二十六話:龍流し編 その1
異世界召喚三十九日目。
ついに、《龍流し》当日がやってきた。
聞いていた通り、空模様は最悪だ。
黒い雲が空を覆い尽くし、リーベルトめがけて鉛玉じみた雨を投下している。荒れ狂う風が付近の木々を幹から揺らし、稲光が太陽の代わりを果たしている。
《聖者の祠》が街を守っていなければ、天候だけで一大災害となっていた事だろう。
集合住宅の屋根から眺める街の景色は、平時から一変していた。
祭りと言うよりも戦時の様相だ。一般の住民や観光客は比較的安全な東側地区に避難しており、見かける人影は武装した冒険者や僧兵ばかりである。
エイトは腹の底に重みを感じた。
食べ過ぎではない。人智を超えた魔力の接近が、体を圧迫しているのだ。
「エンティ様、大丈夫かしら」
「気にせんでええ。毎年のことじゃし、水魔どもの狙いは人間じゃ」
ラアルの言葉を証明するかのように、腹の底に響くような波音が、リーベルト全体に轟いた。《聖者の祠》に水魔が激突する音だ。
巨大な不定形のアメーバじみた怪物達が、雪崩の如く体当たりを仕掛けている。結界の魔力で焼け死にながらも、街に潜り込もうとしている。仲間の死体すら盾にして前進する様は、憎しみめいたものすら感じてしまう。
(いや、事実憎しみを持っているんだ。水魔達は水底の龍の怒りにあてられて暴走しているんだから)
街の南西側、今は亡き第二結界堂の近辺は明らかに結界の密度が薄い。破られるとするなら、あそこだろう。
リーベルト南西の外周には、土魔術によって建造された防壁が幾重にも連なっていた。
高台には大盾と長槍を装備した近接職の戦士たちが隊列を為し、その背後には召喚獣の一団が整列している。さらに後方には魔術師と弓使いが並んでいる。回復魔法使いを背にのせた鳥系召喚獣が空を舞い、伝令用の伝書鳩がほうぼうを飛び交っている。あちこちで点滅している光は、付与魔術師達によるバフだ。
《緋色の御旗》を中心として編成された、水魔迎撃部隊である。
『聞け! 嵐に立ち向かわんとする、全ての勇士達よ! 俺こそは、《緋色の御旗》リーベルト支部のギルド長、ゴッドワルドである! リーベルト政府の命を請け、此度の戦の指揮を執ることとなった!』
男の声がリーベルト南西部全体に響き渡った。野武士のような偉丈夫を連想させる、威厳と猛々しさを感じる声だ。
『諸君らも知っているだろうが、あえて口にしよう。水魔、恐るるに足らずと!』
音の源は大聖堂に設置された司令塔だ。《天幕の儀》と同じ術で拡声されているのだが、数段大規模である。風魔法要員の魔術師が三ダース以上投入されているのだろう。全体を俯瞰可能な司令塔の情報には、それだけの価値があるのだ。
『ここに集うたは、百戦錬磨の冒険者達! 一騎当千の《緋色の御旗》の強者共! 勇猛果敢なる《鉄甲兵団》の兵士達! 聡明なる《宵闇の茶会》の魔術師達! 誰より魔物を知る《穴蔵の友》の匠達! 教義に生命捧げた、正統十字教の僧兵達!
我らは商売敵だ。恨み辛みのある者もいれば、いがみ合う者もいるだろう。
だが、我らは同じくリーベルトの民だ。この地に転がって眠り、この地の麦を食って血肉とした。故に! 団結と勝利はたった一言で為されるはずだ!』
ゴッドワルドは大きく息を吸い込んだ。
『守り抜くぞ、我らの街を!!』
ゴッドワルドの号令に、ギルドの垣根を超えて冒険者達が沸き立つ。
(街を、守る)
戦い≒食事であるエイトは、あまり意識してこなかった言葉だ。しかし、不思議としっくり来る言葉でもあった。右手に残る司祭のひび割れた手の感触が、エイトを奮い立たせる。
リーベルトで暮らし始めて一ヶ月余り。毎日が新鮮で、日々が命がけだった。ともすれば、学生生活三年分よりも濃密な時間を過ごしてきた。もしかすると、ここを第二の故郷のように感じ始めているのかも知れない、とエイトは思った。
ガースの教えにしたがって、エイト達はそれぞれの神に祈りを捧げ、心を落ち着ける。
「いいかい、クルリさん、ラアルさん。防衛線の皆には申し訳ないが、僕達にとって水魔は前哨戦だ」
「本番は、お手々ホネホネ君ね」
「その通りだよ、クルリさん」
「そのネーミング気が抜けるんじゃが」
巫女の護衛は拒絶されてしまったエイト達だったが、司祭が守衛隊に話を通してくれたため、ある程度行動に自由がきく。
大聖堂周辺の護衛と、目隠し本体の発見と撃退。それがエイト達の役割だ。
「基本的に、僕達が相手をするのは、大聖堂周辺の水魔だけだ。どこに目隠しの耳があるか解らないから、出来るだけ手の内は明かさずにいく。クルリさん、負担かけるとおもうけど、よろしく」
「うん、解っちゃってるわ」
円陣を組み、互いのステータスを最終確認する。
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新垣エイト Lv27
HP:313/313(+60)
SP:161/161(+50)
MP:73/73
攻撃力:157 (+30)
