五話:初クエスト
当たり前だが、《嘆きの伯爵城攻略》の受注は断られた。
ギルドに必要なのは冒険者であって自殺志願者ではないと、リザにとうとうと語られた。
結局、エイトはリズに勧められたクエストを素直に受け取ることにした。
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◆受注クエスト《火ネズミ退治》
達成条件:バニーノ農場周辺の火ネズミの退治
達成期限:なし
報酬:重麦パン二食+火ネズミ討伐一匹あたり400ゼラ
推奨Lv:5以上
推奨パーティー:1名以上
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火ネズミの皮衣と言えば、かぐや姫との結婚に必要な無理難題アイテムの一つだ。
火ネズミは日本的な“有り得ない生き物”の象徴である。
そのファンタジーの象徴が、この世界では普通に生きていた。
何でも四ヶ月に一回ペースで大繁殖する魔物で、穀物を好き放題漁り食った挙句、見つかりそうになると火を撒いて逃走するらしい。とんでもない害獣だ。
エイトとクルリは、街外れのバニーノ農場目指して馬車に揺られていた。
先輩冒険者、槍兵のガース率いるパーティーも同乗していた。先輩たちは武器を手入れしたり、エンチャントをかけたり、昼寝したりとめいめい自由に過ごしている。
そんな中、エイトとクルリは顔を付き合わせて、リザから借りた貴重品……『冒険者向け初級スキル教本』を覗き込んでいた。
昨日、エイトは獲得可能スキル一覧を見てその種類の少なさにがっかりしたが、どうやら、それには理由があったようだ。
というのも、スキルの取得には、そのスキルについての基礎知識を得ていなければいけなかったのだ。
『冒険者向け初級スキル教本』には、剣術、槍術、弓術等の体術系スキルから火魔法、氷魔法、風魔法等の魔法系スキル、隠密、探索といったその他スキルに至るまで、駆け出し冒険者に必要なあらゆるスキルの基礎知識が纏まっていた。
教本曰く、スキルにはパッシブスキルとアクティブスキルの二種類が存在する。
その名の通り、パッシブスキルは常時発動する技能であり、アクティブスキルは一時的に発動する技だ。
パッシブスキルはスキルポイントを割り振るか、訓練を重ねないと身につかない。
アクティブスキルは土壌となるパッシブスキルを習得すると自動で身につくものが殆どだ。
例を挙げると、剣術はパッシブスキルに分類される。上げていくと純粋に剣士としての腕前が磨かれる。対して、剣を使った技はアクティブスキルだ。剣術にポイントを振ってLv1にすると、強斬撃というアクティブスキルが手に入る。
(強斬撃って、単に力んで切るだけじゃないのか?)とエイトは思ったが、何か色々と違うらしい。色々と。
スキルには派生元と派生先が細かく設定されており、スキルツリーの把握は冒険者の将来を左右するそうだ。
(これを見る限り、《爪撃》は僕の持っていない《拳闘術》の派生スキルなんだよな……。もしかして、《弱肉強食》はスキルツリーを無視出来るのか?)
「うーん、うーん」
クルリも、強制クエストボーナスで獲得したスキルポイント2の使い道に頭を捻っている。
「ソードマスタークルリ……。突き刺せクルリ様……。魔法使いクルリちゃん……。西部のクルリマン……。怪盗クルリ……。クルリ職人……。うーん、どれも捨てがたいわね」
「クルリ職人って、君自身を作ってないかい?」
どちらかと言うと、キャッチコピーの思案がメインのようだが。
「魔法使いが一歩リードかしら」
「クルリさん、呪文とか覚えられるの?」
「なっ! だ、大丈夫よ! 失礼しちゃうわ!」
「失礼ですみません。でも君、率直に言って軽くバカじゃないか」
「ちょ、ちょっと! ビブラートに包みなさいよ!」
「……広く浅めに考えるタイプじゃないか」
「そうそう、それでいいのよ。危うく『可愛いけど頭弱い子って思われてるのかな?』って、焦っちゃうトコだったわ」
(その焦りは大事にして欲しいんだけどな)
クルリは満足げに頷くと、教本のページをめくった。
「むむ……? あ、召喚術も良いわね。お友達が増えるし。エイトに」
「お気遣いなく」
「Lv1だと、ふむふむ。子豚さんが出るのね」
「―――!」
その時エイトに電撃走る。
「取得しても、いいんじゃないかな、召喚術」
「あ……。食べる気でしょ」
「魔術は呪文の暗唱を要求されるけれど、召喚術なら事前にメモを読んでおけるし」
「違う! 今食べる目してた!」
「オススメだなぁ、ベーコ……召喚術」
「やだ! プーちゃんはあたしが守るんだから!」
(くっ……! 無駄に勘が鋭い……!)
