十四話:醤油会議
異世界召喚十八日目。
「ほえー、なんか、小学校の休み時間みたいね!」
てんやわんやのリーベルト港を眺め、クルリは雑な感想を漏らした。
いかに恵みの龍であっても、通りすがりで船を壊されてはたまらない。この時期のリーベルト港は、船の丘への引き上げで大忙しだ。
いつもの船乗りや商人や漁師や船大工といった面子に加え、ローブの姿が増えている。魔術師系ギルド《宵闇の茶会》から派遣された、水系土系を得意とする魔術師達だ。彼らは大小様々な船を波に乗せたり、土に乗せたり、ゴーレムで担いだりして、せっせと陸上の倉庫に運んでいた。
「それにしても、ラアルさん、結構いい部屋住んでたんだね」
ここは、リーベルト港から少し離れた古い集合住宅の一室。人間界におけるラアルの住処だ。少なくともエイトの部屋の倍以上広い。立地も含めれば、家賃は三倍あってもおかしくない。
「つか、魔物が集合住宅の一室に住みついていいのかよ。何か問題になんねーのか?」
そう疑問を呈したのはアヤメ(=スーメルア)だ。
「スカウトスキルを活かして他の住人とは顔を合わせていないらしい。大家相手も、ポストに金さえ放り込んでおけば、別段気にされないんだって」
「喪われる近所の絆ね!」
「そうだね、社会問題だね」
「戸籍やら住民票やら保証人やらねーのか? つくづくいい加減な世界だぜ」
「アヤ……スーメルアさんの変装の方がよほどいい加減だと思うけど」
公務に追われるスーメルアは、教会を抜け出しお忍びでここにやってきている。
本人曰く「変装」をしてきたらしいが、エイトに言わせれば「いつものアヤメ」だ。
弱い染料で染めた髪といい、謎のアイシャドウといい、だらしなく着崩した服といい、信者が見たら泣き出しそうな格好である。
「せめてマスクでもしたらどうかな?」
「バレやしねーよ。連中が探してんのは、お美しい聖女様であって、ケバいガキじゃねーの」
化粧で誤魔化しているものの、アヤメは幾分やつれていた。祭りの激務に命を狙われる心労が重なったのだ。熱を出していないだけタフだと言える。
アヤメは大股開きで床に座り込んだ。相変わらず、品のない座り方だ。
「って、おいコラ。ジロジロ見んじゃねーよ」
アヤメは得意のガンつけをかまし、スカートの裾を掴んで股ぐらを隠した。
エイトとしては、別に見ていたつもりはなかったのだが。そも、根暗早弁は眼中にないのではなかったか。
「ほれ、茶ぁ煎れたぞい。有難がって味わえ小僧ども」
台所からラアルがお盆を持ってひょっこりと顔を出す。
ミント香る白く濁った茶が、ショットグラスのような小さなコップに注がれている。
一口含むと、甘みと清涼感が一気に鼻を抜けた。
「おいしー!」
「活力が出るお茶ですね」
「うむ。南方の飲み方での。白茶にこれでもかと砂糖を加え、ミントと共に煮沸させたもんじゃ」
ラアルが得意げに鼻を鳴らす。若い頃は冒険者としてほうぼう見て回ったらしく、茶には少々うるさいのだ。
「……ほんとだ、イケるな。魔物の癖に味解んのか」
「スーメルアさん、魔物に偏見を持つのはよくない。ラアル氏は我がパーティーの指南役だ。経験豊富で優秀な非常食だ」
「エイト、お主後で話あるからの」
閑話休題。
四人で顔を突き合わせて何をするかと言えば、当然、恒例の作戦会議である。
向井の件を考えるに、手紙は検閲を受けている可能性が高い。そのため、スーメルアとの情報共有手段は屋内での面会に限られる。さりとて《女神の従者》付近の宿を使うのもまずいので、こうしてラアルのセーフハウスを借りることになったのだ。
「会議であります」
クルリが小さく敬礼した。
「単刀直入に言やぁ、ちっと立場がヤベェ」
喋り方も変装の一貫だとラアルに前置きしてから、スーメルアはそう切り出した。
「何かあったのか?」
「《聖者の祠》の第二結界堂がやられた」
「なんじゃとっ……!?」
身を乗り出すラアルと、目を見開くエイト。
クルリは二人の様子を伺ってから、「ほえー!」と言った。
「安心しろ。一基潰れたからってすぐ街が水没するわけじゃねーよ。結界に綻びが出来るから、相当被害は増えるだろうけどな」
エイトはほっと胸を撫で下ろした。
そもそも、もう街は封鎖されているのだ。結界が壊れれば、犯人だってお陀仏だ。
「だが、問題は『第二』結界堂ってとこだ。後年の増築分じゃなく、聖者が建造したオリジナルの方なんだよ。祭事の責任者はオレだ。警備体勢の不備を突かれてる」
