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二十七話:龍流し編 その2

 龍流しの祭壇は、大聖堂の頂上に設置されていた。

 十二畳ほどの空間に、ケルピーの尾の糸で織り上げられた薄水色の絨毯が轢かれている。中央には聖者グンベルドパーティーの魔術師、リーゼロッテの像が安置され、その腕には幻惑の魔術がかかった《龍の涙》が安置されている。

 

 巫女衣装を身にまとったアヤメは、祝詞を謳い上げながら緩やかに踊っていた。その動きに呼応するように、幻惑の香が舞い上がる。

 

 《龍流し》は実にシンプルな儀式だ。この街で最も高い建造物の頂に立ち、香を炊き、結界を構築し、祝詞を挙げ、水底の龍に《龍の涙》を捧げる。たったそれだけだ。

 龍の到着時刻によって多少の振れ幅はあるものの、所要時間は概ね二十分程度。商業化した《天幕の儀》に比べれば、かなりコンパクトな内容だ。

 

 巫女の舞には、聖者グンベルドの伝説をなぞる意味があり、その精度が儀式の正否に影響すると言われる。アヤメはつま先から毛の先まで意識を巡らせ、一挙手一投足に全霊を尽くす。

 

(……寒ぃな)

 

 自分の内に気を向ければ向けるほど、孤独は浮き彫りになっていく。

 下の階には、《緋色の御旗》、《鉄甲兵団》、《宵闇の茶会》のLv50超の冒険者パーティーが三組ひしめいている。連携の取れるダニエラクラスが12名いると考えれば、数、質ともに申し分ない陣営だ。更に巫女周辺には魔術師三名による防御結界も張られている。

 

 この布陣を見れば、エイト達低レベル冒険者が居たところで何になるのか、という意見はある種の正論だ。正論なのだが、心細さは変わらなかった。

 “小杉アヤメ”を守ってくれる者は、もう何処にもいないのだ。

 

(クソッ。気ぃ散らすな! 今に集中しろ! 今日さえ乗り切れば、これから一年悩まなくて良いんだ!)

 

 そう言い聞かせながら、より深く自分に埋没していく。

 

 ………………。

 ………………………………。

 ………………………………………………。

 

 結論から言えば、水底の龍が現れるまで目隠しは影も形も見せなかった。護衛の身元を洗い、祭具をチェックし、万が一に備えて狙撃の可能性も考慮したが、無用な心配だった。

 

 予定時刻を少し過ぎたあたりで、水底の龍は雲を割って現れた。大聖堂すら飲み込めそうな巨躯だ。

 

 修道女や護衛の魔術師達が膝をついて目を伏せる。

 水底の龍の魔力は空気が濁るほどに強烈だ。魔力にあてられるだけで、並の冒険者ならば失神、一般人ならば死に至る。魔物であっても同様だ。至近距離で龍を直視出来るのは、巫女の血統に生まれ、幼少期から訓練を詰み、人外じみた水耐性を持つ巫女とその代理だけなのだ。


 水底の龍は、じっとアヤメの手元の《龍の涙》を見つめている。彫像のような表情からは、何の感情も伺うことはできない。

 

 アヤメは実感した。こんなものは魔物という括りに置くことは出来ない。神だ。これもまた、一つの神の形なのだ。足が震えそうになる。逃げ出したい衝動に駆られる。


『荒ぶる者よ。原初なる者よ。水底の龍よ。契約に基づき、汝に主の御業を捧げよう』

 

 しかし、アヤメの迷いや怯えとは無関係に、スーメルアの唇は祝詞を紡いだ。体に染み付いた訓練の成果が、アヤメではなくスーメルアの人生が、寸分の狂いなく祭りをこなしていく。


『喜ぶがいい。汝の名が教会に連なることを、主はお赦しになった』


 リーゼロッテの像からベールに包まれた《龍の涙》を受け取り、水底の龍に掲げて……その時だった。


> 強制クエスト《龍流しを遂行せよ》を達成しました

> スキルポイント10を獲得しました


(え? ……クリア? このタイミングで?)

 

> 強制クエストが発行されました。


=============================

◆強制クエスト:龍の涙を破壊せよ

達成条件:龍の涙を破壊する

達成期限: 残り30秒

報酬:スキルポイント0

推奨Lv:Lv20以上

推奨パーティー:1名

=============================


(……なん、だ、これ)


 アヤメは、強制クエストの文面を飲み込むことが出来なかった。命じられたのは、《龍の涙》の破壊。残り時間は30秒。それは即ち、龍流しを失敗させろ、という意味だ。


(おかしいだろ!? そもそも、龍流しを遂行しろと注文をつけてきたのは強制クエストの方だってのに……! ……失敗したら、どうなるんだ?)

 

 解らない。想像もつかない。スーメルアの知る限り、リーベルトの歴史には一度としてそんな事象はなかった。

 

 確かなことは、それが、スーメルアの築き上げた信頼と実績を傷つける行為だということだ。教会にとっての……否、この街の人々全てにとっての裏切り行為だ。

 鹿島田クルリに、新垣エイトに、更に失望される行為だ。

 

(それは、いやだ。怖い)


 強制クエストの圧力に必死に抗う。しかし、抵抗の意思を示すたび、割れんばかりの頭痛が襲う。心臟が締め付けられる。


(いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ……!)


 小杉アヤメは脆い少女だ。魂の根源を握り潰されるような恐怖を前に、精神が擦り切れるのにそう時間はかからなかった。


「……見ないでくれ」


 誰にともなく、アヤメはつぶやいて。

 大聖堂の頂上から、龍の涙を投げ落とした。はるか眼下で、小さく石の割れる音がした。


> 強制クエスト《龍の涙を破壊せよ》を達成しました

> スキルポイント0を獲得しました

 

 次の瞬間、水底の龍の咆哮がリーベルトを震わせた。

 恵みと豊穣の神が、夫を奪われた復讐鬼へと変貌したことに、気付く者はそう多くなかった。

 

 

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