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二十四話;アヤメのケジメ



『無駄な期待を持たせない』、小杉アヤメの生き方だ。

期待されれば、失望される。地盤の崩れる不安感。繋がりを失う喪失感。失望ほど恐ろしいものはない。


アヤメは未だにダニエラの見舞いに行っていない。

病室の外までは行ったのだ。しかし、寂しげに自らの腹をさする姉の姿を見て、胸が掻き毟られる気分になり……そしてまた、逃げてしまった。


ダニエラは、きっと妹に当たり散らさない。


『気にするな。妹を守るのは、姉として当然の正義だ』


傷ついた聖騎士は、家族への慈しみを込めて、そう笑うのだろう。赤の他人である、小杉アヤメに。


『アンタが守ったのは妹さんじゃありませんよ。その脳みそに住み着いた寄生虫ですよ』


そうぶちまけたら、ダニエラはどんな顔をするだろう。想像するだけで背筋が凍る。



……だからこそ、アヤメは覚悟を決めたのだ。


「先日はすまない。僕の稚拙な推論が君を危険に晒した」


部屋を訪ねるなり、エイトは頭を下げてきた。


(悪気があったわけでなし。仕方のない勘違いだってのに、損な性格してやがんな)


アヤメはそう思ったが、顔に出すことも口に出すこともなかった。

護衛を外に待たせ、エイトの部屋に入る。


(男の部屋なんて、初めてだな)


娯楽や装飾の欠片もない部屋だ。部屋を埋め尽くしているのは、調理器具や食器や装備、それから魔物関連の書籍の数々。食と狩猟に関係する箇所にだけ特化した、本人の性格がそのまま表現された部屋だった。


クルリとラアルをが食卓を囲んでいた。片付けかけの食器を見る限り、食事を終えたところだったようだ。


「バジリスクホークのカツ作ったけど、アヤメっちも食べる? 揚げればすぐよ?」

「気分じゃねえ」


あえて語気を強く、すげなく断る。


「急ぎのようなら、こちらの用件を単刀直入に言わせてもらおう」


そう言って、エイトはまた頭を下げた。


「目隠し対策は考えた。彼の攻略には僕の力が有用だと思う。司祭から話がいっていると思うが、もう一度、僕らを護衛に使って貰えないだろうか」

「お願いっ!」

「……………………」


新垣エイトは本気だ。鹿島田クルリも本気だ。と言うより、彼らはいつでも全力なのだ。

本心を言えば、縋り付きたい。助けてくれと叫びたい。

けれど、その先にあるのはあの病室か、墓場だ。


死の間際、彼らが小杉アヤメの本質に気付いてしまったら、どうなるだろう。臆病で、自己中心的で、生きる価値もない虚勢とハリボテと空洞の女だと気付いてしまったら、どれほど失望するだろう。


(それは……嫌だ。怖い)


これ以上失望されないようにするには、どうすべきか。小杉アヤメは知っていた。


「ハッ。そんなに醤油が大事かよ?」


プリン頭のヤンキーが、教室の隅のモブを扱うように、せせら笑ってやればいい。


「無論大事だけど、それだけでは」

「あの約束はナシだ。つーか、最初から守る気なかったからな」

「な……! な……ぁ……!?」


エイトは雷に打たれたように目を見開いた。


「…………ショックでは、あるけど、強要は出来ない。それより……」

「あーあー! んじゃ、強制クエストが心配か? だったら問題ねえ。こっちにはLv50超えの冒険者が12人護衛についてんだ」

「しかし、彼の動機に詳しいのは僕達だけだ」

「詳しい? 犯人読み違えてダニエラ傷つけたのは、何処のどいつだ?」


言葉につまるエイトに、顔を近づけて睨みを利かす。


「それともあれか? 命張ってるポーズ見せときゃ、オレと付き合えるとでも?」

「……?」

「ヘタレなんだか紳士ぶってんだか知らねーけどよ。調味料だなんだと、回りくどい真似して好感度稼ぎゃ、オレなんかチョロいってか?」

「いや、僕はそんなつもりは」

「バァァァカ。テメェみたいな根暗クソ童貞、ハナっから眼中に入ってねーんだよ」


思い上がりだ。解っている。エイトの眼中に自分がいないのだ。

しかし、これも必要なことだ。新垣エイトにとっての小杉アヤメの価値を、一つ一つ潰していく。 エイトの中の小杉アヤメを、クラスメートの不良にリセットする。朝帰りで親を呆れさせたのと同じことだ。内臓を吐き出しそうな気分だが、アヤメにとって避けられない儀式だ。


「アヤメっち、どうしちゃったの? 昨日の焼いたクッキーあるけど、食べる?」


クルリは、心配そうにクッキーを差し出してきた。気が動転しているだけだと思われているらしい。無性に腹が立つ。

アヤメはクッキーを払おうとして……。しかし、それだけは出来なかった。


「は? 空気読めよ。お前みたいな馬鹿と話してるとイライラしてくんだよ」

「がーん! ば、ばか……!?」

「ハナっから、オレはお前らの事なんて仲間とも何とも思っちゃいなかった。利用しただけだ。だが、予想以上に無能だったんで必要なくなった。解ったな?」

「うぅ……」


反論される前に畳み掛けると、クルリは目尻に涙を溜めた。

エイトも何も言わない。ラアルは言わずもがな、興味なさそうに茶をすすっている。

全員、小杉アヤメに失望しきったはずだ。もう自分のために無謀な戦いに挑もうなどとは考えないだろう。


「身分が違うんだよ。金輪際話しかけんじゃねえぞ。……オレの用件はそれだけだ」


そして、アヤメは逃げるように教会に帰った。

護衛を下がらせ自室に閉じこもってから、胃の中身を吐き散らした。

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