四話:ギルドに行こう
異世界転移二日目。
登山道探しのセオリーは山登りだが、人里探しのセオリーは川下りだ。
休みがちなクルリを引きずって歩いていくと、すぐにちらほらと人影が見え始め、正午頃前には街に出た。
木造と石造りの家が並んでいる、典型的なファンタジーの街だ。
しかも都会だ。現代人の感覚ではそうでもないだろうが、RPG的な感覚ではとても大きな街だ。
(PS4で作ったら、年単位の時間がかかりそうだな)
人口にして、ざっと万単位はいくだろう。
この世界の総人口は不明だが、地方都市クラスの都会であると、エイトは推察した。
市場の賑わいからすれば、一国の首都でもおかしくはない。
「ねえねえエイト、ここ超奥群馬じゃない?」
「クルリさん、まだ奥への信仰を捨ててなかったんだね。敬虔だね」
「だってみんな日本語喋ってるわよ?」
クルリの言うとおり、街を行き交う言語はどれも日本語……に、聞こえる。
文字も明らかに日本語ではない(アラビア文字に似ている気がする)が、何故か読める。
「でもクルリさん。あれ見てよ」
エイトは果物の露店を指差す。
主婦らしきおばさんと店主がりんご三個と引き換えに銅貨をやり取りしている。百円玉でも十円玉でもないし、平等院鳳凰堂も描かれているように見えない。
どうやら、ゼラ、というものがこの世界の貨幣単位のようだ。
「ここ、円は通用しないみたいだよ」
「じゃあやっぱり奥多摩なの?」
「うん、君一回奥多摩に謝ったほうがいいと思う」
「ごめんなさい」
許してあげて下さい。
「で、どうするの、エイト? 先生とクラスの皆を探す?」
「それも良いけど……。まず先立つモノがないからね。何とかしてゼラを稼がないと、今日の宿にもありつけない」
「バイトかぁ~」
「バイトもいいけど、異世界モノのセオリーだと冒険者って職業があって……」
> 強制クエストが発行されました
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◆強制クエスト《冒険者登録せよ》
達成条件:ギルドでの冒険者登録
達成期限:日没まで
報酬:スキルポイント1
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「セロリってば大正解ね」
「クルリさんもかい? どうも、この世界にも冒険者がいるみたいだね」
「ギルド……ギルド……。あっ。あれじゃない?」
クルリはヴィヴィッドピンクの看板を指差した。小洒落たフォントで『スナック&ギルド《女神の従者》』と書かれていて、その横にはキスマークが描かれている。
「うーん……」
はっきり言って、見るからに怪しい。少なくとも公営ギルドではないだろう。
ギルドが酒場を兼ねている事はあるにしても、スナックは兼ねていいのだろうか。
エイトの知るギルド酒場は、もっとこう、一般のパブっぽい感じなのだ。カラオケがありそうな雰囲気でも、やたら高いレトルトカレーが出そうな雰囲気でもないはずなのだ。
「……怪しくないかい?」
「でも、ギルドって書いてあるわよ?」
「スナックじゃないか」
「でも、ギルドなのよ?」
「そうなんだが」
エイトは唸った。自分はオタク的な知識からこの世界に先入観を持ってしまっているが、それが必ずしも通用するとは限らない。
クルリのピュアな(婉曲表現)視線を大切にすべきだ。
……などと考えている間に、クルリは躊躇0で店内に突入していた。
「こんにちはー! たのもーう!」
(元気にあいさつクエストは終わったんじゃ?)
中に入ってしまえば、外観ほど怪しい場所ではなかった。中年サラリーマンがシモネタを歌ってもいなかったし、くたびれたお姐さんが接客もしていなかった。
木製の机に剣や杖を立てかけ、いかにも冒険者な人々が酒瓶を片手に語り合っている。
店が狭いせいもあり、結構な賑わいだ。
「あっらー! いらっしゃぁぁい! 一見さんね? おいでおいで、カウンター座って?」
「うおっ」
カウンターの奥の人物を見て、エイトはつい声を出してしまった。
浅黒い肌で筋骨隆々な偉丈夫が、体をくねっと曲げて大歓迎してきたのだ。
ケバい化粧に孔雀を思わせる羽毛衣装。近づいてよく見ると目元はつぶらで、人の良さそうなおじさん? おばさん? である。
「あっら、二人共背筋伸ばしちゃって可愛いっ。お姐さんはここのギルドの受付嬢兼看板娘のエリザベートよん? 気軽にリザって呼んでね?」
(嬢……? 娘……?)
「うん、よろしくなのよ、リザっち!」
(リザっち……?)