機能面はさておいても、第二結界堂はフリーダが建造したものよりも歴史的、象徴的価値が高いということだろう。まして、グンベルド家は聖者の子孫であることを誇る家だ。これでは、家の名に泥を塗ったも同然だろう。
「少ない予算で最高の戦力を雇ったつもりだったんだが、その最高戦力が殺られたんじゃな」
スーメルアは苦い顔をした。
「手口は向……前回と同じなのか?」
「多分な。魔物の襲撃で間違いねえ。抵抗の跡はあったが、術師が関わったって証拠は見つからなかった」
ご丁寧に近隣の住宅にも魔物を放ちやがったからな、とスーメルアは添えた。
「で、お前の方は? いいニュースと悪いニュース、とかちんたらコくなよ」
「安心してくれ。悪いニュースしかない」
エイトは迷宮で見たもの、そしてサーモンド司祭の会話内容をありのままに伝えた。
「……マジかよ。叔父……サーモンドが、オレに隠れてそんな真似を……?」
青い顔でスーメルアは頭を抱えた。
「あの遺跡はなんだったんだい?」
「解かんねえ。そんなもん、スーメルアの記憶にねえ。クソッ、あの油オヤジ……!」
スーメルアが吐き捨てる。
「せめて、昨日知れてりゃ……!」
「昨日? 何かあったのか?」
「あいつ、オレの仕事じゃ信用ならねえっつって、《天幕の儀》の警備を引き受けやがったんだよ!」
エイトとラアルは顔を見合わせた。クルリはきょとんとした。
「《天幕の儀》って、なぁに?」
「《聖者の祠》を展開する儀式だよ。クルリさん」
《天幕の儀》は、街に魔術的防衛線を張る儀式であり、同時に一週間続く《龍流し》の幕開けを告げる催しでもある。
観光客が大勢集まる、金銭的にも布教の意味でも教会の一大イベントだ。
「オレの役目は街の守護を担う結界を起動させる事だ。観客の前で、厳かに、堂々と、威厳たっぷりに、すっとろく、隙だらけで呪文を唱える役だ。……格好の的だぜ」
スーメルアが担うのは、雇われ魔術師達が二週間かけて作り上げた術の単なる仕上げ作業だ。だが、ここに画竜点睛のコツがいるそうで、専用の修練を積んだ魔術師でなくては行使出来ないらしい。
「専用の修練を積んだ術師とやらは、お主の他にもおるのかの?」
「ああ。どっちも油オヤジの手駒だがな」
「……なるほどな。うん、まどろっこしい前置きは抜きで行こう」
エイトはまとめた。
「第一容疑者はサーモンド司祭で、かつ彼が《天幕の儀》の警備を担っている。この認識は共有出来ているね」
全員が無言の肯定。
「僕が司祭なら《天幕の儀》のタイミングでスーメルアを狙う。事故か外部犯に見せかけたいからね」
「チッ、逐一嫌なこと言ってくれるぜ」
「エイト、メッ!」
「言うても事実じゃろ」
《天幕の儀》は観光の意味もあるが、安全保障上欠かせない儀式だ。
スーメルアが倒れたなら、即座に代役を立てて再度実行せざるを得ない。そこに息の掛かった者を配置すれば、なし崩し的に地位を奪えるはずだ。
もちろん、警備を引き受けた以上、追求は免れないだろうが、一度主導権を握ってしまえば、責任転嫁はお手の物だろう。
《龍流し》当日にも同じことが言えるわけだが、龍を目前にしての儀式中断は街全体を危険に晒す。計算高い人物ならばまず取らない選択肢だ。
「僕らのすべきは、言うまでもなくスーメルアを守り抜くことだ。とにかく、スピーディーにアイデアを出していこう」
「はい!」
「クルリさん」
「鍛える!」
「却下」
「はいはい!」
「クルリさん」
「それは残像だ! ってする」
「却下」
「はいはいはい!」
「クルリさん」
「胸に聖書を」
「うん、ごめん、一回スピーディーやめようか」
情報を集め、作戦を立案し、その通りに実行する。
転移後、幾度も繰り返してきたプロセスだが、今度ばかりは議論が行き詰まる。
相手の手の内を探って攻めた伯爵城と違い、今回は守る側だ。テロ対策を学ぶ機会などなかったし、それを実行するだけの組織力もない。リザに頼んで《女神の従者》の腕利きを派遣してもらうことも出来るだろうが、資金面に限界がある。異教徒のエイト達が説教壇に近づきすぎれば、逆につまみ出される可能性すらある。
「……悪ぃ、もう戻らねえと怪しまれる。次は3日後で頼む」
午後二時を回ったあたりで、汗だくのアヤメはゆらりと立ちあがった。
「ああ、くれぐれも司祭には気をつけて」
「おう」
アヤメはドアに倒れ掛かるように去っていく。覚束ない足取りで、憔悴しきった様子だ。
「エイト、エイト、ん!」
クルリがドアを指差す。追いかけろという意味らしい。
