十九話:天幕の儀編 その5
ダニエラは天才騎士である。
幼少期から神聖魔術に飛び抜けた才能を示した彼女は、弱冠六歳にして七つ年上の分家の娘を下し、本家の血筋のなんたるかを叩き込んだ。体術を使っても、槍を持っても、年上の男児を安々と打ち負かした。
家を飛び出して王立冒険者学園に入学しても、彼女に敵はいなかった。成績は常にトップ。飛び級もなど当然のこと。実家からの援助なくとも、奨学金のみで生活出来た。
あの忌々しい魔物喰いと戦うまでは、彼女の人生に敗北はなかったのだ。
故に、彼女は確信を持ってこの言葉を吐く。
「黒ずくめの下郎。貴様の悪は確定し、貴様の敗死も確定した。なぜなら私が正義だからだ」
「手札も知らずにお強気ぃー」
目隠しはおどけるが、傭兵の常識に照らし合わせれば、ダニエラこそ正論だ。
原理上、召喚術に無詠唱は効かない。何故ならば、召喚術は魔物との意思疎通を要するものだからだ。例え相手が虫であっても、呪文を聞かせる必要がある。
そして悠長に呪文を唱える時間に、ダニエラは相手を七度殺せる。
そも、こと一対一の有視界戦闘において、前衛と後衛の間には圧倒的な相性差があるのだ。例え目隠しが一般の魔術戦も会得していたとしても、寿命が二十秒伸びるかどうかだろう。
「十秒やる。飼い主の名を吐け」
「悪いが、プライバシーにはうるさい方なんだ。目線もずっと隠してるだろ?」
「なるほど。それが遺言か」
> スキル《怒龍の猛進》Lv7発動
> 状態:攻撃力向上【極大】
> 状態:防御力向上【中】
> 状態:敏捷性向上【極大】
> 状態:魔力向上【大】
> 状態:SP回復向上【大】
> 状態:HP継続ダメージ【極小】
グンベルド家門外不出のスキル、《怒龍の猛進》。
槍に秘められた龍の魔力を解放し、自らの力へと変換するスキルだ。
異質な魔力が血管を通じて全身へ浸透する。並の冒険者ならば卒倒必至のそれを、ダニエラは涼しい顔で我が物とする。
「我が問いに小洒落て返した罪! 我が妹を怯えさせた罪! 万死ジャッ誅に値するッ!」
地を蹴り砕き、加速する。あまりの速度に視界が歪む。
音速突破の衝撃も、ダニエラには慣れたものだ。
必殺の槍は討つべき邪悪へと一直線に突き進み……。
> 《空洞甲冑》Lv36を撃破しました
> 《ヘビーゴーレム》Lv44を撃破しました
「――――ッ!?」
「あー、ノンノンノンノンノンノンノンノンダメダメダメ」
しかし、標的を射抜かなかった。
(どう言うことだ……!?)
ダニエラは我が目を疑わずには居られなかった。彼女と目隠しの間には、何の障害もなかった。人も、建物も、何もなかったはずだ。それなのに。
(何故、ゴーレムがここに……!?)
ゴーレムと空洞甲冑が盾となって、ダニエラの槍に砕かれていたのだ。
(詠唱はなかった! 魔法陣もなかった! だと言うのに、どうやって召喚を……!?)
「調和ゼロ。音程ゴミ。独り善がりに怒鳴るだけ。その歌声じゃあ、響かない。姉さんの胸を打てやしない」
目隠しが腕を広げる。腕に巻かれた呪布が解けていく。
表れたのは、魔物を見慣れたダニエラですら、理解を拒否する醜悪だった。
それは、腕の形をした髑髏の塊だ。小人サイズの三十以上の髑髏が、白骨化した腕と溶け合い、混ざり合っている。悪趣味な義手とでも思えればよかったが、そうではない。
髑髏達は歯を震わせ、歌っているのだ。賛美歌を、美しい音色で。
「疑似洗礼合唱開始。非同期詠唱続行。俺“達”が教えてやるよ。本物の熱狂ってやつを」
空洞甲冑の頭が転がり落ち、そこから小さな虫が這い出した。
それは、ダニエラにとっても苦い思い出ある魔物……《雷蛍》だ。
「―――――ッ!」
> スキル《反射磁場》Lv4 簡易起動
無詠唱魔術で足元に磁場の固まりを形成、ヒールに仕込んだ鉄板で蹴って宙に逃げる。
次の瞬間、足元で蛍が爆発した。
「ハッハァ! 《雷蛍》の爆発を躱すたァ、流石は天才!」
当然である。龍月湖での一件は全くの不意打ちだった。水に濡れており、両手足も縛られていた上、エイトに勝てると思ってテンションが上がっていた状態だった。
万全のダニエラならば、蛍の回避など造作もないことだ。だが……。
(鎧がない。受けには回れん。手札を切らせる前に息の根を止める!)
