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二十二話:教会の秘密


 ダニエラの見舞いを済ませ、エイト達は次に正統十字教の大聖堂へと向かった。サーモンド司祭に呼び出されていた二人は、スーメルアと面会した時と同じ部屋でぽつねんと座っていた。

 

「ねえねえ、エイト」

「なんだい、クルリさん」

「あたしたち、叱られちゃうのかしら。コラ~ッ! って」

「コラで済めばいいけれどね。頭蓋骨かち割られてもおかしくないよ」

「ひえー!」

 

 思い返しても、大きな判断ミスはなかった。その場その場で、持てる情報を駆使して、最善手を尽くしたつもりだった。

 しかし、結果から言えば、替え玉作戦は完全に失策だった。間違った情報で司祭の信用を落とし、いたずらに状況を混乱させ、湖の巫女の身を危険に晒した。


「僕の責任だ」

「違うわ、エイト。セキニンがあったとしても、全部あたし“たち”のよ」

「ありがとう、クルリさん」


 しばし、沈黙が訪れる。約束の時間は過ぎているはずだが、司祭は姿を見せない。


「クルリさん、目隠しの“姉さん”とやらについて、君の心当たりは?」

「あたしの友達に、あんなひどい事させる子いないわ」

(まあ、そう答えるだろうね)


 むしろ『この子、弟を人殺しに派遣しそうだな』と認識しながら友達やっていたら、それはそれで怖い。


「違和感がないかな」

「いわかん?」

「僕らがこの世界に来てから、まだ一ヶ月のはずだろう?」

「そーね、はずね」

「例え血の繋がりがあったとしても、出会って一ヶ月未満の相手に『リーベルトで巫女を暗殺しろ』なんて言われてホイホイ頷くかな」

「ぷいっ! てするし、メッ! てするわ」

「するよね」


 時間経過の疑念はそれだけではない。司祭が三ヶ月前からスーメルアの言動に違和感を覚えていた、というローブの少年の証言もひっかかる。


「これはその、僕の仮説なんだけど」

「うん! エイトのかせつ大好き!」

「またありがとう。で、僕達はほぼ同時に元の世界を去ったわけだけれど、異世界に到着したタイミングには大きなズレがあるんじゃないかと……」


 ぎぃ、と蝶番が軋む音に、エイトは口を噤んだ。

 ドアが開いて、高級そうな装束に包まれたでっぷりとした腹が見えた。サーモンド司祭だ。

 司祭は一礼もせずに、エイト達の対面に座った。ソファーがクルリの三倍以上深く沈む。

 司祭はエイトの顔に睨みつけると、厚ぼったい唇を不快そうに歪めた。


「頬の傷は、綺麗に治ったようだな。スーメルア様の処術か?」

(……気付かれてるか)


 開口一番遺跡の一件とは、パンチの効いた挨拶だ。


「スーメルア様には日頃からお世話になっております」

「お世話しちゃってます!」

「ふん……まあいい。まずは、礼を言わせて貰おうか」

(礼?)


 一瞬、エイトは聞き違えかと思った。しかし、続く言葉もまた、その聞き間違えを肯定するものだった。


「未信徒ながら、スーメルア様の支えになってくれたこと。そして、あの方のために命を賭してくれたこと。叔父として心より感謝する」

「どーいたしまして!」

「しかし、僕のしたことは……」


 エイトの謝罪を、分厚い手の平が制した。


「説教とは、心を動かしてこそ意味あるものだ。慚愧の念を覚えているものにして何になる? わしは無駄な仕事は嫌いなのだ」


 そう言って、司祭はニヤリと笑った。

 エイトはもっと相手を知ってから疑うべきだったと後悔した。ローブの少年の言うとおり、司祭は立派な人物とは言えないのだろう。我欲の多い人物でもあるのだろう。未だ不信感は拭いきれないが、教科書をなぞったような悪役ではなかったのだ。


「スーメルア様は、ここ最近精神的に不安定だった。表面上は公務をそつなくこなしてはいたが、龍流しのプレッシャーにやられていたのだろう。だが、君達に出会ってからは幾分落ち着いたよ。……これはその礼だと思ってくれ」


 そう言って、司祭は布の小袋を机に置いた。重い音からして、金貨だろう。

 クルリはお年玉を貰った子供のように袋に飛びつくと、無礼にもその場で中身を見た。


「わー! めっちゃぴかぴか! ありがとー!」

「せっかくのお気持ちですが、受け取れません」

「え!!」


 クルリはしばらく金貨とエイトの顔を交互に見て、おずおずと机に金貨を返した。


「そーよ。受け取れません! ……何で受け取れませんなの?」

「手切れ金ですよね、これ」

「大人の文脈も解るようだな」


 司祭は口の端を吊り上げた。


「スーメルア様との個人的な付き合いは許容しよう」

「ありがとー! ニジマス司祭、優しいのね!」

「サーモンドだ! ……しかし、しかしだ。祭事からは一切手を引いてもらいたい。龍流しの日は、ギルドでゆっくり休んでいるがいい」

「やだ!」

「やだではない! もはや君らの出る幕ではないのだ!」


 司祭が激昂し、クルリが小さく飛び上がる。


「第二結界堂を失い、《聖者の祠》に綻びが生まれた。《龍流し》の日には大量の水魔が街を襲うだろう」


 水魔とは、スライムの一種である。

 一般のスライムに比べて粘性が圧倒的に低く、ほぼ水のような性質を持っている。透明のコア以外はダメージを受けにくく、魔法なしでは対処し難い魔物だ。

 

