十六話:天幕の儀編 その2
作戦会議から《天幕の儀》までの間、エイトとて、のんべんだらりと過ごしていたわけではない。
《胃拡張》スキルをLv4に伸ばし、護衛用スキルの収集に奔走していたのだ。洞窟内の魔物バイキングで集めたスキル群は、これだ。
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捕食スキル一覧:
◆アクティブスキル
《フレイムウォール》Lv2:消化まで10時間
《ロックショット》Lv2 :消化まで9時間
《メイクウォール》Lv1 :消化まで9時間
《サイレント》Lv1:消化まで6時間
《大跳躍》Lv2 :消化まで8時間
◆パッシブスキル
《炎魔法》Lv2 :消化まで10時間
《土魔法》Lv3 :消化まで9時間
《遁走》Lv2 :消化まで9時間
《気配探知》Lv3 :消化まで6時間
《水上歩行》Lv2 :消化まで8時間
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スーメルアは水耐性が高く、雷耐性や氷耐性が低い。犯人は《雷蛍》を始めとした、雷属性や氷属性の魔物を召喚してくるだろう。《炎魔法》と《土魔法》は、その裏をかいた選択だ。炎と土の壁生成魔術で、徹底的に防御と足止めを狙っている。
魔物肉から力を得るという性質上、アクティブスキルとパッシブスキルはセットになっている。そのため《水上歩行》のような無駄も出てしまうが、それを差し引いても良いスキルセットが作れたと、エイトは自画自賛していた。
《弱肉強食》で得られるスキルのレベルはあくまで付け焼き刃の範疇だ。専業で修行を積んだ魔術師や戦士には及ばない。しかし、状況をよく読んで組み合わせを考えれば、本業を超えることも不可能ではないはずだ。
事実、その付け焼き刃の一つ……《気配探知》Lv3は効力を発揮した。
(何か、聞こえる)
擦れる布の音、乱雑なガヤの中に、小さな歌声が混じっている。スキルの導くまま視線を動かすと、混み合った屋台の影で、黒いローブが揺れていた。
(……あれは!)
間違いない。遺跡でサーモンド司祭と行動を共にしていた少年だ。まだこちらに気付いていないようだ。捕まえて司祭の企みを聞き出せば、一足飛びに事件解決である。犯人探しは他の冒険者に任せていたが、このチャンスは逃せない。
クルリに目配せし、アヤメの護衛を頼む。
少年はエイトの視線に気付くや否や、小さく飛び上がって逃げ出した。
子供の足と思いきや、瞬く間に人の間に潜り込み、一瞬にして見えなくなってしまった。
(《ヘイスト》か!)
《ヘイスト》は、自らの敏捷性を一時的に1.5倍に向上させる魔法だ。少なくとも《付与魔法》Lv5以上を必要とするこの術を咄嗟に使いこなすあたり、幼く見えても術者として相当な戦闘訓練を受けている事が解る。
(見失ったが、やりようはある。今こそ、《遁走》の本領発揮だ)
《遁走》は、洞窟のオビエヤモリを捕食して獲得したスキルだ。逃走時に限り敏捷性にボーナスを与えるスキルで、ゲーム的な解釈をすれば「逃げる」コマンドの成功率をあげるものだ。
しかし、《遁走》使いの大先輩ラアルに言わせれば、このスキルを単なる逃げ足強化スキルだと侮るのは三流だ。
《遁走》とは、複雑な経路から逃走に最適な“道”を見つけ出すスキルでもあるのだ。図書館において、敏捷性とSPで上回るエイトが《遁走》持ちのラアルに翻弄されたのは記憶に新しい。
(相手の体格、心情を加味して……)
裏道の混雑度、廃材の隙間、人の流れや屋台の配置。エイトの脳内で様々な情報が交錯する。
(ここだ)
エイトは垂直跳びで、民宿の二階ベランダに取り付いた。
> 昇華:《大跳躍》Lv2
ベランダを蹴って跳躍。人の海を飛び越え、屋台の屋根を足場に更に跳ぶ。そして、着地した路地裏で……。
「こんにちは」
「わぁぁっ!」
少年は悲鳴をあげて身を翻すが……。
> 昇華:《メイクウォール》Lv1
地面からせり上がった壁が逃げ道を塞ぐ。逃走を諦めた少年は懐から杖を取り出す。
《と、貴き方は仰った。吹き荒ぶは主の……んぐっ!》
「すまないが、黙ってもらおう」
だが、詠唱よりも早く、エイトの右手が少年の顎を掴んだ。
ローブのフードが外れ、幼い顔が露わになる。色素の薄い肌、青い目に長いまつげ。幸の薄そうな、オドオドとした少年だ。
「僕は食べられないものは殺さない主義だ。手荒に扱いたくはない」
「た、たべっ!? 食べないでください……!」
「態度次第だね。君には黙秘権があるだろうけど、僕は保証しない。質問には正確に答えてほしい。君はあそこで何をしていた?」
「ご、ごめんなさい!」
少年は地面にぶつからん勢いで頭を下げた。
「掃除当番、さぼったこと、あ、謝ります! でも、ど、どうしても《天幕の儀》を一目見たくて……」
「一目見ると言う割には、歌を歌って場の属性に干渉していたようだけど」
「い、祈りの歌を……少しだけ。司祭様が、し、心配だから……」
「心配? テロの巻きぞえになることがか?」
「お、起こるんですか、テロが!?」
「起こすんだろう、君らが」
「え?」
『カラスは白いですね』と訪ねられたかのように、少年は首を傾げた。
「サーモンド司祭は、スーメルア……様の暗殺を狙っているのでは?」
「そ、そんな、ち、ちがいます! 罰当たり、ですよ!」
少年は眉をめいいっぱい釣り上げて、エイトを睨んだ。迫力は無かった。
(どういう事だ?)
