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二十一話:聖騎士、託す

 

 龍の遡上に伴って、リーベルトの天候は悪化していく。龍流しの当日には、必ず嵐が訪れる。

 街の湿度も高まっていくが、雨は降らない。巨大結界《聖者の祠》が雨を弾いているからだ。空を見上げると、ガラスのような半透明の幕がはためいて、水を弾いているのがわかる。

 

 例年ならば、露店で賑わう頃合いだそうだが、路上の人はまばらだった。明かりを見る限り、観光客は殆ど宿に引っ込んでいるようだ。目隠しの一件が響いたのだろう、祭りのムードは鳴りを潜めている。

 

「えーと、ここだっけ? ダニエラさんの病院」

「強そうな建物ね。ガシーン! てつー! ってしてて」

「病院より武器屋の方が似合いそうだね」

 

 エイト達が向かったのは《鉄甲兵団》経営の治療院だ。

 《鉄甲兵団》は荒事特化で前衛職が多く、生傷の絶えないギルドだ。そのため、専従の回復魔術師を揃え、専用の治療院を持っている。宗教絡みの治療院に比べて合理的かつ事務的に仕事をしてくれるので、他ギルドからも来訪者が多いそうだ。

 

 受付で部屋番号を告げて、病室に通してもらう。

 ダニエラは木製のベッドに寝転んでいた。小さく童謡を口ずさみながら、聖書に目を通している。こうして落ち着いているところを見ると、聖職者の家系であることを思い出させる。

 

「お邪魔しまーす!」

「どうも」

「クルリ殿。……と、ニイガキエイトか」

 

 エイトの顔を見るや否や、ダニエラの眉間に深い皺がより、いつもの彼女へと戻ってしまった。


「何の用だ? 私を笑いに来たか?」


 ダニエラは自嘲気味に笑った。

 驚異的頑健さのお陰で、ダニエラの命に別状はなかった。とは言え、臓器へのダメージは重い。回復魔法をめいいっぱい駆使しても、一ヶ月は絶対安静だ。後遺症が残る可能性もあるようだ。

 

 適切な言葉が出てこない。慰めの言葉をかけても、健闘を讃えても、エイトをライバル視する彼女にとっては、屈辱以外の何でもないだろう。しかし、それでもエイトは謝罪の言葉を紡がずにはいられない。


「さぞ心地が良かっただろうな、仇敵が無様に敗北していく様を見るのは」

「すまない、ダニエラ」

「えっ」

「僕の作戦ミスだった」


 出鼻を挫かれたのか、ダニエラは目を白黒させた。


「ふ、ふん。言っておくが、私は貴様如きの愚策に乗ってやったつもりはない。私は元より奴を正面から叩き潰す事しか考慮していない。その為に最も確実な手段をとっただけだ」


 「それって、つまり乗ってない?」と、クルリが首を傾げた。


「しかし、僕が余計な提案をしなければ、君は鎧を着て戦えたはずだ」

「くどいぞ。私は一人で戦い、一人で敗北した。それだけだ。次同じことを言えばその舌を千切る」


 くどさの代償が重い。

 

「それに……少なくとも、今度は人死を出さなかったからな」


 ダニエラは聖書を指でなぞりながら、そう呟いた。伯爵城の失敗は、未だ彼女の胸に影を落としているのだろう。


「しかし解せぬのは、いかにして私の完璧な変装が見破られたかだ。何故だ?」

「「…………………………」」

「隠せぬジャスティスオーラが出てしまったか……それとも、少々美しすぎたか?」

「「…………………………」」

「お、おい。黙るな貴様ら。聖騎士をちょっと不安にさせるな」

「お説教がお下手だったからじゃないかしら?」

「スピーチが訴訟レベルのゴミだったからだと思うよ」

「せ、聖騎士に露骨なダメ出しをするな! あれは、その、練習はしたのだが、いざ壇上に立つと、頭に血が、かーっとだな……」


 エイトは面倒な奴だなと思うと同時に、ダニエラに緊張という感情があったことに驚いた。


「でも、とってもキレーだったのは、本当よ!」

「そ、そうか? クルリ殿は美醜を解っている……が、元より女など捨てた身。容姿など褒められたところで、些かも響かんがな」


 そう言いつつも、ダニエラの口角は露骨に上がっている。不本意ではあるが、素直によいしょしておこうと、エイトは考えた。

 

