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二十三話:レッツカツレツ

 異世界召喚三十六日目。

 《龍流し》当日まであと三日。すべきことは山積みだ。

 

 ダニエラが遭遇した目隠しの召喚獣をリスト化し、連日ウキェミの大迷宮にこもり、一体一体攻略法を体得していく。リーベルト周辺には生息しない魔物の場合は、召喚術師の協力を得たり、似た魔物を探して代用したりしている。

 相手は三十七の召喚術師の凝固体。エイト一人での戦いは不可能だ。クルリとラアルを加えた三人で、フォーメーションと呼吸を合わせていく。


「ふう、今日はこんなところにしておこうか」

 

 洞窟内でヘビーゴーレムを仕留めた所で、エイトは狩りの終了を宣言した。


「ふぃー。もーむり……」

「アー、腰に来るんじゃがこれ……」


 クルリとラアルはその場にへたり込んだ。魔物の運搬作業を考えると、むしろここからが本番なのだが。


「それにしても、驚きました。ラアルさん、本気でついてきてくれるんですね」


 パーティーを組みはしたが、ラアルは正統十字教の信者でもなければ、スーメルアの縁者でもない。この件には部外者のはずだ。言ってしまえば、巻き込まれただけだ。


「ま、エンティ様にもお主らの手伝いをしてやれって言われたしの」

「例の英雄臭ですか」

「そうじゃ。つか、今更ワシに覚悟とか問いただせる立場か、お主?」


 ラアルは不機嫌そうに言う。


「言っとくがの。ワシおらんかったら巫女の娘っ子なんざとっくにこの世におらんからの」

「ラアルちゃんってば、いっつも地味に大活躍してるものね!」

「地味ゆーな! いぶし銀と言えい! ……それにまあ……その、なんじゃ? お主らが死んだら目覚めも悪いしの」


 頬を染めながら、自分の髪をいじるラアル。全体的に緑っぽいことを除けば、可愛らしく恥じらう少女のようだ。喜ぶ者もいるのだろうが……。


「おじいさんの表情じゃないですねそれ」

「ぶっ飛ばすぞお主」

 

 血抜き等の最低限の下処理だけ行い、仕留めた魔物達をリヤカー三台に乗せる。運ぶ先はもちろん、ギルド《女神の従者》だ。

 山と積まれた魔物達を見て、《女神の従者》の受付嬢(自称)兼、看板娘(自称)兼、ギルドマスターのリザは手を叩いて驚いた。

 

「あっらー! 今日はバジリスクイーグルもやったの!? 大金星じゃない!」

「ふっふーん、もー白星なのよ!」


 リザに頼んで、ギルド付属の解体場と調理場を借りる。エイト達が何をしようとしてるのか、彼女(彼)も薄々察している様子だったが、深く突っ込んではこなかった。

 

 解体場には、食材と素材の山が出来上がった。バジリスクイーグル、ドクロアジサイ、ドロヌマシズメ、シャークワーム、ヘビーゴーレム……。

 エイトの胸に、達成感と共に一つの思いが浮かぶ。

 

(一日かけて獲ったのに、目隠しがダニエラ相手に召喚した魔物の十分の一にも満たないんだな)

 

 各魔物の対処法は学んだエイト達だったが、根本的な解決にはなっていない。

 三人で相手に出来る魔物は一度に十体程度が限度だ。ゴーレムやバジリスクイーグルのような強力な魔物が相手となれば、もっと数は減るだろう。

 

 ダニエラの忠告に従うなら、目隠しには時間を与えてはならない。詰将棋のように、接近戦でチェックメイトをかけ続けなければ勝ち目はない。それが出来るのは、《弱肉強食》で消化器への魔物召喚を無効化するエイトだけだ。

 しかし、そのエイトも召喚術を絡めた体術で軽く一蹴されてしまった。

 

(レシピが必要なんだ。彼の技を弱体化させ、同じ土俵に引きずり込む調理法が)

 

 エイトが考え込んでいると……。

 

「ぐに」

「っ!」

 

 眉間をクルリにもみほぐされた。

 

「むつかしー顔してるわ、エイト。むつかしー顔ばっかりしてると、おじいちゃんになっちゃうわ」

「……すまない。食材を前に上の空なんて、非礼な行為だった」

「んーん。いいの。こういう時こそ、ごはんで元気になりましょ!」

「元気に?」

「うむ!」


 クルリは拳を突き上げた。


「レッツカツレツ! 勝負にカツレツ!」

「君は天才だ!」

「エイト、お主マジでちょろいのう」

 