 その魔物が、龍の遡上に伴い、津波となって街に押し寄せる。リーベルトに繋がる陸路が真新しい簡素な街道であることからも、《聖者の祠》の外部には建物が全くないことからも、その脅威は想像出来る。


「あの男は必ずそこにつけ込んでくる。想像を絶するような手口でな。……君達には対抗出来まい」

「サーモンド司祭。確かに、僕らはしがないEランク冒険者です。レベルもまだ20代です。しかし……」

「《嘆きの伯爵城》攻略の実績か? 賞賛に値するものだが、考慮には値しないな」


 ダニエラすら為し得なかった偉業を、サーモンド司祭はあっさりと切って捨てた。

 

「冒険者の才能はあるのだろう。だが、これから待ち受けているのは、冒険などではない。君達に人を殺める覚悟があるか?」

「「…………」」

「魔物と人は違う。自らと同じ姿形をしたモノを殺めるには、正義の確信がなくてはならない。確信とは即ち信仰だ」


 極限まで無駄を廃し、殺害に特化した重い拳が脳裏を過る。

 あの技のキレも、信仰の賜物なのだろう。殴られた側はたまったものではないが……。


「君達は戦士ではない。そして、戦士たろうともしていない。戦場には不要だ」


 用件は終わったと言わんばかりに、サーモンドはソファーから立ち上がった。


(逃がすわけにはいかない)


 エイトは、謝罪のためだけに面会に来たのではない。真相を確かめるために来たのだ。


「本当に、それだけが理由ですか?」

「……何?」

「もっと他に理由があるのでは? 例えば、祭りに僕達に知らせたくない“何か”があるとか」

「それ以上の言葉は、君のためにならんぞ」


 司祭は不快気に鼻を鳴らした。地下遺跡の一件を嫌味一つで不問にしたのは、彼なりの温情だったのだろう。そして、また司祭は身を翻して……。


「待って、サーモン司祭! まだ聞きたいことがあるの!」

「サーモンドだ」

「迷宮でフードの子に命はないって言ってたのは……あれは、何で!? 司祭は、何がしたいの!?」

「言ったはずだぞ。君達の出番はここまでだ。もはや、若造の出る幕ではない。……それと、遺跡には二度と近づくな。口外も禁止だ」


そのドアの先にはいかせない。“札”を切るしかない。エイトは腹をくくった。


「《天雷の龍》とは、何ですか?」

「――――ッ!?」


 雰囲気が変わった。司祭が振り返る。その目は大きく見開かれていた。


「貴様、どこでその名を!?」

「《鑑定》のようなもの、と言っておきます」


 正確に言えば、《弱肉強食》だ。クルリが遺跡で拾った石を捕食したところ、以下のようなシステムメッセージが表示されたのだ。


> 《天雷の龍牙》Lv71を捕食しました

> アクティブスキル《怒龍の猛進》Lv1を獲得しました

> パッシブスキル《鋼の鱗》Lv1を獲得しました


 つまり、あの石は《天雷の龍》なるものの化石の一部、という事になる。

 そして、《怒龍の猛進》は竜骨の槍を捕食したときと同じスキルだ。

 

(思い返せば、疑問はあった)


 グンベルド家の騎士に代々受け継がれる“竜骨の槍”。龍の骨を削り出して作ったという言い伝えだが、一体どの龍の骨なのか。その答えは地下にあったのだ。


 サーモンド司祭は、観念したように肩を落とした。


「ついて来い。どうも、君達を侮っていたようだ」


 

 ……………………

 …………………………………………

 ………………………………………………………………

 

 何度、大聖堂の階段を降りただろうか。何度、司祭が鍵束を漁っただろうか。何度、鋼鉄の扉を開いただろうか。

 エイトがそれらを数えるのを止めたころ、地中深くへと潜る螺旋階段が眼下に現れた。

 

 千段近い階段を降りきったところで、壁が薄緑に発行し始めた。

 その色に、エイトは見覚えがあった。

 

(ウキェミの大迷宮か、ここは)

 

 光る壁を伝って歩いていくと、やがて壁画の遺跡までたどり着く。初めて見たときと変わらず、原始的な絵柄と幻想的な光の躍動が、エイト達に古代の世界観を叩きつけてきた。

 

「これが、グンベルド家の隠匿した不都合な事実だ」

 

 司祭が火鼠の油を染み込ませた松明を床に擦り付け、発火させる。

 オレンジ色の火に照らされて、ソレは現れた。

 

(これは……!)

