三十話:龍流し編 その5
リーベルトは空前絶後の危機に瀕していた。
地上は水魔が押し流さんとし、空では対の龍が互いの尾を喰らいあっている。
最高濃度の危険と死が充満する中、新垣エイトは食事を始めた。
「念のため、遺言をどーぞ?」
「―――いただきます」
> 昇華:《怒龍の猛進》Lv2
> 状態:攻撃力向上【大】
> 状態:防御力向上【小】
> 状態:敏捷性向上【大】
> 状態:魔力向上【中】
> 状態:SP回復向上【中】
> 状態:HP継続ダメージ【中】
> 昇華:《大跳躍》Lv5
地面を水平に蹴り飛ばし、エイトは突進した。天雷の龍の化石から得た《怒龍の猛進》と料理の力でLv5に至った《大跳躍》は、爆発的な加速を生み出す。
18メートル近い間合いが、瞬き未満の時間でゼロと化す。
距離のアドバンテージを失いながら、しかし、目隠しは余裕の表情を崩さなかった。
その自信の根源は……。
(足元か)
接敵の寸前、エイトはステップを踏んで軌道を変えた。
「おっと! バレたか」
アテを外され、目隠しがニヤける。
目隠しの正面足元にはドロヌマシズメが配置されていた。地面と同化し、踏み込んだ者を体内に引きずり込む、ダニエラを苦しめた魔物だ。
しかし、エイトは知っている。例え姿形を変えたとしても、ドロヌマシズメには小さく特徴的な芽があることを。
目隠しの右側面へ飛んだエイトは、その勢いのまま、肉切り包丁を振り抜いた。
躱されたものの、反応は鈍い。目隠しの右耳の不調は治っていないようだ。
「は、ちったぁお勉強してきたなァ!」
目隠しがステップで間合いをあけつつ、腕を振るう。
エイトはさらに距離を詰めながら、魔力の蠢きを舌の根で感じとる。
場の属性は土。ゴーレムではない。恐らくウォーウルフ。二匹、否、三匹同時だ。《怒龍の猛進》バフがかかっている今なら、相手に出来ない数ではない。だが、足は止まるだろう。
(それは危険だ)
目隠しとの間合いを、あと数歩離してしまえば、あと数呼吸分の余裕を与えてしまえば、物量で圧殺される。
ならば、やることは決まっていた。
> 昇華:《石化眼》Lv4
「な……っ!?」
今度こそ、目隠しの頬が歪む。
舌の根で魔力の変動を感知、召喚詠唱中の髑髏を見極め、その一つに石化をかけたのだ。
バジリスクイーグル解体時に体験したことだが、爪のような血の通わない部位は石化にかかりやすい。
目隠しの腕に宿る召喚術師達も、例外ではなかった。
目隠しの強みは三十七の口を利用した詠唱の分担、並列、非同期処理による高速同時召喚だ。言うなれば、三十七名が三十七のパートを担当する、複雑怪奇な合唱である。
小さな歯車一つの欠損で精密機械が止まるように、数秒であっても、一つの口を石化させてしまえば、途端にそのリズムが狂ってしまう。
結果、召喚されたウォーウルフは僅か一匹となった。食べ放題だからといって、一度に皿に盛り過ぎない。バイキングの鉄則である。
> 昇華:《多重斬撃》Lv4
ドクロアジサイから得たスキル、《多重斬撃》を起動。
肉切り包丁の一振りが無数の軌跡を生み、ウォーウルフをなます切りにする。
> 《ウォーウルフ》Lv26を撃破しました
> 《シャークワーム》Lv21を撃破しました
その体内に仕込まれたシャークワームごとだ。
エイトは攻撃の手を緩めず、体を捻って蹴りを繰り出す。《怒龍の猛進》と《体術》Lv4を伴った胴回し蹴りは、しかして目隠しの腹を潰すには至らなかった。
> 《空洞甲冑》Lv26を撃破しました
魔物が盾になったからだ。
「しくったぜ、魔眼まで使うたぁな! ナイス小細工、だがな!」
エイトの足元に大きな影。ゴーレムだ。既に両拳を振り上げた形で召喚されている。
「速度が足りなかった!」
巨大な質量がエイトの頭頂に振り下ろされる。
傍目から見れば、エイトは深追いし過ぎだった。足の腱が伸び切っており、躱せる体勢にない。
岩の拳が直撃し、あわや肉煎餅……。
「させないんだから!」
鈍い打撃音と共に、ゴーレムが大きく仰け反る。
クルリの放った魔物加工弾頭ヘビーボルトが、ゴーレムの腕に直撃したのだ。
置き撃ちじみた即応性だ。まるで召喚された時には、既に照準は定まっていたかのような狙撃であり……。
「もういっぱぁつ!」
事実、定まっていた。第二射がゴーレムの頭を砕く。
「やったぁ!」
「かましたのう、小娘!」
クルリの細い腕には蔦が巻きついている。そう、ラアルだ。
彼が事前に召喚獣の出現位置を推測し、クルリに教えているのだ。人を超えた魔力探知能力を持つラアルと、長距離打撃力に優れるクルリのコンビネーションだ。
半径1.8メートル。それがエイトとクルリ、ラアルが交わした取り決めだった。目隠しが自身の1.8メートル圏内に召喚した魔物はエイトが対処し、その外に召喚された魔物は二人に任せる。
エイトは背後の守りを一切気にせず、ひたすらに目隠しを追って王手をかけつづける。
次々と繰り出される魔物を切り抜け、やり過ごし、目隠しに追い縋る。
肌がひりつく。産毛が逆立って収まらない。
心臓は暴れまわり、背筋は冷えきり、脳の芯はどこまでも熱い。
まるで詰将棋だ。一手誤れば詰み。一歩逃せば終局。
《石化眼》の切れ目も、《怒龍の猛進》の切れ目も、命綱の切れ目だ。
「アァッハッハッハッハッハッハッハァッ! やるじゃぁねーかニイガキエイト! 楽しいじゃねーかカシマダクルリ! いい情熱だ。いい熱量だ!」
ワゴンセールの映画がアタリだった時のように、目隠しは笑っている。
実力差は歴然だ。目隠しがエイトを侮っているからこそ、この戦いは成立した。
隠密性度外視で魔物の大群を引き連れて来られれば、勝負にすらならなかった。
手の内を研究し、対策を徹底し、バフを積んでようやく、薄氷の上に立てる。
しかし、そう、薄氷の上に立てているのだ。新米冒険者と魔物一匹のパーティーは、天才聖騎士すら退けた凝縮召喚術師と、駆け引きが成立するところまで上り詰めていた。
「だがよ、いい加減しつこいぜ、ニイガキくんよォ」
痺れを切らした目隠しが、再び腕を振るう。
(シャークワームか? いや、この属性は!)