 料理長クルリの指示のもと、エイトとラアルは魔物料理にとりかかった。

 膂力と解体スキルに優れるエイトは、バジリスクイーグルの解体役だ。

 

(さて、どうしたものかな)

 

 逆さ吊りのバジリスクイーグルを前に、エイトは解体方法を考え始めた。

 顔と羽の造作は鷲に近いが、脚の肉付きはニワトリ感がある。もちろん、尾の部分は大蛇である。

 他の鳥類の解体方法同様、まずは黙々と羽毛を抜く。蛇部分が熱を発散してしまうのを補うためか、かなり温かみある羽だ。

 

(寝巻き作りに使えるかもな)

 

 次に、胴体と尾の間に刃を入れてみる。鱗も羽毛もない繋ぎ目の箇所は比較的もろく、簡単に骨ごと断ち切ることが出来た。

 切れ目から服を脱がすように鳥の皮を剥き、包丁の腹を使って鱗を剥く。外見から予想された通り、怪鳥の尾の部分が蛇になったもので、ベースは鳥側らしい。魔物とはいえ、恒温動物と変温動物が一緒になって不便ではないのだろうかとエイトは思った。

 

(ん……?)


 ふと、指先に違和感を覚える。見ると、爪が2枚ほど石化していた。バジリスクイーグルの蛇の部分は、死んでいても石化の力が残っているらしい。

 一瞬焦ったエイトだったが、放っておくと2、3秒でもとに戻った。

 

 エイトが四苦八苦しながら解体している間に、クルリがフライのタネと付け合せのスープを用意する。

 厚切りにした鶏肉と蛇肉をパン粉につけて寝かせ、白米を炊き上げ……。

 三人が忙しなく厨房を行き来して、一時間ほど。


「完成ー!」


 場をエイトの自室に移し、三人揃って拍手する。

 食卓に並んだのは、魔物ベースとは思えないほど小奇麗な品々だった。

 

 小麦色に挙がったバジリスクイーグルの各部位のカツと、トマトベースとすりごまベースの二種類のソース。紫色のキャベツちっくな何か。野菜たっぷりの透き通ったソースに、米の立った白飯と、豪華な顔ぶれだ。文明レベルの上昇を感じる。

 

「いただきます」

「いただきまーす!」

「……一応、いただきますっつっといてやるかの」

 

 すました表情で、ラアルは箸を手に取った。最近、ラアルは少しずつ魔物食に付き合ってくれるようになった。仲間だからといって食生活を強要する気はないのだが、好ましい変化だとエイトは思っていた。

 

(さて、まずはカツだな)

 

 一口目は主役と決めていた。

 クルリとラアルの皿にはソースのかかったカツが並んでいるが、エイトは頼んでカツ皿とソース皿を分けてもらった。かつソースは食べる時、必要な分だけかけるのが、エイトのこだわりだ。長時間ソースに浸り、衣がふやけるのを避けているのだ。

 

 胸肉にトマトベースのさらっとしたソースをかけて、衣のさくさく感を楽しむ。

 

「うん……うん、うん。これだ。これだよ」


> 《バジリスクイーグル》Lv33を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> アクティブスキル《石化眼》Lv1を獲得しました

> パッシブスキル《石化耐性》Lv1を獲得しました


 脂身の少なさが巧を為したというべきか、トマトの酸味もあってとても軽く食べられる。ともすればパサパサに乾いてしまいそうなところを、トマトベースのソースが補ってくれる。

 

 次はもも肉だ。すりごまを加えた一般的なとんかつソースを、もも肉の一切れにそっとかける。一口齧ると、ジューシーな脂が口内に溢れた。ソースの濃厚な味もあり、胸肉に比べてご飯がすすむ。


「いいねクルリさん。食べ比べは心を豊かにする」

「おむねはさっくり、ももはかりじゅわって感じね! ……どう、どう、ラアルちゃん!?」


 ラアルはぽりぽりと頬をかくと、軽く咳払いした。


「……ま、食えんこともないかの」

「やったー!」

 

 クルリは飛び上がって喜んだ。

 

「あのね、あのね、ささみさんとソースさんの組み合わせは、お爺ちゃんでもいけると思うの!」

「年寄り扱いするでないわ! 油とかぜんっぜんイケるし! ぴっちぴちじゃし!」

 