 

 圧倒された。それは龍の化石だ。どこまでも続く地下空間に、巨大な龍の骨が寝そべっていた。どれほど目を凝らしても、尾の果てが見当たらない。頭骨だけでも一軒家以上の大きさがあり、エイトの背丈ほどの鋭い牙が生えそろっている。クルリが持っていたのは、牙のほんの一部だったようだ。

 

「そう、これが天雷の龍だ」


 司祭はそばにあった石塊の上に腰を下ろし、語り始めた。本職の聖職者だけあり、穏やかな語り口でも引き込む声だった。


「リーベルトがそう名付けられるよりはるかに昔のことだ。この地には夫婦の龍が暮らしていた。夫は天雷の龍。妻は水底の龍。相反する属性の二体は、しかし共存してこの地に恵みをもたらしていた」

 

 エイトは壁画を見返した。四季の壁画に一年通して現れる、空を舞う龍。あれこそが天雷の龍だったのだ。


「龍は一介の魔物とは規模が違う。嘆かわしいことだが、龍を神と仰ぐ者たちが現れたのも、自然な成り行きだっただろう」


 それが光の壁画の製作者達、ということだ。


「しかし、教会は主神に下らぬ神性を許容しない」

「それで、聖者グンベルドが遣わされたんですね?」

「うむ。聖者は異教の儀式に紛れ込み、神酒によって天雷の龍を捕獲した。そして、真名封じを行い、地下遺跡に封印し、人々の前に姿を表すことを禁じたのだ」

「そんな、どうして、そんな事したの!?」


 クルリが声を上げた。


「龍っちも、龍っちが好きだった人達も、可愛そうじゃない!」

「決まっておるだろう。主の威光をもって、未信者を救うためだ」


 エイトにしてみれば理解しがたい理屈だが、司祭の目には信念が宿っていた。手段は褒められたものでないと自覚していても、目的の崇高さは微塵も疑っていないのだ。

 エイトは食い下がらんとするクルリを手で制した。この点は議論しても平行線にしかならないだろう。


「続けるぞ。聖者グンベルドは天雷の龍を調伏したが、当然、妻である水底の龍の怒りを買った。いかに聖者といえ、土着神の域に達した龍と正面から戦うのは不可能だ。そこで、聖者は夫を使って、手出しされない状況を作り出したのだ」

「人質、ですか」

「有り体に言ってしまえばな」


 とてもじゃないが、聖者の行いと呼べるものではない。


「水底の龍は教会に手出ししない。代わりに、教会は天雷の龍の生命を保証する。年に一度、夫が流す涙を妻に捧げて、生存を証明する。そういう契約を結んだのだ」

「それが、《龍流し》……」


 エイトの呟きに、司祭は頷いた。


「まって、まって、おかしくない?」


 クルリが口を挟む。


「だって、《龍の涙》って、あたしとエイトが湖から獲ってきた真珠じゃない!」

「当たり前だろう。死んだ龍が涙を流すかね?」


 そう、現にエイト達の眼前には、天雷の龍の骨が転がっているのだ。


「死因は、一体?」

「はっきりとは伝わっておらん。寿命とも言われるが、第二次地殻汚染災害の影響とも、かのフリーダ嬢に魔力を搾取された故とも言われる」


 ここでも、伯爵令嬢フリーダの名が現れた。正負あらゆる面でリーベルトを形作った偉人なのだと、改めて実感する。


「確かなのは、もしこの事実を水底の龍に知られてしまえば、リーベルトは終わり、ということだ。しかし、《龍の涙》は年に一度しか採取出来ず、貯蔵はない。そこで教会は……」

「……真珠を使って騙した?」

「そうとも。《魔物加工》で幻術を施してな」

 

 司祭は自嘲気味に笑った。

 

「解るかね? 《龍流し》は、豊穣の祭事などではない。土着神の目を欺くための、詐術の儀式なのだ」

「でも……そんな嘘、いつまでも続かないわ。ぜったい、ぜったい、バレちゃうわ」

「そうだとしても、それが街を喪う理由になってはならん。そのためにわしがいるのだ」


 グンベルド家の後継者以外は僧兵や騎士になる。その意味を、エイトは理解出来た気がした。

 単なる政治的理由だけではない。世間の暗部を知り、グンベルド家の影を担うためなのだ。司祭のような者たちがいることで、巫女は純粋に信仰に生きられる。そういう考え方なのだろう。


「話した通り、儀式の失敗は街の死に直結する。今は、強固な信念で繋がった仲間が必要なのだ」


 司祭は立ち上がり、エイトへと手を差し出した。


「非礼を詫びよう。それと知りながら教会の暗部へと踏み込む気概。君達の眼と信念は本物だ。もはや、真実から遠ざけようとは言うまい」


 司祭と握手を交わす。傷だらけで硬質化した掌は、まるで岩のようだった。


「スーメルア様をお守りするため、リーベルトの明日を守るために、君達の力を貸して欲しい」

「うん、まっかせて!」


 屈託なく請け負うクルリ。


「互いにリーベルトの味方である限り、わしは……否、我ら合唱団は君達と共にあろう」

 

 気付けば、清廉な歌声が遺跡に木霊していた。司祭の背後には、数十の小さなローブの影が集っていた。


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