「スーメルアと君は顔立ちが似てるから、容姿でバレたってことはないだろうけど。遠目でも見違えるほど美人だったよ」

「み、見違え……美人……!? き、貴様ァ! ポイントを稼ぐな! 叩きのめすぞ!!」


 二度と褒めるものかとエイトは心に誓った。あとポイントって何だ、とも思った。10点貯まると処刑とかだろうか。

 

 ダニエラはひとしきり興奮して罵倒を撒き散らしていたが、腹の痛みで落ち着いた。



「解らんが、まあいい。表舞台を降りた者には無関係な話だ」


 ダニエラは自らの手の平を見ながら、そう言った。努力を知る手だ。幾重にも傷つき、皮が分厚くなった、戦士の手だ。もし、後遺症が残ったのなら、積み上げたものはどうなってしまうのだろうか。

 

「あれから、夢で幾度も奴と戦った。あの時、ああすれば勝てた。こうすれば殺せた。そんな事ばかり考えてしまう」

「……そうかい」

「ニイガキエイト。目隠しは『一人で三十七人』だ」

「三十七人? 言っている意味がよくわからない」

 

 ダニエラの言葉はいつも突飛だ。理解に時間がかかる。

 クルリは「へー。沢山なのね」と言ったが、当然全く解っていない顔だった。


「ヤツの腕の髑髏は見たか」

「ああ、あの悪趣味な……」

「あれらは全て召喚術師だ。恐らくは、その魂が宿っている」

「なんだって……?」

「お手々ホネホネ君は、おばけの集合住宅ってこと?」

「うむ。そのようなものだ、クルリ殿」

「ちょっと待ってくれ」


 お手々ホネホネ君のインパクトに邪魔されつつも、エイトは頭の中で情報を整理する。

 召喚術は本来無詠唱では使えないものだ。そして、目隠しの手には三十六の口がついている。

 

「つまり、彼の技は無詠唱じゃなくて、同時詠唱なのか? 単独で洗礼合唱が使えるのも、その恩恵だと?」

「私の見立てではな。恐らく、MPも三十七人分だ」

「……そんな事が可能なのか?」

「知らん。外法の魔術に興味はない」


 エイトは、メイドたちがチートスキルの存在に言及していたことを思い出した。もしかすると、姉君と呼ばれるクラスメートのユニークスキルが関連した能力なのかも知れない。どのようなスキルなのかは見当もつかないが。

 

「属性は自在。詠唱は超速。MPは無尽蔵。奴の召喚を制限するならば、接近戦でチェックメイトをかけ続ける他ない。だが、奴は術者にあるまじき体術を使う。その上……」


 ダニエラの視線が自身の腹部に落ちる。


「ぽんぽん召喚ね」

「うむ。それだクルリ殿」

(ネーミング……)


 エイトは脱力した。


「原理上、一定以上のスペースと魔力があれば、どこであろうと魔物の召喚は可能だ。可能だが……」


 体内の魔力は、当然ながらその体の持ち主に帰属する。操気法や呪術のように狂わせる手段はあるが、召喚術ほど繊細な術で干渉するのは、相手の同意があっても困難を極める。

 

(単独で洗礼合唱が使えるからこその芸当、という事か)

 

 改めて、恐ろしい相手だと痛感する。場の属性を自在に操り、体術に優れ、MPが無尽蔵かつ、ノータイムで強力な召喚術を操る個人。そして、人殺しに特化した戦闘技術。

 