 さて、カツと言えば、欠かせないのが千切りキャベツだ。

 エイト達の皿の上でも、千切りの何かがカツの隣にどんと山を作っている。ただし、みなれたキャベツの薄緑とは違い、薄紫色と白色だ。エイトはその千切りをごっそりと箸でつまみ、まるごと口に詰め込んだ。

 

「……いける!」

 

 新鮮なキャベツを、さらに瑞々しくしたような代物だ。湧き出す水分が噛むたび喉を潤してくれる。ほんの少し効いた塩味も、食欲を増進させる。放っておけばこれだけでも無限に食べ続けられそうだ。

 

> 《ドクロアジサイ》Lv30を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> アクティブスキル《多重斬撃》Lv1を獲得しました

> パッシブスキル《剣術》Lv1を獲得しました


 その正体は、ドクロアジサイの花弁の千切りである。物理攻撃を主とする性質からか、花弁がキャベツ並の歯ごたえを持っているのだ。ちなみに、根や葉には毒があるので、魔物加工の素材に回した。


「エイト、エイト、しゃっきりたんぽって感じね!」

「クルリさん、きりたんぽはしゃっきりしてないよ」

「ふーむ、悪かないのう……」

 

 次にエイトはマグカップに入ったスープに手を出した。

 コンソメ香る透き通ったそれは、細切れ野菜たっぷりのシャークワームスープである。小骨がぎっしりと詰まっていて、可食部の少ないシャークワームであるが、味出しになら使えたのだ。素材の味を重視して、派手な味付けはせずに仕上げてある。

 

 ぐいとマグカップを煽ると、濃厚な旨味が口いっぱいに広がった。少しばかり青臭さは残っているが、コンソメやニンニクの香りと玉ねぎや人参の甘みが打ち消してくれる。溶けかけた小骨やブロッコリーの歯ごたえも、いいアクセントだ。温かみが腹の奥から疲れをとってくれる。


> 《シャークワーム》Lv31を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> パッシブスキル《解体術》Lv1を獲得しました

> アクティブスキル《シャークバイト》Lv1を獲得しました


「ラアルちゃんは飲まないの? 野菜たっぷりシャークワームスープ」

「いや、これはアウトな奴じゃろ」

「好き嫌いすると大きくなれないわ! メッ!」

「はー!? わしもうとっくに育っとるじゃが!? 人のこととやかく言う前に、自分のちんちくりんでも心配せえ!」

「がーん!」


 クルリは自分の体(主に胸部)を見つめてショックを受けた。


「百歩譲ってドクロアジサイは良しとするのじゃ。花がドクロ型に咲いてるだけで、まあ植物じゃしの。千切りにしちまえばただの紫キャベツじゃし」

「うんうん」

「もう百歩譲ってカツレツもまあ、セーフとするのじゃ。鳥じゃしの。蛇も冒険者時代は食ったりしたし」

「うんうん」

「じゃがの……そいつは無理じゃ!」

「なんで?」

「グロじゃしもう! シャークで! ワームとか! もうグロじゃし!」

「ラアルさん。生き物なんて一皮剥がせば全てグロですよ」

「やめい! そういうんじゃないんじゃ!」


 駄々をこねるラアルを尻目に、エイトはドロヌマシズメ団子を舌に転がした。


> 《ドロヌマシズメ》Lv33を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> パッシブスキル《打撃耐性》Lv1を獲得しました

> アクティブスキル《底なし沼》Lv1を獲得しました


「ドロヌマシズメの団子も、もっちりして美味いのに」

「ドロじゃしそれ!」

「根菜ですよ」


 そう、ドロヌマシズメは植物であった。

 よーく観察すると、地表に出た部分に小さな芽が生えているのがわかる。不定形でドロのような部分は根っこで、そこに生物を引きずり込んでから魔力を吸い取って暮らしているようだ。

 要するに、食虫植物版のイモなのだ。すりおろし前後の山芋のちょうど真ん中ぐらいの固さで、丸めて団子にすると、いいスープの具材になってくれた。素揚げで食べても美味しいだろう。

 

 途中、ラアルがカツの油でダウンしたり、三人揃って蛇部分までカツにしたのは失敗だったと後悔したりと多少のハプニングはあったが、概ね和やかに食事は終了した。


「ごちそうさまでした」

「ごちそーさまでした!」


 捕食したスキルを確認する。


======================

捕食スキル一覧:

◆アクティブスキル

《石化眼》Lv4 :消化まで9時間

《多重斬撃》Lv3 :消化まで9時間

《シャークバイト》Lv3:消化まで6時間

《底なし沼》Lv3:消化まで8時間

◆パッシブスキル

《石化耐性》Lv4 :消化まで9時間

《剣術》Lv3 :消化まで9時間

《解体術》Lv3:消化まで6時間

《打撃耐性》Lv3:消化まで8時間

======================


(……あれ?)