「うん、よろしくねっ。で、クエストのご依頼かしら? あ、お食事だけでも歓迎よん?」
「いえ、その、すみません」
「あたし達、冒険者になりに来たのよ!」
「……えっ?」
リザは大きな目をしばらくぱちくりとさせた。それから、万力のような力でエイト達を抱きしめた。
「かーーーーわーーーーーいーーーーいーーーーっ!」
「かはっ……!」
「ふぎゅー!」
肩が砕けるぐらい痛い。その上ヒゲの剃り残しが当たる。
「変わった格好してるし、さては田舎から出てきて一攫千金狙いって事!?」
「ええ、そんな所です」
「そっかー。若いっていいわねー。勿論、鉄甲兵団みたいなお高く止まったギルドもあるけど、ウチのモットーは誰でもウェルカムよん? ……でもねぇ」
す、とリザ氏が目を細める。《鑑定》されたのだと、エイトは肌で感じた。
「Lv2とLv0じゃぁ、ちょっとねぇ。任せられる仕事はあんまりないかもよん?」
《弱肉強食》への反応はない。ユニークスキルは鑑定では見破られないのだろうか。
「街の外を出歩くだけでも心配しちゃうぐらいなのに……」
「むっ!」
クルリがへの字口になる。
「Lv2がなによ! エイトってばちょー最強のスキルむぐぐーっ!」
(しーっ。クルリさん、それ内緒でお願い出来るかな)
(えーっ。なんでよぅ! 自慢したいじゃない! すごーいって褒められたいじゃない!)
(ただでさえ特殊な立場なんだから、情報が集まるまで下手に注目を浴びないほうがいい)
(じゃ、上手に浴びましょ!)
(うん、そうじゃなくてね?)
食事は静かに。それがエイトのモットーだ。余計な騒ぎはなるべく背負い込みたくない。
クルリを何とか言い含め、エイトはリズに頭を下げた。
「とりあえず、登録だけでもさせて貰えませんか?」
「そうねぇ。あんまり実入りの良い仕事は紹介出来ないけど、それでよければ」
リズ氏は少し戸惑いながらも、規則に従ってギルドの説明をしてくれた。
まずは、ギルドについて。
ギルドとは元々組合を意味する言葉だが、その実態は依頼人と冒険者をつなぐ仲介業らしい。
一般からクエストと呼ばれる仕事を集めて、冒険者に配布するのが主な業務だ。
仕事集めや報酬交渉といった面倒事を肩代わりしてくれるので、この世界の冒険者は、殆ど全員が何処かのギルドに所属している。
冒険者は実績によってFからSまでランク分けがされている。
ランクがあがれば難易度が高いが旨味のある仕事が回ってきたり、保険に入れたり、将来の保障がついたりする。
次にクエストについてだが、二つの種類が存在する。
一つが受注型クエスト。
簡単に言えば、カウンターで受注手続きをするクエストだ。
冒険者は依頼人と一時的な雇用関係を作り、ギルドはその仲介をする。
指定された成果を依頼人に報告すれば、それに値する報酬が支払われる。
掲示板を見る限り、大グループによる魔物討伐や、ペットの捜索などがこれに当たる。
また、ギルドの判断で特に危険とみなされるクエストも受注型になるらしい。
もう一つが常駐型クエスト。
こちらは受注手続きが必要ない。
報酬がある以上背後に依頼人はいるのだが、雇用主はあくまでギルドになるらしい。
勝手にやってギルドに成果を報告すれば報酬が貰える。
素材を工房や問屋に降ろす類の採取系クエストや、賞金首の確保などがこれだ。
なお、採取系クエストについては、個人で素材を道具屋等に売っても良いのだが、大概はギルドを通した方が高値で買い取って貰えるそうだ。
安定した供給ルートを確保したことによる交渉力の強さが背景にあるらしい。
念のため確認したが、強制クエストなるものは存在しない。
強制クエストは転移者限定の枷、ということか。
「ま、このあたりのクエストの仕組みは何処のギルドでも大体同じねぇ」
「リザっち、ギルドっていっぱいあるの?」
「そうよ? ギルドの設立に許可は要らないから、いーっぱいあるわ。でも、世界中に支店を展開してるのは、大体6つねん。最大手の《緋色の御旗》。高ランク近接職が多くて、傭兵に近い《鉄甲兵団》。魔術に強い《宵闇の茶会》。生産スキル持ちの集う《職人連合》。ダンジョン攻略志向の強い《穴蔵の友》。で、一番ハードルが低くて何でも屋に近いのが、うち。《女神の従者》よ」
よく見れば、カウンターの奥に小さな女神像のようなものが飾られている。もしかすると、宗教的な互助会から発展した組織なのかも知れない。
ギルドの説明を受けると、次は冒険者登録だ。
身分証が要求されたらどうしようかと焦ったものだが、名前と年齢を尋ねられただけだった。
元々戸籍にゆるい世界なのだろう、とエイトは考察した。
続いて、Lvやステータスの登録を行う。
その過程で判明した事だが、相手の体に触れてステータスと念じれば、自分の力を(一部スキルを除いて)他者に開示出来るようだ。
なお、クルリのステータスはこんな形だ。
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鹿島田クルリ Lv0
HP:28/28
SP:20/20
MP:6/6
攻撃力:3
防御力:4
魔力:4
敏捷性:0
スキル:
【生活スキル】
《調理術》Lv1
スキルポイント:1
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「クルリさんの敏捷性、ちょっとウケるね」
「なんでよ! ウケないわよ!」
それはさておき《調理術》Lv1は元の世界の名残だろうか。