「個人にあるまじき過積載の魔力と、団体にあるまじき意思同一性を併せ持つ。それがあの目隠しの男だ。貴様らでは手も足も出るまい」


 淡々と事実を告げるダニエラ。病室に重い空気が流れる。


「……勝てるか」

「何だって?」

「奴に勝てるか、と聞いている」

「手も足も出るまいって言った直後じゃないか」

「それは私の見立てだ。仇敵の意見を聞いている」


 ダニエラの問いかけに、エイトとクルリは顔を見合わせた。

 リーベルトには、エイト達よりも強い冒険者は掃いて捨てるほどいる。それはダニエラも承知の上だろう。恐らくは、司祭に手出しするなと釘を差された事も察しているだろう。

 

 それでも、ダニエラはエイトとクルリに自信の程を確かめている。

 唯一のスーメルアの友人として、認められたからか。


(勝てるのか……か)

 

 エイトにはユニークスキルがある。

 先日刃を交えた時、《弱肉強食》は消化器に召喚された《シャークワーム》を一瞬にして取り込んだ。目隠しの強みを一つ潰せるのは実証済みだ。

 

 しかし、それでもなお、彼我の実力差は絶望的だ。体術系パッシブスキルを蔑ろにしていたとは言え、徒手空拳で盲目の相手に接近戦で遅れを取ったのだ。

 そも、エイトの戦闘経験は魔物を相手に積んだものであって、殺人の技術ではない。

 

「多分、勝てないと思う。彼は僕らより強い」

「エイト……」

「だろうな」


 ダニエラが忌々しげに吐き捨てる。


「けれど、食べるのは僕だ」

「エイト……!」

「僕らは戦士ではないけれど、そんな事は問題じゃないんだ。彼は魔物を喚ぶ立場で、僕らは魔物を食べる立場だ。なら、結果は見えてる」

「ふん、結局は食欲か。下賤なやつだ。ついていけん」


 ダニエラはやはり忌々しげに吐き捨てたが、どこかその顔は満足気だった。


「失せろ。貴様の面を見ていると、吐き気がぶり返す」

「言われなくとも」

「またね、ダーさん!」


 エイト達は病室を出ようとして……。


「おい!」

「なんだい?」

「とっとと失せろ」

「うん、じゃあ」

「おい!」

「なんだい?」

「とっとと! 失せろ!」


 失せろといいながら、何かを要求するように掌を突き出してくる。


「ダーさん、もしかして、お見舞の品が欲しいの?」

「聖騎士はお見舞の品を要求などしない。だが、孤高の正義を労る気持ちを持つと、天国行きの可能性があがるぞ」

(面倒くさい人だな……)

「甘くて、ふわふわして、消化に良さそうな甘味が、特に好感触な雰囲気があるぞ」


 おねだりをされても、エイト達は見舞い品など用意していなかった。今から買ってこようにも、次は教会で司祭との面会があり、時間が押している。


「……そこら辺で拾ってきた石とかでいいかな」

「いい訳あるかニイガキエイト! 聖騎士を労れ!」

「そーよ! エイト、お見舞いなんだから、心を込めなきゃメッ! ちょっと待っててね。もっといいものあげるから!」


 そう言って、クルリは鞄をあさって、灰色の尖った何かを取り出した。

 薄汚れて砂のついたそれを見て、ダニエラは首を傾げる。


「クルリ殿、これは?」

「うん、遺跡で拾った石!」

「結局石ではないか!」


 当然の突っ込みであった。


「どういうつもりだニイガキエイト! 病人に石をお見舞いする方針なのか貴様らの田舎は!」


 エイトは答えなかった。ダニエラの応対が面倒になってきたから、ではない。

 遺跡の石が、少しばかり“美味しそうに”見えたからだ。


「ごめん、ちょっと齧るね」


 エイトはクルリの手から遺跡の石を取り上げると、その先端を少しだけ齧った。


> 《弱肉強食》起動


「……これは……!?」


 システムメッセージに現れた文字列は、エイトの想像を超えるものだった。


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