二匹の《雷蛍》だ。魔物の姿をした爆発物。ダニエラすら気絶させた雷爆弾。
初級冒険者一人バラバラにするには、明らかなオーバーパワーだ。
《雷蛍》が日光を認識してから、起爆まで二秒足らず。
その間に、強制的に爆発範囲外へ逃げさせようという意図なのだろうが。
「一口サイズだ」
新垣エイトは牙を剥く。
> 昇華:《シャークバイト》Lv3
> 《雷蛍》Lv24を捕食しました
> 《雷蛍》Lv25を捕食しました
目前をうろつく獲物を、エイトが戴かない道理がない。
> 《弱肉強食》起動
> アクティブスキル《炸裂雷光》Lv4を獲得しました。
> パッシブスキル《雷耐性》Lv4を獲得しました。
「意外とマイルド味」
「……付き合いきれね」
目隠しがエイトの一閃を躱してバク宙する。
エイトの舌の根に新たな味覚が舞い込む。風属性の味だ。
中空へ飛んだ目隠しの足元に、新たな魔物が出現する。
鷲の頭、蛇の尾、豊かな羽毛と太い腿を持つ怪鳥、バジリスクイーグルだ。
空中逃走からの連続召喚。ダニエラを打ち負かした戦法だ。ここで時間を稼がれてしまえば、取り返せないアドバンテージ差が生まれてしまう。
クルリのボルトがバジリスクイーグルを狙撃するも、ウォーウルフが盾になって射線を逸らす。《大跳躍》で空を追ったところで、叩き落されて終いだ。
「詰みだぜ、チキュウっ子」
地力からして、既定路線の結末だ。
例え戦いが成立しているように見えても、それは相手の油断前提のシーソーゲームだ。
強者が少し“その気”になってしまえば、均衡は脆くも崩れ去る……。
と、目隠しは考えたはずだ。
エイトは不敵に笑った。
「―――待っていたんだ、その手を」
> 昇華:《コンフュージョンノイズ》Lv3
キン、と。甲高い音が頭蓋骨に響いた。
「……ぁ……?」
目隠しの足元がふらつき、バジリスクイーグルから転落。受け身も取らずに地表に激突する。
「がっ……ぁ! な、んだ……? 混乱、だと……!?」
立ち上がろうとして、足を滑らせ崩れ落ちる。
主を拾い上げようと降りてきたバジリスクイーグルは、クルリの矢に射止められた。
「なにを、しやがった、テメェ……!」
「ただの外れ魔術だよ」
穴掘りジカから得たスキル、《コンフュージョンノイズ》は、決して有用な魔術ではない。
詠唱は省略出来ず、発動は遅く、耳を塞げば防げてしまう。
しかし、《弱肉強食》は魔術に詠唱を必要としない。場の属性が風一色ならば、発動も素早い。その上……。
「君は、耳を塞ぐのが苦手そうだ」
> 昇華:《コンフュージョンノイズ》Lv3
這いずり転がる目隠しに、エイトは容赦なく追撃を叩き込んだ。
> 昇華:《コンフュージョンノイズ》Lv3
> 昇華:《コンフュージョンノイズ》Lv3
「あ、ぐが……っ! ぁぁぁあ……!」
> 昇華:《コンフュージョンノイズ》Lv3
> 昇華:《コンフュージョンノイズ》Lv3
> アクティブスキル《コンフュージョンノイズ》Lv3が消化されました
> パッシブスキル《風魔法》Lv3が消化されました
「が……ぁ、あぁ、……て、めぇ……!! テメェェェェェェェ……!!」
空間認識を聴覚に頼った目隠しにとって、三半規管の麻痺は致命的な情報ロスだ。
《コンフュージョンノイズ》を五度叩き込まれた目隠しは、もはや満足に胃液を吐き出すことすらままならなかった。
エイトとて経験者だ。その苦痛は想像するに余りある。
「甘く、してやりゃ……! つけ、あがり……やがって……!」
「魔物は大勢居たけれど、甘味はなかったような」
「遊びは、終いだ……処刑場に、変えてやる……!」
「遊び? 処刑場? どうも、誤解があるな」
エイトは当然のように言い放つ。
「徹頭徹尾、ここは僕の食卓だ」




