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三十一話:龍流し編 決着


 調理とは計算だ。適切な食材を、適切に解体し、適切に加工する。

 緻密で綿密なプロセスにこそ、文明が生まれるのだ。

 そう言う意味で、エイトの編み出した目隠し調理法は、まさしく文明的勝利を遂げた。

 

「愛は……勝利、するはずだ……。熱狂は、力と……なる、はずだ……!」

 

 目隠しは這いずりながら、うわ言を吐き捨てている。

 

「どうして……俺が這いつくばってる!? どうして、テメェが、俺を見下ろしている……!?」

 

 三半規管が狂い、前後左右上下不覚なのだろう。空間認識があやふやで、世界が溶けているのだろう。エイトも経験者だ。その苦しみは十分に解る。


「もう、こーさんしましょ! お手々ホネホネくん!」

「ざっけんな!」


 クルリの優しい申し出は、しかしにべもなく断られた。


「三十七の愛を集めたこの俺が、ゲテモノ食い如きに……!」

「ゲテモノか。……君は難しいことを言うね」


 エイトは思う。ゲテモノの定義は、文化の定義だ。

 生態系が違うから、魔物を食べるのはおかしいことだろうか? 外見が苦手だから、虫を食べるのは怖いことだろうか? 頭がいいから、クジラを食べるのは悪いことか? 豚は不浄か否か? 牛は神様の乗り物か家畜か? ゴブリンは食べていいのか? オークは豚汁にすべきなのか?

 

 食材か否かの判断には、常にイデオロギーの問題がつきまとう。

 だから、エイトは考えないことにしていた。


「僕は知性で線を引くのを止めた。僕は外見で線を引くのを止めた。人間でないなら、どんな命でも頂くことにした」

「あぁ、あぁ、あーあ、そうかよォ!」

 

 エイトの鳩尾に鈍い痛みが走る。見ると、目隠しのつま先が食い込んでいた。

 

「ぐっ!」

 

 僅かにふらついたエイトの隙をつき、目隠しは背中のバネで跳ね起きた。

 三半規管麻痺状態から、魔力探知のみで認知機能を復帰させたのだ。

 

 驚異的としか言いようのない芸当だが、逆転の切り札とはなり得ない。

 体軸は全く安定せず、反応速度も鈍化している。エイトの優位性は揺るがない。

 

 逃げる目隠し。追うエイトの構図だ。


「だったら、こいつはどうだァッ!」


 エイトの目の前に、鎌を持った不定形の魔物、漂う大鎌が立ち塞がる。

 漂う大鎌がマントを広げると、墨のような深い闇が半径10メートル程度を覆った。

 視界だけでなく、魔力感知すら妨害する撹乱用の闇魔術だ。


> 昇華:《炸裂雷光》Lv4


 しかし、《雷蛍》から得た雷魔法は、漂う大鎌ごと闇を容易く切り裂いた。

 そして、エイトは焦げ味のついた黒い霧を思い切り吸い取った。


> 《漂う大鎌》Lv33を撃破しました

> 《漂う大鎌》Lv33を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> アクティブスキル《イビルドレイン》Lv3を獲得しました

> パッシブスキル《闇魔法》Lv3を獲得しました


「ありがとう、クリーミー!」

「なら、毒虫ィッ!」

 

 赤黒い大ムカデが、エイトの右足を這い上がる。窒息死必至の毒を持つ魔物、千本針ムカデだ。

 

> 昇華:《岩肌》Lv4


 硬化した皮膚で、毒針を弾き返す。エイトはムカデを手掴みで食べた。


「意外とスウィーティー!」

「だったら、ウォーウルフでェッ!」

「ビューティフル!」

「殺れ、シャークワーム共!」

「ジューシィ!」

「雪ネズミで、いねやァッ!」

「デンジャラス!」

「ゴーレムッ!」

「普通に美味!」

「ク、ソ、がァァァァァァァァァァァッ!」

 

 ワンサイドゲームだ。

 目隠し側から見れば、ひどく不毛な戦いに違いない。生命を繋ぐには召喚術を使う他なく、しかしそれはエイトを更に強くする。大型を召喚すれば、たちまちクルリのボルトに砕かれる。そして勿論、エイトの餌食になる。

 

「今は何のスキルを持ってやがる!? 次は何を使って来やがる!? 《多重斬撃》か!? 《炸裂雷光》か!? 《シャークバイト》か!? チートも大概にしやがれ!」

「ズルはお互い様だろう」

「……アアアァァァァッ!」

 