ダニエラが着地し、再び突撃せんと地を踏みしめる。
「……ッ!?」
だが、地面は彼女の脚に反発力を返さなかった。それどころか、歪んでそのヒールを飲み込もうとした。否、それは魔物だ。泥型の魔物がダニエラの脚に纏わりつき、底なし沼へと引きずり込もうとする。
「ビンゴォ! 只今の召喚、提供は十七番目の弟君でした!」
目隠しの賞賛に喜んだのか、その腕の髑髏一つがカタカタと歯を鳴らした。
「続けてよろしく四番目の兄さん!」
目隠しの前にずんぐりとした白毛の巨体が現れる。雪ネズミだ。
それは咆哮し、得意の氷魔術を発動した。
足場の不安定なダニエラのもとに、氷の散弾が雨あられと降り注ぐ。
「温いッ!」
ダニエラは槍で地面を殴りつけて、反動で泥の足場から抜け出した。
氷の弾丸一つを足場にさらに空に飛び上がる。
続く氷の弾丸を拳で打ち返す。発射時と比べ物にならない加速度を得たそれは、砲弾の如く雪ネズミの頭蓋を貫通した。
> 《雪ネズミ》Lv29を撃破しました
『貴き方は仰った。信仰は一筋の閃きなり!』
足場のない空中であっても、ダニエラの力は健在だ。
> スキル《反射磁場》Lv6起動
宙に生まれた磁場の固まりを踏みしめる。
再び音を置き去りにし、突撃するダニエラ。
しかし、再びゴーレムが盾となり、その槍を防いだ。
> 《ヘビーゴーレム》Lv44を撃破しました
「ありがとう! 馬鹿の一つ覚えにさァ!」
「自己紹介か?」
ダニエラはゴーレムの腹に沈んだ槍を足場に、岩の頭を飛び越えた。
「潰れジャスティス!」
目隠しの頭頂部めがけ、ヒールのハンマーが打ち下ろされる。
《怒龍の猛進》を使ったダニエラは、一撃一撃が必殺である。槍、拳、脚、どれか一つでも直撃すれば勝負は決する。
しかし、衝撃波まとうカカトが着弾する寸前、目隠しの男は木の葉の如く身を翻した。
「根暗術師が卑屈回避!?」
「普通に躱したんだなァ!」
目隠しは飛び下がりながら、空中で半回転する。
蛇の尾を持つ大鷲――バジリスクイーグル――を召喚し、飛び乗って空へ飛ぶ。
さらに、指先からウォーウルフ二頭を召喚し、ダニエラに放つ。鮮やかな手並みだ。
術者は空に逃げ、目の前には魔物。並の冒険者ならば、足を止めるところだろう。深追いをやめ、一歩下がり、視界の確保と状況認識を優先するところだろう。
だが、ここにいるのは、暴走聖騎士ダニエラである。
「前進! 抹殺! 正義! 執行!」
ゴーレムの腹から槍を引き抜き、彼女は前に出る。
ウォーウルフ一体の頭蓋を裏拳で砕く。
> 《ウォーウルフ》Lv35を撃破しました
もう一体を槍の横腹で殴りつけ、両断。
> 《ウォーウルフ》Lv37を撃破しました
その上半身を投擲する。
「ジャァァァスティスッ!」
ウォーウルフの半身が大鷲の羽を穿つ。大鷲と目隠しが墜落しはじめる。
着地予想地点を標的に、ダニエラは槍を構えて……。
「―――――ツゥッ!?」
急所への鋭い痛みが、ダニエラの手を一瞬止めた。。
見ると、醜悪な怪物がダニエラの首筋に食らいついていた。ウォーウルフの死骸に、シャークワームが仕込まれていたのだ。
「鬱陶しい!」
> 《シャークワーム》Lv21を撃破しました
ダニエラがシャークワームを引き千切る。
しかし、その僅かな間が命取りだった。民家を粉砕して雪ネズミが現れ、彼女を跳ねる。
倒れたダニエラを泥が地の底へ引きずり込む。抜け出さんとする彼女を、ゴーレムが押さえ込む。
「正……義は……呑まれん!」
懐から泥まみれの聖書を取り出し、ページを丸ごと無造作に破り捨てる。
『貴き方は仰った。信仰とは焼け付くものなり!』
> スキル《轟く経典》Lv7発動
瞬間、破られたページの文字達が赤く踊り出す。発光、発火、炸裂。
羊の血液をインクに綴られた神の御言葉は、破壊の渦となって魔物達を殲滅した。
> 《雪ネズミ》Lv29を撃破しました
> 《ドロヌマシズメ》Lv31を撃破しました
> 《ヘビーゴーレム》Lv44を撃破しました
ゴーレムの頭を砕き、魔物の残骸から這い出る。