決定的な証拠はないものの、状況証拠はほぼ黒だったはずだ。彼には巫女の座を奪うという動機があり、私兵を持っており、巫女にすら話せぬ秘密を持っている。
「司祭様は……スーメルア様を、心配しておられました。三ヶ月……前から、様子がおかしいって、なんだか、とてもお寂しそうだって……」
「――――三ヶ月前? 一ヶ月じゃないのか?」
「え、ええ」
エイト達がこの世界に召喚されたのは、一ヶ月前のことだ。スーメルアの体にアヤメが宿ったことで異変が起きたのならば、三ヶ月というのは妙だ。
可能性を列挙するならば。転生を受ける人間には何かしらの兆候が現れるのか。同じ教室で、同じ時に、同じように死んだとしても、召喚されるタイミングが違っているのか。それとも、単にスーメルアが凹んでいたのか……。
(今考えても埒が明かないか)
「と、とにかく! 司祭様は、スーメルア様を心から案じておられます!」
「君の言い分は解ったよ」
少年の目は真っ直ぐで、嘘を言っているようには見えない。しかし、生憎とエイトは心根の直線度を測る定規を持ち合わせていないし、人を見る目に自信がない。
アヤメの命がかかっているのだ。『案じているから信じて』でおいそれと首肯は出来ない。
「しかし、君の存在が説明出来ない」
「ぼ、ぼくですか?」
「君はサーモンド司祭の私兵だろう。教会は私的戦力の保持を禁じているはずだよ。理由もなく雇っているでは、通らない」
「…………」
「教えて欲しい。君は何のために飼われている?」
「ぼ、ぼくは……!」
少年は決意のこもった目でエイトを見上げた。
「ぼくは、信仰のために歌っています。それから、司祭様に恩返しをするために!」
イマイチ答えになっていない答えだが、エイトは少年の身の上話に付き合わされた。
曰く、少年と六十三人の仲間たちは、父親知れぬ娼婦の子だったそうだ。
娼館のような組織がある地域ならば、下働きとして生き延びる道もあるのだろう。しかし、十字教の強いリーベルトでは、娼館の存在は認められていない。
日陰者で貧しい個人娼婦の子らは、生まれると同時に間引かれる運命にあった。
そこに待ったをかけたのが、サーモンド司祭だった。不浄の子として、教会からも見捨てられる彼らを、かの油オヤジは密かに引き取って育てていたのだ。
「怖い、ところも、あるけれど。悪い噂もいっぱいあるし、ホントに悪いことも、してるけど。敬虔、じゃないけれど。あの人は、優しい人です」
「…………」
「ぼくは、一人前になって、あの人から、名前を授かるのが……夢なんです。だから……信じて、ください」
(弱ったな)
エイトは自分の人を見る目を信用していない。していないが、こうも熱弁されると自分の推理が不安になってくる。
(身の上話をされたところで、この少年が嘘を言っている可能性は変わらない。けれど……)
もし、彼の言うことが正しいとしたら? サーモンド司祭は白で、テロリストは初めから別にいるとしたら……。
(だとすれば、僕はとんでもない読み違いを……!)
―――その時だった。
遠く、説教壇と正反対の方向で、轟音と悲鳴が炸裂した。