防御力:141(+30)
魔力:135
敏捷性: 148 (+50)
【基礎スキル】
《HP強化》Lv3
《SP強化》Lv4
《攻撃力強化》Lv3
《防御力強化》Lv3
《敏捷性強化》Lv4
【生活スキル】
《解体術》Lv5
《調理技術》Lv1
【ユニークスキル】
《弱肉強食》Lv2
《腹時計》
《恒常昇華》
《胃拡張》Lv5
《剛健歯》Lv5
スキルポイント:0
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伯爵城攻略で得たポイントは《恒常昇華》に吸い取られてしまったため、それほどスキルレベルに大きな成長はない。
スキルレパートリーに直結する《胃拡張》をLv5にアップさせた他、基礎ステータスを向上させている。なお、《剛健歯》は魔物の骨を齧っていたら自然とレベルが上がった。《解体術》も適当に魔物を解体していたら上がった。
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鹿島田クルリ Lv27
HP:298/298(+30)
SP:141/141(+15)
MP:154/154
攻撃力:138 (+5)
防御力:152
魔力:138
敏捷性: 121 (+5)
スキル:
【基礎スキル】
《HP強化》Lv2
《SP強化》Lv2
【体術スキル】
《弓術》Lv5
《精密狙撃》Lv4
《短剣術》Lv1
【魔術スキル】
《魔道具加工》Lv4
【生活スキル】
《調理技術》Lv5
《道具作成》Lv4
《武器作成》Lv4
《即席加工》Lv1
《魔物加工》Lv5
スキルポイント:0
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弓術や精密狙撃のレベルも上がっているが、特筆すべきは《魔物加工》をはじめとした工作系、加工系スキルだ。彼女が加工した武器や道具は、目隠し攻略の鍵になるだろう。
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ラアルLv32
HP:424/424
SP:80/80
MP:187/187
攻撃力:127
防御力:150
魔力:166
敏捷性: 131
【基礎スキル】
《気配探知》Lv5
《気配遮断》Lv4
《罠発見》Lv5
《アイテム発見》Lv3
【体術スキル】
《遁走》Lv6
【魔術スキル】
《地魔術》Lv6
《毒魔術》Lv5
《回復魔術》Lv4
【生活スキル】
《解体術》Lv3
《窃盗術》Lv6
《鍵開け》Lv5
《調合術》Lv6
《光合成》Lv7
《自己回復》Lv4
スキルポイント:2
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伯爵城の頃からレベルが1つ上がっているが、大きな変化はない。
決してラアルがサボっていたわけではない。純粋に成長速度の問題だ。
エイト達が最後の作戦確認をしている間に、水魔のうねりは更に勢いを増していった。
じわじわと、リーベルト南西部の結界の形が歪んでいくのが分かる。
「ありゃぁ、もう保たんぞ」
ラアルがぼそりと呟く。高まる緊張。張り詰めていく空気。
そしてついに、《聖者の祠》に亀裂が入った。僅かな綻びから、水魔達がリーベルトに雪崩込んでくる。
『放てぇッ!』
ゴッドワルドの号令とともに、防壁から一斉に氷魔術が放たれる。
意思持つ津波に無数の光が投げかけられる様は、ある種幻想的ですらあった。
氷魔術の雨あられは、次々に水魔に着弾し、それらを氷結させた。氷の壁の狭間から抜け出そうとする水魔に、弓使い達が矢を射掛けていく。しかし、魔物の勢いは収まらない。同族を乗り越え、迂回し、時には砕いてでも前進する。
やがて、水魔が防壁に激突する。まるで空爆でも受けたかのような轟音が、街を揺らす。
『重戦士部隊、前へッ!』
統一規格の大盾を装備した戦士たちが、スパルタ兵さながらに隊列を組み、魔物の津波を押し返した。雷エンチャント付きの槍が水魔のコアを貫いていく。
圧巻だった。個々の実力もそうだが、パーティー単位の行動が基本である冒険者達が、未知の脅威を前に問題なく連携をとれている。噂に聞く《緋色の御旗》の結束力もあるのだろうが、半数は他ギルドの面子であることを考えると、ゴッドワルドの統率力の賜物だろう。
しかし、冒険者達の奮戦を以ってしても、津波の全てを射止めるには至らない。
死体すら濁流の一部として取り込む水魔の群れは、憎しみをもった天災である。
十五分ほどで防壁の一部が決壊したのは、当然の話だった。
「防衛ラインが抜かれた! 行くよクルリさん!」
「う、うん! 行っちゃうわ!」
いかに精強な防衛隊とて、天災を百パーセント防ぎ切るのは不可能だ。だからこそ、エイト達のような遊撃隊がいるのだ。
ラアルの先導で街を駆けると、大型の水魔が魚屋を踏み潰していた。質量にして10トン以上はあるだろう。遠目で見ても圧を感じる怪物だが、近くで見ると、ますます迫力がある。
