二十話:天幕の儀編 その6
> 昇華:《大跳躍》Lv2
パニックに陥った観光客を飛び越え、エイトは跳ねに跳ねる。
(一体、何が起こってるんだ……!?)
ローブの少年を問い詰めた直後に、謎の爆発が起こった。音からして件の《雷蛍》の可能性が高い。司祭黒幕説が薄くなり始めた今、あれこれ推測を立てても仕方がない。エイトに出来るのは一刻も早くアヤメの所在を把握し、守ることだけだ。
三度大跳躍を使ったところで、どうにか人の雪崩が晴れた。
事件の中心と思しき街道からは、絶え間なく魔物の咆哮と雷鳴が響いてくる。
(この雷鳴、ダニエラか? 召喚術師達と交戦しているのか? なら、そっちは任せておけばいいか。とにかく、クルリさんやアヤメさんと合流しないと……!)
「そこにおったか、小僧!」
「エイトーっ! こっちこっち!」
声を辿って視線を巡らすと、クルリとラアルが手を振っていた。
「無事でよかった、二人とも。小杉さんは何処に?」
「えとね、葉っぱさんが悪い葉っぱさんでね、逃げてって言ったら逃げちゃったの!」
「よく解らないが、やはりよく解らない!」
「思ったよりいっぱい逃げちゃったの! でね、えとね……!」
要領を得ない説明を続けるクルリの隣で、ラアルが目を閉じて耳をすませる。
「……おったわ。こっちじゃ小童共!」
ラアルに連れられて走っていったそこ……。湿気った路地裏で、アヤメが這うように逃げていた。奇妙な目隠しをつけたメイド服の二人組に追われている。
「坊ちゃまのお使いです。お止まりを」
「坊ちゃまのご命令です。お捕まりを」
「く、来るな! 近寄るんじゃねえ!」
「お洋服が泥だらけです」
「お洗濯が必要です」
「お駄賃ちょっぴり頂きますが」
「お脳もちょっぴり頂きますが」
「「さあさこちらへ」」
「ひぃっ!」
メイドが何者かは解らないが、紛うこと無くピンチの模様だ。
> 昇華:《メイクウォール》Lv2
アヤメとメイド達の間に、岩の壁がせり上がり、路地を塞ぐ。
「アヤメっち、へーき!?」
「か、鹿島田、新垣!」
アヤメはほうほうの体でエイトの袖に縋った。
「悪ぃ、オレ、オレ……! 違うんだ、驚いて、その……」
よほど恐ろしい目にあったのか、見るからに気が動転している。
「事情を聞くのはあとにしよう。……ラアルさん!」
「娘っこの避難じゃな。任せい!」
ラアルの体が蔦へと解けて、暴れるアヤメを包み込む。
彼は図書館のときと同じモズクボール状に変化して、そのまま転がって逃げていった。何処に魔物が潜んでいるとも知れないが、高レベルの《気配探知》と《遁走》持ちのラアルならば、安心だろう。……アヤメが酔いそうなのが心配だが。
「やってくれましたね」
「お邪魔虫ですね」
吐き捨てるような言葉とともに、土の壁の上に、二人のメイドがよじ登っていた。
一人のメイドの手には双剣が、もう一方の手にはステッキ型の杖が握られている。ただの目隠しメイドではないようだ。
「クルリさん、僕は魔術師を!」
「オッケー!」
『我求むは、霊山の眠り。吹雪け、薙げ、凍えて眠れ』
魔術師メイドのステッキの先端から、冷気の渦が投射される。
氷結狙いの氷属性魔術だ。舌の根で感じる魔力量からして、当たればただでは済むまい。
(だが、手はある)
耐性の低いスーメルアには効果抜群だったのだろうが、エイトは既に対策済みだ。
> 昇華:《フレイムウォール》Lv1
舞い上がる炎が、吹雪を蒸発させる。エイトは炎の壁に紛れて接敵しようとして……。
「甘いですね」
舌の根に触れるのは、別の魔力。炎の壁を突き破って、水流が襲い来た。
(無詠唱魔術か!)