追う理由は解らないが、ことコミュ力の面において、エイトはクルリを全面的に信頼している。
言われた通り、エイトはアヤメを追った。アヤメは集合住宅から少し離れた角を、ゾンビのような足取りで歩いていた。
「急ぎの所、すまない。あと少しいいか」
「お、おう。何だよ」
何だよと言われておいて難だが、実際のところ、エイトも「何だよ」の気分だった。話す内容もクルリに尋ねておけば良かったと、エイトは後悔した。
「あー……先日の件だが、やはり見返りを求めてもいいかな」
「……ぁ……ああ。そうかよ」
アヤメはほっとしたような、それでいて残念そうな表情を浮かべた。
「わぁった。拒否るつもりはねーよ。時間がねえから、手早く済ませてくれよ。言っとくが、期待されたところでオレだって……」
「醤油が欲しい」
「……は?」
アヤメは美人が台無しになる程度に口を開けた。
醤油。それは新垣エイトの異世界ライフにおいて、目下最大の問題だった。
貿易港の恩恵で調味料豊富なリーベルトであるが、醤油だけは見当たらないのだ。
塩もいいだろう。ソースもいいだろう。トマトも、チーズも、バターも、砂糖も酢もジャンも、ターメリックもローリエもいいだろう。どれもこれも美味だ。
しかし、どれほど他が充実していても、醤油が無くていい理由にはならない。
魂が生まれ育った味を求めてしまう。
「先日、ニラ饅頭を食べる機会があってね。濃いめの塩と酢でいったんだ。文句のない味だったが、やはり痛切に感じた。『ここに醤油があれば……』とね」
「はぁ」
「だが、知っての通り醤油醸造は難度が高い。麹作りから始めるなら尚更だ。大豆の選定、温度調整、雑菌からの保護。撹拌の手間等々。僕のニーズに応える分量を作ろうとすると、個人レベルではどうしても限界なんだ」
「へぇ」
「情けないと笑ってくれていい。集めるにしろ、作るにしろ、君の協力が必要なんだ」
エイトは頭を下げた。
「お願いします」
「……………………」
返事がない。顔をあげると、アヤメは肩を震わせていた。
感涙だろうか。同志だろうか。醤油に飢える者だろうか。
エイトは少し期待したが、どうも笑っているらしかった。
「ぷっ、く、ふふ、くくく……。醤油って。お前、醤油って、馬鹿だろ」
「醤油は馬鹿ではないよ。むしろ賢い。大豆にはレシチンが含まれていて」
「ブッ! 馬鹿、追撃止めろ馬鹿! つか今かそれ!? 人命かかってる時に醤油とか、フツー言うか?」
「僕は言うけど」
「あーあ。そうだな、そうだろうな! ……いーぜ。任せろ。オレも塩っ辛いのが恋しくなってきた頃だしな」
「助かります」
「その代わり、オレにもニラ饅頭食わせろよ」
「もちろんだ」
エイトとアヤメは固い握手を交わした。契約のサインだ。
「んじゃまたな、根暗醤油。今の、わりかしポイント稼げたぜ?」
事態は深刻なままだが、アヤメはなぜか晴れやかな顔で去っていった。
よほど和食好きだったのだろうな、とエイトは納得した。
「……ニイガキエイト」
地獄の底から響くような声。振り返れば、今最も見たくない顔がそこにあった。
「ダ、ダニエラ? いつからそこに?」
「貴様、スーメルアに色目を使ったな? ポイントを稼いだな?」
血を分けた姉の前では、妹の変装は無意味だったようだ。
「よくわからないが、誤解だ。調味料関連の交渉をしただけだ」
「言い訳は聞かん! 白状しろ! 何をした!? どこまでした!? 場合によらず貴様の息の根を止める!!」
「白状のメリットが皆無じゃないか」
「貴様にくれてやるメリットなどない!」
ずいと近づくライトブルーの瞳。整った鼻筋。よく見ると、やはり妹と似ている。
「失礼」
「ひゃっ!?」
眉間のシワを揉みほぐしてみる。手入れもしているのか、整った眉だ。
過酷な冒険者生活にも関わらず、肌にもツヤがある。
「き、きき、貴様!? も、もしや、将を射んとすれば先ず馬を精神か!? スーメルアは布石、あわよくば両手に花を狙わんと!?」
「……うん。そうだ。その作戦だ。それしかない」
「それしかない……!? わ、私と貴様はふ、不倶戴天の敵同士だろう!? た、確かに見所のある奴だとは思っているが、いきなり、そんな事言われても、その……」
「ダニエラ、頼みがある」
エイトはまた頭を下げた。
「妹の代わりに、謎の暴漢に襲われてくれないだろうか?」
結論から言えば、エイトは驚くほど暴力を振るわれた。
クルリが誤解を解くまでに顔面が腫れ上がった。