「片腹痛いぞ、召喚術師! 我が正義を圧殺したいのなら、この十倍は持って……来い……」
そこでダニエラが見たものは、第二次地殻汚染を連想させる魔物窟だった。
地上に、空に。大小の魔物が所狭しと敷き詰められている。
ヘビーゴーレム六体。ブラッドイーグル五匹。雪ネズミ八匹。空洞甲冑が隊列を組み、ウォーウルフが群れを成す。そして、初見の魔物まで。
「ご満足いただけた?」
「訂正だ。百倍は持って来い」
ダニエラは不敵に口端を釣り上げる。
だが、その声色にはかすかな焦りが滲み始めていた。
………………。
………………………………。
………………………………………………。
夥しい魔物の死骸が、通りを血で汚していた。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……!」
まるで、たった一人で見知らぬダンジョンの深層に迷い込んだ心地だった。
着地すればそこに魔物。飛び上がればそこに魔物。魔物の中にすら潜む魔物。
属性も変幻自在で、耐性エンチャントもかけられない。
むせ返るような死臭の中、ダニエラは片膝をついて荒い呼吸をつく。MP切れだ。SPも回復が遅くなっている。《怒龍の猛進》のバフも切れ、HPも残り3割を切った。
「おっと、ご挨拶から180秒突破! 凄いよあんた。正面切って個人とこんだけ殴りあったのは、一体何年ぶりだったかなァ」
もはや、美しい巫女のドレスは見る影もなくなっていた。至る所に擦り傷、切り傷が出来、血が滲んでいる。傷ついたダニエラと、肩の埃を払う目隠し。どちらに余裕があるかは一目瞭然だった。
(貫いた魔物四十七匹! 潰した魔物二十五匹! 砕いた魔物十七匹! 焼いた魔物三十二匹! これだけ召喚してなお、MP切れは遠いと言うのか!?)
ダニエラ基準では、目隠しの繰り出す魔物の質は高いとは言えなかった。レベル帯は20から40代前半で、高位の魔物は繰り出してこない。
だが、詠唱要らずの召喚速度、圧倒的物量、術師本体の身体能力、相手の思考を読みきった戦術は、それを補って余りある。
「認めよう。あんたの妹への愛情は本物だ。だが、惜しむらくはあんたの愛はたった一つきりだってことさ。それは合唱にはならず、熱狂にもならない」
膝をつくダニエラのすぐ目の前を、目隠しは鼻歌交じりで歩く。
その首筋に噛み付いてやりたいダニエラだったが、呼吸の乱れがそれを許さない。
(冷静になれ、技の起点を見極めろ! 次は何だ!? 何処から襲って……!?)
口に血の味が広がる。続いて、焼け付くような痛みが彼女の腹部を襲った。
毒ではない。状態異常の表示がない。無詠唱魔術を使われたとも思えない。
「勝負ありだ、天才聖騎士。あんたの歌はノリ切れなかった」
「な、んの、手品、を……!?」
混乱するダニエラに、更なる苦痛が襲いかかる。神経をかきむしり、脳髄に釘を刺すようなそれに、ダニエラはたまらず槍を取り落とした。
その時、彼女の腹“で”虫が鳴った。腸で嬉しそうに、何かがのたうつ感触がある。
聖騎士は理解した。目隠しは何の手品も使っていない。ただ、召喚しただけだ。
消化器という空間に、魔物を直接。
「おめでとう! 元気な元気な娘さんです! 雌雄同体だから息子でも可」
「貴、様ァァァ……!」
「今に腹を食い破ってこんにちはするから、ちゃんと叔母さんにも挨拶させような?」
ダニエラは手を腹で抑え込んだ。魔物は彼女の消化器官を啄み、蠢いている。あと二十秒もしないうちに、大動脈に届くだろう。
常人ならば、許しを請う場面だ。
決着はついた。私の負けだ。召喚獣を消してくれと、命乞いをするところだ。
しかし。
「正、義は……!」
ダニエラは前進する。
「敗れん!」
> スキル《雷霆拳》Lv6起動
拳に雷を纏い、“自らの腹”を殴りつける。背筋の凍る痛みが臓腑を駆け巡る。
> 《シャークワーム》Lv27を撃破しました
「腹ごと魔物を!? な、冗、談――――ッ!?」
「オオオオオォォォォッ!」
雷を纏った拳が目隠しの顔面に飛ぶ。
瞬間、ダニエラの意識は闇に落ちた。