結局、クルリは自分の行く末を決めきれなかった。
教本一押しの絶対に腐らないスキルということで、《HP強化》Lv1と《SP強化》Lv1を獲得した。
HPは生命力に関わるステータスで、強化すれば深手を負いにくくなるものだ。
病気や怪我の治りにも影響するので、健康長寿に一役買う。
SPは体力を示すステータスで、回復も早いが消費も早い。
ダッシュの持続時間や攻撃/スキルの連続使用回数などに関わってくる。
魔物から逃げる時に特に有効だそうだ。
一方のエイトはと言えば、教本に目を通しつつも、実は既にポイントの振込先に目星をつけていた。
>《腹時計》を獲得しました
> 残りスキルポイント 3→0
《弱肉強食》の派生スキル《腹時計》である。
(腹時計、起動)
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捕食スキル一覧:
《ヘビーウェポン》Lv1 :消化まで21時間
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エイトの予想通り、《腹時計》は捕食スキルの残り消化時間を把握出来るようになるスキルだった。
オマケに捕食したスキル一覧も確認出来るようになった。
聞こえはマヌケだが、《弱肉強食》を活用するならば必須だろう。
せっかくのユニークスキルなのだ。活かしてやりたいのが人情である。
ちなみに、《ヘビーウェポン》は水筒の水を飲んだら手に入ったスキルだ。
この街の飲水は川水を濾過したものようだが……。
(上流で魔物の出汁でも出てるのかな)
昼過ぎには、一行は街外れの農場にたどり着いた。
風に揺れる穂。なだらかな丘に立ち並ぶ、見渡す限りの麦畑。
この風景だけ切り取れば、ヨーロッパの田舎でいくらでも見つかりそうだ。
迎え入れてくれた農場主曰く、ここは三世紀前から続く伝統ある農場だそうだ。
領主の指導の下、最新の農作技術を次々と打ち出して、農業界をリードしていたらしい。
農場入り口に飾られていた古めかしい碑文からも、歴史の深さが預かり知れる。
さておき、狩りの話に戻ろう。
火ネズミは火を吐く代わりに咀嚼力は弱く、物理的な攻撃力にとぼしい。
装備さえ整えれば対策が容易なため、ガース氏のパーティーは個々人に分かれて農場内を探索するようだ。
エイト達は二人組だ。
作物に被害が出ると困るため、農場から少し離れた草原が割り当てられた。
膝上ぐらいまで雑草が生い茂っているものの、高い木は少なく、見渡しがよく、すぐにでも先輩冒険者が駆けつけられる布陣である。
「リザっちったら心配症よね。Lv0だってネズミさんぐらい……」
「しっ。……匂いがする」
火ネズミを見たことがないが、すぐにわかった。
この腹の虫をくすぐる匂いは、間違いなく魔物だ。
鼻と腹に頼って周囲を探ると、木陰で何かをもぞもぞ啄む火ネズミ(体長50センチぐらいだろうか。兎より大きい)が見えた。
「クルリさん、矢をつがえて」
「う、うん」
クルリは先輩冒険者から貰ったクロスボウを構えた。
クロスボウは威力が使用者の攻撃力に依存しにくい武器で、弓に比べて狙いもつけやすい、初心者向け武器だそうだ。
上級者のお下がりで初心者ブーストとか、MMOみたいだな、とエイトは思った。
「ね、ねえ。ホントに助けてくれるのよね?」
「安心していい。僕も経験値が欲しい」
再確認になるが、この世界には経験値という概念が存在する。魔物を倒すと手に入り、貯まればLvが上がるアレだ。教本曰く、その正体は魔力の塊とも魂の欠片とも情報の集合体とも言われ、詳しいことは解っていない。
ともかく、経験値は戦闘に参加した者に均等に配分される。『戦闘に参加した』の判定は魔物に傷を負わせたかどうかで、トドメがどうだの、貢献度がどうだといった複雑な計算式は存在しない。
要するに、パワーレベリングが可能なのだ。
「えいっ!」
クルリの放った矢はまっすぐに飛び、灰色の毛皮に見事突き刺ささった。
『キィ! ……ギィィ!』
火ネズミは目を血走らせ、逃げる素振りも見せずにクルリに突進して来た。
臆病な生き物だが、弱者にはとても強気だそうなので、つまりそういう事だ。
「ひゃっ! く、来るわ! 怒ってるわ! 謝ったほうがいい!?」
「謝るよりお礼を言おう。クルリさん、交代」
一足飛びでネズミの前に躍り出る。
『シィッ!』
火ネズミが小さく喉を鳴らす。
(何か来る!)
