然のものだ。


「それにね。不謹慎かも知れないけど、楽しいんだよ。新しい魔物を捕まえて、食べて。それが力になる。自分の血肉になっている感覚がある。楽しいんだ」

「ブレねぇなあ、お前」


 アヤメは呆れ顔だ。


「好きにすりゃいいが、鹿島田を巻き込みすぎんなよ。あいつはお前と違って普通の……普通の? 冒険者なんだからな」

「そのつもりだよ」


 と言いつつも、エイトはクルリなしの冒険者生活など露ほども考えていなかった。彼女がパーティーから離れようとするとは思えないし、戦力的にも大変困る。


「マジの所、鹿島田とはどういう関係なんだよ」

「クラスメートで、パーティーメンバーだけど」

「そーだけど、そーじゃなくてだな。つまりその、あいつも女なわけじゃん? 一応そういう意識とかさ……」

「そういう、とは?」


 アヤメは頭をかいた。


「パーティーメンバーってことは、四六時中顔つきあわせてんだろ? ふとした拍子にだな、可愛いとか、イケるとかこう、な!」

「可愛い子だとは思ってるよ」

「なんか軽ぃよ! そういうんじゃねーんだよ」


 正しく質問に答えたはずなのだが、アヤメはどうも納得のいかなそうな様子だ。


「じゃー解った! あれだ、えーと……か、か、鹿島田にムラッとするか?」

「“スーメルア”さん」


 エイトはまっすぐにアヤメの目を見つめた。彼女の身を案じるなら、ここは釘を差すべきだ。


「巫女でやっていくつもりなら、その手の発言は控えたほうがいいよ」

「ここは叱られラインなのかよ! なんかムカつく!」

「ちなみに、一回だけムラッとしたことはあるよ。罪悪感があったよ」

「うぉぉぉぉぉ叱られた上に嫌なこと聞いた! 最悪のパターンじゃねーか!」


 アヤメは机を叩いた。どうも最悪のパターンを引きあてさせてしまったようだ。エイトとしては、あくまで正直に答えただけなのだが。若干理不尽を感じる。


「小杉さん、なんだか今日は様子がおかしいね」

「わりーかよ! デートなんて経験ねーんだよ! 調子狂うんだよ! 察せよ!」

「すまない。僕もデートは経験……ん?」

「ん?」


 その時、エイトの脳内でついに起こって当然の閃きが起こった。


「あ、これデートだったのかい?」

「えっ……………………えっ」

「すまない。眼中にないと言われていたから、気付けなかった」

「えっ、あ、えっ、あ、えっ。オレ、言ってた?」

「言ってたよ。さっきは、僕がクルリさんに恋愛感情を持っているのか探っていたのかな」

「えっ、いや、おま、惚れた腫れたとか、そういうの解んの? そういう機能あったの?」

「そういう機能はあったよ」


 エイトは自分の見られ方に若干の不安を覚えた。一応、一般的な男子高校生の枠に収まっているつもりだったのだ。

 

 さておき、デートという前提に立つと、前日の誘いの意味が変わってくる。小杉アヤメが新垣エイトを逢引に誘った。その指し示すところは。


「君は僕に異性として好感を持っているのかい?」

「………………………………」

「小杉さん?」


 アヤメがフォークを握りしめて肩を震わせている。まるでマグマせり上がる火山のようだ。真っ赤な顔は噴火口さながらだ。アヤメ火山は震えて震えて震えて震えて、噴火した。


「……………………はあああぁぁぁああああああああああああ!?」

「うわビックリした」

「ちっげーし! ちっげーし! 違いすぎてウケるし!」

「でも、さっきデートって」

「はアアアアアアアアアアアアアアアア!? 言ったけど! 言ったけど言ってねーし!知るかし! 頭鹿島田ですかァ!?」

「クルリさんに失礼だね」

「オ、オレが、オレがそんな、お前を、す、す、はアァァァアアン!? ぶっとばすぞ!」

「ぶっ飛ばさないで欲しい」

 

 興奮冷めやらぬ様子のアヤメに、エイトは頭を下げた。

 

「勝手な勘違いで舞い上がりかけてしまったよ。思春期ですみません。残念です」

「え、残念……? 残念、ね、はは、は……オレの臆病ゴミ馬鹿野郎……」


 アヤメは机に突っ伏した。


「悪ぃ、エイト。今からオレいじけっから。ふてくされっから。適度に構えよ」

「はぁ、うん」


 幽霊のようにさまよう手を、適当にあやしてやる。

 自分にはまだ女性は難しいな、とエイトは思った。そして、きっとスーメルアと混ざったとしても、アヤメはアヤメでいるのだろう、とも思った。

 

「びっくりするほどドヘタレね。スーメルアちゃん」

 

 ウェイター服のリザがやってきて、エイトに封筒を手渡す。


「? なんですか、この封筒。まさか、請求書がこの厚みを……?」

「違うわよ。今朝ギルドに届いてた手紙よ。エイトちゃん宛てだって」

「僕宛て、ですか?」


 なんてことはない普通の便箋だ。黄ばんだ紙に所属ギルドと新垣エイトの名が書いてある。

 送り人の住所は王都になっていた。ガースを除けばリーベルトの外に知り合いはいないし、ガースも北の霊山に向かったはずだが。

 

「故郷のお袋さんからじゃない?」

「そうだったら、驚きですね」

 

 慎重に封を切って、三段折りの便箋を取り出すと……。


『同窓会のお誘い』


 萎びた紙に“日本語”が踊っていた。


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