 勝負が決するのに、そう時間はかからなかった。




 ゴーレムの塊を奥歯で磨り潰し、飲み込んでから、エイトは目隠しに質問した。


「まだ、やる気かな」


 返答はない。目隠しは自らの左腕を眺めて乾いた笑いをあげた。

 

「く、はは、はははは……。あーあ……。俺達、かっこ悪っ」

 

 髑髏の連なる左腕は、本体から数十センチ離れたところに転がっていた。上腕部の髑髏達は完全に炭化しており、残った半数の髑髏も、見る間に動きが鈍くなっていく。本体から切り離され、力が弱っているようだ。

 なお、右腕は影も形もない。クルリの炸裂ボルトの爆風で吹き飛んだのだ。


 両腕を失った目隠しは、もはや体術に優れた召喚術師以上の脅威ではなくなっていた。


「エイト、もうお終いにしましょ!」


 クルリが叫ぶ。目隠しの傷口から流れる血液は、明らかに危険な量だった。意識を保つのも困難なはずだ。


「投降してくれ。手当をさせてくれ。君は重要参考人で、その上食べられない生き物だ」

「……長月七日」

「長月?」

「俺“達”の名前だ。長月七日。名字はねえ。全部ひっくるめて名前だ」

「ご丁寧にどうも」

「は、それだけかよ」

 

 目隠し改め長月は、落胆と優越感が混じった表情をした。“お前はまるで解っていない”とでも言いたげな様子だ。

 

「所詮、“一つになれなかった三十七人”か」

「……どういう意味だい?」

「どういう意味!? どういう意味と来たか! はは、はははははは!」


 長月は天に届くほど高く笑った。


「やはりそんなものだ! 結局それ止まりだ! お前達の愛なんて! 人間じゃあ無理だ! 人間じゃあ理解できまい! 姉さんを愛せるのは、俺達だけなんだから!」


 その時、エイトは気付いた。

 長月の流血が加速している。腕の付け根から、まるでポンプのように血を吐き出している。明らかに意識を保てるレベルでない。それどころか、人体に収まる量ですらない。

 

 垂れ流しになった帯びただしい血液が、まるで粘菌のように広がって、魔物達の遺骸に吸い込まれていく。


『貴き姉君は仰った。信仰とは熱狂なり。熱狂とは世界なり。鳥籠にこそ真理あり』


 初めて、長月本体の口から紡がれた呪文だった。場の魔力属性が目まぐるしく変化し、エイトは軽い目眩を覚えた。


『汝ら、我らが友となるか? 汝ら、信仰を同じくするか? 汝ら、愛を求めるか?』

「なんぞやばいぞ、エイト! はよ仕留めい!」


 ラアルに言われるまでもない。エイトは折れた大鎌を手に取り、長月めがけて投擲する。その刃は長月の右太腿を貫いたが、詠唱を止めるには至らない。


『集いて来たれ。長月七日の合唱会へ』


 口の裂けたような笑みと共に、世界は一変した。


「なに、これ……!」


 クルリが悲鳴を噛み殺す。

 

 それは、目を疑いたくなる光景だった。信じがたい業だった。

 歌だ。倒してきたはずの魔物達の遺骸が、楽しげに合唱しだしたのだ。歌は魔力を纏い、渦を巻き、泥のように粘性を持ち、蠢く。そして、魔物の形を為す。

 

 ウォーウルフの死骸が歌い、新たなウォーウルフが生まれる。ゴーレムの死骸が歌い、ゴーレムが生まれる。長月の熱狂と信仰は、三十七人の兄弟たちを超え、魔物の遺骸に感染していた。

 

 両腕を失い、右太腿を貫かれた長月は、それでも合唱団の王として微笑んだ。

 

「さあ、愛を歌おうか」

「……これ、食べきれるかな」

 

 エイトは骸の合唱団へ飛び込んだ。

 

 

 

(まるで、魔物の巣に迷い込んだ気分だ)

 

 奇しくも、エイトはダニエラと同じ感想を抱くことになった。

 あらゆる死角に脅威が潜む。爪と牙と刃と拳が絶え間なくエイトを襲う。倒せば倒しただけ召喚術師が増えていく。

 

 二次関数的に増殖する召喚獣。どこまでも濃密になっていく魔物窟。例え魔物の遺骸を食らったとて、歌は止まない。頭を食らえば、喉だけで歌い、肺をえぐれば、胸の穴で歌う。

 

 長月七日まで、僅か20メートル足らずだ。その20メートルが果てしなく遠い。

 

 立ち塞がる肉壁を切り拓き、食い荒らす。しかし、生まれた隙間はすぐに新たな魔物に埋め尽くされる。クルリの炸裂ボルトも、ラアルのリーフバインドも、焼け石に水にしかなっていない。

 

 切り傷が増えていく。打撲が増えていく。正反対に、血が減っていく。脳内麻薬の作用を超えて、痛覚が叫び出す。

 

(届かない)

 

 これだけの大規模魔術だ。長月のMP消費は尋常ではないはずだ。いつか力尽きるはずだ。

 しかし、それはいつの事だ? 果たして、エイトのHPより早く尽きるのか?