ネズミの正面から飛び退き、右横に回る。
次の瞬間、ネズミの口元で炎が弾けた。
(火炎放射というより、小規模な爆発だな!)
真正面から突っ込んでいれば、エイトは今頃弾けた腕を抱えて転げ回っていただろう。
しかし、そんな事は結果論だ。
ネズミの腹を掬うように蹴り上げ、首筋めがけて肉切り包丁を振り下ろす。
> 昇華:《ヘビーウェポン》Lv1
瞬間、包丁の質量が倍加する。
重い刃は一撃でネズミの首を叩き落とした。
> 火ネズミLv3を撃破しました。
> レベルが上がりました。Lv2→3
> HP,MPが全回復しました
> スキルポイント2を獲得しました
《ヘビーウェポン》は《付与魔法》Lv2を条件に取得可能なアクティブスキルだ。
効果は名前の通りで、武器の質量を増す。
《爪撃》程の派手さはないが、インパクトの瞬間に絞って発動すれば、普通に包丁を振るう延長で使える。使い勝手の良いスキルだ。
(腹時計)
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捕食スキル一覧:
《ヘビーウェポン》Lv1 :消化まで18時間
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(やっぱりか。また一時間減ってる)
《腹時計》で表示されるのは何もしなくても消化し終わる時間だ。
事前テストの時もそうだったが、スキルを使うと一度につきほぼ1時間程度リミットが早まるようだ。
(《爪撃》がすぐに消化されてしまったのは、道中雑草刈りに撃ちまくったからか)
愚かな真似をしたものである。情報は大切だ。
それともう一つ、《弱肉強食》のスキル昇華について解ったことがある。
通常、魔法スキルにはMPとSP、体術系スキルにはSPを消費するようなのだが、昇華したスキルにはそれがないのだ。
食材が肩代わりしてくれるのか、リソースが別管理なのだ。
(《弱肉強食》に特化するなら、MPは切り捨てても問題ないステータスって事になるな。SPは走るだけでも消耗するから、無視は出来ないが)
「ねえ、エイト!」
逃げ隠れしたクルリがぱたぱたと駆け寄って来た。
「あのね、あのね、あたしってばレベル上がっちゃったわ!」
「うん、おめでとう」
「考えてみたら、あたしってば凄いわよね? レベル0なのに、初めてなのに、ドヒューンってして、スパーンて、当てちゃったの!」
「う、うん、上出来だったよ。初めてとは思えないよ」
「でっしょでしょー!?」
クルリは鼻高々だ。
「これは、見えてきちゃったみたいね。あたしの進むべき道!」
「……早計では?」
「だって、あたしってば百発百中じゃない!」
「一発一中では?」
「命中率100%じゃない!」
「統計的信頼性に欠けるのでは?」
「いーい? ただでさえ百発百中のあたしが、《弓術》スキルまで取得しちゃたら、一体どうなっちゃうと思う?」
「さあ……。変わらないんじゃ」
クルリは自信満々に仰け反った。
「百発二百中になるのよ」
「クルリさんって時々因果律軽視するね」
「ふっふーん。そーよ。ケーシよ!」
物理法則を討ち取った狩人クルリは、次なる獲物を見つけるやいなや、元気にとたとたと走っていった。
「エイトはそこで見てるのよ! あたし一人でやっちゃうから! 絶対手出しちゃダメだからね! 絶対だからね!」
「うん、御意に」
「さあ、行っちゃうよネズミさん! 覚悟! とりゃー! ……あれ? うそ、外れっ!」
「…………」
「ちょ、こっち! え、タンマ、あっちちちちち!」
「…………」
「ふぎゃああああああああああああああ!」
「…………」
「チュー! チュチュッチュー! お助けチュー! 命だけはチュー!」
得意の動物会話(命乞い)を始めるクルリ。
エイトは一瞬迷ったが、一応助けに行った。