吹雪は囮。後続の水魔術こそ本命だったのだ。その勢いは鉄砲水同然。中には石の破片も混じっており、巻き込まれればただではすまない。
しかし、エイトは動じない。
エイトは迫る水の奔流に、真正面から飛び込んで…… “駆け上がった”。
「《水上歩行》っ!?」
「役に立つものだな!」
飛んだ勢いのまま、上段から斬りかかる。身を捩って躱されるものの、勝敗は既に決している。一度間合いに入ってしまえば、魔術師などエイトの敵ではない。
蹴り一発でステッキを弾き、左の拳でメイドの腹部を殴打、呼吸の自由を奪う。
咳き込むメイドの喉元に、肉切り包丁の切っ先を突きつける。
「勝負ありだ」
見れば、クルリも小型ボウガンで双剣メイドの得物を弾き飛ばしていた。
「やりますね」
「参りますね」
メイドたちは示し合わせたように、両手を挙げて、降参のポーズをとった。
思ったよりも大したことのない相手だったが、エイトは油断なく得物を構えた。
「既に増援も集まり始めている。君達の計画は失敗だ。大人しくお縄についてもらおうか」
「そーよ、ぐるぐるよ!」
「失敗は認めましょう。しかしお縄は頂けません」
「何故なら、坊ちゃまが戦っておられますから」
メイドを従えたお坊ちゃま。首謀者は位の高い人物らしい。口ぶりから察するに、その坊っちゃまとやらが召喚術師のようだ。もしかすると、単独なのだろうか。
「残念だが、君達の主戦力はダニエラと交戦中だ。坊ちゃまとやらの命が大事なら、降伏を呼びかけた方がいい」
エイトは確信を持ってそう言った。
かの暴走聖騎士こそ、エイトがこの世界で目にした最大の暴力だ。魔物化したフリーダも強敵だったが、純粋な戦闘力を測るのならば、ダニエラ以上は見たことがない。
無論、スキルやレベルというシステムがある以上、彼女を超える冒険者がいること自体は不思議ではない。不思議ではないが、想像できない。
それぐらいには、エイトは彼女の戦力を信頼していた。
「世界が小さいですね」
「ミニマムボーイですね」
しかし、メイド二人は鼻で笑った。
「む! そんなことないわ! エイトってばおっきいのよ! エイトがエイトサイズだとすると、世界は砂粒よ!」
「結局世界が小さいよクルリさん」
「いかな天才も、いかな超人も。所詮は道理の中の力」
「正々堂々、威風堂々。“ズル”をされては勝てません」
「……どういう意味だい?」
「あなたも十分ご存知では? 姉君のご学友」
「ごがくゆー?」
向井の死を知らないクルリは首を傾げているが……。
学友という単語は、事件の背後にクラスメートの影を確信させるに十分だった。
「やはり、クラスメートが関わっているんだな。姉君とやらは誰だ。何の恨みでスーメルアを襲う」
「はてさて預かり知らぬことです」
「メイドの仕事は秘密厳守です」
クルリの手前、あまり手荒な真似はしたくない。だが、こればかりは僧兵に捕まってからでは聞き出せない話だ。
エイトがメイドの指を二三本折ってみようと決めた時。
「決着ですね」
「とどめでしょうか」
言われて、エイトは気付いた。いつの間にか、雷の轟きが耳に入らなくなっていることに。そして、魔物達の咆哮はなお続いていることに。
(……そんな、まさか)
悪い予感がする。雷鳴の不気味な沈黙は、考えもしなかった決着を暗示していた。
「行きましょ、エイト!」
クルリに手を引かれ、エイトはメイド達に背を向けた。
しかして、予感は現実となった。
鉄と焦げの匂いに包まれた通りには、食べきるのに一晩かかりそうな魔物の死骸が折り重なっている。目隠しをした黒尽くめの男が立っており、その足元に、血と泥と焦げで汚れたドレスの女……ダニエラが膝をついていた。
「ふぅ、危なかった」
目隠しの男が、ダニエラの顔面を蹴り飛ばす。
「内臓焼いてぶん殴ってくるなんて、柄にもなく肝が冷えたぜ。内臓だけに。けどな……」
目隠しの背後に黒い影が揺らめき、形をなす。黒のローブに、気体のような体、大鎌を持った死神じみた魔物だ。
それは鎌を大きく振り上げて……。
「させるか!」
> 昇華:《ロックショット》Lv2
土塊の弾丸が鎌を弾く。
エイトは身をかがめ、舌打ちする目隠しの懐に飛び込む。
「野暮だぜ、あんた」
舌の根が、微細な魔力の変動と魔力の渦を感知する。その渦はゆっくりとエイトの腹部で形を持ち始め……。
> 《シャークワーム》Lv29を撃破しました
> 《シャークワーム》Lv29を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> パッシブスキル《解体術》Lv2を獲得しました
> アクティブスキル《シャークバイト》Lv2を獲得しました
「――――なっ……に!?」
目隠しの表情が微かに歪む。エイトはその隙を逃さず、醜悪な右腕めがけて肉切り包丁を振り下ろす。
「シィッ!」
すんでのところで、目隠しは身を捻って刃を躱した。半歩下がって距離をとる。
(逃すか!)