 

 《多重斬撃》でウォーウルフをなます切りにし、その喉を食らう。

 バジリスクイーグルに石化させられた左腕で、千本針ムカデのトゲを受け、食らう。

 《毒針》でバジリスクイーグルを仕留め、その尾を食らう。

 《石化眼》でシャークワームの動きを止め、噛み砕く。

 

 その時、エイトは腹部に違和感を覚えた。


(……あれ? これって、もしかして)


 久しく忘れていた感覚だった。しかし、地球では確かに感じていたものだった。

 異世界に転移して初めて、新垣エイトは満腹感を覚えたのだ。

 

 ほんの一瞬、手が止まる。ほんの一瞬、箸が休む。

 

 承知の通り、その隙は命取りだった。

 ドロヌマシズメがエイトの足を掴み、引きずり倒す。

 魔物の渦がエイトに覆いかぶさった。

 

 

 …………

 ……………………

 …………………………………………


 いつしか、歌は止んでいた。

 右肩をやられた。骨が砕けて動かない。筋肉の部分断裂四ヶ所。骨折三箇所。刺し傷が多く、内臓に到達しているものもある。打撲など数えるだけ時間の無駄だ。

 刻々と冷えていく体は、死を実感するに十分だった。

 

 クルリとラアルの声は聞こえない。気絶したのか、それとももう……。

 少なくとも、クルリと“姉さん”は友人関係にあったはずだ。無事を祈る他ない。


「やったよ……やった、姉さん……」


 長月が右足を引きずりながら、歩いてくる。


「証明したよ。勝利したよ。姉さんはやっぱり、最高だ。そうだよね? だから、こんなクラスメートより……!」

「……一つ……確認、させてくれないか」


 最後の力を振り絞り、エイトは質問した。これだけは、確かめなければならない事だ。


「君達は……人間じゃ、ないんだな?」

「ああ、あぁそうさ! 俺こそは姉さんを歌うための三十七人! 愛のためのホムンクルス! 完全なる生命! だから……!」


 エイトは穏やかに笑った。


「ああ、良かった。それならセーフだ」

「――――かっ……!?」


 長月は呆然と、自らの胸を見下ろした。そこには、血に濡れた剣先が生えていた。空洞甲冑の剣だ。

 折り重なった魔物の遺骸から、一本の剣が伸びて、長月の右肺に突き刺さっていた。

 

「……な……に……?」

 

 長月は血の泡を吹きながら、目を白黒させていた。

 事態を理解出来ていないようだが、仕方のないことだ。自分と同じ魔力で召喚された、自分の見知った召喚獣が、突然自分を襲ったのだから。

 

 単純な定義問題だ。

 新垣エイトは好き嫌いをしない。

 人間であれば、可能な限り生かそうとするし、食物なら腹に入れる。

 外見や知性ではなく、人間か否かで食物を判定する。

 

「そう、か。……喰い……やがったのか……!」

 

 だから、『人間では無理だ。姉さんを愛せるのは俺達だけ』と宣言したその瞬間。

 長月七日はシェフの座を降り、エイトの食卓にのぼっていたのだ。


「俺、の……兄弟、を……! 召喚、スキルを……!」


 エイトは返答しなかった。代わりに、奥歯に残った髑髏の欠片を噛み砕いた。


> 《長月七日》Lv49を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> アクティブスキル《召喚術》Lv6を獲得しました

> パッシブスキル《召喚術》Lv6を獲得しました


「ごちそうさまでした」


> 昇華:《召喚》空洞甲冑Lv32

> 昇華:《召喚》空洞甲冑Lv32

> 昇華:《召喚》空洞甲冑Lv32


 三体の空洞甲冑が、次々に長月の体を切り裂く。

 断末魔を聴きながら、エイトの意識は闇に落ちた。


> 条件達成。《弱肉強食》Lv2→Lv3

> ユニークスキル《合成昇華》が開放されました

> ユニークスキル《解体昇華》が開放されました


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