水魔はエイトを認識するや否や、体を泡立てて威嚇した。明確な人間への悪意と怒りを感じる。
「来るぞ!」
エイトは飛びかかってくる水の固まりを、ステップで回避した。
近接職にとって、スライムは避けて通りたい魔物筆頭だ。
不定形で物理ダメージを与えづらく、コアを破壊しなければ有効打とならない。特に水魔はコアの透明度が高く、天候によっては殆ど視認出来ない。
防衛線の戦士達は付与魔法によって視覚を強化されているが、エイトにはそれもない。
得物を奪われないよう細心の注意を払いながら、エイトは巧みに相手を翻弄する。グラップルモンキーを食べて手に入れたパッシブスキル、《体術》Lv4が役に立っている。
「クルリさん!」
「えーい!」
エイトの合図で、クルリが砲身展開式長距離炸裂弩、ボーちゃん二世を放つ。
矢尻を丸くし、貫通力を下げたボルトが水魔の体に潜り込み、稲光を伴って破裂した。雷蛍の亡骸を《魔物加工》した特性炸裂雷ボルトだ。水魔の体が激しく飛び散る。
「あとは任せい!」
空中を舞う半透明のコアを、ラアルの蔦の鞭が正確に打ち付け、破壊した。
運動能力に優れるエイトがヘイトを取り、火力のあるクルリが爆破、感知能力の高いラアルがコアを発見、破壊する。同時に相手にするのは一体のみ。二体以上なら逃走するか他のパーティーの助けを借りる。
訓練通りの連携で、エイト達は次々と水魔を撃退していった。
なお、エイトはアクティブスキルを使っていない。全てのアクティブスキルは、目隠しのために温存する。料理したての魔物食は、生食や保存食よりもレベルが1つ高い。今は1レベルでも高いスキルを、一回でも多く残しておきたいのだ。
少し前までは守られる側だったエイト達が、今や余力を残しながら、中堅冒険者と肩を並べるまでに至っている。着実に戦力は上がっているようだ。
「ふー。一波去ったかの」
ラアルが水魔のコアを拾いつつ、腰を叩く。未だ防衛戦では激しい戦闘が行われているが、戦況は持ち直したようだ。防壁の倒壊した箇所も、魔術師によって再構築されている。
ここまでは作戦通りだ。
実力アップも確認出来たし、手の内も隠したままだ。ただ、気がかりが一つある。
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◆強制クエスト《スーメルアを守れ》
達成条件:達成期限までのスーメルアの生存
失敗条件:スーメルアの死亡
達成期限: 残り23分20秒
報酬:スキルポイント15
推奨Lv:Lv30
推奨パーティー:2名以上
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「おかしいな。強制クエストの期限を考えれば、そろそろ襲撃があってもおかしくない頃なんだけど」
このままでは、何事もなくクエストクリアになってしまう。しかも、祭りの途中でだ。
この強制クエストの主旨は、『目隠しの襲撃からアヤメを守れ』だとエイトは認識していたのだが……。どうも嫌な予感がする。
「ラアルさん、召喚獣の反応はないんですか?」
「うーん、わしの感知範囲にはおらんの。そこらに植えといた苗木付近にもおらん。少なくとも、地上にはおらんのじゃないかの」
ラアルの感知にもかからず、司祭からの伝書鳩もなし……。となれば、本当に目隠しは行動を起こしていないことになる。
「どうして目隠しは現れないんだろう? 召喚獣すら送り込んでこないなんて」
「寝坊かしら。不健康そうだったし」
「クルリさん、今十五時だよ」
「警備が厳重過ぎて、手出し出来んってことかのう」
「……そうならいいんですが」
目隠しにとって、最大にして最後のチャンスは今であるはずなのだ。
龍が引けば、水魔も去っていく。水魔が居なくなれば、防衛線戦の僧兵や冒険者達が、スーメルアの護衛に加わるだろう。そうなれば、ますますチャンスは遠のくはずだ。
エイトには、目隠しがスーメルアの事を早々に諦めるとは思えなかった。
エイトが首を捻っていると……。
唐突に、街の空気が変わった。腹の底に一際重い圧迫感が押し寄せた。
「あ、エイト、見てみて!」
一瞬、街全体が戦いを忘れた。
その威容は、黒雲の狭間から姿を見せた。深い群青色の鱗。大聖堂を飲み込まんばかりの頭。視界に収まりきらない全長。舌の根の感覚がバカになるほどの強烈な魔力が、地上にいるだけのエイトにも伝わってくる。
(あれが、水底の龍……!)
古代よりリーベルトで信仰をうけてきた土着神。聖者グンベルドに夫を奪われ、今も人に騙され続ける、哀れな神だ。
水底の龍は大聖堂の頂点……巫女のいる祭壇へ、かしずくように頭を下げる。胸焼けするほど魔力濃度が高まっていく。祭りが最高潮に達していく。
> 強制クエスト《スーメルアを守れ》を達成しました
> スキルポイント15を獲得しました
「えっ」
「早くない?」
エイトとクルリは顔を見合わせた。