追撃せんと、さらに間合いを詰めるエイト。
視界に閃く銀色。死神の鎌だ。首筋を狙うそれを、エイトは歯で受け止め、噛み砕く。
> 《漂う大鎌》Lv32を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> アクティブスキル《イビルドレイン》Lv1を獲得しました
> パッシブスキル《闇魔法》Lv1を獲得しました
エイトは速度を緩めず、左腕を狙って包丁を……。
「ぐ……ッ!」
腹部に鈍痛。目隠しのつま先がエイトの鳩尾にめり込んでいた。右腕を狙った時とは別人のような反応速度だ。
くの字に曲がったエイトの体に、横に現れたゴーレムの拳が打ち付けられる。
「かぁ……っ!?」
民家の壁に叩きつけられる。肺の空気が絞り出され、立ち上がることが出来ない。
「あっぶね、軽く冷や汗かいたぜ。あんたがニイガキエイトか。危うく殺っちゃうとこだった」
「……き、み、は……!」
「無理すんなよ、育ち盛り。あんたの出番はまだ先だ」
出番とは、どういう意味なのか。エイトは問いかける力を持たなかった。
「へーき、エイト!?」
「来る、な、クルリさん!」
「クルリ……?」
クルリの名に、目隠しの声色が変わる。
「あぁ、ああ……! そうか! あんたが“ソレ”か! カシマダクルリィ!」
「そうよ! よく解かんないけど、あたしがソレよ!」
「そのアホ丸出しの受け答え! 聞いてた通りだ! いやぁ、感動しちゃうなァ!」
「よく解かんないけど、失礼っぽいわ! メッ!」
「アァッハッハッハッハァ!」
目隠しは腹を抱えて笑いだした。口ぶりからすると、“姉さん”とやらはクルリと親しい間柄にあるようだが……。エイトの交友関係からはそれらしい人物にたどり着けなかった。
「坊ちゃま。当然ご無事ですか」
「坊ちゃま。勿論勝利ですか」
「おう、戻ってきたかお前ら。どうしたアヤメは」
「坊ちゃま。姫は逃しました」
「坊ちゃま。巫女はスタコラサッサ」
「おっしゃ、後でおしおきだ」
目隠しがヘラヘラと笑った、その時だった。彼の頭上に丸く太い影が指した。
「笑止! 仕置されるのは、貴様の方だ!」
「ぁん?」
次の瞬間、固い拳が、目隠しが立っていた場所を砕いた。
鋼の拳を持つ聖職者。脂ぎった太い男。サーモンド司祭である。
「おっとっと。隕石しかいねーの、この家系?」
接近には気付いていたのか、目隠しは余裕の態度を崩さない。
司祭も躱されることは織り込み済みだったのだろう。ダニエラを背に庇うように立ち、拳を構えた。
「スーメルア様への狼藉! 万死に値すると知れ!」
「万死も好きだなあんたら」
「殲滅せよ、僧兵部隊! 今こそ信仰を示す時だ!」
司祭の号令で、警備の僧兵が続々と集結する。二メートル近い薙刀を構えた僧兵達が、次々に召喚獣に切りかかり、神聖魔術使い達が雷を投射する。
目隠しは余裕綽々で肩をすくめた。
「うーん、タイムアウトだなこりゃァ。トンズラこくか」
「たわけが! わしらが狼藉者をみすみす逃すと思うでか!」
「試してみるかい?」
目隠しは演劇じみた仕草で一礼すると、役者のように通る声を張り上げた。
「勇敢なるリーベルトの諸君! 楽しいお祭りを邪魔してすまない! 今日のところは勝ちを譲ろう!」
余裕たっぷりにダニエラ達の健闘を讃え、口の裂けたような笑みを浮かべる。
すると、目隠しの足元が小高い丘のように盛り上がった。
「だがな。あんた達は必ず後悔する。湖の巫女を守っちまったことを、吐くほどな」
地面を食い破り、大蛇が姿を見せる。頭だけで象ほどあろうかという、巨大な蛇だ。
それは目隠しとメイド服の女達を飲み込むと、悠々と地下へ、大迷宮の奥底へと逃げていった。
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◆強制クエスト《スーメルアを守れ》
達成条件:達成期限までのスーメルアの生存
失敗条件:スーメルアの死亡
達成期限:残り7日1時間
報酬:スキルポイント15
推奨Lv:Lv30
推奨パーティー:2名以上
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