> 《冒険者登録をしろ》をクリアしました
> スキルポイント1を獲得しました
こうして、エイト達は《女神の従者》所属のFランク冒険者として、正式に異世界社会の歯車に組み込まれた。
「じゃあリザっち、クエストちょーだい!」
「あら早速? いいわねー、若いって元気で」
「一文無しなので、出来ればお金と経験値が手に入るものがいいんですが」
「うーん、そうねぇ。初回からあなた達二人だけってのも厳しいから、中堅ドコロと抱き合わせるとして……」
リザが色々と独り言ちながら、クエスト用紙を出しては首をひねって流していく。
定番のペット探しから、冒険者狙いの盗賊団捕縛、etcetc……。
Lv2でも挑戦出来て、かつ経験値の入るクエストとなると、かなり制限されるようだ。
「ねぇねぇ。エイト、エイト」
「どうしたんだい? クルリさん」
「あそこの壁に張ってあるの、めっちゃお金くれるわよ! ゼラゼラよ!」
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◆受注クエスト《嘆きの伯爵城攻略》
達成条件:ダンジョンの解消
達成期限:なし
報酬:620000ゼラ
推奨Lv:40以上
推奨パーティー:6名以上
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Lv40が6人。序盤の初心者殺し丸出しのクエストである。
「あらぁ、クルリちゃん、ひょっとしてホラーがお好み?」
「ほらー?」
「伯爵城はね、去年の暮れ頃、西の山を越えた先に出現したダンジョンよ。なんでも300年前のお貴族様のお屋敷なんだって」
「幽霊屋敷ですか」
「ゆ……ゆーれい……?」
クルリがビクリと震える。震えた上、卓上の塩をつまんだ。
「エイトくん、せーかい。……出るのよ、あそこ」
リズが声のトーンを落とす。
ビクリ、とクルリが震え、エイトの頭に塩をふりかけた。
「お城の門を潜るとね、からーん、からーん、って、どこからともなく鐘の音がするの」
「へ、へぇー。そ、それが?」
「クルリさん、塩かけるのやめてくれない?」
「それでねん? 『どうして……どうして……』って、すすり泣く声が聞こえてくるんだって」
「ふーん、た、大したことないわね」
「ね、クルリさん、これ何の塩……あ、盛り塩? 僕に盛り塩してるのかい?」
「何で泣いてるの? って尋ねるとね、『言いつけを破られちゃったの』って、『お仕置きしないといけないの』って、答えてくれるらしいの」
「そ、そそ、そうなの。お仕置き? ふーん……」
「ねえ、クルリさん、塩凄いんだけど。調理スキル起動してないかな?」
「一体誰が破ったのって聞くとね……。こう答えるの」
ごくり、とクルリが生唾を飲み込む。
飲み込みながら、エイトの頭に塩をかける。まんべんなくかける。
> 状態異常:塩味
(塩味になってしまった……)
「そーれーはー……」
リズがカッと目を剥く。
「お前だぁあああああああああああああああああああ!」
「びゃぁぁあああああああああああああああああああああああああ!」
クルリが塩をわし掴みにして、エイトの顔面に叩きつける。
「なぁんてね? ごめんごめん。ちょっと脅かしただけよ」
リズは微笑んだ。エイトは微笑みどころではなかった。
「実際のところ、魔物湧きもしないし、魔力汚染もないし、無視して結構なお行儀の良いダンジョンよ」
「な、も、もう! 脅かさないでちょうだいね! あたしはヨユーだけど、エイトってば泣いちゃったじゃない! あたしはヨユーだけど!!」
(塩が……目に入った……)
「でも、今まで何組ものパーティーが挑んで、結局誰一人生きて帰って来てないのは本当よ。その度に推奨Lvが上がってるってワケ。こんなトコに挑むのは富や名声狙いのお馬鹿さんか、イカれた考古学者ぐらいのものね。……あなた達は、お馬鹿さんじゃあないわよねん?」
「……………………。ええ、勿論です」
「? エイト、なんであたしの方見るの?」
「何でもないよ」
「……えへへー」
クルリは照れて頭を掻いた。何をどう解釈したのか解らないが、良い方に誤解される分には構わないか、とエイトは思った。
「今のあなた達に紹介出来るのは、これぐらいかしら」
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◆受注クエスト《火ネズミ退治》
達成条件:バニーノ農場周辺の火ネズミの退治
達成期限:なし
報酬:重麦パン二食分+火ネズミ討伐一匹あたり400ゼラ
推奨Lv:5以上
推奨パーティー:1名以上
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「推奨レベルはちょっと高いけど、先輩達がついててくれるから安心よん」
「えーと、それではお言葉に甘えて……」
> 強制クエストが発行されました
=============================
◆強制クエスト《嘆きの伯爵城攻略》
達成条件:ダンジョンの解消
達成期限:残り9日12時間
報酬:スキルポイント15
推奨Lv:22以上
推奨パーティー:4名
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「「…………………………」」
エイトは嘆息して、クルリは泣きそうな顔をした。
どうやら、二人して同じお告げを貰ったらしい。
「《嘆きの伯爵城》を」
「……あのね? あなた達ね?」
小一時間説教された。