 エイトは一つ疑問に思った。


「クルリさん、《調理術》スキルのレベルは?」

「んっとね。昨日5に上がっちゃったわ!」

「その効果かな。生で同じ魔物食べた時より、スキルレベルが1高いよ」

「ほんと!?」


 これは大発見だ。偉大な一歩だ。これまで、冷凍保存や保存食にして鮮度を落とすと、スキルレベルにマイナス補正がかかっていた。そこも改善出来るとなれば、戦略の幅が大きく広がる。


「魔物食って強くなるとか、相変わらずみょーちくりんなスキルじゃのう。一体前世で何やらかしたらそんなユニークスキルが手に入るんじゃ」


 食後の紅茶を飲みながら、ラアルは呆れ半分にそう言った。


「……ねえ、エイト」


 クルリの視線が、エイトに訴える。言外のコミュニケーションに鈍いエイトにも、告白を促されていると解った。

 二度、死地を共にし、三度目の死地で肩を並べてくれる相手。

 そして、魔物食も共にしてくれた相手だ。敬意を払うべきだろう。


「実はですね、ラアルさん……」

 

 エイトは自分たちの境遇をかいつまんで説明した。つまりは、異世界人であることや、強制クエストの存在を。

 それほど長い話ではなかったが、終わる頃にはラアルは頭を抱えていた。


「……待て。待て待て。ちょい待て。ちょう待て。ん? えーと、にほん? いせかい? こうこうせい?」

「だいじょーぶ? ラアルちゃん。頭痛い?」

「ほら、ラアルさんも新しいものがすっと入ってこない年齢だから」

「歳のせいにするでない! 突然別の世界とか言われたら、ラフレシア先輩でも混乱するわ!」

「先輩の理解力は存じませんが」

 

 頭を抱えて丸まって、悩みすぎて蔦を震わせ始めるラアル。

 

「いや、確かにお主らちょっとズレてるっつうか、ぶっちゃけ頭おかしいじゃろって思っとったが、いや、いやいやいや……」

 

 とうとう、体をほどいて、蔦の絡まったもずく形態になった。食虫植物っぽくて結構見ていて飽きない。(この人、割りと観葉植物の適正あるな)とエイトは思った。


「まんまるラアルちゃん、かわいいー。コロコロしていい?」

「かわいかないわ! よかないわ!」

「そう言えば、お目々ないのに、どうやってあたしの事見てるの?」

「魔力で感じとるんじゃ、当たり前じゃろ! つか、今わしに情報の引き出し求めんのやめてくれんかの!」

(魔力で、か)

 

 ラアルの魔力感知能力は、エイトの舌の根とは比べ物にならないほど鋭敏だ。生来の感覚器官がない分、それを補って発達しているのだろう。

 

(補う……と言えば、彼は目隠しをしていたな)

 

 ラアルは葉脈、エイトは舌の根。目隠しの魔力感知器は耳と考えるのが妥当だろう。言うまでもなく目には頼っていないようだし、単体で洗礼合唱を操るという性質から考えても、それが自然だ。

 

(超音速で突進するダニエラと交戦していたのだから、単なる聴覚ではないはずだ。彼は耳で“魔力”を聞いている。それで空間を把握しているんだ)

 

 目を閉じて、耳と舌だけで周囲を感じ取ってみる。

 光のない世界で、転がされるラアル。転がすクルリ。バランスボールにされるラアル。飛び乗るクルリ。キレるラアル。蔦でビンタされるクルリ。

 

 目がなくとも、何となく何処に何があり、何処で何が説教されているのか解る。

 音と魔力だけではない。もう一つの感覚が、空間の把握を手助けしていた。エイトは身を以て知ったし、身を以て“知っていた”。こと空間認識において、耳が担うもう一つの重要な役割を。

 

 疑問が集合し、調理法を導き出す。経験が集積し、調理器具を選出する。


「……解ってきた気がする。彼をどう料理すべきか」


 エイトがそう呟いたころ。コン、と部屋に上品なノックが響いた。


「はい、どちらさま……」

「ごきげんよう」

 

 ドアを開けると、多数の僧兵を引き連れた、アヤメの姿があった。

 


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